第165話 徴用者の意志
俺達はフォレスト邸の焼跡を全て綺麗に片づけた。
しかし家族の思い出の品などは何一つ出てはこなかった・・
財宝類などはおそらく敵兵が持ち出してしまったのだろう。
綺麗になった敷地にみんなでテントを張る。
「さて・・街の民を広場に集めるとするか・・」
俺はセネターAPCの上にLRAD長距離音響装置を取り付けていた。
「民は私たちの言葉を聞いてくれるでしょうか?」
「どうかなマリア・・俺には分からない。」
「マリア・・きっと心から話せば耳を傾けてくれるはず。」
「そうですね・・カトリーヌ様。ラウル様。」
俺の作業をしている周りで二人は手伝ってくれていた。
「マリアはみんなと残ってくれ。カトリーヌはついてきてくれるか?」
「はい。」
「じゃあ・・行こうか。」
「かしこまりました。」
セネターAPCを運転しているのはドランだった。ハゲ坊主のおっさんが装甲車を運転するのは、やけに似合う。同乗しているのは、シャーミリアと、マキーナ、カトリーヌと俺だった。
車のそばにはファントムが護衛として歩いて行く。
領内をゆっくりと進んでいくセネターAPC。俺は天井に取り付けたLRADスピーカーで街の中に話かけていく。
「サナリア都市内に居る市民の皆様!私たちは危害を加える意思はありません!すでにファートリアバルギウスの兵はこの街にはおりません!」
スピーカーでサナリア領内に放送する。
そう・・俺は、兵士以外で敵意の無いものまで殺すつもりはなかった。
「広場に集まってください。繰り返します広場に集まってください。」
そう話しながら領内をぐるぐるとまわる。しばらくするとぞろぞろと家から人々が出てくるのだった。セネターAPCを見てギョっとするがそれも一瞬、人々はサナリアの広場に向かって歩き出す。
領内を何周もして広場に人々を誘う。
建物内に残るものもいるかもしれないが、自分の意志で集まるものだけに聞いてもらえばいい。女の人や子供は安全のために建屋に残してくるだろうから、あとで伝えてもらう事にする。
「結構いるんだな・・」
「はい。」
人々とすれ違いながら放送を続ける。しばらく領内を周り俺達も広場へと向かう。
広場につくと数百人の人が集まっていた。
ガヤガヤとしているが、怯えるような感情が伝わってくる。それもそのはず先ほどまでは、魔人達が兵器を持ってファートリア兵とバルギウス騎士を掃討していったのだ、圧倒的な戦闘を見た人々が怯えるのも無理はない。
俺は横にスキンヘッドのヤ〇ザ・・ドランと、ファントム、カトリーヌ、二人のヴァンパイアを従えていた。戦争の時にグラムが演説をした演説台にあがる。俺はグラムのように通る声でもないので、LRADスピーカーを横に置きレベルを弱くして皆に語り掛けることにした。
「皆さん!集まっていただきありがとうございます。」
場内がシーンと静まり返った。
「すでに我々は、領内に居座るファートリアバルギウスの兵を全て排除いたしました。」
ガヤガヤと民たちから声がおきる。
「あなた方は敵国の人間です。ですが我々はあなた達をどうこうするつもりはありません。」
俺は少し話すのを止める。喧騒が大きくなってきたからだ。
すると・・民のひとりが大声を発する。
「あの!あなた方はいったい何者なのでしょうか?」
大声で聞いてきたのは、無造作に切り揃えられた髪の頬に傷のある精悍な男だった。使用人の服を着ているので身分は高そうではないが、筋肉がはって胸板が厚い。
「何者か・・」
そうか・・そうだよな。謎のテロリスト集団・・もしくは盗賊団だよな・・特にスキンヘッドのヤ〇ザのドランを見たら余計にそう思うよな。
「その前に!私からすると・・皆さんの方が何者なのかと聞きたい。」
すると男は答えた。
「・・・我々はバルギウスやファートリアから強制的に連れてこられた民です。」
