第162話 メイドが熊だった件
「おい。起きろ!」
「・・・・・・」
さっきから木のトレントにずっと話しかけているが、全く反応しない。
「連れてきたぞ!起きろよ。」
「・・・・・・」
《あれ?間違ったのかな?この木じゃなかったっけ?》
「おーい。」
シーン
どうやら違ったようだ。でも・・この木だったような気がするんだがなあ。
ちょっと振り向いて他の木を見渡してみる。
《いや・・間違いない・・この木だ。》
「この木じゃないのかぁ。じゃあ燃やしてしまおうかぁ。」
M9火炎放射器を召喚して、目の前の木の根元に火炎を放射してみる。
ボゥ
火が届く前に動いた。
ズボッ!!!ドドドドドドド!
「うぉあっつ!熱っつぅ!!熱っつっう!!」
木は抜けて3歩後ろに後退した。元居た場所のあたりが燃えている。
「なんだよ、いるんじゃないか?」
「なんだよ。じゃないわ!なんで燃やすんじゃ!熱いじゃろが!」
「だって答えないからさ。」
「いや!だってそんなの連れてきたら怖いじゃろが!そもそもなんでそれ連れてきたんじゃ!?」
「ああ、これ?大丈夫だよ。俺が使役してるから。」
「そりゃ見りゃわかる!じゃがわしは、それをやっつけてくれってゆうたじゃろ!」
「いやあ・・懐かれたヤツをやるのは忍びない。」
「それに・・なんでお前さんとつながっておるのじゃ!」
「ああ・・じいさんは、そう言うのもわかるんだ?そうだね、どうやら俺の系譜に組まれてしまったらしい。」
「系譜?」
「よくわかんないんだけど、たまに魔獣に懐かれるんだよ。」
「ならばそいつは、ワシを折ったりせんのか?」
「ああ、俺が命じなければ大丈夫だと思う。」
「思う?それ・・怖すぎるじゃろが!連れてくるでない!」
「だってさ、俺もどうしていいか分からなかったんだよ。」
俺とトレントに沈黙が流れた。確かにトレントだってコイツを連れて来られても、どうしていいか分からないかもしれない。
《そりゃ考え込むわな・・でもさ・・俺を巻き込んだんだから少しは考えてくれよ!!》
イライライライラ
「グルルルル」
沈黙したら巨大レッドベアーの喉がなった。
「わっ!わっ!わっ!なんじゃ!これは何で唸ってるんじゃ?」
「俺もよくわからない。俺がイライラしちゃったからな。」
「なんじゃ!お前もワシを殺す気か?お前さんならこの森を消すくらいわけないんじゃろうが・・・どうかそれだけはやめてくれ。」
「そんな気ないよ。」
「ほっ」
「で、どうしようかな?」
「じゃな。」
「えっと。コイツここに置いてっていい?」
「はあ?おぬしは何をいっとるんじゃ?だめじゃだめじゃ!ダメに決まっとるじゃろが!いや・・そもそも・・なんでおぬしと繋がったのか解せぬわ!」
「俺だってしらないよ。」
「いや・・今、ぜぇーったい知ってる顔しとった。何か知っとる顔じゃった。ワシ見逃さんよ。」
「・・わかったよ・・おそらくなんだけど、俺達が撃ちこんだ鉄の玉がコイツの頭に残ったみたいなんだ、たぶん俺の強大な魔力がそこから流れ込んだんだよ。そしたらこんな大きくなって、さらに俺と繋がってしまったらしいんだ。」
「やぁーっぱりな!おかしいと思ったんじゃ。ならやはり、おぬしのせいではないか!」
「まあ、それは・・認めるよ。繋がっちゃったら、言い訳も出来ないしな・・」
「それならば、それを森から連れ去って出て行ってくれぬか?」
「えー。こんなおっかないの無理。」
「無理って・・。ん?しかもよく見れば、そいつはおぬしの仲間を喰っておるようだぞ・・魂がそこに残っておるようじゃが?」
「どういうことだよ。」
「なんか人間のおばさんのような顔が浮かんどるぞ。こう・・なんというか、ふくよかな人の良さそうなおばさんが内在しておるぞ。」
えっと・・まさか・・
「これは!?こやつはあのときお前たちから撃たれた場所に戻って、やられたおばさんを喰っとるわい。」
セルマだ・・
「そのおばさんじゃがの、お前たちが心配で心配で残ってしまったようじゃが。」
本当かよ?俺は巨大レッドベアーに向かって声をかけてみる。
「セルマ。起きてくれる?」
目がぱっちり開いた。
「ええと・・セルマ?」
くぉーん!
俺の顔をべろべろと舐め始めた。
「本当にセルマなのか?」
すると、両手が俺を両サイドから挟み込み持ち上げて、目の前に持っていく。俺はじっと目を見つめる。
・・やっぱり・・やっぱり・・
おっかない!!
