第140話 ローラー作戦
部隊は建物を縫うようにしながら、ジリジリと南に向かっていく。
全員の風貌は冒険者や町人風になっていた。
都市は上から見た感じでは綺麗な住宅街や噴水などの広場があり、さすが王都という感じの作りだったが、下に降りて壁面のそばから歩いていると貧しい寂れた印象を受ける。
「この辺には人は歩いてないな。」
「そうですね、中心にある王城から離れるほど貧しい人たちが暮らす場所になっています。このあたりは繁華街からも遠く夜に歩く人は少ないでしょうね。」
エリックが地元の状況を説明してくれる。
「昔からそうなのかな?」
「貧富の差は大戦前よりかなり広がっている様子ですね。」
「王城はファートリアかバルギウスが占領し続けているのですよね?」
「はい、ラシュタルの王族は全て処刑されたはずですから、なにものがいるのかは分かりませんが、敵国の誰かが巣くっているのでしょう。」
城に敵がいるのは間違いなさそうだな。王城周辺を人間が調べるのは危険か・・。
《予定通り中心線まで全部隊が到達したら、ゴブリン隊は離脱して王城周辺を調査しろ。ほかの隊は王城から距離をとって通過するように。》
《《《《わかりました》》》》
念話で魔人達に通達する。
ゴブリン隊は隠密にたけている上に小さいし目立たない、闇夜ならさらに隠れる事が出来る。王城付近は彼らの特性を利用して調査する事にする。
地面に数滴ずつ鏡面薬をたらしながら等間隔で進んでいく。
《今のところ魔法陣は見つからないようだな。》
《《《《《はい》》》》》
四分の一を調査したあたりでいったん全軍を止める。
《よしこのあたりで、兵士たちの知己や仲間になりそうなものがいないかを、兵士たちに聞いてくれ。》
《《《《《わかりました》》》》》
魔人達は念話により統率がパーフェクトにとれているが、ここから先は人間がすることだ・・もしかすると判断ミスや敵の間者に情報が洩れるかもしれない。慎重に確認しながらことを進めねばならなかった。これをやらねば都市を奪還するのが難しいのだ。味方になるであろう一般人をしっかり見極めていかねば、グラドラムの二の舞となる可能性がある。
東側から3番目のガザム隊の兵と、俺達の隊から西に2番目のルフラ隊と、西から2番目のアナミス隊の魔人達から連絡が入ってくる。
《こちらの兵の親戚がこの付近にいるそうです》
《面倒を見ていた孤児だった姉妹がいるそうです。》
《幼馴染の女がいるそうです。》
《わかった。非常事態に対処できるように、お前たちがついて行って陰で護衛しろ。》
《《《はい》》》
俺達は全隊建物陰や、植え込みの間などに隠れて彼らからの連絡を待つことにする。
20分ほど経過し返事が返ってきた。
《どうだ?》
《ガザムです。こちらは兵の叔父でしたが協力は難しいそうです。家族もあり敵兵は恐ろしくて、立ち向かうことなど考えられないと言っています。しかし何かの役に立てろと、なけなしの金を兵は渡されたそうです。》
《え?いくら貰ったんだ?》
《銀貨1枚と銅銭8枚だそうです。》
《おじさんに兵の仲間だと言って金貨5枚を渡してこい。》
《は!》
生きるのがやっとの人からお金など受け取るわけにはいかない。すぐに返還に向かわせる。
《ルフラです。2人の孤児の姉妹は協力したいそうです。何をしたら良いのかを聞かれています。》
《協力しそうな人に金貨を配ってもらおう。仕事料として2人に金貨10枚を渡してくれ。さらに配布用に金貨10枚と、孤児の仲間がいたらその人達に生活用のお金を配れるよう、それに加算して金貨10枚の、計30枚を渡して待機しててくれ。あとで話に行く。》
ラウルはこの世界の金銭感覚がなかった。スラムに近いこの界隈で金貨など流通していない。兵士の叔父も知己の孤児の姉妹も腰をぬかすほどの金額だ。
《アナミスです。こちら兵の幼馴染の女ですが、会って話した結果お互いの思いがわかり恋仲となってしまった様子です。女がついていくと言っておりますが?》
《それはちょっと待ってくれ。今は連れて行く事が出来ん。》
《兵士もそう言って待ってくれる様に頼んだのですが、聞いてくれないようです。ついて行くの一点張りのようです。》
《今は時間を取られるわけにはいかない、眠らせてくれるか?》
《容易い事です。》
《眠らせたら、枕元に金貨を5枚つんでおいてくれ。》
《かしこまりました。》
朝になったら兵が置いてったお金だと思うだろう。それをどう考えるかは女次第だった。
《よし、ルフラは俺が孤児姉妹の所に行くまで待て、他の隊は先行して魔法陣探索を続けろ。変化があれば必ず報告する事を忘れるな。》
《《《《《はい!》》》》》
「マリアそれじゃあエリックとラシュタルの二人を先導して進んでくれ。リューズは敵の臭いやおかしな臭いがしたらマリアに伝えてくれるか?」
「わかりました。マリアさんお願いしますね!」
「こちらこそ。」
「よし、守りはファントムが全て引き受ける、安心して進んでほしい。」
「わかりました。しかし我々もおんぶに抱っこしてるわけにはいきません。いざという時にはお役に立つよう動きます。」
「わかりました。ただし俺が配下に強いている命令があるんですが・・」
