第160話 森のトレント
メイドたちがこの森で惨殺された。
ぐちゃぐちゃに潰され引き裂かれ上半身が無くなり殺された。爪が襲い牙の餌食になった。
生き残ったメイドはマリアとミーシャだけ。
俺達はあのときレッドベアーから襲われ逃げたのだ。
セルマが死に・・他のメイドも死んだ。
守れなかった・・・・
あの時、俺は力も弱く魔力も小さかった・・小さかった俺には何もできなかった。
イオナとマリア、ミーシャが生き残っただけでも奇跡としか言いようがない。
だが・・仲間の骸も放り出して逃げたのだった。
あれから数年が立ちどこにもその争いの傷跡はない。もちろん骨が残っているわけでもない。
何年もかけてやっとここまで戻ってきた。ここは魔獣の住む森・・すでに彼女らの骸などあるわけがなかった。
あのとき俺達はただバルギウス兵から逃げる・・それで精いっぱいだった。
「マリア・・」
俺はマリアの肩を抱きながら、車に揺られていた。
マリアは嗚咽を漏らして泣いていた。記憶が鮮明に蘇ったらしい・・。
俺はマリアをさらに引き寄せて強く抱きしめる。
カトリーヌは俺達の横に黙って座っていた。カトリーヌはマリアの手を握りしめている。ここで何が起きたのかは俺とマリアしか知らない事だが、しかしカトリーヌとてユークリットから逃げた貴族、俺達と同じ思いをして今ここにいる。だから痛いほどマリアの気持ちが分かるのだった。
「ギル」
「はい。」
「停めてくれ」
「はい。」
車を停める。
「ライトを消してみてくれるか?」
「はい」
するとあたりを暗闇が支配した。月あかりは届かず真っ暗な森・・あの時と全く同じだった。
「ギル!ルフラ!森で薪をひろってきてくれ。」
「はい!!」
二人が車を降り街道をそれて森に入る。
俺は念話で全員に指示を出す。
《全員休んでいいぞ!戦闘糧食を召喚するから取りに来てくれ!》
《は!!!!!!!!!!!!!!》
全員が返事を聞き俺は後部ハッチを空けて外へ出る。
俺は第二次世界大戦で使用されたドイツ軍のビンテージランタンを召喚する。灯りをともし地面に置いた。
ドサドサドサドサドサドサドサ
缶詰や乾パン、ペットボトルの水、チョコレートやベイクドケーキなどの多国籍な戦闘糧食を召喚して、地面に広げたテントシートの上に並べていく。
「みんな来たか!皆にいきわたるのを待たなくていいから、適当に好きな物を取って、すぐに食ってくれ。」
「ありがとうございます。」
「では遠慮なく。」
「いただきます。」
それぞれが自分の好みのものをひろっていく。
「じゃみんな適当に休んでてくれ。マリアとカトリーヌは車両の中で休むといい。」
「わかりました。」
マリアは目を赤くしながら答える。
「ありがとうございます。」
カトリーヌはマリアにそっと腕を回して抱きしめてくれていた。
「じゃ、俺ちょっとでかけてくる。」
「お待ちください!ご主人様!どちらへ?」
シャーミリアが引き留める。
「ああシャーミリア。野暮用なんだ。」
「私奴が護衛に。」
「大丈夫だよ。」
「しかし・・」
「本当に大丈夫だ。」
強い意志で伝えるとシャーミリアは何かを感じ取ってくれたようだ。
「かしこまりました。」
俺が森の中に入ると、大量に薪を抱えるギレザムとルフラがこちらにやって来た。
「皆のために焚火を燃やしてやってくれ。」
「わかりました。ラウル様はどちらへ?」
「ああ、古い知り合いに会いに行く。」
「こんなところで?」
「ああ。」
「それでは我が一緒に。」
「いや・・俺一人で行く。二人は戻って休んでくれていい。戦闘糧食も出してるから食ってくれ。」
「わかりました・・しかしお一人で?」
「大丈夫だから。」
「・・わかりました。では・・お気をつけて。」
俺はギレザムとルフラの二人とすれ違い森に入っていく。
「あ、ギル!」
振り返ってギレザムに声をかける。
「なんでしょう。」
「帰るまで少し時間がかかるかも・・」
「わかりました。」
ギレザムが少しのあいだ俺の後姿を見つめていたが、振り向いて皆の所に帰って行った。