俺はぐいっ!と爪を開いて地面に降りる。
「おっかないけど、セルマの魂が残留してしまったのは間違いなさそうだ。」
「じゃな。きっとおぬしの不思議な魔力のせいじゃろう。どちらかと言うと呼び出された?に近い気がするがの・・・」
「俺に引っ張られたってことか?」
「まあそんなところじゃな。」
マジか・・俺はメイドたちの弔いをしようと森に入って探したが、なんと・・俺の魔力がセルマを呼んでしまっていたのか。
「それで・・おぬしはどうするつもりじゃ。」
「どうって・・」
俺は巨大レッドベアーを見つめる。
「セルマがいるのか?あのさ、あのとき置き去りにして悪かった。逃げてしまった事を謝るよ。」
すると巨大レッドベアーがでっかい頭をブンブンと振った。そしてもう一度俺を見つめると、その目から涙があふれてきた。
「もう一度・・セルマの魚のパイを食いたかったな・・」
すると巨大レッドベアーの大きな爪が俺の頭に降りてきて・・弱い力でなでたのだった。
「セルマ・・ごめんね。俺が弱かったから・・俺何とかしようとしたんだけど・・」
巨大レッドベアーがぶんぶんと頭を横に振っている。まちがいない・・セルマだった。こんなにおっかない姿になっちまって・・マリアに何て言ったらいいのか分からない。
「わかった・・トレントのじいさん。俺セルマを連れていくよ。」
「そうかそうか!そりゃよかった!また折られたらたまらんからな。」
「あ、そういえばセルマ・・どうして木を折ったんだ?」
すると巨大レッドベアーは身振り手振りで俺に伝えてきた。
「うん・・ほぉ・・うんうん。なるほど。わかった。」
「おお!理由が分かったのか!なんでじゃ?なんでこやつはワシらを?」
「ああ、歩くのに邪魔だったんだって。」
「はあ!?なんじゃ!!!!そんなことで折りよったのか!!このバカ熊が!!」
するとセルマ熊はぎろりとトレントを睨む。
「・・・あの・・まあなんじゃ・・いいんじゃいいんじゃ!接ぎ木したりして何とかなっとるし・・まあ気にせんでえーよ。」
「と、いう事なんでコイツは連れていくことにするよ。」
「おお!おお!はよ、行け!」
「でも、恩が出来たな。何か返せることがあればいいんだが。」
「いらんわ。そいつの暴力を収めてくれただけで十分じゃ。まあ逆に・・おぬしの仲間がこの森を通るときは融通を利かせてやろうではないか。」
「それはありがたいな。でも俺の仲間ってどうやってわかる?」
「おぬしの鉄の玉をもっとれば、わしらは気が付くじゃろて。」
「なるほど!わかったよ。じゃあよろしく頼む。じいさんもなにか困ったことがあったら言ってくれよ。」
「おぬしもな。」
俺は右手を上げてトレントに別れの挨拶をした。俺の後ろをセルマ熊がノソノソと着いて歩いてくる。振り向くとトレントは既にただの木になっていた。
俺が小隊のもとに戻ってくると、みんな起きていた。
「寝てくれって言ったのに。」
「ラウル様!我も言ったのですが誰も眠ることは無く。」
「そうか・・」
「それは・・ラウル様とつながっておりますね。」
「ああ系譜に入ったらしい。」
「ずいぶん巨大なレッドベアーですね・・レッドベアーなんですか?」
「ああ、まあそうだ。」
俺が後ろを振り向くとシャーミリアとマキーナが護衛するように立っていた。
「シャーミリア。これの魂がわかるかな?」
「はいご主人様、年配の人間が入ってしまっているようです。」
「やっぱりか・・」
俺とギレザム、シャーミリアが話をしているとぞろぞろと魔人達が近寄ってくる。
「皆、起こしてしまってすまない!休んでくれていいぞ!」
「えっと・・ラウル様、これはなんです?」
「ラウル様にずいぶん懐いておいでですが・・」
「懐くというより・・母性を感じます。」
「本当だ、なんだかラウル様を愛おしそうにしておりますね。」
ゴーグ、ミノス、セイラ、ルピアがそれぞれに熊をみて感想を述べている。
「まあ・・そうだな。」
すると魔人の後ろから、マリアとカトリーヌも歩いてきた。するとマリアが・・魔人をかき分けて熊の方に近づいて行く。
俺が使役しているので誰も何も言わない。
マリアは座る熊の前に来て・・ジッと目を見つめている。熊の目から涙が流れ落ちる・・慈愛に満ちた目でマリアを見ていた。
沈黙が流れた。
するとマリアの目からスッと涙が流れる。
「ラウル様・・先ほど見た時に思ったのですが・・まさかとは思いますが・・このレッドベアーは。」
「なにか感じるのか?」
「セルマ?」
「どうやら・・そうらしいんだ。」
するとマリアはいきなり熊の腹にズボっと抱きついたのだった。
「セルマ!セルマ!ごめんね!わたし・・わたしたちは、あなたをおいて行ってしまって・・本当にごめんなさい、うぇうぇ・・・わーん。」
マリアが泣き始めてしまった。
どうやら先ほどチラッと熊をみて、セルマの気配を感じ取っていたらしい。母親のように料理を教えてくれたセルマ、一緒にメイドの仕事を手伝ってくれたセルマ、その気配をマリアは忘れることは無かったのだ。
セルマ熊は爪を一本立てて、マリアの頭をそっとなでていた。あんなに怖いと思っていた顔が、慈愛に満ちた母親のような顔になっている。
「セルマ!あのね。イオナ様もミーシャも生きてるのよ!わたしね!魚のパイも上手になったの!そしてずっとセルマの味に近づけるように研究しているのよ!」
すると熊が上に向かって遠吠えのように泣き始めた。
「うぉぉぉぉぉん!うぉぉぉぉぉん!うぉぉぉぉぉん!」
「うわーん、うええええええ。うわーーん。」
マリアもそれに合わせて子供のように泣きじゃくってしまった。
すでに空は薄明るくなっていて、朝がすでにそこまで来ていた。
魔人達は二人の姿を見て、もらい泣きしてしまうものもいた。どうやら系譜のつながりが無くても、人間の繋がりというものが深いという事に感銘を受けているようだった。
俺も・・涙を浮かべている。
よし・・
セルマは朝になったら川に行って洗ってやろう。
セルマも臭いのは嫌だろう。どこかで香水でも買ってやろうかな・・
少しでもセルマに出来る事を考え始めるのだった。