第151話 強騎士vsオーガ
敵の大隊長レギル・バルドーと名乗る男は気を溜めているようだった。
ファントムのもとになったグルイスとやらに比べると、筋肉の量も少なく背丈も少し低いようだが、気の冴えは確かにかなりのものだった。くせ毛の髪は短く切り揃えられており、額には鉢金が巻かれている。目は他の隊長連中と同じように鋭いが、顔全体に余裕が感じられた。無精ひげが生えているが気にしない性格なのであろう。
「ふははっ!ずいぶん余裕だなあ。斬り込んでこねえのか?」
「・・まあ結果は同じだ。」
ギレザムは淡々と告げる。
「舐めてんなぁ」
「舐めてなどおらん、それよりもお前の体が光って見えるのだがそれはなんだ?」
「身体強化も知らんのか・・野蛮人めが」
レギルは両腰からヌラりと剣を抜いた。金色に輝く武器をギレザムは見た事が無かった。
どうやらレギルは二刀流のようだった。
構えたとたんに気の冴えがさらに鋭くなった。普通の人間ならそれだけで恐怖に耐えかねない圧力を発しているが、ギレザムは全く意に介してない。
ただレギルの準備が終わるのを気だるそうに待っているのだった。
「気に入らねえ・・」
シュッ
突然始まった。
次の瞬間レギルはギレザムのすぐ前に立っていた。これはラウルがグラムに見せてもらった踏み込みのスピードをはるかに上回っている。普通の人間ならば消えたように見えるだろう。
フッ
上段から左手の剣をおろしてくる。この一連の動作は間違いなく数万数億という訓練の賜物だ。コンマ1秒にも満たないだろう、刃はギレザムの頭の上から襲って来る。
金色の刀が髪の毛に触れる寸前にも、ギレザムの目は確実にその剣の切っ先を追っていた。
そのときのギレザムは罠を警戒せざるを得なかった。なぜならばあれだけ準備をしたにも関わらず、レギルという男の動きがスローすぎたからだ。
《こんなにゆっくり動くのは我の油断を誘うつもりなのであろうな。》
・・・ギレザムは勘違いしていた。
レギルの内心はこうだったからだ。
《よし!とった!!生涯でもこれだけの剣の振りは何度あったか!!真っ二つにしてくれるわ!!》
レギルは勝利の確信に満ちた顔で剣を振り下ろした。間違いなく獣人の頭に刀が入り込むのが見える。
しかし・・それはギレザムの残像だった。
ギレザムは髪の毛1本にも触れさせることなくその刀をよけていた。もちろん背中には100キロを超えるM134ミニガンの装備、腰のホルスターにはデザートイーグルとマガジン3本、その他ラウルから預かって来た装備が服のあちこちに格納されている。そして腰には自分の愛刀が一本。
重量を全く感じさせない神速の動きだった。
レギルはその手ごたえの無さを、刀を相手の中段あたりまで振り下ろして気が付いた。手ごたえがなく本能的に右の剣を横なぎに下から斜め上にはね上げる。普通はこの角度なら相手の死角となり必ず仕留めらるはずだった。
最初の太刀をよけたのは瞠目に値するが、この太刀をよけられたことは生涯にない。この2の太刀を勘で刀で受けたのは生涯に2人、一番大隊隊長と、二番大隊隊長だけ。
しかし・・ギレザムはその2の太刀を”目”で確認し、その右手首を掴んで振り回す。
ブン
レギルは何が起こったのか分からなかった。
レギルの予想では2の太刀は今頃、敵の腹を斬り内臓をぶちまけているはずだった。それが何が起きたか分からぬように視界が流れていく。
レギルは自分の体が飛ばされている事を知り床に足をつけて踏ん張るが、そのまま滑り続け壁に激突した。
ドン!ギシィ!
壁の木が割れる音がする。
「ゴハッ」
レギルの口から血が飛び散る。
「フウフウッ・・てめえ・・何をした!!」
「お前・・我が何をしたかわからぬのか?」
「ん・・だと?」
次の瞬間レギルの右手に違和感を覚えた。レギルは手を持ち上げて自分の目の前に持ってくる・・が・・
手が・・刀がない・・
手首から先が無い・・ただそこから血が溢れているだけだった。
「ぐぎゃぁぁあ」
そしてギレザムが何かを放ってよこした。
ゴトン
レギルの足元に転がったのは右の手首より先とオリハルコンの刀だった。
「脆すぎるな・・汚してしまったではないか。」
ボトボトとレギルの手首から血が溢れてくる。
「な・・治せぇぇぇぇ!」
ファートリアの魔術師が駆け寄り回復魔法をかけにいく。
その間もギレザムは元の場所から動いていない。
ファートリアの魔術師は高等魔術師のようだった。右の手をひろい手首にくっつけて回復魔法をかけると手が元通りになる。レギルは手首を回してくっついた事を確認する。
ギレザムは考えていた。
《これは・・罠ではなく本気?もしかすると本気でこの程度だったか?》
ギレザムは3つの考えに及んでいなかった。
一つ目はグラドラムの洞窟内でのグルイスとの戦いでは屡巌香が焚かれて魔人達の動きが鈍っていた事。
二つ目はファントムとの度重なる戦闘訓練で自分の能力が格段に上がっていた事。
三つ目はラウルがアンドロマリウスを取り込んだことにより能力が超向上した事。
グラドラム戦以前とは比べ物にならないくらいのバケモノになっていることに、気が付いていないようだった。
ギレザムは試しに動いてみる。
スッ
レギルの後ろに踏み込んで移動する。
「な・・どこに消えやがった?」
