第115話 光学迷彩
宿屋の娘じゃよ。
デイジーから誰が反乱軍との繋ぎ役となっているのかを聞いた。
「えっと・・ニケでしたっけ?」
「そうじゃ、よくおぼえておるの。」
「父母の屋敷にも似ている住人がいたものですから。」
「そうなのかい・・、それでそのニケを仲介してワシは獣人たちにエリクサーを渡しておるのさ。」
「そういえば・・この街には獣人が多かったですよね?」
「そうじゃの、ファートリアバルギウス連合が来てから彼らは街から消えた。」
「どうしたのです?」
「森の奥に潜んだのじゃ。」
「森の奥にですか・・」
《あれ?森を通ってきたけど獣人と遭遇しなかったぞ。ということは隠れているのか?》
「ファートリアバルギウスと敵対状態なのじゃが、いかんせん敵の戦力が大きすぎるでな、今は他の街や都市への伝令役として動いているのじゃ。」
「森の中で彼らに遭遇しませんでした。」
「ああ、それならきっとこれじゃよ。」
デイジーは薬の小瓶を一つ手にした。緑色の液体の入った小瓶だった。
「これは何です?」
「ああ、じゃあマリアさんよ。これを体にかけてみな。」
「はい・・」
マリアはデイジーから言われるままにその薬品を体にかけた。するとマリアの体が・・うっすらと消えた。
「え!マリア!!」
「はい?」
「そこにいるのか?」
「はいおりますよ。」
「凄い・・」
動くと多少分かるのだが、ほとんど見えないし何より匂いや雰囲気が消えた。
「どうじゃ?ワシすごいじゃろ?」
「凄いです。これはどうなっているんですか?」
「鏡面薬といってなワシが開発した霊薬じゃ。これも一種の転移魔法を活用したものじゃよ。後ろの風景をそのまま前に映してしておるだけじゃが匂いも消えるぞ。」
「持続時間は?」
「三分の一刻といったところかの。」
《これ一瓶で一時間も消えてられるのか・・つかえるな。》
まるで近未来の警察の特殊課で使うような迷彩だった。
「どうすると効果がきえるんです?」
「洗い流すか、三分の一刻で蒸発すると効果がなくなる。」
「これで姿を消しているのか・・ん?3分1刻?いや!まずいぞ!」
俺は咄嗟に通信機を取り出して森に潜む全員に通信しようとしたら、逆に通信機に続々と連絡が入ってきた。
「ラウル様!森に潜んだ兎人を捕まえましたがいかがなさいましょう?」
「ラウル様!木の上にいた猿人を捕獲いたしました!」
「ラウル様!我らを嗅ぎまわっていた亜人を捕らえました!」
「ラウル様!犬の獣人がうろついていたのでとっ捕まえました!始末しますか?」
「全員に告ぐ!殺すな撃つなよ!彼らは仲間だ!」
《やはり魔人には、獣人の鏡面薬が切れる一瞬の隙を見逃すやつはいなかった・・》
「ラウルや、さっきから使っている・・その箱みたいなものはなんなんだい? 」
「通信機といって遠くの者と話す事が出来ます。」
「ほお!凄い物じゃの!いま話していたのはだれなんじゃ?」
「俺と作戦を共にしている魔人の仲間たちです。」
「仲間がおるのか!魔人の?」
「俺達は反乱の意志のあるものを探しに、とくにサウエル・モーリス先生とサイナス・ケルジュ枢機卿を探しに出てきました。我々魔人軍は強大な力をもってはおりますが、数が少なすぎるのです。人間や魔人に協力者がいないか大陸に潜入しております。」
「おお!魔人達が・・しかし敵はかなり強大じゃぞ。」
「我々より力のない獣人が反乱の意志を見せているのです。我らが動かずして誰が動くというのでしょうか?」
「そうじゃな・・ワシも微力ながら力を貸すよ。」
「何卒よろしくお願いいたします。」
デイジーさんはどうやら反ファートリアバルギウス勢力のようだった。
《やはり誰もがこんなバカげた世界征服のような戦争に納得しているわけではなさそうだ。自由を奪われて好き放題やられる人生なんて誰も送りたくはないよな・・どうにかしてこの反勢力をまとめられればいいんだけど・・》
