第108話 魅了 ー大神官アヴドゥルー
神生祭は恐ろしい結末となって終わった。
大広場にいた者たちは今頃は荒野の地面の中だ。
《10分もすれば死ぬか・・》
俺の周りには衛兵が大勢取り囲んでいた。一気に攻めてこないのは俺がさっきインフェルノを使ったのを見ていたからだ。不用意に近づかないあたりはよく訓練されているんだろう。
「おとなしく投降しろ!」
衛兵のひとりが俺に叫んだ。
《ちっ!》
すると大聖堂のバルコニーの方からも叫び声が聞こえる。
「そのものを絶対に逃すでない!」
教皇が俺をみて叫んでいる。
《ちっ!ここまでか・・》
俺はポケットから手袋を取り出して、上から被せるようにはめた。インフェルノの魔法陣が刻んである。
《さて・・最後に2人ぐらいは道連れにしたいもんだが・・》
俺が威嚇のつもりで両手を前に突き出すと前の衛兵が後退った。しかし剣をむけられ身動きが取れない。
すると右の騎士が上段から剣を振って突っかかってきた。俺には肉弾戦の経験がない、避け方も良くわからなかったが向かってきたやつの懐に入ろうとした。
「おっと!」
足がもつれて斬りかかってきた騎士の足元に転がってしまった。とっさに上をみると股の間にいた。
スッ
俺はその騎士のガラ空きの肛門に左の手のひらをつけた。
「インフェルノ」
騎士は、はらわたと心臓まで内部だけ炭になって死んだ。俺は股の間をくぐり反対側に抜けたが・・
《これは逃げられるか?》
しかし・・甘かった。目の前に剣が振り下ろされ足止めされる。
「あぶねえ!」
そのままもう一人の剣が頭の上に下りてきた。
「インフェルノ」
衛兵の剣と手首から先がインフェルノに燃やされて消失した。
ゴロゴロと転がってその場を離脱する。
「みな!不用意に近づくな!」
隊長らしき男が叫ぶ。
《そうだ近づくな!もう魔法もでねぇ・・》
「もう周りを囲まれている!どこにも逃げられないんだ!投降しろ!」
俺は手を上げた。
《まあ殺されるだろうが、おもしれえ事できたしいいか・・》
-命じろ!-
「あ?」
俺の頭の中に直接言葉が響いた。
-数千の命は受け取った、言葉に魔力を乗せて命じろ!-
「カラス頭か?」
-ああそうだ言ったとおりにしろ-
「もう終わったぜ?」
-ふはは馬鹿を言うでない!これからよ!-
「おい!おまえ何をごちゃごちゃ独り言を言っているんだ!そこに這いつくばれ!」
衛兵の隊長らしき男が俺に命令している。
「わぁったよ!」
俺が這いつくばろうとした時またカラス頭がいう。
-魔力を言葉に乗せて、やめるように言うだけでよい-
《こいつは何をごちゃごちゃ言ってんだ?》
「よくわからねえがわかったよ!」
「おい!また独り言を!」
隊長が俺に怒鳴る。
「黙れ!」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
《ん?隊長と兵隊がみんな黙ったぞ?命令しろってこういうことか?》
「俺を捉えるのをやめろ!」
「「「「「はい」」」」」
「・・・どういうことだ?」
-数千の命を送ってくれたご褒美だ-
「お前・・俺がおきてんのに話しかけられんのか?」
-ああだいぶ力を消費するがな・・-
「この力はなんだ?」
-もう忘れたのか?魅了だ-
「魅了?」
-お前の言葉に魔力を乗せて発すれば、並の人間や知能の低い魔獣なら従うだろう-
「あ!そういえば言ってたな!これがそれか!」
-わかればいい・・起きてるお前に話しかけるのはそろそろ限界・・-
「おい?」
カラス頭との会話が途絶える。
《そういや言ってやがったな。数千の命がカラス頭に渡ったということは、1000人の生き埋めした人間が死んだってことか?こんなに危ねえ橋を渡るんだったら、速攻で焼けるインフェルノにしときゃよかったぜ》
