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第125話 反骨精神

森の中に人間が潜んでいる事はなく、冒険者に会う事もなかった。


そしてラシュタル近郊の森には危険な魔獣などいなかった。せいぜいグレートボアかタラム鳥がいるぐらいだった。タラム鳥は全長3メートルから4メートルの首の長い鳥だが、こちらから危害を加えない限り攻撃してくる事はなかったのだ。


《されても魔人ならひとひねりだが・・》


ファングラビットが時折飛び跳ねるが、魔人に恐れをなして襲ってくる事など無いようだった。


「グラドラム周辺の森に比べたら、安全な魔獣しかいないようだな。」


「そのようですね。」


俺の問いにマキーナが答えた。


俺の隊のメンバーはファントムを除いて、人から見て安心感を抱いてもらえるようなメンツを選んだ。村にすみやかに潜入するための人選だった。


マキーナはスレンダーで切れ長の目と黒髪のクールビューティー。誰がどう見ても美人という見た目だった。アナミスは耳の上に巻き角がありダークな赤髪で妖艶だが、どこか幼げな美人でマリアに負けず劣らずボインだ。セイラの髪は水色で優しそうな面影があり聖母という雰囲気だが、どこか儚げな感じがする。


そのわきには緑色の肌をした可愛いらしい少女になったティラと、少年のような面影になってしまったタピがいる。ティラもタピも子供のような体格から小さめの中学生くらいの大きさになった。


ファントムはいつも通りただ遠くを見つめながら何を考えているのか分からない。


ファントム以外は俺がアンドロマリウスを取り込んだことでだいぶ変化した。


他の隊には人間のマリアとカトリーヌがいたが、マリアは狼形態のゴーグに乗って移動し、カトリーヌは巨人化したスラガの肩に乗って移動してきた。そのおかげで森の中の移動はかなりスピーディーだった。


移動速度は人間のそれとは全く違い、あっというまに山脈前の村までたどり着いてしまった。


まだ夕方にもなっていない時刻で外は明るかった。


「では村に潜入するか。マキーナ、アナミスよろしく頼む。」


「かしこまりました。」

「はい」


《各隊3方向で待機してくれ。俺とマキーナとアナミスの3人が村に潜入する。》


シャーミリアの隊が村の北側に位置する山脈の入り口付近の高台に、カララの隊が村の南東側の森の中に潜伏する。


《ご主人様お気をつけて。マキーナ頼みますよ。》

《ラウル様いざというときはすぐ皆にお知らせください。》


シャーミリアとカララが俺に念波で伝えてきた。


《分かった。》


西側の一番近い森へはファントムとセイラ、ティラ、タピが、一番早く駆けつけられるように待機する。



村はラシュタル王国の首都に近いので、そこそこの数の家が建っていた。ざっと100棟くらいはあるのではないかと思う。村の中には簡単な市場もあり人がちらほらと動いている。ルピアの上空からの視界共有で確認済みだった。



俺とマキーナとアナミスが南側の門から村に入る。門と言っても村の周りには簡単な動物よけの柵があるだけで、木戸が一つだけ取り付けてある質素なものだった。


「こんにちは、入っていいですか?」


戸を開けて入ると門番が一人だけいた。第一村人は中年の男だった。


「お、旅の人かい?どうぞどうぞ。」


「はいそうです。この村の宿屋はどのあたりにありますか?」


「ああ、それなら市場を抜けた先のすぐのところだよ。」


「ありがとうございます。」


「たった3人で来たのかい?」


「ええ、そうです。」


「危険な道中を少年と女二人で馬車に乗らずに?」


《しまった・・常に魔人と一緒に行動しているから、一般常識がおかしくなってた。そうだよな馬車にも乗らずに女子供がこんなところまで来れるはずないよな・・護衛もなしに。なんて言う?》


「はい一応我々も冒険者ですので、なんとか徒歩でここまできました。」


適当に答えてみる。


「冒険者か若いのにねえ。」


「ええ、私が剣士でこちらが魔法使いです。」


マキーナが合わせて答える。


アナミスは耳の上にツノがあるためフードをかぶっている。ツノは巻き髪風に髪をまとめて隠しているが念のための措置だ。カモフラージュ用の魔法使いの杖を持たせていた。なんの魔力も込められていないただの木の棒だが、それなりに見えるようにドワーフが細工したものだった。


