第134話 人間土産
ザアアアアア
滝の音が聞こえてきた。
ティファラとマイルスがつけているライトだけが暗闇に光り動いている。
「もうすぐだよ。」
「はい。」
ティファラが返事をするがあと二人は黙ってうなずくだけだった。
「大丈夫だよ、緊張しなくても取って食ったりしないから」
《味方なら・・》
滝の音が大きくなり、いよいよ滝の全容が見えてきた。そのほとりにはテントが張ってあり焚火が焚かれていた。
「ラウル様。お待ちしておりました!」
スッ
「ヒッ」
「わわっ」
ビクゥ!
いきなり正面に現れたガザムに、新しい3人は滅茶苦茶びっくりして尻餅をついた。
「あ、ガザム。お待たせ。」
俺がガザムに答えていると、後ろのティファラから声がかかる。
「すみません・・お名前・・ラウル様というのは?」
「ああ俺はロードではなくて、本当はラウルというんだよ。」
「そういうわけでしたか。」
ティファラが納得する。
逃げてきた貴族だけに、いろいろとのみこみが早くて助かる。
「あそこにテント村がある。皆を紹介するよ。」
焚火の周りにいる魔人や、テントの中からぞろぞろと人が出てきて皆が俺の前に跪いた。
「おかえりなさいませご主人様。ではファントムそれらをここに下ろしなさい。」
シャーミリアがファントムに指示を出し、捕まえられ縛り上げられた奴隷商のゴロツキ達を降ろさせる。
「潜入の任お疲れ様でございました。」
「その者たちが新たな仲間ということですかな?」
カララとギレザムが話しかけてきた。
「ああこの3人だ。よろしく頼む。」
その後でガヤガヤと皆がそろって声をかけてくる。
すると・・・
「は!?ティファラ!」
急に魔人達の後ろから声が上がった。その声の主はカトリーヌだった。
「えっ!もしかして・・カトリーヌ!?」
今度はティファラが声をあげる。
《なんだなんだ?》
「ティファラ!」
脱兎のごとくカトリーヌがティファラに駆け寄り抱きついた。
「カトリーヌ!良く生きて・・」
「ティファラこそ!!」
二人はきつく抱き合っている。
俺と魔人達、マリアやマイルス、リューズまでもあっけに取られて二人を見ていた。
「大きくなられましたね!」
「カトリーヌこそ!こんな元気な姿で・・美しくなったわね。」
二人の世界が繰り広げられていたので、しばらくそのままにしておく。
「あの・・ラウル様。」
ようやくカトリーヌが俺に説明をくれるようだ。
「ティファラの名はティファラ・マルティカ・ラスト。ラシュタルの公爵令嬢様ですわ。」
「えっ!そんなに偉い人だったの!王家ゆかりの人?」
するとティファラが首を振りながら言う。
「既に王家や貴族は滅びました。ただのティファラです。」
「いや!良かったよ。王家の生き残りがいてくれてありがたい。」
俺が興奮して話しているが、ティファラは複雑な心境のようだった。
「私が親と一緒にラシュタルに出向いた幼少の頃に、何度かティファラと遊んだことがあるんです。」
「本当に懐かしいです・・まさかこんなところでカティに会えるとは。」
「私だってティファに会えるなんて思っていませんでしたよ!」
二人は涙を溜めながらしばらくお互いを見つめ合っていた。
「ラウル様、まずは彼女らにお休みいただいてはいかがでございましょう。」
マリアが3人を休ませる事を優先と考えた。
「そうだな。では風呂設備を召喚する。」
滝のそばに広めの場所がとってあった。周りの邪魔な草木を伐採してしまったらしく、ずいぶんと用意周到だった。
ドン!
ドン!
ドン!