「それは何ですか?」
「死んではならない。です。」
「死んではならないですか・・分かりました。」
「ではお願いします。」
マリアとエリックにこの先の調査をたのみ、俺は急いでルフラの所に移動する。
「ルフラ。どの家だい?」
「そちらです。」
家はお世辞にも立派とは言えない・・ボロボロと言ったような家だった。ここいらはスラムといってもいいような町なので、どの家も同じようにボロボロだ。
兵士が俺と顔を合わせて言う。
「この子らが私が面倒を見ていた孤児です。」
二人いた。
「こんばんは。ラウルと言います。」
「こんばんは私が姉のミナでこちらが妹のサラです。」
そこにいたのは16歳くらいの子と13歳くらいの女の子だった。
「急にごめんね。」
「いえ、いきなりターフが生きて帰って来てくれて・・うれしいんです。」
二人の目元を見たらどうやら泣きはらした後らしく、赤くなって涙が溜まっていた。
「しばらくぶりの再会で申し訳ないんだけど、ターフはすぐに行かなければならない・・」
「えっ・・・」
サラがターフにしがみついている。もうどこにも行ってほしくないという意志が見えた。
「だけど、この街を取り戻せばまた彼らはこの町に戻ってこれる。その手伝いをしてもらいたいと思っているんだ。」
「はい・・一体何をすれば・・」
「ルフラ、もう渡してくれた?」
「はい」
ミナはルフラに渡された麻袋を持ち上げて不思議そうに聞いてくる。
「これはいったい何ですか?」
「そこには手伝ってくれる君たちへの報酬と、配ってほしいお金が入っている。」
「報酬と・・配ってほしいお金ですか?」
「ああ、金貨30枚だ。」
「きっ!!金貨さ・・30枚!?」
「ああ、10枚は君たちのだ。」
「金貨が10枚も!そんなにいただくわけにはいきません。」
「いいんだ。君たちに少しだけ危険な想いをさせるかもしれない。だからそれでも十分ではないかもしれない。」
「いえ・・そんなに・・」
なるべく危険が無いように動いてもらうつもりだが、それでも何が起きるか分からなかった。若い二人には重すぎるかもしれない。
「いざとなったらお金を持って逃げてもいい。」
「・・・・」
ミナとサラは黙ってしまった。
「逃げません。逃げたくありません。」
ミナが言う。
「私も!元の暮らしに戻れるなら命をかけます!」
サラが言う。
「命はかけちゃダメだ。自分の安全を第一に考えてほしい。やってほしい事は二つある、一つはこの街にいる孤児達にお金をばらまいて欲しいんだ。」
「わかりました。」
「マイルスを知っているかい?」
「ええ、知ってます。一緒に薬草を採りに行ったりしてました。ですが急にいなくなってしまって・・おそらく奴隷商につかまったのだと思います。」
「そのマイルスは俺の仲間にいる。」
「えっ!マイルスが無事なんですか?」
「ああ、奴隷商から買い取って今は俺達の仲間だ。」
「よかった・・あんな小さい子、もしかしたら死んでしまったのかもしれないと思っていました。」
「マイルスは運が良かったよ。それで・・ここに住む孤児がどれだけいるか分からないが、危険な森に行かなくてもいいように金を配ってほしいんだ。」
「わかりました、私達の出来る限りの事をさせてください。」
「頼むよ。それもあまり急がなくていい、目立って悪いヤツに連れていかれては意味がないし、ファートリアバルギウスの兵に感づかれるのも注意してほしい。」
「わかりました。慎重にやります。」
ミナの目に何かを決心したような力強い光が灯る。
「さらに、ラシュタルの残党兵に協力しそうな人の情報を探ってほしいんだ。情報量として金貨を1枚渡してくれ。こちらの方が危ないと思うから人を良く見て聞くんだ。」
「やってみます。」
「しばらくしたらまた情報を聞きに来る。それまでよろしく頼む。」
「はい。」
「じゃまた来る。」
ターフと呼ばれた兵は二人を抱きしめて頭をなでる。もう40才ぐらいのおっさんだがきっと父親代わりとして面倒を見てきたんだろう。二人からは離れがたいようだったが、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
「ルフラ」
「はいラウル様。」
「あの二人の容姿は頭にはいったか。」
「はい問題なく。」
「いざとなったら、頼む。」
「もちろん、分かっております。」
それをルフラに確認して、またマリアとエリックがいる隊に戻るのだった。
他の隊からは未だに連絡がない。おそらくは魔法陣が見つかっていないのだろうと思う。
《ラウル様。》
《なにかあったか?ギル。》
ギレザムから念話が入ってくる。
《以前、協力関係にあった武器屋の主人と話をしたいそうです。》
《信用できるのだろうか?》
《兵が言うには疎遠になってはいたが、協力してもらえるはずだと言っています。いかがなさいましょう。》
《武器屋か・・俺もそっちに向かう。それまでまて。》
《は!》
武器屋、武器好きに悪い人はいない。
俺の信念を信じてギレザム隊のもとに向かう。
「ギル。ここが武器屋か?」
「そのようです。」
「今は?」
「兵士が中で話をしています。」
じゃあ待つか。
建物の闇に潜んでラシュタル兵が出てくるのをまつのだった。