少し後、俺は闇夜の森を疾走していた。
かなりの範囲を走りたくさんの魔獣とすれ違った。ファングラビット、グレイトボアなどがいたがほとんどをスルーして疾走する。
「さて・・」
夜になりさらに森は冷え込んで来た。息は白く普通の人間なら凍えるだろうが・・俺の魔人側の魔力の影響だろう・・全く寒くない。
すれ違う魔獣たちを完全スルーしてさらに森の中を駆け巡る。
「しかし・・凄いスピードだな。我ながらこんなに身体能力が上がっていたとはね。」
俺の能力は先のアンドロマリウスとこの前のアンドロアルフス2体のデモンを倒す事により、驚くほど向上していたのだった。向上した理由は魔力容量の爆発的な拡大だった。
森を駆け周りながら奥へ奥へと進んでいく。
しばらうすると森の奥に彷徨うスケルトンがいた。
おっと・・
俺は疾走をやめて、ゆっくりそのスケルトンに近づいてみた。
カチカチカチ
俺に気がつき音を立てて近づいてくる。
よく見ると男のスケルトンだった。皮の鎧がかろうじてまとわりついている。
違うな・・
スケルトンはさびた剣で襲いかかってきた。
振り下ろされた剣をかわし、俺はコマのように体を回してスケルトンの頭を蹴る。すると頭蓋骨は飛ぶのではなく粉々になってしまった。俺の蹴りのスピードが速すぎたからだ。棒立ちになっているスケルトンの肋骨と腰のあたりにも双脚でキックを叩きこむ。
バシュン
スケルトンは粉々になり動かなくなる。
やはりメイドたちの骸は全て魔獣に食われてしまったのだろうか?ようやく見つけたスケルトンだったが彼女らのものではなかった。もう彼女らはどこにもいないのだろうか。
スケルトンを倒し、更に森を駆け巡る。
疾走する風切音がビュービューとなる。
魔獣の割合が多くなってきたのは森のさらに深部まで来た証拠だった。その後もスケルトンやゾンビなどを少し見かけたが、どれも仲間達のものではなかった。
「魔獣が少し増えたな。」
彼女らが屍人になってまだ苦しむようなら、見つけて弔ってやりたかったが、いくら探しても見つける事は出来なかった。そう、探しているのは彼女らの屍だ。
それでも俺は走った。
すると・・レッドベアーが現れた。しかし小さい・・5メートルぐらいであろうか?あの時のレッドベアーではない。俺が立ち止まってそいつを見ていると、俺を認識してノソノソとこちらに歩きだしてきた。しかし俺はそれを無視して更に森の奥に入る。
何匹かの魔獣とすれちがい森の深部に来たようだった。結局メイドたちの屍を見つけ出すことはできず、立ち止まってどうするか思案していた。
「どうやらだいぶ深いとこまで来たようだ。どこにも彼女らはいないな・・。帰るか・・」
森の深部は既に暗黒が支配している。普通の人間ならば何も見えないだろう。ただ光が届かないだけではなさそうだった、俺の視界も悪くなってきているようだった。だが行動に支障が出るほどではない。
「おぬし・・」
ザッ!と俺は身構える。
全く気配が無いのに声をかけられたからだ。
「誰だ?」
「こっちじゃ。」
声のする方を振り向くが誰もいなかった。
「姿を現せ。」
「目の前にいるであろうが。」
・・・暗闇だから分からないのか?目を凝らすがどこにも誰もいない。
上か・・
俺が上を見上げるとそこに顔があった。顔は大木の表面に浮かんでいた。
木の顔が動いている。
「トレントか・・」
「ああそうじゃ。おぬしは人間か?」
「ああそうだ。」
「馬鹿を言うな。そんな魔力の人間がいるものか。」
そんなわけないだろう!という顔で俺を見るが、訝しそうな眼をしながら何かを納得したような顔になる。
「なら、俺は何だというんだ?」
「・・間違っておらぬなら・・おぬしは魔人であろう。」
「まあ半分はね。」
「半分?」
「魔人と人間に出来た子供だ。」
「ということは魔人が生きておるのか!久しいのう。」
なるほどコイツは長生きしてるんだろう。昔の大陸にいた魔人を知ってるとみえる。魔人の国をしらないのはこの森から動いた事がないからか?
