第132話 並列思考
俺達は採取して来た薬草をテーブルに広げていた。
女主人がそれを見て軽く驚いている。
「この根っこは珍しいのですか?」
俺が聞いてみると少し冷静になって答えてくれた。
「いえ・・このあたりが産地なのでそれほどでもないのですが、こんなにいっぱい根こそぎ採れるなんて。」
《そういえばマイルスは普通は先端だけっていってたな。》
「たまたま犬の獣人がいまして」
「どうやらそうみたいですね。でも見つけて掘り起こしたとしても、よほどの力で引き抜かないと・・こうは・・」
「たまたま闘気がまとえる人間がいたのです。」
「そうなんですね。このあたりの森には危険な魔獣もいますし、そうでなければこんなに採れなかったでしょうね、本当にありがたいです。皆様は相当なランクの冒険者とお見受けしました。」
「いえ、幸運だったのかもしれません。」
《この根っこ、そんなに珍しいものだったのか。普通の人間には採取は難しいのかもしれないな。》
「これはこのあたりの森にしかないのですか?」
「ラシュタル地方の名産で王都周辺でも採れます。この伽藍主根とタラム鳥はこのあたりにしかいないので、他の国にもっていけばもっと高く売れますよ。」
《がらんしゅこん?前世じゃ伽藍って寺院の建物の事だよな、寺院の建物に出る根っこって意味?なにか意味があるのかもしれない。》
「これは元のラシュタル王都でも買ってもらえるものですか?」
「はい。ここよりも多少高額で引き取ってくれると思いますよ。」
《なるほどマイルスが言ってたとおりだな。それじゃあラシュタルの首都、ラータル周辺で採取して売りさばくことにしよう。》
「そうなんですね。」
「戦争前は商人さんがここで少し卸してくださったんだけど・・・」
「今はあまり行き来がないですか?」
「あっても、ほとんどがファートリアやバルギウスに直行ですね。ギルドが閉鎖されて冒険者もいなくなってしまったので、本当に入手が困難になっています。」
貴重な物はファートリアやバルギウスが独占しているようだった。おかげで流通にも支障をきたしているようだ。
《あれ?そういえばこの根っこ・・ニクルスさんの荷物でも見た事あるな・・》
「あの・・ニクルスさんという商人を知っていますか?」
「知ってるも何も!大戦前は良くしてもらいました!グラドラムに行くときには必ず来てくださって、うちに貴重な薬草を卸してくれました。でも・・死んでしまいましたが。」
「はい・・俺達も以前、助けていただいた御恩があったのですが、それをお返しする前に亡くなってしまいました。」
「あんないい人を。ファートリアバルギウスは本当に許せません。」
「本当にその通りです。世界を独裁して人の自由も奪って何をするつもりなのか・・この街でも我が物顔で歩いているようですね。」
「うちじゃやつらには効きの悪いものしか売らないですけどね。」
「ふふっ。そうなんですね。」
《というかこの人ニクルスさんを知っているのか?ということは・・》
「あの、デイジーさんを知っていますか?」
「この界隈の薬師でデイジーさんを知らない人はいません。」
「あ、あの婆さんそんなに有名なんですか?」
「ばあさ・・まあいいです。デイジーさんは天才薬師です。私も少し薬学について教えていただいた事があるんです。」
「そうなんですね。今もつながりがあるんですか?」
「いまは護衛が付けられないから、自由に行き来する事が出来なくなってしまいました。」
「そうですか・・」
《ルタン町とここは国は違えども近い町だ、それなのに自由に行き来が出来なくなっているか・・ギルドを解体したのは何らかの意図があるのだろうな。》
すると薬師から逆に尋ねられた。
「あなた方はデイジーさんと親交がおありになるんですか?」
「ええ多少は。彼女は俺たちにいろいろと協力してくれてます。」
「そうなんですか!デイジーさんに会った時に伝えてください。モネが薬師をまだ続けていることを。」
