第157話 安全保障条約
王城内はあらかた片付けた。飛び散った血を拭きとり破壊された木片などを無くしたのだった。
なるべく原状復帰を心掛けたつもりだが、あとは彼ら人間がやるだろう。
俺は都市内を歩いていた。
俺と配下がみんなで都市内を歩くと目立ちまくるので、俺とマリア、カトリーヌと護衛のシャーミリアの4人で都市内を見回ることになったのだ。
街は洪水が過ぎ去った傷跡が残されていた。
「レヴィアサン出現のおかげでだいぶ壊れちゃったな。」
「はい、ご主人様。元に戻すのにだいぶかかりそうですね。」
「まあ彼らに頑張ってもらうしかない。」
「はい。」
とりあえず復興のためのお金をティファラ王女に渡してやってもらう事になる。
「マリアとカトリーヌにもかなり危険なことをさせちゃったな。」
「いえ!ラウル様に仕えるのが私の仕事ですから!」
「わたくしも常にラウル様の傍にいたいのです。お気になさらずに。」
二人は慌てて俺に言う。それでも魔人達より弱い彼女らはマージンを取らないと危ない。
《ルフラアーマーが凄く役に立つことがわかったが、まとえるのは一人だけだしな・・》
「貴女がたは、ご主人様の大切な人なの。無理な時は引く時だって必要よ。」
シャーミリアに窘められる。
「は、はい。」
「わかりました。」
「まあ今回の作戦行動は全て俺の指示だしな。魔人と一緒なら大丈夫だと思うが、いざというときは自分の命を最優先に考えてほしいな。」
二人はコクリと頷いた。
4人は話ながら住宅地に歩いて行く。
街には人々が戻ってきて復旧作業に追われているようだった。家の中に入り込んだ土砂をかきだしたり、ダメになった家具を運び出したりしている。
「ラウルさーん!」
声をかけてきたのはラシュタル騎士のターフだった。
3人の女性陣をみて顔を赤くする・・それもそうだユークリットの女神の姪っ子、作り物のような美しさの可憐な美女、プロポーション抜群のメイドマリアがいるのだ、惚けてしまうのも無理はない。
「ターフさん首尾はいかがですか?」
俺が声をかけると我に返ったように返事をする。
「あっ!ぼちぼちと言ったところです。」
「それはよかった。」
「このご恩はいつか必ず。」
「まあ、何かあった時にお願いしますよ。」
「これからミナとサラのところに行くんですが一緒にいかがですか?」
「丁度よかった。ぜひ様子を見に行きたいです。」
俺達一行はターフについて行く。
孤児達が住むオンボロ長屋は半分くらい壊れてしまっていた。
「ミナ!サラ!」
ターフが手を振り片付けをしている2人に近づいていく。
「ターフ!」
サラが走りよってきてターフにしがみつく。
俺が後ろから近づいて行くと、サラはターフに隠れるように下がった。
遅れてミナが歩み寄ってくる。
《さてと・・俺達の作戦は成功したかな?》
「ターフ、こちらの方は?」
ミナの初めて接するような態度に、ターフは少し躊躇したように答える。
「ああミナ、この人は旅の人でね、俺がいろいろ世話になったんだよ。」
「まあ!そうなんですね!ターフを助けてくれてありがとうございます。」
「いや、俺達は大したことしてないから。」
《よし!作戦は成功している。アナミスが見せた夢と現実が重なっているのだろう。》
「ターフはおっちょこちょいだけど、強くて頼りになるんですよ!街を取り返してくれて敵を追い払ったんです!そして!私達や他の孤児に大量に金貨を配れなんて持ってきてくれたんです!」
ミナが興奮気味に目をキラキラさせて言う。
「それはよかった。ターフの善意だ。有効に使うといい。」
「はい。ありがとねターフ。」
「・・・ああ。」
ターフが俺をじっと見るが知らん顔をする。
「じゃあ俺たちは行くよ。ターフ!また後で!」
「はい。」
俺はがっちりターフの手をとって握手をする。先日の夜間ローラー作戦で下々の者に金が回るようにした。それが戻ってきた騎士たちによるものとするのは大きい。