「ずいぶんお綺麗な剣士様と魔法使い様だねぇ・・惚れ惚れしちまう。」


「・・・・・」


マキーナもアナミスも反応しない。人間に言われたところで感情が1ミリも動かないのだろう。まったく表情を動かす事はなかった。


「どこからだい?」


「ユークリットです」


「それは相当時間がかかったろうね。魔獣の被害にあわなくてよかった。だが・・ユークリットかい・・それは大変だな。」


《お!パスした。そんな感じ?深く考えていないのか?》


「幸いにも大丈夫でした。」


「運がよかったね。ラシュタルの森にはグレートボアやタラム鳥みたいな危険な魔獣がいるからね。ベテラン冒険者ならいざ知らず、あんたらみたいななりたてじゃあなあ・・」


《いやぁ・・その魔獣はそれほど危険じゃない・・》


「ええ?そうなんですか!?出会わずにすんで幸いです。」


「ここからラシュタルまでも3人で行くのかい?」


「まあおそらくは・・」


「やめた方がいい。山は危険だと聞くよ。」


「そうなんですか?」


「ああ、追剥(おいはぎ)が出たり、森よりも強力な魔獣が出るから。」


《そうか・・追剥がでるのか。魔獣はどんなのがいるんだろうか?》


「ありがとうございます。とりあえず市場に行ってみます。」


「ああそうするといい。」



俺達3人はそのまま市場に向かってみる。



市場には意外に多くの作物が売られていた。ラシュタルの首都から近いため物が多いのかもしれない。


「あのー」


野菜を売っている太めのおばさまに声をかけてみる。


「この野菜はどこから?」


「これは首都のラータル近郊でとれる野菜だよ。」


「あの・・買います。」


「どれにするかね?」


俺は人参のような野菜とかぼちゃのような野菜、玉葱っぽい野菜を5キロずつ買った。銀貨3枚だったがこれが高いのか良心的な値段なのか分からない。しかしルタン町でお金をもらってきたため余裕で支払える。


「おや?そんなに買い込んでユークリット方面に向かうのかい?」


「いえ、ラシュタルの首都に向かいます。」


「それならそんなにいらないと思うがねえ。」


「ああ・・追剥にあった時のためにもこれで勘弁してもらおうと思って。」


「そういうことかね。」


「はい。これで勘弁してくれるといいのですが・・」


「そうなんだよ・・山は物騒だからね。」


「昔からですか?」


「いや違うよ。あの忌まわしい占領軍のせいさね。」


「ファートリアバルギウスのですか?」


「そう、彼らが王族と兵隊を皆殺しにしちまったんだよ。」


「ユークリットも同じです。」


「そうだよねえ・・。あんたらユークリットの人?」


「はい」


「馬車で?」


「いえ歩きです。」


「やっぱりそうだよねぇ。あいつらが自分たちの国民以外にそれを許すわけないもんねえ。ただ・・いろいろと大変だと思うけど頑張るんだよ。」


そうか、ユークリットの民やラシュタルの民は差別を受けているというわけか。ポール王やクルス神父から聞いた情報は間違っていないんだな。


「戦争が原因でなぜ山に追剥が出るんです?」


「ああどうやらラシュタルの兵士の生き残りらしいのさ。」


「皆殺しを逃れて山に逃げたということですか?」


「そうなるねえ。」


「どのくらいの兵士が山に?」


「そこまでは分からないよ。」


「人を殺すんですか?」


「彼らは追剥をするが命までは奪わない、野菜を持っていくというのはいい考えだねお兄ちゃん。」


「わかった。良い情報をありがとうございます。」


「あんたらはまだ若いんだ。頑張るんだよ!」


《やたら励まされてるな、俺達。》


なるほど・・どうやら皆殺しを逃れたラシュタル兵が山に逃げて賊になったということか。各地にそういう人々がいるのかもしれないな。いい情報をもらった気がする。


《よしみんな聞こえるか?どうやらこの村には敵兵はいないようだ。だが油断は禁物だ引き続き警戒していてくれ。》


《《《《了解!》》》》


念話で状況は共有できているので、詳しい情報を伝える事はなかった。



《もう少し村の中を調査し敵兵がいないと確認できたら、マリアとカトリーヌを宿で休ませてあげたい。これから宿屋をとるから夜間になったらマリアをシャーミリアが、カトリーヌをルピアが連れてきてほしい。マキーナとアナミスと入れ替わってもらう。》