「しかしお主たち普通にこの街の宿に泊まるのは危険じゃなかろか?」
デイジーが心配して俺達に諭す。
「いえ、俺達はもう街をでます。デイジーさんはどうしますか?」
「わしか?老いぼれは足手まといじゃ、ワシはここに残るさね。」
「わかりました・・あの・・俺達がグラドラムに戻る時には一緒に来ませんか?」
「グラドラムにかい?」
「実は薬品関係の研究施設を作っているんです。デイジーさんの欲しい薬草などは魔人が即刻採取できます。」
「ほう!魅力的じゃな!ならばそれまではワシはここで、獣人たちのために薬品の開発をしておるわ。」
そんな話をしている時に店先から声がかかった。
「こんばんわ!」
「はいはい・・お客さんだよ。皆も会っていくと良い。」
デイジーさんは部屋から出て行った。しばらくすると一人の可愛い獣人を連れて戻ってきた。
「ニケじゃよ。」
「あ!もしかしてラウル様ではありませんか?」
ニケの方から声をかけてきた。
当時は10歳ぐらいの幼女だったと思ったが・・14歳ぐらいの少女に変っていた。オレンジのショートカットが肩ぐらいまで伸びて、目もキリリとした感じになっている。短パンの元気娘のイメージから少し大人の女を想像させる少女に変っていた。ロングスカートをはいて大人のようだ。
「ニケ!1回しか会った事ないのによくわかるね。」
「とても印象に残る方でしたから。」
「俺が?そうかな?」
「はい。人間とは違う臭いがするのです。あの・・他の皆様は?」
「ああみんな無事だよ。マリアならここにいるし。」
「えっ!」
「あの・・ニケちゃんこんばんわ。」
「あ!マリアさんデイジーさんの鏡面薬を使ったんですね。」
「そう、しばらく見えないみたいだからごめんね。」
「でもご無事で何よりです。よくここに戻ってこられましたね!」
「ええ、ラウル様のおかげで何とか生き延びてきました。」
「本当に良かった。」
ニケはデイジーに持ってきた荷を渡す。
「これ頼まれていた薬草です。そしてエリクサーと鏡面薬を買います。」
「え?反勢力にタダで渡してるわけではないんですか?」
俺が反勢力のためにボランティアをやっているのではと勘違いして聞いてしまった。
「なにを馬鹿なことを言っとるんじゃい!」
デイジーさんに怒られてしまった。
「金をもらわないでワシャどうやって生きてくって言うんじゃ?」
「は、すいません。」
するとニケがデイジーさんをフォローするように言う。
「いえラウル様!デイジー様はエリクサーや鏡面薬をローポーションの値段でお譲りしてくださってるんです。ただでもらっているのと変りません!」
「ああ・・そういう事か。デイジーさんすみません。」
「まあ普通に店頭でもローポーションを売ってるから生活には困らないんじゃがの・・エリクサーや鏡面薬を作るのにいろいろと買う物があるんじゃよ。」
そりゃそうだ。これだけの薬品を作り出すのにコストがかかわらないわけない。俺は人間社会から離れて久しいのでその辺の感覚がおかしくなっていた。
「じゃあデイジーさん、俺から提案なんですが物々交換しませんか?」
そして俺はvp9 サブコンパクトハンドガンとC4爆薬を召喚する。
「おおお!ほんとうじゃ!おぬし召喚魔法を使えるのか!?しかも魔法陣なしで呼び出すとは・・」
「はい、これが俺の能力なんです。」
「それで・・これはなんじゃ?」
「黒いのが武器で拳銃といいます。えっとここの音は外に聞こえますか?」
「それは大丈夫じゃ、わしの研究でも音が出るのでな、音を遮蔽するように作られておる。」
「では。」
俺は転がっていた薪をひろって壁に立てかける。VP9で狙って撃つ。
パン!
パカン!
