第126話 人食い
宿屋に泊まる手続きをした後で部屋に通された。
後からやって来た主人がカギを持ってきてくれた。
夜飯はどうやら持ってきてくれるらしい。
《すまんが全員各待機場所で食事をとってくれ。》
《《《はい!》》》
俺とマキーナとアナミスは部屋で夜を待つ。陽が落ちたらすぐに全員の元へ行ってテントを配るつもりだった。
夕方になりドアがノックされる。
コンコン!
「はい!」
俺がドアを開けると、恰幅のいいおばさんと女の子が立っていた。
「入るよ。」
二人の女性は俺達に料理を持ってきてくれたようだ。
「すまないねえ。部屋でたべさせちゃって・・一階の食堂にはバルギウスのゴロツキがいるもんでさ。」
「いえ持ってきてもらえるだけでうれしいですよ。」
《いや逆にルームサービスじゃん!こっちの方が優遇されてる感じがするんだがね。》
「ふふっ!でもあいつらに出してるのは、ただの鳥汁さ。バルギウスに食わせるものなんて手抜きさね。あんたらにはタラム鳥のシチューを作って来てやったよ!」
「うまそうです!ありがとうございます。」
「わざわざユークリットくんだりから来てくれたんだ、こんなおもてなししかできなくて申し訳ないよ。」
「いえ。最高のおもてなしです。」
「あんたは良い子だね・・ゆっくりしていきな!」
「ありがとうございます。」
「食器は部屋に置いといてくれ。片しにくるからね。」
「重ね重ねありがとうございます。」
恰幅の良いおばさんと、おそらく顔が似ている娘さんらしき女の子は出て行った。
「普通だったら食堂でふるまいたいんだろうな。」
「でも気遣いのできる方達ですね。」
「ああ。じゃあ食ってみようか。」
「ふふ毒の匂いもいたしませんが・・私とアナミスの食べ物は別です。いりませんわ。」
「そうだったな。じゃあ遠慮なくいただくよ。」
タラム鳥とやらのシチューにスプーンをつけてみると、凄くトロリとしていたクリーミーな感じのシチューだった。タラム鳥にスプーンを入れて割ってみると肉がほろりとほどけた。すくってスプーンを口に入れる。
「う・・・うま!これは凄い!うますぎる。」
そしてそのわきにあるネギを一口。
「ネギもトロッとなくなってしまった。甘くて味がしみてる。」
鴨ネギじゃなくてタラムネギシチューは最高の味だった。
《くそ!みんなに食わせたかったな。こんなに美味いのかタラム鳥って。》
すると念話が皆に伝わったらしく・・
《はははは、お気遣いなく!我らは備蓄していた干し肉で十分ですよ。》
《すまない・・ギレザム。きっとゴーグがうらやましがってるんだろ?》
《いえラウル様、俺は干し肉で十分ですよ。でも明日俺!森でタラム鳥捕ってきますよ!》
《おうゴーグよろしく頼む。これ絶対確保しようぜ》
《わかりました。》
《ご主人様が喜んでくださるだけでうれしいですわ。》
《シャーミリアありがとう。》
《ラウル様の喜びが伝わってくるだけで私たちはうれしいです。》
《カララも食べるよな?》
《ええ、今度必ずご一緒させてください。》
みなと一通り念話で話をしながらタラム鳥のシチューを食べていた。結局マキーナもアナミスも食べないので3人分ぺろりと平らげてしまった。
「なんかさすっごく力が湧いてくる感じの食べ物だったよ。」
「それは良かったですわ。ご主人様が満足であれば私たちも本当に満足です。」
マキーナとアナミスが俺に満足げな顔で微笑みかけてくる。門番のおじさんに声かけられた時のような、能面顔はどこに行ってしまったのだろうか?
とりあえず俺は腹いっぱいになってしまった。一緒に居るマキーナとアナミスには申し訳ないが・・この二人の食べ物は違う。
「夜になったらあいつらにテントを届けるよ。マキーナ後でよろしく頼む。」
「仰せのままに。」
などと話していると
ドンドン!