俺たちはその場を去った。
すると後を追うように、ターフにしがみつくサラがぽつりと言う。
「あれ?ターフでもあの人・・どこかで見かけたような・・」
「サラ、あの人たちは昨日着いたばかりだから気のせいじゃないかな?」
「あ、ああ・・きっとそうね。」
姉妹二人は歩き去る4人の姿をしばらく眺め、そのうちターフに目線を移し話はじめるのだった。
「ご主人様。思い通りに動いているようで何よりですね。」
「生きた金になるよう望むがね。まあ貧困層への一時的な給付金程度にしかならないだろうから、あとはこれからの国政次第だな。」
「はい。」
「とはいえ、今はグラドラムや魔人国との国交しか望めないから、かなり援助は必要となる。グラドラムだって国としてほとんど機能していないしな。」
「はい。ラインを確立させる為、既にマキーナをルタンに飛ばしてあります。」
「迅速な対応ありがとう。」
「いっいえ!礼など!ラウル様の御心のままに動いたまでです。」
「いいんだ。これまで指示が遅くなって後手に回ってきた場面があったからな。自発的に考えて動けるシャーミリアの行動はありがたいんだ。数千年の知恵を貸してくれ。」
「ありがとうございます。」
シャーミリアが深々と礼をする。なんだか感動で打ち震えているようだ。
「アナミスの催眠による騎士達の国盗り物語は完璧だな。」
「そのようですねラウル様。」
あと数件の貧困層に金をまいたのでひととおり確認に回って、そこにいた兵士達と話をした。金はある程度貧困層に一時金として回ったようだ。
街の東側は被害が少なくて復旧は早い段階で終わるだろう。俺たちは城下をひとまわりしてきて、王城に戻ってきた。
「ラウル様!」
王城の門の前にはエリックがいた。
「エリック!どうかな?街はうまく復興できそうかな?」
「まあ住む所はどうにかなるでしょうね。」
「あとは食料や物資か・・」
「そうなります。」
「よし。じゃあこれから俺達魔人国とラシュタル王国の話し合いだな。」
「ええ、ティファラ王女とルブレスト大臣がお待ちです。」
「兵も集めてくれたかな?」
「ええ、まもなく全員揃うでしょう。」
俺達はエリックに誘導されて王城内に入っていく。
会議室に通されるとすでにティファラとルブレスト、ラシュタル兵、俺の仲間達が会議の席に座っていた。
俺が入っていくと、全員が立ち上がって礼をする。
「ラウル様はこちらへ。」
机をはさんで両サイドにお互いの国の者が立っている。俺の席はラシュタル兵の反対側で配下達の真ん中になる。
「ゴーグは二人を連れて来てくれたかな?」
「はい。」
「連れてきてくれ。」
ゴーグに連れられて会議室に入ってきたのは、孤児のマイルスと犬の獣人リューズだ。
「あの・・失礼します・・」
「ど、どうも。」
先日まで一緒に居た仲間だというのに、こういう場所に来るとやはり緊張するらしい。カチカチになって歩いてくる。
「二人もこっちへ来てくれ」
俺が二人に促すと俺のそばにやってくる。
「兵士の皆さんも全員揃ったので始めようと思います。ティファラ王女を・・」
「はい」
俺の掛け声にエリックがドアを開けると、ルブレストに引率されてティファラ王女が入室してくる。俺を含めた部屋にいる全員が立ち上がり頭を下げる。
ティファラ王女が会議テーブルのいわゆるお誕生席に座った。
「それではみなさんどうぞお座りください。」
ティファラ王女の掛け声に全員が椅子に座る。俺の正面の兵士の真ん中にはルブレストが座っている。
「司会進行は私で良かったでしょうか?」
「はい、あなたにお任せします。アルガルド王子」
ティファラ女王は俺を魔人国の正式な名称で呼んだ。
「ありがとうございます。それではこれよりラシュタル王国および魔人国の国交の為の会議を行います。」
「よろしくお願いします。」
ルブレストが深々と頭を下げるのに対し、ラシュタル兵士たちも合わせて頭を下げた。それに対して魔人国側も全員が頭を下げた。
