第141話 王女の騎士
武器屋の陰で待っていると中からラシュタル兵が出てきた。
「話はある程度話しました。」
「そうなんですね。どうですか?」
「むしろこちらがファートリアバルギウスに寝返っているのではないかと疑われています。」
「どうして?」
「外側からこんな夜に簡単に侵入出来るわけはないと。」
「言われてみるとそうですよね。」
「それで信じさせることが出来ないまま出てきました。」
「どうしたら信じてもらえますかね?」
「話だけではダメかもしれませんが、我々全員で話に行けばあるいは・・」
「いやダメでしょう。そんなに大勢が夜に外から侵入出来るはずがありませんよね。」
「そうですね。」
《うーん困ったな。信用できるかもわからないのに、いきなりこちらの情報をべらべらと喋るわけにいかないし。金で動くとも思えない俺達がファートリアバルギウス側でない証拠か・・》
とにかく会わせてもらうしかないと判断した。俺から話したところでいい返事がもらえるとは思えないが、直接話さない事には相手が何を考えているのかも分からない。
「会わせてください。」
「わかりました。」
「ラウル様。我も一緒に。」
「大丈夫だ。ギルは外で待っててくれ。」
「中の者、人間にしては只者ではないようですが。」
「お前なら間に合うだろ。」
「問題ありません。」
「じゃそう言う事で。」
ギレザムを外に待たせて俺とラシュタル兵は中に入っていく。武器屋と聞いてきたが中には武器はなかった。やはり前の村と同じように認可制のため売らなくなったという事かな。
「また来たのか!その小僧はいったい何なんだ!」
建物の中に入っていくと、無精髭に短髪の青い髪の男がいた。眼光が鋭く佇まいが只者ではない、凛々しい眉毛とこけた頬が精悍さに磨きをかけている。話しかけるのがためらわれそうな男だった。
《ちょっとおっかねえな・・》
「あの・・すみません。」
「お前なんか怪しいぞ!この街で見かけた事ないな・・」
「はい。外から侵入してきましたので。」
「夜に外から?門を通ってか?」
「いえ。門を通らずにあの壁を越えてきたんです。」
「お前もおかしなことを言うな。あんなところを越えられるわけがないだろう。」
「実際に見てもらえれば分かるのですが・・」
「俺を連れ出して殺すつもりか?」
「そんなはずありません。」
なるほど。取り付く島もない。
「ですから、ルブレスト様!私たちは寝返ってなどおりません。この数か月奴らの検問が厳しくなって変装しても入れなくなってしまったんです。」
ラシュタル兵が言う。逆に俺が聞く。
「え。ここ数か月検問が厳しくなったんですか?」
「そうです。ある時から警備が厳重になり、街道にも敵の兵士が見回りに来るようになったんです。」
ラシュタル兵が言う。
ああ・・それは間違いなく俺たちのせいだな。あのグラドラム戦で敵に情報が漏れたんだ、そりゃ周辺都市の警備が厳重になるのは当たり前だよな。
「ああそうだ。あいつらの締め付けが急に厳しくなって都市への出入りがむずかしくなった。」
ルブレストと呼ばれた武器屋が言う。
「そうです!だから入れなくなってしまったんですよ!」
「俺はここに入れなくなったことを言ってるんじゃない、こんな夜中にその厳重な警備をくぐって入って来たというのが信じられないんだ。相手に取り入ったんじゃないのか?」
「違うんです!このラウル様の配下の魔法で侵入したんです!」
「魔法?」
「そうです!」
魔法と言っても信じられないだろうな。だって壁を越えてくる魔法なんて聞いた事ない。
「それで・・こいつはいったい誰なんだ?」
ルブレストが聞いてくる。
「あのルブレストさん。俺はラウルと言います。」
「お前はどこから来た?」
「ユークリットから来ました。」
「冒険者か?」
「今はそうです。」
「昔は?」
「貴族です。」
「なに!貴族だと?よくお前のような小僧が生きてこれたもんだな。」
「仲間がいます。」
「ほう。その仲間というのは兵士か?」
「いえ・・冒険者というか、旅の途中で仲間になった者たちです。」
すると・・ルブレストは少し考え込んだ。
《さてと・・どうするか。話してみてわかったがこの人はどうやら敵ではない。しかし協力してもらうにしても信じてもらわねばそれも難しい。頑固そうだし・・》
沈黙が続く。
すると俺達二人を見て徐に口を開いた
「わかった。俺をその壁を越えたという場所まで連れて行って、魔法とやらで壁を越えさせろ。」
「わかりました。」
おっ、意外に決断が早い。
俺はルブレストに答えるとすぐさま魔人達に念話を飛ばす。
《全員に告ぐ。いまから俺は元の地点まで戻ることになった。作戦はそのまま遂行してくれ!何か状況の変化があったら教えてほしい。》
《《《《了解しました。》》》》
「じゃあルブレストさん。俺と一緒に来てもらえますか?」
「わかった。」
「じゃあ兵の皆さんはドラン隊に合流してください。隣のルートを通っているので急げば追いつくと思います。」
「わかりました。ルブレスト様をよろしくお願いします。」
「大丈夫です。」
俺はルブレストと並んで数歩建物の外にでる。
俺が陰に隠れているギレザムに声をかけた。
「じゃあギルは俺の護衛に付け。」
「は!」
スッ!