「木の爺さんは長生きしてるみたいだな。」
「もうどれだけ生きたかわからんなぁ・・・。」
「そうなんだ。じゃ、俺はもう行くよ。」
「は!もうちっと感動とか驚きとかせんのか!?ま、まあまて!せっかく来たのじゃ、もう少し話をして行け。」
なんだ・・木のじいさん寂しいのか。仕方がない少し話をしてやるか。
「なんだよ。」
「なぜおまえはこんなところにいる。というか魔人など久しいというのに急に現れおって・・」
「いや・・散歩。」
「馬鹿を言うでない!こんな夜更けに魔獣の森を散歩する奴があるか!」
「んー、まあ散歩みたいなもんだよ。本当に・・」
「みたいなもんとはどういう事じゃ?」
木なので特に動きはないが一応表情に変化はあるようだった。疑問顔で聞いてくる。
「あの、死んだ仲間たちを探しているんだ。」
「なんじゃ!そんなことか!ならワシに聞けばよかろうて!」
「そんなことが、わかるものなのか?」
「どんなに長い間この森に生きておると思うのじゃ、大抵の事は覚えておるわ。」
「・・この森でメイドが3人死んだ。知ってるか?」
「長い歴史の中でここで死んだ人間のメイドなどごまんとおるわい。」
まあ確かにそうだよな。いろいろ知っているとはいえ、そんなに長いこと生きてれば同じようなことの一つや二つはあるか。
「5年くらい前の話なんだが、こんな真っ暗な夜に3人のメイドがレッドベアーに殺された。俺と3人の女がそのレッドベアーを追い払って何とか逃げたんだ。」
トレントのじいさんは何やら考え込むようにして目をつぶった。どうやら腕組みをしているようなしぐさでものすごい険しい顔をしている。考えてくれているらしい・・動きが止まってまるで普通の木になってしまったようだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
なんだ?やっぱり相当な量のデータの中から調べるのに時間がかかってるのかな?
「じいさん・・やっぱり探すのは難しいか?」
「・・・・・・」
「おい。もうやめてもらっていいぜ、待ってるのも辛くなってきた。」
「・・・・・・」
「もう行くわ。」
俺が振り返って森から帰ろうとすると・・
「ああああ!!まて。間違って寝てしもた!!!思い出したぞ!」
寝てたとかふざけやがって、でもどうやら思い出してくれたらしい。
「何を思い出した?」
「お前、何か変な魔法を使うのではないか?鉄の玉を出す・・」
「それなら、たぶん俺だな。」
「ああ!そうかならお前で間違いないわ。というかおぬしだいぶ変わったのう・・髪も白くなって目の色が赤い。そしてその魔力の量・・それはなんだ?」
「まあ俺もいろいろ苦労してんだよ。で一緒にいたメイドたちはどうしたかな。」
「森に・・吸収してしもた。きちんと森の養分となって循環させておるわい。」
「そうか!ならば彼女らは屍になったりしてないんだな!」
「ああそうじゃ。きちんと自然に帰してやったわ・・不憫じゃったの。」
「ありがとう。ならいいんだ。じゃあ俺の話は終わりだ。いくぜ・・」
「まてまて!!せっかく教えてやったんじゃ!ワシのいう事も聞いてくれぬか?」
「なんだよ。」
そして俺はトレントのじいさんの話を聞くことになったのだった。