「では初めにラシュタル王国王女の就任を改めてお祝いさせていただきます。おめでとうございます。」
ラシュタル兵と俺達の配下が全員拍手をする。マイルスとリューズもつられて拍手をする。
「こちらは就任をお祝いするための魔人国からの贈答品となります。」
麻袋4袋、紙を丸めてひもで結んだスクロール4本、宝石類、貴金属類、エリクサーを一箱出す。これは・・魔人国から持ってきたものではない。形式上必要だったので、奴隷商から奪い返した金と金銀財宝類だった。もちろんティファラも承知の上だ。
「内容詳細は金貨が4000枚、攻撃魔法スクロール、財宝類、エリクサー一箱。となります。」
「これは高価なものを、謹んでお受けいたします。」
ティファラが受け取ってくれた。全員で礼をしてまた拍手をする。
「まあ・・形式ばった所はこのへんで良いかな?」
俺がちらりと皆をみて言うと、皆が笑いながらうなずく。
「ティファラ。それで俺が話を進めてもいいのか?」
「大丈夫ですわ、ラウル様。」
ざっくばらんに話を始める。
「じゃあルブレストさん。俺達から提案があるんだがいいかな?」
「なにかな?」
俺は魔人国王子として話しているため、大臣であるルブレストに敬語を使っていない。ルブレストからの申し出でそうしている。
「おそらく敵はかなり強大だ。それは皆さんご承知の通りだと思う。」
「そうだな・・」
ルブレストは苦虫を潰したような顔をする。
「失礼ながらここに集まったルブレストさん、および47人の兵士では完全に戦力不足は否めない。」
「そのとおりだ。」
「そこでだが俺達は森のアジト付近に魔人国の駐屯基地を作りたいと思う。ラシュタル防衛のために力を貸したい。そのために国同士の協定を結んでくれるとありがたいんだが。」
「ふむ。しかし・・それに見合う対価など今は支払うめどが立たない。」
「今はそれでもかまわない。これから我々が世界を取り戻す。それが叶った暁にはほかの国との国交も始まるだろう、そのときには魔人国側についてほしい。安全保障を対価としていろいろと働いてもらう事になるがね。」
「そういうことかい。ティファラ様、その申し出はお受けしてよろしいでしょうか?」
「もちろんです。ルブレスト、謹んでお受けするように。」
「では受けよう。」
とりあえず、魔人軍基地の設立許可を取り付けた。俺が敵なら間違いなくいきなり本丸や強い国に攻め込んだりしない。弱い所から攻め込んで落としていく。人間しかいないラシュタルは絶対に最初の標的になる、ここに魔人軍基地を設置するのは絶対必要な事だった。
「よかった。あと数日もしないうちに魔人国兵団がやってくる。」
「こちらが断らないのを知っての動きだな。」
「そのとおりだ。」
俺が答えるとルブレストが不敵に笑う。
「しかし一般市民にはまだ受け入れられるはずがない。魔人など見た事もないだろうからな・・」
「だろうな。おっかない魔人がたくさん来たんじゃ怯えてまともに暮らす事もできまい。」
「俺もそう思うんだ。」
「で、どうしようって腹だい?」
「まず具体的な基地の運営の話からいいか?」
「ああかまわない。」
まず俺は基地の維持の話と、ラシュタルの国営に役立つことから話はじめる。
「まず俺達が軍事力を提供するから、その見返りとして基地に食料と生活物資の提供を頼みたい。」
「それくらいは約束しよう。それくらいしないと俺達の役目が無い。」
「それもただとは言わない。俺の配下には魔獣の狩りが得意なやつらがごまんといるんだ。そいつらが魔獣の肉や薬草を提供する。」
「そこまでしてもらえるのか?」
「お互い様だ。」
「肉は食料に、薬草はグラドラムや魔人国への輸出を行ってほしい。」
「それで外貨を稼がせるという事か。」
「そういうことだ。」
