第107話 ジェノサイド ー大神官アヴドゥルー
次の日の朝、ケイシー神父に聞いた通りダンクルマン神父とその配下の神父が来た。
「おはようございます。」
「おお、アヴドゥル神父よ其方は勤勉でとても優秀だと聞いておるわ。ところでケイシーを知らぬか?」
「あの・・今日はとても体調がすぐれずに横になっておられました。」
「なに、そうか・・ならあまり無理をさせてはいかんな。また後日にするか。
「なにか御用でしたか?」
「まあそうだがアヴドゥル神父の知る所ではない。とりあえず私がここに来たことは他言無用で願おう。」
「はい誰にも言いません。」
ダンクルマン神父と取り巻きはその場を去って行った。
コンコン!
「ケイシー神父もう行かれましたよ。」
「ああ!ありがとうおかげで助かったよ!これでしばらくは来ないはず」
「そうでしょうか・・。」
「とにかくアヴドゥル神父には感謝だ。これからもよろしく頼むよ。」
「え、ええ。」
《はぁ?なんで俺がお前の面倒をみなきゃならねえんだよ!めんどくせえな!》
とりあえず俺は会釈をして朝の掃除に向かう。今日も転移魔法陣を記す作業を進めなければならない。
「僕も一緒に行こうかな?」
ケイシー神父が俺と一緒に掃除をするとか言い出した。
《まったく邪魔だな!》
「あの・・体調が悪いと言ったばかりでは?ダンクルマン神父に見つかりますよ。」
「あっ!そうだった!とりあえず今日は部屋にいる事にするよ。」
「その方がいいでしょう。」
《まったく・・無能なこいつを次期教皇候補に推薦するなんて・・無謀だろ。》
とにかく俺は朝の広場清掃に向かう。今日もせっせと転移魔法陣を書かねばならない。
今日はケイシー神父の事で朝の掃除の時間が短くなってしまった。急ぎ礼拝堂に向かい礼拝をおこなう。これで真面目な神父として認識されるだろう。
俺はそのまま托鉢に出かけるのだった。
また時間を見ては街のあちこちに転移魔法陣やインフェルノ魔法陣を記していく。
「ずいぶんうまくなったもんだ。あっという間に書きあがっちまう。」
魔法陣を書くのも自由自在に行えるようになった。手袋にインフェルノ魔法陣を書いてはめると手からインフェルノが出せるようになったり、転移魔法陣の手袋をはめて何かを消したりすることもできた。しかし使うと魔法陣は消えてしまう為都度書かなければいけなくなる。
《欠点があるとすればそれだな。》
神生祭を明日に控えた日、大聖堂の神父たちや町の人が忙しく動いていた。国外などからの礼拝者なども集まっているため対応に追われていた。その日は観光客なども来るため数日は街の人口が増えるため、衛兵なども多く配置され町は活気に満ち溢れていた。
「やあアヴドゥル神父!」
「ああケイシー神父ごきげんよう。」
「ああ。」
《結局こいつは次期教皇保守派に祀り上げられて、今は司祭長に昇格していたんだっけな。》
「こんなところに居ていいんですか?」
「僕はいろいろ準備とか苦手なんだけどね。」
「そうなんですね。」
「君はいつも通り勤勉に働いているんだね。」
「変わりません。」
そうだ。俺は変わっていない。しかし・・全ての準備は出来た。
「アヴドゥル神父に用があってきたんだよ。」
「私に用ですか?」
「アヴドゥル神父!出来ればこれから君にはずっと僕の側にいてもらいたいんだ。僕の補助をお願いしたいと思っている。」
「そんなこと勝手に決めていいんですか?」
「あとは伯父のロニー教皇様の許可をもらうだけだ。話は通してあるし半分は決まった事だから断れないよ。」
「・・わかりました。」
《ち!なんだよ!明日は俺の大事な日なんだよ!なんでこいつは邪魔をするんだ!》
ケイシー神父について大聖堂の最上階にある、教皇の部屋に連れてこられた。
「ロニー教皇へお目通りを。ケイシー祭司長です。」
「こちらへ・・」
神父の誘導でロニー教皇が待つ部屋に通された。
「教皇様、アヴドゥル神父をお連れしました。」
「ケイシー祭司長ご苦労様です。」
中には数人の聖職者がいて、そのひとりがケイシーに声をかけた。
「ありがとうございます枢機卿。」
ここにいるやつらは枢機卿という立場らしい。この教会内でもトップの人間たちだった。その奥にひときわ立派な修道服を着た厳かな雰囲気の老人がいた。
「ケイシー神父よ、その者がアヴドゥル神父か?」
「はい。ロニー教皇様」
ロニー教皇は俺をじっと見つめた。しかし表情は何も変えずにただ見つめるだけだった。
「このものを助手に?」
「ええ私が昔から親しくしている神父でございます。」
「ふむ・・」
俺はただ黙ってケイシーの後ろに跪いて頭を下げていた。
「アヴドゥル神父よ。あなたは何かの啓示を受けましたか?」
ロニー教皇が唐突に俺に聞いてきたが、何のことだかさっぱり分からなかった。
「いえよくわかりません。無いと思われます。」
「毎日神に祈りを捧げておりますか?」
「はい」
俺が返事をすると、ケイシーが横から口をはさんだ。
「恐れながら教皇様、アヴドゥル神父は誰よりも勤勉で、掃除も礼拝も托鉢も欠かさず行っております。」
「ふむ・・そうなのか?」
ロニー教皇は枢機卿たちに話を聞く。