目の前に召喚されて現れる風呂沸かしや風呂設備の器具を見て、新しく加わった3人は目を白黒させる。
「これは・・」
ティファラがつぶやくとカトリーヌが教えてあげる。
「ラウル様の魔法です。」
「これが・・魔法・・」
召喚されたテントや沸かし器を魔人達が組み立て始める。
あっというまに簡易の避難所用自衛隊風呂が完成した。
「私が焚きます。」
ティラがボイラー役を買って出てくれる。
「我々が水をひきましょう。」
ギレザムとミノスが水を流し込むために作業をし、スラガが巨人化しててきぱきと補給タンクを広げて水を入れて行く。そして滝からそのまま補給タンクへ水を流し込む。
保水タンクから水が供給された湯沸かしを通して、巨大テントの中の風呂釜にお湯が供給されていく。
「なんか・・みんな、ずいぶん手際がいいな。」
「ええ、それはもう。新しい仲間がお疲れのようですからな。」
ラーズが豪快に建前を言う。
「これは・・。」
「何をしているんです?」
ティファラとマイルスが聞いてくる。
「ああ、お先に3人にくつろいでいただくためのものですわね。」
カトリーヌが説明している。そこで俺はカトリーヌとマリアに告げた。
「カトリーヌ、マリア。先に新しい女の仲間と一緒に入ってくれ。使い方とか分からないだろうし、きっと人間の二人と一緒なら安心だろうから。」
「わかりました。ティファラ一緒に入りましょう」
カトリーヌが言う。
「はい。私の身分で公爵家の方と入浴させていただくなど、失礼に当たるかもしれませんが謹んでお受けいたします。」
マリアは万が一の護衛のために一緒に入る。
「お風呂?これがお風呂ですか?こんなところで?」
ティファラが驚いた様子で聞く。
「ええ、ラウル様のお力です。凄いでしょう?」
カトリーヌも嬉しそうに答える。
「神のお力のように感じます。」
するとリューズが横から話に混ざって来た。
「ところで・・私も一緒に入ってもいいのかい?尻尾とかあるけど・・」
「なんならみんなで洗ってあげましょうか?」
「いやぁ・・あのぉ・・しっぽはちょっと。」
「いいからいいから。」
「でもぉ・・」
そんな女子トークをしている間にも、てきぱきと魔人達は風呂の準備をしている。
お風呂が出来上がり、ティファラとカトリーヌ、マリア、リューズがお風呂に入っていく。
「じゃあゆっくりしてくれ。」
俺が言うと、ティファラとリューズが深々と頭を下げた。
「はい、行きましょう!ティファ」
カトリーヌがティファラの背中を押して中に入っていった。
「よし、それじゃあ順番で申し訳ないが、人間組があがったら次は女魔人組が入ってくれ、俺達男魔人組とマイルスは一緒に入ろう。」
俺が段取りを決める。
が・・
「いいえ・・ご主人様それはいけませんわ。」
シャーミリアが俺に言ってきた。
「えっ?たまには男水入らず入るのもいいかなと?」
「いえ魔王子様の御勤めです。それに私たち全員でご主人様のお体を良く診て差し上げませんと」
「大丈夫だよ。怪我とかしてないし特に戦闘もしてこなかったから。」
と俺がシャーミリアに食い下がってみると、脇からカララが俺に言って来る。
「それはいけませんわラウル様。いついかなる時も備えていてこその魔王子のお仕事です。」
「いや・・カララ、風呂は、仕事じゃないんじゃないか?」
と俺が少し弱くなりつつも抵抗する。
「いいえラウル様。休むことも仕事です!古傷にひびく事もございます。そしてラウル様のお体を常に最高の状態に引き上げるのが私たちの仕事でもあります。」
「あ、みんなの仕事って事でもあるのね・・でもさ・・」
ルフラが自分たちの仕事をさせろと言ってきた。
「ラウル様!あんな汚いもの達からの罵声を浴びて、心が傷ついておられるのです。後顧の憂いがあっては困ります。」
「あんなの何とも思ってないけど。ましてや傷なんて・・」
セイラが村で奴隷商から受けた罵声で俺に憂いがあるという。
「いいえ。間違いなくあれは心に深く傷が残ります。私たちの力で心の傷を治さねばなりません。」
「心に傷とかないんだけどな・・」
アナミスが俺の心の深い傷を治してくれるという・・
「あの・・私もなんとなくそう思います。」
「ティラ!おまえもか!」
ゴブリン隊紅一点のティラまで、なんとなく俺が女魔人達と風呂に入るべきだと言って来る。
「というわけで、決定でございますね。」
「ルピアまで・・」
ルピアがなぜか決定してしまった。
「ふははは、ラウル様仕方がありませんなあ。魔王子の宿命と諦めて皆の希望を叶えてやりませんとな。」
「そうですぞ!魔人族の未来のために、ラウル様には大きな期待がかかっているのです。」
ラーズが豪快に笑うし、ミノスには大きな期待をかけられる・・期待?