薪に穴が空いて飛び散った。
「こんな武器です。」
「ほぇぇぇぇ。どうなっとるんじゃ?」
「弾に火薬というものが詰められており、それに発火して鉄の玉が飛び出る仕組みです。」
「何というおそろしいものじゃろう。」
「ただ・・俺の魔法は30日きっかりで消えます。その間に何かあれば使ってください。使い方はここのレバーを下げてこの引き金という部分をひくだけです。決して普段は人に向けて撃たないように。」
「撃つものか!じゃがありがたいな何かの時に使わせてもらうやもしれん。それでその箱はなんじゃ?」
俺は箱の中からC4プラスチック爆弾を取り出す。
「そりゃ土か?変な色じゃの?」
「これは爆弾というものでこのままの状態だと危険はありません。しかし食べないで下さい。有毒物質が含まれています。起爆装置というものをつけて点火すると大爆発をおこします。」
「有毒物質?」
「はい、デイジーさんならこれを何かに使える研究が出来るのではないかと思いまして・・」
「おもしろいものじゃな。分かったじゃあもらっておくわい、これも30日なんじゃな?」
「そうです。」
「それじゃわしの方からは、エリクサー一箱と鏡面薬を一箱やろう。」
「ありがとうございます。」
俺とデイジーさんのやり取りを見てニケがあっけに取られていた。
《俺の銃を見てしまったのだからな無理もないか?》
「あの!ラウル様!私の仲間の獣人に会ってもらえませんか?」
「ああぜひよろしく頼むよ。ただ・・もうすでに仲間が会っていると思う。」
「えっ?そうなんですか?」
「ああ、危害は加えていない。無事だよ・・」
「へっ?危害?」
「すまん。俺達が森を渡ってここまで来たんだが、森に潜伏している仲間が捕らえてしまったらしい・・獣人たちが怒ってないといいんだけど・・」
「わかりました。私の方から話をさせてもらいます!」
「助かる。」
「全員。聞こえるか?獣人を説得する人を連れていく。闇に紛れファントムがいる北の森まで移動できるか?」
「問題ありません。」
「こちらからだと一瞬街道を渡りますが、我らの速度を人間は追えないでしょう。」
「もし敵兵と接触した時は騒ぎを起こさずに消しますゆえご安心を。」
「ではすみやかに所定の場所に集合いたします。」
4つの部隊から返事が返ってきた。
「じゃあニケ、よろしく頼むよ。一緒に来てくれ。」
「はい、ではデイジーさんのエリクサーと鏡面薬を運ぶの手伝ってくださいね!」
「あーはいはい。」I
「じゃあデイジーさん。帰りに必ずよるからそれまでは無事でいてください。」
「ワシももとは冒険者。しかもかなりのものじゃった、簡単に尻尾を掴まれるような事はないわ。」
「安心しました。」
「あ、それとのう!その鏡面薬は禁術で書かれた魔法陣を浮かびあがらせることが出来るぞ。」
「魔法陣が発動したりはしないんですか?」
「おう、魔法陣が見えるだけじゃ。」
《すごい・・これでだいぶ作戦の進め方が変わってくるぞ!》
「ではラウル様!皆様行きましょう!」
俺達はデイジーさんの店を出て北側の森の方に向かった。
ニケはフードをかぶっていた。
獣人と分かれば捕まる可能性があるからだ。
外は夜になっていたが、繁華街にはまだ酒飲みの連中などがいた。どうやら夜になって非番の衛兵などもでてきたらしかった。
敵がうろつく中を足早に目的の場所に急いだ。
北のファントムが待機しているところに行くと、すでに魔人達が獣人を数人連れて待っていた。
「遅くなった・・」
「いえご主人様、ご無事で何よりです。」
シャーミリアが俺に答えてきた。
「おう。シャーミリア行動開始だな。」
「はい。」
「ニケ!」
熊のような男の獣人がニケに声をかけてきた。
「みんな!この人たちは味方よ。古い知り合いなの?」
「おまえ・・魔人に知り合いがいたのか・・」
獣人たちはニケの言葉にあっけに取られていた。
「みなさん。すみませんきっと恐ろしい思いをしたのではないかと・・」
「いや、特に何をされたわけでもないが・・急にここに連れてこられたのだ。ずっと見張っていたのだがまさか鏡面薬の切れたところを見つけられるとは思わず。夜目が俺達より効くのだな。」
熊の獣人が代表して俺に答える。
「俺が彼らの主のラウルだ。ファートリアバルギウス連合に牙をむくものだ。」
「おお!そうなのか?魔人は奴らの敵となるか?」
「ああ、この国に自由を取り戻すためグラドラムから来た。」
するとクマの獣人は名乗りを上げた。
「俺はテッカ。ここいらの獣人をまとめるものだ。そこにいるニケが俺達と人間の橋渡しをしてくれている。」
俺はさっそく仲間になる可能性のあるやつと巡り合ったらしい。
「ちょっと話をしようじゃないか。」
俺が言うと、獣人たちがワイルドに牙をむいて笑うのだった。