「あ、モネさんというんですね。」
「申し遅れました。モネと申します。」
「わかりましたお伝えしておきましょう。」
「あなたのお名前は?」
「今はロードと名乗りましょう。」
「本当の名は名乗れないのですね。」
「あなたの安全のために。」
「わかりました。」
俺達が採ってきた薬草は金貨3枚とローポーション二箱になった。
モネさんが店から渡せる物はこれしかないと言っているが、俺達はべつにそれで問題がなかった。
流通が悪くなってしまった今は、商いも上手くいかず資金繰りも悪化したのだとか。俺達が持ってきた薬草の半分くらいしか支払い出来ないという。買い取れなかった薬草半分を全部返すと言われたが、どうせ簡単に採れそうなので全部あげる事にした。
「残りはもらってください。」
「いいんですか!」
「ああ、いいですよ。俺達がこれを持っていても役に立たないし。」
「ありがとうございます。では!ラシュタルから帰るときにお寄りください!良いお薬を差し上げます!」
「寄れたら寄らせていただきます。」
「またお越しください。」
俺達はモネさんの薬屋を後にする。
外に出れば薄暗く夕闇が押し迫っていた。
そんな中を不思議な6人が歩き出す。
この街で情報を探ってみてファートリアバルギウスの目論見が見えてきた。ギルドを解体し横のつながりや情報を全て寸断してしまうことで、都市の機能を封じてしまったことだ。情報がとれないためかなり弱体化してしまっているようだった。
俺達一行は街の路地裏の暗がりに身を潜め話を始める。
「軽く情報を掴んで分かったのは、敵国は人々から反乱の芽を完全に摘もうとしているな。」
「そのようですね。」
「横のつながり、町と街や村に至るまで人々が情報を共有する事ができないように仕向けている。」
「ロード様、我々がその情報の切れ端を拾い集めて、つなげる事が必要ということでしょうか?」
「カーの言うとおり横のつながりが重要な要素となるだろうな。現段階で難しいのは表立ってやることが出来ず、陰で動かなければならないというところだろう。」
「ユークリットからの旅人を遮断し、ルタンとこの村でさえ行き来が難しくなっている。ということはラシュタルやシュラーデンもつながりが途絶えていると考えて間違いなのでしょうね。」
「そうだなローラ。聞き込みをしたおかげで俺達がやっていく事の一端を掴んだ気がする。」
さてと、魔人全員と会議をするとしようか。
《よし!みんな今、大丈夫か?》
《全員動きながらでも話が出来る状態です。》
ギレザムから返答が帰って来た。
《皆!こちらの会話が聞こえたか?村の情報からいろんなことが見えてきた。俺たちの次の動きも見えてきそうだ。一度話し合う必要がありそうだな。》
《このような事が人間界で行われていたとは、まったく哀れな・・》
シャーミリアが嘆くように言う。
《しかしラウル様、情報が見えないのはファートリアバルギウスにとっても諸刃の剣となりますわ。》
カララが的確に判断して言って来る。
《そうね。そこに突破口があるかもしれませんわね・・》
シャーミリアがカララの案を肯定する。
《しかし、この人数では出来る事に限りもございます。》
ギレザムが今の一番の弱点を言う。
《海からの情報伝達が可能になればかなり有利なのですが・・》
セイラが自分の利点を念頭に入れて考え始める。
《ふむ・・ならば私がファートリアかバルギウスの誰かに化けて、奴らの内部に潜入するのも良いかと。》
ルフラも自分がスパイ活動に有効ではないかと提案してきた。
《逆に我のようなバケモノがファートリアやバルギウスの幹線路で大暴れし、風説の流布によって奴らの人の流れを絶ってしまうというのも良いかもしれません。》
ミノスが風評を利用して敵国の人の流れを止めようと言う。