どうやらレギルにはギレザムの動きが全く見えていないらしい。
「こっちだ。」
「なっ!!!」
レギルと回復魔法師が振り向く。
「てめえ・・魔術が使えるのか?」
「魔術など使えん。」
「嘘をいうな・・」
「本当だ。」
レギルは悟った。こいつは獣人なんかじゃない・・とてつもないバケモノだと。
「くそ!」
回復魔法師を置き去りにして自分たちの仲間の元へ踏み込みで戻る。
「やつは・・おそらく、アブドゥルとか言うファートリアのお偉いさんが言っていた魔人だ!」
「魔人!!」
「あれが!!」
「ひっ!!」
「あれを!あれを出せ!!」
1人の魔術師が箱のようなものを取り出すと、その蓋を急いで開ける。
モワァァァァァ
急激に煙が出てきた。それを魔術師が風魔法で一気に通路に充満させた。
屡巌香だった。濃密な屡巌香の香りが充満していく。
「ふははは、バカが!何も準備をしないでこんなところにいると思ったか?」
薄紫の視界となり、通路の向こう側が全く見えなくなった。
次の瞬間だった。
レギルとその部下たちの前に、スッっと人影が現れる。
瞬間でそこにいた数人の騎士と魔術師たちの意識が刈られた。一番最後まで意識を保ったのはレギルだったろう・・気で傷を止めることができたからだ。それも一瞬の出来事であった。
全員が即死した。
ギレザムが屡巌香の煙の中から目の前に現れ、目を瞑り口を閉じていた。呼吸を止めて一瞬で全員を始末したのだった。ギレザムはこれまでの特訓のおかげで息を止めながら1時間弱、全力で動くことができるようになっていた。
そしておもむろに服の中からあるものを取り出す。
それをギレザムは顔にハメた。ゴーグルが付いた防毒マスクだった。
「同じ手が何度も通用すると思うとは・・この程度しか我々の情報は相手に伝わっていないらしい。」
倒れた兵士は額から少し血を流していた。音もせずに死んだのはギレザムが全員の額に指を差し込んだからだった。
「この辺は1階の広間と違って修理も大変そうであるし、掃除も手間がかかりそうだ。」
ギレザムはそのあたりを見回して、自分があまり汚さずに敵を処分したことに満足していた。そして全員に念話を飛ばす。
《2階の階段の入り口で敵兵に接触。屡巌香が撒かれている。敵は屡巌香を所持しているもようだ、十分注意して進め。》
《《《《《了解》》》》》
《制圧の状況は?》
《北は大丈夫じゃな》
《ギル!西は終わったよ!》
《東も問題ない》
《北は腑抜けばかりであった》
《大広間及び周辺の控室は全て終了。》
ガザム、ゴーグ、ガザム、ラーズ、ミノスが返事をしてきた。
《皆ラウル様からの防毒マスクを着けて我の所に集まれ。》
《《《《《了解》》》》》
王城の上空にはマキーナとルピアが持つストレッチャーに座って、マクミランtac-50のスコープを覗いているマリアがいた。
通信機でラウルに連絡をとる。
「ラウル様、王城の天守付近に人間がいるようです。いかがなさいますか?」
「そうか、俺達が潜入する前に相手を知る必要があるな。狙撃を許可する。」
「はい。」
ズドン
ズドン
ズドン
ズドン
ボルトアクション方式で手動なのにも関わらず、連射のようなスムーズさで弾を込めて撃ちこんでいく。マリアは既に武器の超天才という領域に達していた。
全ての弾丸が、天守の外を見張っている人間の頭に命中した。
しかし・・一度倒れるが再び起きあがった。
「ラウル様。起きあがりました。」
「それはどんな姿だ?」
「人間・・だったのですが、毛が抜け落ちた鳥のように見えます。」
「デモン・・だろうな・・」
「こちらに気が付いたようです。」
「距離をおいてくれ。」
するとマリアが見ているスコープの中で、その人間から毛のない鳥に変化した4匹がこちらを見つけたようだ。
「見つけられました。」
「わかった。こちらからも目視で確認する事が出来た。」
なるほど・・マリアの言うとおり毛のない鳥?と人間の間のようなやつだな。気持ち悪い。
ラウルはバレットM82を構え下から、毛のない鳥人間を狙う。
連結LV1
ズドン
ズドン
ズドン
ズドン
「はれ?」
4匹中2匹に命中したら灰になって消えるが、後の2匹は回避行動を取り出して当たらなくなってしまった。
「あの、マリア!俺の魔力を武器に連結するからそっちから狙ってくれるか。」
「はい。」
連結LV2
ズドン!
ズドン!
「消えました。」
「サンキュ」
「さ・さんきゅ?」
「ああ、ありがとう!」
「いえ。ラウル様のお力のおかげです。」
「また外から警戒していてくれ。空を飛ぶようなデモンがいたら教えてほしい。」
「はい。」
シャーミリア、ファントムと肩に乗る俺、ドラン、カララ、ルフラをまとうカトリーヌはそれぞれに天守閣に向けて外から城を昇っていくのだった。
シャーミリアとドランは飛べるので俺達を護衛するように、ファントムはボルダリングのように出っ張りを掴んでは飛び次の出っ張りを掴んでは飛び、カララは蜘蛛の糸でスルスルと、ルフラはスライムの手を伸ばして壁を這うようにそれぞれの方法で登っていく。
恐らく今のマリアからの情報からしても、まだ天守閣にデモンはいる。
城に仲間が侵入しているのは気が付いているはずだった。
だとすれば・・逃げる気はないって事か。
いい度胸だ。
俺達はあっというまに天守閣に到着したのだった。