自分の馬鹿さ加減に笑ってしまう。
《さて・・》
「おい!!お前たち!!そして見ている市民ども!この大惨事を巻き起こした張本人はあそこにいる!」
俺は大聖堂のバルコニーにいる教皇を指さした。
「すべてはあいつがやった!ここにいるもの全員であの悪魔の手先を捕らえろ!」
周りの騎士、衛兵、市民が一斉に大聖堂の方に駆けだしていく。
「悪魔の手先を許すな!」
「断罪させるんだ!」
「邪魔をするものも全て捕らえろ!」
暴徒のように一斉に人が流れていく。すると魅了にかかってないものも群集心理で誘導され皆で教皇を指さし叫び始める。
「なんという恐ろしい・・」
「騎士様たちが捕らえてくださるわ」
「こんなものに仕えていたというのか・・我々は!」
一気に広場に入り込みバルコニーの方に石を投げ始めた。
教皇や枢機卿たちは鎮めるために叫んでいる。
「鎮まれ!何を言っているのだ?」
「みなあの男に騙されておるのだ!」
「神の怒りに触れるぞ!」
しかし民の怒声にすべての声がかき消されていた。
「すげえな!」
思わず声に出して叫んでいた。
《あいつらあっさり信じ込んで走っていきやがった。これは・・すげえ力だぞ!俺は神の力を手に入れってしまったのかもしれねえ!》
そして俺はゆっくりと大聖堂の方に向かって歩いて行くのだった。
それから俺はファートリア神聖国を手中に収め、2年かけて西の山脈に住む低レベルの魔獣を焚きつけた。バルギウス帝国やユークリット公国を魔獣に襲わせ、さらに2年後に救世主のようにバルギウス帝国に現れて、国を魔獣から救ったふりをした挙句に魅了で掌握した。
《バルギウス帝国の皇帝とそれ以下の大臣どもは魅了で簡単に落ちたが、騎士と呼ばれる奴の中には魅了されないやつがいたっけな。》
そう・・大隊長とかいうすげえ恐ろしい奴らの何人かは魅了が効かなかった。仕方なく皇帝や大臣を魅了で従えて、ファートリア神聖国とバルギウス帝国の同盟という形にすることでそいつらを抑えた。
しかし俺がどんどん権力を身に着けていくほど、ほとんど人を殺す機会が無くなってしまった。自分の城を建造して、そこにいい女や子供を呼び寄せては殺して気を紛らわせていたが飽き飽きしていたのだった。
ある夜の事だった。カラス頭が夢に出てきた。
-アヴドゥルよ満喫しておるか?-
「つまらねえな。」
-19才で大神官になって国の長になってもか?-
「そんなもんには興味ねえよ」
-ふむ-
「国を乗っ取り隣の国と同盟を結んだ。することがなくなっちまったぜ」
-お前は本当に馬鹿者よの-
「ああそれは分かってる」
-お前に今まで権力を与えてきたには訳がある-
「なんだよ」
-おそらくお前は忘れているのだろうな、我を現世に呼び出すことを-
「それなんだけど、なんかいい事あんのかよ」
-やはりお前は何も考えぬのだな-
「馬鹿だからな」
-我を呼び出せば、お前は我の力を使いこなす事が出来る-
「おまえそんなに凄いのか?」
-見た事もない事は信じないか-
「でも興味はあるな。面白そうだ。」
-我に与する仲間の助力も受けられるのだぞ-
「おまえ仲間いんのか?」
-ああ-
「そりゃ初耳だ。どうすりゃ呼び出せるんだ?」
-インフェルノは地獄の業火と呼ばれている-
「地獄の業火?」
-文字通り地獄の炎を呼び出している、現世の炎とは比べ物にならんほど強力だ-
「よく燃えるわけだな。」
-おまえは転移魔法も使いこなせているな-
「ああもうすっかり自分の物になったぜ。」
-地獄の業火を呼び出すインフェルノと転移魔法が、禁断の書に一緒に記されているには訳があるのだ-
「・・・いくら俺が馬鹿でもわかったぜ。おまえ地獄にいるんだな・・」
-ああそのとおりだ-
「二つの魔法を合わせ書きすれば召喚できるってことか・・」