と乱暴にドアがノックされた。
「あれ?食器の回収に来たかな?」
「いえ・・ご主人様、気配が違います。私が開けます。」
マキーナがドアに近づいて開ける。すると下品な男の声が部屋の中に響き渡る。
「おう!!美女がお出迎えかい。なんだ?飯の匂いがするな・・この宿の奴らまさかこいつらに飯を食わせたのか?」
「いえ自分でとってきたものを調理したんです。」
俺が言うと、男がドアの隙間から睨みつけて言う。
「お・・坊主。生意気な口をきくじゃねえか。」
「本当の事です。ところで何の用ですか?」
すると3人の男がドアを開けて入ろうとするが、マキーナが軽く押さえてドアを開かせない。間違いなく10トントラックがドアをせき止めているような感覚だろう。
「あれ?このドア建付けが悪いな・・あかねえぞ。」
《マキーナ・・入れてやれ。》
するとドアを思いっきり押していた男たちが、ドアが急に軽くなったのでつんのめるように部屋の中に入って来た。
「な・・なんだ?いきなりドアが軽くなったぞ!急に直ったみてえだな。」
「おいおい、お前が変な押し方してただけじゃねえのか?」
「うるせえな、美人の前だからってイキがるんじゃねえよ。」
「お前こそ。」
「おいおい、こんな美人さん達の前でお前ら何やってんだ。」
最後に入ってきたやつが二人を止める。入ってきたのは、いかにもガラの悪い体格のいい男3人だった。とにかく下卑た顔をしている。
「いやね・・1階にいた時に入ってきたのを見ていたものでね・・ちょいと話をしに来たのさ。」
「話?」
俺が優先的に話をしていると先頭の男が恫喝するように言う。
「おい!小僧!お前にゃあ話なんかねえよ!消えろ!」
と恫喝するとマキーナが氷のような目つきで男たちを睥睨した。
「ゴミがご主人様に対してそのような口利きをするとは、さぞ死にたいのでしょうね。」
「おうおう、ねーちゃん綺麗な顔して言うなあ・・まあたっぷり可愛がってやるからまっとけ。」
最後に入って来た男がマキーナに言った。
「ご主人様だって?・・おまえもしかしたらユークリットの貴族崩れか?だとしたら良い物をひろったなあ・・」
「バルギウスの人間だと偉いんですか?」
「ぷっ、あっはははははは。当たり前じゃねえか、俺達みたいなゴロツキでもユークリットやラシュタルの貴族崩れより偉いんだよ。身分証があるからなあ・・」
《バルギウスでは・・こんなゴロツキにも身分証をだすのか。普通ださないだろ・・》
「俺達が拾い物とは?」
「とにかくユークリットやラシュタル、シュラーデンにいる貴族崩れは、ファートリアの神官に渡すと金をくれるんだよ。全員が賞金首みたいなものさ。だからお前はちょっと部屋の外で待ってろ。逃げてもこんな村じゃすぐ見つかるからな。」
男が脅すように言う。
「お前たちの身のためにも、俺を部屋の外に出さない方がいいと思うんだが。」
俺はもう少し話が聞きたかったので、彼らの安全を確保するため提言してみる。
「はあ?おまえらさっきから何言ってんだぁ?冒険者になりたてかどうか知らねえが、俺達みたいなベテランにかなうわけねえだろ!」
「冒険者だったんだ。」
「元な。とにかく面倒だ外で待ってろ!」
《残念だ。マキーナとアナミスをみると能面を通り越して、氷のような顔つきになってしまってる。》
するとマキーナが俺に提言してくる。
「あの・・ご主人様。私奴は先ほどのお食事を見て少々お腹が減ったのです。」
アナミスも合わせて話してくる。
「さきほどのシチューが食べられれば良かったのですが、おいしそうなお顔を見ていたら私もお腹が減りまして・・」
こ・・・怖い。やっぱ食べ物の恨みはおそろしいというかなんというか・・