「強制的に?」
「はい、騎士や魔導士団の身の回りの世話や、小さい農場を管理するように言われてます。」
「北の畑は荒れ地になっているようでしたが?」
「はい・・我々が言われているのは自分達と騎士様や魔導士様の食料確保のため、南側にある畑を管理しろと言われています。さらにはユークリット方面やラシュタルから食料調達をするために居るのです。」
そうか・・強制徴用されて連れてこられた徴用者か・・
「分かりました。」
民がシンっと静まり返り俺の言葉を待っているようだ。
「お答えいただきありがとうございます。私もお答えしましょう。私からすれば・・皆さんはこの街を不当に占領していた占領軍に、従事している者たちと言えます。」
民衆がざわめく。
「どういうことですか?」
「私はこの地を治めていた領主グラム・フォレストの息子、ラウル・フォレストです。」
「サナリア領主さまの息子様?」
「いきなり攻めこまれて滅ぼされたので、自分の国を取り返しに来ました。」
民衆がさらにざわめいた。さらに男が言う。
「サナリアの御曹司!我々は敵国の人間です。あなた方から見れば国を滅ぼした憎き怨敵、それをどうこうするつもりはないとは・・どういうことなのですか?」
「言葉通りです。」
「捕虜、もしくは処刑すべき対象だと思われますが・・」
この世界の常識ではそうなるのかな?でも強制的に連れてこられたものを殺しても仕方がない。
「いや・・どうでもいいんだそんなこと。」
「どうでも?」
間違って素で話してしまった。
「いや私は、あなた方もいわば被害者であると思っています。国から強制的に連れてこられて労働を強いられている。自らの意志ではないでしょう?」
「しかし皇帝の命とあらば我々民は従うしかないのです。それは当然の事です。」
「でしょうね。・・・なら、どうします?もし国に帰るというのであれば物資を供給いたしますが。」
ザワザワザワ
民衆が大きくどよめいた。
「あの!ここに居るものは皆が強制的に連れてこられた者たち、しかも国に家族を残して来た者達が大勢います。みすみす帰ったとなれば処刑されるかもしれません。いや!こうなった以上、すでに・・我々にも残された家族にも生存権など認められてはいないでしょう!」
そうか・・家族を人質に取られて強制的に連れてこられてしまったのか・・
「なるほど。我々はその悪しき政治を行っている者達から、民を救いたいと思って帰ってきました。しかしすべての民を救う事など出来ないかもしれません。ここに居る民が少しでもファートリアやバルギウスに帰って情報を伝えれば、残されているものが殺されるという事もあり得るでしょう。」
「はい。」
「ですから、この地に居た騎士や魔術師団がまだ生きているという事にします。」
「えっ・・・?」
「ええ、誰も死んでいない。そういう事にしましょう。」
場内がまたシンと静まり返る。どうやら俺の次の言葉を待っているようだ。
「誰も死んでいないのだから、あなた方の家族に問題は起きないと思います。」
「それは・・どういう・・」
「兵たちが死んだというのは皆さんの勘違いでしょう。」
「そんな・・・ばかな・・」
「この世界の民はファートリアバルギウスの権威者や一握りの者達のためにあるのではない。皆に生きる権利があり、誰にも屈服することなく自由に暮らす権利がある。」
いよいよ場内がシーンとしてしまった。今まで自分たちが生きてきた世界の常識を否定し、おもいきり覆すようなことを言っているのだから当然と言えば当然だ。
「もちろん従うべき優秀な王や領主、貴族もたくさんいると思いますが、命を差し出すのは兵士達だけで十分だ。普通の民が強制的に家族と引き離され、簡単に命を取られていいものではない。」
どよどよどよどよ。
民衆にどよめきが走る。生きろと言われて驚いているらしい。