ギレザムが陰から出ると、ルブレストの手が剣の柄にかかる。
「あ!待ってください。味方です!」
「いつから・・そこにいた。」
「いえ、今建物の陰から出たところです。」
ギレザムがルブレストに答える。何の感情もないような顔だが実際何とも思っていない。俺との共有された意識が全く動いていない。
「気が付かなかったぞ。そして・・何だお前・・その気配は・・」
「いえ、彼は今までただ気配を消していただけです。」
俺がギレザムの代わりに言うと、ルブレストは剣の柄から手をはなす。ルブレストの額にジワリと汗が浮かんだ。
「このようなものが野にいるものか。いったいなんなんだ。」
ルブレストがギレザムを見てひとり呟く。
「では、行ってもいいですか?」
「そうだな・・お前たちは、こんなまどろこしい事をしなくても、いつでも殺せるだろう。」
「は?殺す気なんて全くありません。俺は仲間になって欲しいだけです。」
「そういう意味ではない。いつでも殺せるのにまどろこしい真似をするという事は、殺す気が無いという事だ。」
「ああ・・その通りです。」
「では連れて行ってくれ。」
「はい。」
俺とギレザムとルブレストがもと来た道を戻る。ほかの隊は全て任務を継続して遂行してもらう事にする。
俺達が走るとルブレストが平気で付いてきた。しかも腰には長剣を帯刀してあった。魔人である俺達が本気で走ってしまえば人間にはついてこれない、それ故にもちろん力を抜いて走っているのだが、ルブレストは剣の重さを物ともせず息もきらさずについてきた。
「もう少し速度を上げてもいいですか?」
俺がルブレストに聞く。
「問題ない。」
普通についてきた。
恐らく100メートル10秒くらいのスピードだと思うが、まったく苦にすることなくついてくる。ずっとスピードを維持してついてくるのを見ると、間違いなく気を使いこなす人間だ。
あっというまに到着する。
「ここです。」
「ふう・・ここまであの速度で・・お前たちいったい何者なんだ?」
「ユークリットの貴族の息子です。」
「そうだったな・・」
俺達3人は壁を見上げた。
「ここを飛び越えます。」
「こんな高い所をか?壁は平たんで掴むところなどないぞ。どうやって・・」
シュッ
俺達3人は次の瞬間城壁の上にいた。
「???」
「こんな感じです。」
「なんだ?今俺の体に巻き付いたものは?」
《えっこの人。糸が見えたんだ・・》
ラシュタルの一般兵と違う。自分がなぜここに飛んだのかを分かっていた。
「はい、本当は魔法ではありません。糸で体を引っ張り上げただけです。」
「糸?」
「はい糸です。」
「あんな目に見えないような細い糸でか?」
というかそれが見えてるんだ・・
すると俺達を引き上げた調本人のカララが近づいて来た。
「む?」
いつのまにかルブレストが剣を構えている。
「落ち着いてください。味方です。」
「味方?この夜にこんなところで、女神と見まごうほどの美女がか?妖ではないのか?」
《ああ・・イカン!カララが美しすぎるのがいけないんだ・・》
《もうしわけございません。ラウル様の計画を阻害するようなことを・・》
《いや、カララ美しすぎるのはお前のせいじゃない。》
念話でカララを慰めていると、ルブレストが言う。
「お前を護衛して来た従者といい・・この女といい・・さっきから嫌な汗が止まらん。巨大な何かを目の前にしているのか・・恐怖に身がすくむようだ・・」
「俺の配下ですから大丈夫です。」
すると・・カララの後ろから声がかかる。
「ルブレスト?」
「?」
ルブレストが聞こえてきた声に驚きそちらを見る。
「・・・・・・・・」
ルブレストは声が出ない。
「ルブレスト!生きていたの!?ルブレスト!」
「あああ!お嬢様!」
ルブレストがその場に跪いて頭を下げる。
声をかけて張本人はティファラだった。ティファラとルブレストはどうやら知り合いらしい。
「頭を上げて顔を見せて!」
「はいお嬢様。」
ルブレストは泣いていた。ティファラも泣いている。
ティファラがルブレストを抱きしめてそこに座った。
俺達はただそれを見守っていた。
「お嬢様よくぞご無事で!」
「ルブレストこそ!」
「反撃の狼煙があがるその日まで身を潜めておりました。」
「よくぞ生きててくれた。私は本当につらい思いをしたのですよ!」
「本当に申し訳ございません。」
「でも生きててくれた!」
「王家が全て殺されてしまったと聞き復讐の時を待っておりました!お嬢様に辛い思いをさせてしまった事、その罰は奴らに一泡吹かせてからお受けしましょう!」
「罰など。あなたは私と居なさい!」
「は!ティファラ様は本当にお変わりないようですね。」
「ルブレストは・・少し老けたかしら。」
「はい、私は少し老いたかもしれません。」
二人が感極まって話をしているのでどうにも声がかけずらい・・いつ間に入っていいのかが分からなかった。
とりあえず二人の会話を聞きながらしばらく待っていると、ティファラが俺に教えてくれる。
「ルブレストは私の家に仕えた騎士です。そしてこちらは私を死の淵から助けてくださったラウル様です。」
「おお!お嬢様を助けていただいた方でしたか!!数々の無礼をお許しください!」
「いえ、そりゃ俺達は怪しいですから。仕方ないですよ。」
「あなた様からの申し出お受けします。もしファートリアバルギウスへ牙をむくのであれば喜んでお供しましょう。」
「じゃあ、出来ればティファラの護衛として付いてきてほしいんですが・・」
「それが許されるのならば喜んで!我はルブレスト・キスクです。ラスト家に仕えた騎士でした。」
「俺はラウル・フォレストです。サナリア領の領主の息子です。」
「な・・・なんと!!あのグラムの・・」
「父を知っているのですか?」
「知っているも何も、我が彼に剣を教えました。」
お父さんのお師匠様でしたか・・
俺はただただこの不思議な縁に驚くばかりだった。