《俺にどんな期待がかけられてるって言うんだ?》
「わかったよ・・じゃあ・・タピ、マカ、ナタ、クレ。お前たちがマイルスに背格好も近いし頼めるか?」
「ええもちろんでございます。マイルス一緒に入りましょう。」
タピが代表して答える。
「は、はい。」
マイルスがビクビクしながら返事をしている。
《なんだろう・・小隊で行動している時が気軽ですっごく楽だった気ガス・・》
なんてことを魔人達と話していると、ガマラ商会のフブドが目覚めたようだ。
「うーん・・ん?ひっ・・」
周りにいる魔人達に気が付いて震え上がっていた。
そりゃそうだ。焚火の光に浮かび上がっているのは、明らかに自分たちの何倍もの体躯をした者たちだ。
一緒に縛られている男たちも、それにつられるように目覚め始める。
「ここは・・」
「あれ?俺達どうして・・」
「なんだ・・縛られてるぞ・・」
まとめて簀巻きにしてしまった男たちが騒ぎだした。
「お、お前たち起きたみたいだな。」
俺が声をかける。
「お、お前は!奴隷を買ったクソボンボンじゃねえか?」
俺に対しフブドが暴言をはくとタピが顔を蹴り上げた。
「ブッ」
「ゴミが気軽に話しかけて良いお方じゃないんだ。口の利き方に気を付けろ!」
軽く蹴ったつもりだろうが・・前歯の上下4本がなくなってしまった。
「まあまてタピ!」
「はっ!出過ぎた真似をお許しください。」
「いやいいんだ。」
今の一通りの流れで、悪党たちは一気に凍り付いた。
「悪いな。いきなり顔を蹴っちゃって、歯が折れたみたいだが大丈夫か?」
「ふぁいじょうぶでしゅ」
歯が抜けて滑舌がいきなり悪くなってしまった。
「ところでバルギウスの奴隷市場の事で、いろいろと聞きたい事があるんだがいいかな?」
「ふぁい・・なんれしょうか・・」
「奴隷商ってバルギウスにはどのくらいあるんだ?」
「ふぁい・・ひゃくほじゅう(150)ほどでしゅ。」
「そんなにあるのか!昔からか?」
「たいしぇん(大戦)のあと、しゃんばい(3倍)に増えました。」
なるほど・・世界中に広がったために奴隷商の商売は、いきなり好景気となってしまったわけだ。
「どうして貴族をファートリアに献上するんだ?」
「しょれは、しりましぇん。ただ高い金で買ってくれるのでしゅ」
「そうか。ラシュタルに支部はあるのか?」
「はひ、ありましゅ。」
「そこにも奴隷がいるのか?」
「おしょらくは・・」
そうか、ラシュタルまで奴隷商売は広がっているということか。ティファラが生き残っていたのは奇跡に近いかもしれないな。しかしまだ貴族たちが生き残ってる可能性もある・・引き続き調査は必要か・・
「デカイ奴隷商はどのくらいあるんだ?」
「ほじゅう(50)ほでょありましゅ」
「そうかわかった。お前んとこは、ほかに商売は何を?」
「しょれは・・」
「ハッキリ言わないと大変なことになるぞ!」
「麻薬。しゃちゅじん(殺人)。みちゅばい(密売)でしゅ。」
「なるほど・・悪党集団って事か。お前はなんかいい事したことあるか?」
「いいこと?しょれは・・あ、でょれい(奴隷)をおやしゅく(お安く)提供したゃりしましゅた。」
「それがお前のいいことか?」
「しょれと、麻薬をやしゅく(安く)きじょく(貴族)にお売りしたりしましゅ。特売でおゆじゅりしましゅよ!!」
「ふぅ・・聞き取りづらくてイライラして来た。」
「しょ・・・しょんなぁ・・」