《どこかの洞窟に俺が潜んでファートリアやバルギウス人を襲い、ドラゴンが巣くったという情報を流してギルドの必要性を再認識させる、などというのも良いやもしれませぬな。》
ドランが人間を誘導するための作戦を考え出す。
しばらくのあいだ皆がとめどなく俺に意見をしてくる。もちろん一つも否定しない、おそらくは長いスパンで言えば全採用だ。
リモート会議でブレインストーミングができた。この魔人の意識の共有は場所を選ばずにリモート会議が出来るので便利だった。俺が魔人国グラウスにいる頃から、常に口酸っぱく戦略的思考を持って考えるように言ってきたから、彼らもすぐに脳をそれに切り替える事が出来た。もちろん作戦には銃火器を使用することを織り込んで考えるようにも伝えている。
皆がだいぶ意見を出し切って来たようなので俺が総括する。
《分かった。俺が皆の特性を加味しながら、一人一人が考えている事を元に反抗作戦の原案を出そう。ファクターごとに必要となる動きを考えて都度通達を出していくよ。》
《《《《わかりました。》》》》
《なにか気づいたら都度俺に繋いでくれ。》
《《《《はい!》》》》
脳の共有とはすばらしいものだった。魔人達と情報共有する事で処理能力が格段に上昇している。彼らの様々な戦闘の経験や、長い生の中で得た知識を並列で情報を共有することが、こんなに凄い事だったとは思わなかった。
作戦は流動的に変更になるかもしれないが、各人の能力を融合させた領域横断作戦立案が必要となりそうだった。
「ロード様!ロード様!」
ティファラが俺に声をかけていた。
「ん?」
「すみません。何かお考えをしていたようで、お声がけして良いか分からなかったのですが・・」
「どうした?」
「誰かが来ます。」
「ああ大丈夫だよ。分かってるから。」
「そうなのですか?」
自分達が暗がりに潜んでいるのにも関わらず、それはまっすぐこちらに向かって歩いてくるようだった。
ティファラが目を凝らすとかなりの大男だということが分かった。
かなり大きいはずなのに・・そこにいるはずなのになぜか見失ってしまいそうな、でも確かにそれはこちらに向かってきていた。間違いなくここに人がいる事を分かって近づいてきているようだ。
目の前に来た。
その人影は3メートル以上あるような大男だった。
「ヒッ!」
「ア・・アアア」
「そんな・・」
殺される!3人は間違いなくそう思った。
この目の前にいる大男は人の姿をしているが、それとは違う雰囲気を持つ異界の生き物だ。いや・・生き物なのかすら分からない。人間の形をしたなにかだ。
ティファラとマイルス、リューズは身動きすらすることが出来なかった。
その威圧感たるや、すでに正気を保つことすらむずかしい・・
ガタガタガタガタ
3人はあまりもの恐ろしさに震えを止めることが出来ないでいた。
間違いない!地獄の使者が来たのだ!
「ああみんなそんなに怖がらなくていいよ。こいつ俺の配下だから。」
引きつった顔の3人に俺が声をかけるが、引きつったままだった。
そこにいて3人を睥睨しているのはファントムだ。
「ラウル様、お疲れ様です。」
「諜報活動のおかげでいろいろ見えてまいりましたね。」
「ラシュタルではもっと核心に迫る情報が取れるかもしれませんね。」
ファントムの後ろからセイラとティラ、タピがやって来た。
「こいつらも俺の配下だ。よろしくな。」
「は・・はい。」
「こちらこそよろしくお願いいたします。」
「人間じゃ・・ないんだね・・」
青い顔であいさつをしていた。ティファラだけ自衛官のスカートでカーテシーの挨拶をしている。
「こちらは新しい仲間の、ティファラとマイルスとリューズだよ。」
「あ、よろしくお願いしますね。」
「何かあったら私に言ってね。」
「俺も手伝えることがあったらなんでもするよ。」
セイラとティラ、タピが彼らを安心させるように声をかける。
「「「よろしくおねがいします!」」」
新しい仲間が俺の隊に入ったのだった。