-おお!めずらしく勘がいいではないか!-
「馬鹿でもわかるって」
-だが必要なものがある-
「生贄だろ?」
-そうだ-
「どれだけ必要なんだ?」
-100万人だ-
「100万!!そんなにか!」
-そんなもんだ-
「どうすりゃいいんだよ?」
-戦争をおこせばいい世界規模のな-
「世界規模の戦争?どうする?」
-宣戦布告して攻めればよい-
「そんなもんか?」
-ああ-
「だが何年もかかかりそうだな」
-我にはわずかな時間だ-
「そうかいそうかい」
-あともう一つ忘れていると思うが忠告しておくぞ-
「なんだ?」
-ユークリット公国の女神と呼ばれる女の夫を殺せ、サナリア領軍団長をしているだろう-
「ああ、子供を身ごもる前にだっけか?」
-そうだ、それが叶わぬならその女でもよい-
「女神も霞む美女だっけ?そいつは俺が絶対に直接この手にかけたいもんだ。」
-好きにしろ、ファートリアバルギウス両軍に命令して捕らえさせれば良い-
「なるほどな・・そうしてみるか」
-とにかく子供を産ませるでない、子が生まれたら子を殺せ-
「なんでそいつに執着するんだ?」
-その忌まわしい子が成長し伴侶と結ばれ、そこで生まれた子が我らの邪魔をするのだ-
「お告げかなにかか?」
-まあそんなところだな。しかしこれが産まれれば確実にお前にもつまらぬことがおきるぞ-
「わかったよ、殺しゃあいいんだろ。」
-そうだ必ず殺せ-
「わかった。」
-必ずだぞ・・-
それから俺はすぐに行動に移した。ユークリット公国に宣戦布告しすぐに攻め入らせた。魔獣の大軍と強力なバルギウスの騎士、そしてファートリア神聖国の魔法師団をもってすればあっというまに攻め落とす事が出来た。とにかく俺が魅了した奴らが殺した命はカラス頭に送られるらしい、少しずつではあるが命が溜まっていっているようだった。
そんな戦いのさなかで朗報が入った。
「そうか!サナリア軍領主を討ち取ったか!」
「は!2000人の軍が投降しましたが指示通り皆殺しにいたしました!」
「神に歯向かう不届き物だからな、よしこれで邪魔者はいなくなったぞ。」
俺は配下の連絡に喜んでいた。どうやらカラス頭が言っていたサナリア領軍団長を討ち取ったらしい。
《後は世界の人間を征服しながら殺って行けば、100万人まで数年で届くんじゃねえかな?》
確実に事を進めている。順調に進んでいけば5、6年で100万人はいくんだろう。
俺はその夜気分良く寝ていた。そりゃそうだ目的を達成した日は凄く気分がいい。
-無能なやつよ・・-
「おいおい!ちゃんとサナリア軍領主とやらを殺したぜ!」
-子供が出来ておる、ユークリットの女神が子を宿したのだ-
「なんだって?くそ!魔獣に攻められて忙しいさなか、子供なんか作ってやがったのか!」
-ああそうらしいな-
「その嫁ってえのはどこにいるんだ?」
-今はサナリアにおるすぐに追手を向かわせろ!-
「わかったよ、それでどこか逃げる可能性はあんのか?」
-逃げるのであれば北だろう-
「それじゃあその女を追いかけて捕まえるぜ。もともと女神も霞む美女ってのが気になってたんだ。」
-急ぐのだ!-
「うるせえなわかってるよ!」
カラス頭は消えた。
《くそ!なんだってえんだ!子供なんてしらねえよ!》
とにかく俺は部下を呼びつけてすぐに追手を差しむけた。
しかしそれからだった・・おかしくなってきたのは。どんなに追いかけても追手を差し伸べても全く捕まる気配がなかった。
《国の連中にはっぱをかけても、失敗した奴を処刑しても全く捕まらねえ。どういうことだ?こっちは魔獣と騎士の混合軍に魔法使いも含めた隊を向かわせている。女子供が捕まえらんねえって事あんのか?》
俺の作戦が徐々に狂い始めている事に気が付かなかった。