歯が抜けたのはタピが蹴り飛ばしたから仕方がないのだが・・だんだんと話しているうちにイライラしてきたのは本当だった。
「あといいや。」
「た・・たしゅけてくだしゃい。」
「あ?なんて?」
「逃がしてくだしゃればお金をあげましゅ。」
「あ?聞き取りづらい。」
「だかりゃぁ」
「だめだお前滑舌悪くて。」
そのやり取りにしびれを切らしたのか、脇から俺達に奴隷を売った目つきの悪い老人が話す。
「あ・・あの、私はこいつらに無理やりこき使われてきただけなんです。私だけでもお助けください!さすれば必ずお役に立つと思います。店にお金がたくさんあるので持って行ってください!」
「えっ?お金もらっていいの?」
「ええ!ええ!差し上げます!全て持っていっていただいて結構です!」
「こいつらはどうするんだ?」
仲間たちが簀巻きにされているのを指さして言う。
「煮るなり焼くなり好きにしていいです。」
「て・・てめえ!」
「殺してやる!」
「じじい!お前のほうがさんざんやって来たじゃねえか!」
悪党どもがギャーギャー騒ぎだす。
パンパン!
「はいはい、みんな黙ってね。」
俺が手を叩いて言うとシーンとする。
「じゃあ、いいよ!お前を逃がしてやる。」
目つきの悪い老人のロープを解かせる。
「あ、ありがとうございます。」
「逃がしてやったんだからさ、約束どおり金は全部もらっていいのな?」
「ええ!きれいさっぱり持って行ってください!」
「でもここから逃げて良いけど、暗い森の中だと歩くのも難しいだろう?このお香は明るく光るからこれを持っていくと言い。」
俺はロウソクのようなものに火をつけて目つきの悪いジジイに渡してやる。
「あ、ありがとうございます。」
ジジイはその”お香”を持って森の闇の中に消えていった。
そのお香は以前、俺とマリアが野営中に焚いたらグレイトボアに襲われたものだった。
しばらくすると森の奥深くから叫び声が聞こえた。
「ギャァァァァァァァァ」
「あれ?やっぱり人間じゃ森を突破するのは無理だったかな?」
魔人全員が俺を見る。まったく・・人が悪い・・と目が語っている。
「よしそれでこいつらだが・・シャーミリア、カララ、セイラ、ルフラ!お前たちにやるよ。」
「え?」
女の魔人達が俺の提案に驚いている。
「だってさ・・マキーナとアナミスが村で3人の養分を食ったの感じ取ってたよな。」
「それはそうですが・・」
「マキーナとアナミスばかり羨ましいなあって、思ってたみたいだからあげるよ。」
そう・・魔人達との意識の共有によって、皆の気持ちがひしひしと伝わってきていたのだった。
「よろしいのですか?」
シャーミリアが聞いてくる。
「仲良く分けてくれよ。」
「ありがとうございます!」
「さすがはラウル様、お気遣い痛み入りますわ。」
「はあ・・久しぶりの人間でございます。」
「誰を取り込もうかしら・・」
シャーミリア、カララ、セイラ、ルフラがそれぞれに嬉しそうにしている。
「なんでゃ!俺達をどうしゅるんだ!」
「お、おい!やめてくれどこに連れて行くんだ!」
「引きずるな!なんだち・・近寄るな!」
「たすけて・・たすけてくれぇぇぇぇ」
「うわああああ」
それぞれの男たちを引きずって4人が森の暗闇に消えていった。
しばらくすると、みながツヤツヤの顔で戻ってくるのだった。
「ありがとうございます。」
「ご馳走様でした。」
「久しぶりでしたわ。」
「ゆっくりと溶かしてあげました。」
「ああ、お粗末様でした」
俺はみんなにお礼を言われたのだった。