「「いいですか??」」
2人そろって俺に聞いてくる。
「あ、あの・・テントをもっていかなきゃいけないし手短にな。」
「「ありがとうございます。」」
「何をさっきからごちゃごちゃ言ってんだよ!めんどくせえから出ていけ!」
俺はドンと突き飛ばされたが・・実際は男の力はそよ風みたいなものだった。
《しかし!そこは演技派のおれだ!》
「うわっ!!とっと。」
3メートルくらいトントンと跳ねて、ドアから廊下に飛び出てドアを閉めた。誰かが来るといけないので念のため借りていた鍵を閉めて左右を確認する。
ガチャリ
俺はこれからこの中で起きる事を考えないように集中していたが、やっぱり頭の中に浮かんできて身震いした。
「くわばらくわばら」
部屋の中から声が聞こえる。
「さあ・・あなたがた・・お望みの通りに・・」
「ご主人様にあんな口をきいて・・お仕置きが必要ね。」
「うへへへ、話がわかるじゃねえか・・」
「俺は黒髪がいいな。」
「任せた!俺はふたりで赤髪をやりてえ。」
次の瞬間音がしなくなった。
シーン
10分くらい過ぎたころガチャリと鍵が開いてドアが開いた。
「あの・・つい時間をかけてしまいました。申し訳ございません。」
マキーナが本当に申し訳なさそうに謝ってくる。
「いやいや、俺のご飯中ずっと見させていたからね・・かえって鴨がネギ背負ってきてくれてよかったよ。」
「かも・・ねぎ・・しょって??」
「あーこっちの事だ。」
俺がそのまま部屋に入ると、ニコニコ顔のアナミスが俺に微笑みかけてくる。
「ラウル様本当にありがとうございます。グラドラムから久しぶりにいただきました。」
「アナミスも普段一応同じもの食べたりするけど、本来はこれだもんな・・」
「はい。」
マキーナもアナミスもとても色艶がよく、健康的な笑顔を見せてくれる。
「いや逆に俺も助かったよ。」
そう・・このまま寝たとしたら、俺の純潔がちらされたかもしれない。
《んなわけないか。》
「はい?なにがそんなわけないと?」
「いいんだ。こっちの話だ。」
心の声が聞こえてしまうのも厄介なものだな。
で・・と。
部屋の床には本当にカッサカサのミイラが3体横たわっている。
《これ・・骨の髄までいかれたな。》
人間のガイコツよりも小さいというか・・あんなに恰幅のいい3人の男達と思えないミイラだった。
「えっと、ずいぶん食べ方がうまいというか・・残すところが無いというか・・」
「すみません。空腹すぎて骨の髄までしゃぶりつくしてしまいまして・・吸えるものはすべて・・」
マキーナもアナミスもちょっと恥ずかしそうにしていた。実際はしたない事をした!と思っているらしかった。
精も根も尽き果てるというよりも、生も魂も尽き果てるという感じだな。
「とにかくさ、宿の人が来たらビックリすると思うからこの死体片づけようぜ。」
「「はい」」
俺が一人の男の体をもちあげようとしたら。
ファッサー
砂になってしまった。
「えっ?」
俺がマキーナとアナミスを見ると
ファッサー
ファッサー
次の瞬間、二人の手の中には何もなかった。
「砂になっちゃったよ。」
コンコン
ドアがノックされた。
「お皿の回収にきました。」
「はーい。」
さっき一緒に来た宿の子供の声だった。
ガチャッと開けて部屋に入れる。
「あのーすみません。砂をこぼしてしまって・・ほうきとチリトリを貸してくれませんか?」
「あ、後で私がやっておきます。」
「いえ、自分たちでやった事です!自分たちで片づけます!」
「わかりました。すぐにお持ちしますね。」
そして食器をもって部屋を出て行った。
さすがにこれを店の女の子に掃除させるわけにはいかない。
俺にもモラル?後ろめたさがあるのだった。