《はいかしこまりました。》


シャーミリアとルピアから返事をもらう。


「ではご主人様、3人で宿屋迄向かいましょう。」


マキーナが言う。俺達は3人で宿屋にむかうのだった。



宿屋には数種類あった。とりあえずルタンでたくさんお金をもらったので一番良さそうな宿屋に行ってみる。


「いらっしゃいませ。3名様ですね・・身分証を提示してください。」


《おっと・・身分証なんてあるのか・・?》


「いえ、すみません身分証は持っていないです。」


「ええと・・ファートリアかバルギウスの国民であるという証明などは?」


「俺達はユークリットから来ました。」


「はぁ?いやここはファートリアかバルギウスの者しか泊まれないよ。出て言ってくれるか。」


《なるほどね。こういうところから始まるわけね。》


「わかりました。しらないものですから・・すみませんでした。」


「悪いね。あの国の者たちに知れたらうちも営業が出来なくなってしまう。」


「いえ、いろいろな事情がおありのようです。」


「そしてユークリットから来たとなれば1カ所しか泊まれる宿は無いよ。なかなかユークリット人が来る事はないからね空いてるかもしれない。」


「それは・・?」


「ああ、この街には4軒の宿屋があるんだけど、一番奥の奴隷商の建物のとなりだよ。」


「奴隷商人がいるんですか?」


「戦争で兵隊がたくさん殺されたからね。孤児になってしまったものや獣人は全て奴隷として売られてしまうのさ。」


「そうなんですね・・わかりました。ありがとうございます。」


「あんたらも綺麗な顔をしている・・気を付けたほうがいいよ。」


「ご忠告ありがとうございます。」


どうやらこの街・・というよりもあの戦争のあといろいろと治安が悪くなってしまったようだった。ルタン町は獣人達が頑張ってきたってことだろう。


《こうなってくると・・ユークリットなんてどうなっている事やら・・》



一番奥の宿屋の前に着いた・・



《えっと・・マリアとカトリーヌを宿屋に泊まらせるのは中止だ。とりあえず連絡を待て。》


《はいかしこまりました。》

《皆にもそのように伝えます。》


俺達が泊まろうとしている宿屋は恐ろしいほどボロボロだった。


入ってみると1階は酒場のような作りになっていて、数人荒くれっぽい男達が酒を飲んでいるようだった。


「こんにちは。」


訝しいおっさんがカウンターに座っていた。


飲んでいる男たちがギロリと俺達を睨むが、知らないふりをして店の人と話を続ける。


「おう。お前たちユークリットかラシュタルからか?シュラーデンとかか?」


「ユークリットです。」


「まあどっちでもいいや、とりあえず部屋は空いてるけど泊まるか?」


「そのつもり出来ましたが、ご飯とか風呂とかありますか?」


「そんなもんはねえ。飯なら街の飯屋で食ってこい。」


「わかりました。とりあえず3人。」


「銅貨を5枚ずつ15枚だ。」


「銀貨1枚でもいいですか?」


「ああ釣りは出ねえぞ。」


「結構です。」


そうか・・普通の人間並みの扱いはしてくれないというわけだな。でもぼったくられるわけでもなさそうだし・・まあいいか。


「鍵とかは無いから代わりで見張りを立てな。」


「わかりました。」


《そこまでとは・・》


3人で案内された部屋に向かう。ものすごく荒れてる部屋を想像したのだが、全く荒れていなかった。それどころかまあまあ綺麗でベッドもしっかりしていた。


コンコン


誰かが来る。


「さっきはすまなかったね。ユークリットのものを優遇しているのを見られたら大変だからね。」


さっきカウンターで対応してくれたおじさんだった。訝しさが消えて普通の顔になっていた。


「飲んでいたやつらはバルギウスのやつらだから、ちゃんと差別しているように見せないと。」


「そうなんですね・・いろいろ大変ですね・・」


「いや・・気を悪くして出ていくと思ったんだがありがとう。とにかくこれが部屋の鍵だよ。あと夕飯は持ってきてあげるから部屋で食べておくれ。」


「ありがとうございます。助かります。」


「でも風呂はすまないね。入れてるところ見られると厄介なことになるから我慢してほしい。」


「かまいません。たらいだけ貸してもらえませんか?」


「お安い御用だよ。」


そして宿屋のご主人は部屋を出て行った。


「そうか・・元はラシュタルの人間だもんな・・いろいろと大変な事情があるようだ。」


「そのようですね。」


マキーナが言う。


「マリアとカトリーヌを呼びますか?」


「いや・・やめとく。これじゃあ休めないよ。俺達は夜になったら彼らのところに行って大型テントを置いてくることにするよ。その後で情報を集めよう。」



「「かしこまりました。」」


「差別したふりか・・面倒な世界になってるな・・」


ただ・・人々に反骨精神はあるらしい。これからどうやっていくか・・


やるべきことは山積みということだけは分かったのだった。

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[一言] 「たった3人で来たのかい?」 「ええ、そうです。」 「危険な道中を少年と女二人で馬車に乗らずに?」 このやり取りはうまいと思いました。 単純にストーリーに絡むような内容ではないのですが…
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