「ですが・・我々にはどうすることも・・」
「大丈夫です。我々がユークリットを奪還し、更にはバルギウス帝国、ファートリア神聖国をも制圧する予定です。」
「そんな大それたことを?やるとしても時間がかかりすぎるのでは?いやその前に・・ここには定期的に兵が送られ伝令が戻らねば怪しまれます。国に家族を残して来た者がそれを容認できるとは思えません。」
「大丈夫です。それも対処法があります。」
そう・・対処法とは、魔人達をここに駐屯させて、伝令の兵にはサキュバスの催眠により偽の情報を伝える事だ。補給の人員に対してもサキュバスの催眠が有効だろう。
「じきに、ここには我々の仲間がたくさん来ます。ただし・・皆さんの国の常識では計り知れぬ者達です。」
「それはどんな人々なのですか?」
「魔人です」
民が一番大きくどよめいた。
それはそうだ・・
伝説の存在をたくさん連れてくるというのだ、頭がおかしいと思われてもおかしくない。
「いえ、わかります。先ほどのあなた方の力は・・人外のものだ。そう言われても私たちが信ずるだけの十分な説得力がある。」
男が言う。
どうやら・・男には何らかの知識があるようだ。どうやらすんなり納得してくれたようだ。
「であれば、我々の要求を受け入れてもらう以外、助かる道がないかもしれないと言う事は?」
「わかります。」
「では!どうするかを皆で考えてほしい。我々はあなた方の意志を尊重します。もし旅立つのであれば協力を惜しみません。次の兵士の巡回はどのくらいに?」
「4日後となります。」
「3日後までご返答おまちしております。」
「わかりました・・・。」
先頭で話していた頬に傷をもつ男は、後ろを振り向いて民に叫ぶ。
「こちらの方達は私たちの意見を尊重してくれるという!3日の猶予をくださった!留まるもよし、帰るもよしとの寛大なお言葉だ。それぞれ家族同士話し合いをしても良いだろう。それまでに答えを出そうではないか!」
すると少し離れたところに居た男が叫ぶ。
「まて!ハリス!そんな話を信じられると思うのか?俺たちはどっちにしろ殺されるんじゃないのか?」
叫んだのは誠実そうだが気の弱そうな男だった。
「マーカス・・俺達に選択の余地は・・そう多くはない。」
「ま・・まあそうだが・・信頼するに足りるか?」
「信頼するもしないも、あの圧倒的な戦いを見てお前は何も思わんのか?」
「・・・・それは・・」
マーカスと呼ばれた男は口を閉じた。
「だが・・ハリス。自由に生きても良いなどという事・・俺には信じられん。」
「そうか?俺は元冒険者だ!自由に生きていたつもりだった。しかしギルドは解体されて強制的にここに送られ、兵士どもの世話をさせられ続けた。もう自由は無いと思っていたが・・彼は自由をくれると言う。たしかに俺はそれに乗りたいだけなのかもしれない・・だが皆はどうなんだ?」
「私は・・私も自由が欲しい。」
「俺は・・家族に、娘に会いたい!」
「でも!家族が殺されたりしないのか?」
「そうだ!それもあり得るんだぞ!」
ガヤガヤと大衆が話をしだして収拾がつかなくなってきた。
「皆さん!ちょっと落ち着いてください!」
キーン
俺が叫ぶ。でかい声をあげすぎて、ちょっとLRADスピーカーがハウリングをおこしちまった。
「すみません。いきなり来て信じろなんて無理かもしれない!でもおそらくあなた方に残された時間は少ないはず。これまでの生き方を変えろなんて、おいそれと飲みこむことは出来ないでしょう。だから・・本当に皆の自由な意思で決めてください。とにかく3日だけ待ちます。」
「というわけだ。マーカス!俺はこの人のいう事を信じてみる。だが・・皆で話し合いをもとう。」
「わかった・・ハリス。じゃあみんなで話して決めよう。」
住民全員は神妙な面持ちで家に戻っていくのだった。