基地は森の奥に設置するため普通の人間には足を踏み入れることは出来ない。森の奥で魔獣を狩るのは俺の配下がやり、街でそれを加工したり野菜と一緒に基地に提供したりしてもらう約束をする。薬草はこのあたりでしか取れないものがあるので、昔の商人がそうしていたように輸出できる特産として扱う。
「だが・・さすがに森の奥に住む謎の住人と取引というのが知れたら厄介だと思う。なので今回は魔人に合わせて獣人も呼び寄せている。」
ルタンの獣人のまとめ役テッカにもこの旨が伝わる手はずだった。
「なるほど。確かに獣人なら森に棲んでもおかしくないか。ファートリアバルギウスに狩られるまえはラシュタルにもたくさんいたしな。」
「それで、その顔役をリューズにしてもらいたいんだ。」
「あたし?」
「そうだ。ここで知り合ったのも何かの縁、お前の仲間も呼びつけるのだし一肌脱いでくれないかな?」
「ああもちろんだよ。命の恩人の頼みなら聞かない訳にいかないもの。」
「ありがとう。」
魔人軍駐屯地をここに作れば、近辺にファートリアバルギウスが攻めてきた時にもにらみが聞く。弱いラシュタルを危険から守るためにも絶対必要だが、ラシュタルに出入りするのが魔人ではあまりよろしくない。そこで獣人にその役割を任せることにする。
「あとこれは内政に干渉してしまうかもしれないんだがいいかな?」
「言ってみてくれ。」
「戦争で貧富の差が広がってしまったらしいが、下層の子達に普通の暮らしが出来るようにしてほしい。未来の国を支える人材は大事だ。すでに貴族は滅びてしまった。極力すべての民が健やかに生きることができるような政治をお願いしたい。」
するとルブレストに代わってティファラが発言する。
「それはもちろんです。この戦いで私は知らされました。貴族がいなくなった後に民は自主的に動けなくなってしまう事を。民の為の政治を行っていくと約束しましょう。」
「ありがとうございます。」
俺はティファラに深く頭を下げた。グラドラムのような悲劇を繰り返さないためにも、市民がきちんと判断できるような政治をお願いしたい。とても難しい事だが・・
「次にティファラ直下の施設として孤児院の設立をしてもらう予定だ。マイルスにはそこで働いてみんなの世話を頼みたい。」
「仕事をくれるんですか?」
「そうだマイルス。お前には孤児の仲間に少しずつ伝えていってほしいんだ。自分たちを救った魔人という存在を、伝承のような怖いものではない事を。」
「わかりました。」
「今回孤児達にも金がいきわたるように渡している。ターフの知り合いの子達から回るだろう、お前はその金が有効に使われるように指導してほしい。」
「俺が・・ですか?」
「お前以外に適任はいない。」
「ありがとうございます。心してかかりたいと思います。」
「頼む。」
「小さい子に魔人のいい話でも聞かせてやってくれ。」
「はい。」
ちょっと泣き笑いのようにしてマイルスは頭を下げた。
《慣れたころ人間に見た目が近い魔人がラシュタルに顔をだして、孤児にチョコレートでも配るか・・》
「それで軍事面の話だが・・」
「ああ。」
「市壁の上に均等に今回俺が召喚した兵器を置いてある。これから29日の間は弾丸がきれるまでは問題なく使用できるはずだ。敵の襲来が来たら遠慮なくつかってくれ。兵器の使い方は47人の兵達と7日間も訓練しているのである程度分かっているはずだ。」
「わかった。ありがたく使わせてもらおう。」
「ではこれから俺達の仲間が来るまでの間、俺達は森のアジトに暮らさせてもらうよ。」
「いえラウル様。ぜひ王城にて!」
ティファラ王女が言う。
「ティファラありがとう。でも市民におかしなうわさが流れてもいけない、それは辞退させていただくよ。」
「そうですか・・」
「ティファ。世界が元に戻ったら私もまた遊びに来るから。」
「カティ!その時まではお互い頑張りましょう。」
「ええ!」
幼馴染の二人がかたい約束を交わした。
魔人国とラシュタル王国に安全保障条約が結ばれたのだった。