「はい、他の神父たちにもそのように聞いております。誰よりも勤勉にお勤めをしているようです。」
「そうか・・」
するとケイシー神父がロニー教皇に尋ねた。
「教皇様!このものを私の御付きにしてもよろしいでしょうか?」
「待て。」
「はい・・」
するとロニー神父がまた俺に聞いてきた。
「お主・・何を考えておる?」
《なんだ・・このジジイ・・ずいぶん俺を警戒しているようだが・・。何かに気が付いたのか?どう答えたらいいかな?》
「なにも考えてはおりません。ただ神に祈りを捧げ毎日務めを果たすだけです。」
「・・そうか。確か・・お前は両親を亡くしここに来たのだったな。」
「はい。」
「その手袋はなんだ?」
「はい、手荒れがひどくかけております。」
「手袋を取ってみよ。」
《え・・なんでそこまで?どうする?ここのやつらを全員殺すには手袋のインフェルノでは足りねえぞ・・まいいか。》
俺は手袋を取って見せる。
枢機卿たちが眉をひそめてみる。
「それは・・どうしたのだ?」
ロニー神父が俺に尋ねてくる。
「家が火事にあいその時に火傷を負いました。」
「そうか・・わかった。はめて良いぞ」
《まあ、これは家の火事で火傷したんじゃねえけどな・・俺が間抜けにも手袋を逆にはめちまってインフェルノを発動してしまい、すんでのところで気づいて手袋を外したんだが火傷しちまった。手袋を外すのが遅れたら俺の手は消し炭になって無くなっていたところだ。》
「ロニー教皇様いかがでしょうか?」
ケイシー神父が教皇に尋ねた。
「わかった。このものをあなたの御付きにすることを認めよう。」
「ありがとうございます。それではこれで・・」
「ふむ。」
訝しげな顔で俺を見る教皇だったが、何事もなく部屋を出る事が出来た。
《なんなんだ・・あのジジイ。怖えぞ俺の何かを見透かしたような目で・・要注意だな》
「アヴドゥル神父!よかったよ!君が僕のそばにいてくれれば安心だ。」
「そうですか。それならよかったです。」
俺はケイシー祭司長の御付きとなってしまったのだった。
そしてとうとう神生祭の日がやってくるのだった。
朝から街は厳かな雰囲気ながらも人が多数行きかい、いつもとは違う様相を呈していた。
神父たちが大聖堂前の広場に集まっていく。
「きたきた・・」
俺はもう我慢の限界に達していた。100日間も殺してない禁断症状が出ているのか手が震える。たくさんの神父に混ざって大広場に入っていく。
すると・・大聖堂の脇のいつも開いた事が無い大扉が開く。
ガラガラガラガラ
デカい滑車に乗せられて数人がかりで引かれそいつが出てきた。
「これが・・魔石か。」
白く光るデカイ透けた石が大広場内に入ってきて丁度中心のあたりに置かれた。
「さてと・・」
俺はすぐさま自分の足元に軽く魔力をそそいだ。一瞬魔法陣が光ったが多くの人の足で隠されて見える事はなかった。俺はそのまま速やかに人を掻き分けて魔法陣の外に出た。
《どうなるか?》
魔石が備えられて、大聖堂二階のバルコニーに教皇が出てきて説教を始めた。
その時だった。
魔石が光り輝きだした。
「おお!石が輝いている!神のお告げか?」
「ながく神生祭を見てきたが光っているのを初めて見るぞ!」
「何という神々しい輝きなんだ!」
神父たちがその美しさに口々に賛嘆の声を上げ始めた。
「やったか!?」
すると・・教皇が話をやめて手に持った杖をかざして何か言っている。枢機卿の数人も手に杖を持って何かしているようだった。
気が付くと魔石の輝きが落ち着いてきている。
《おいおい!もしかしたらあいつら発動を抑えてるのか!?邪魔すんじゃねえぞ!》
俺が教皇たちが杖をかざした方向を見ると、教皇は俺をじっと凝視していた・・
《ばれてるな・・こりゃまずい。》
教皇の目線が俺から外れないところを見ると、間違いなく俺が犯人だと分かっているんだろう。すると後ろから声をかけられる。
「ああ、アヴドゥル神父なんという美しい祭典なんだろうね。あの石の輝きを見たかい?一瞬だったけどとても美しかったね。」
ケイシー神父だった。
《ち!まためんどくさい奴が来た!》
俺はそいつを無視した。俺が逃亡出来るだけの力を残し、足元に手を付けて魔力を魔法陣にぶち込んでやった。
俺の元から魔石に一気に魔力が稲妻のように走る。しかし大勢の足元で隠されたためその稲妻は誰にも気が付かれることは無かった。
魔石が一気に輝きを放って暴走し始めた。
シャァァァァァァッァ
「アヴドゥル神父?君は一体何を?」
ケイシー神父が俺のやったことを見ていた。こいつは殺してしまわねばならない!
俺がケイシーに向けて歩み寄ろうとした時だった、大聖堂のバルコニーから教皇の声が飛んだ。
「そのものを!そのものを捕らえよ!」
場内の神父や衛兵の視線が一気にこちらにとんできた。
《やべえ!》
俺がケイシーの方を振り向くとヤツはそこにはいなかった。どうやら逃げてしまったらしい・・
《まああんなザコはどうでもいいか》
とにかく逃げなくては!俺が大広場の出口の方に進むと衛兵が俺のそばに近寄ってきた。
「神父!どちらへ?」
俺はその衛兵の心臓のあたりの胸の上に左手を添えた。
「インフェルノ」
手のひらからインフェルノの火炎が噴き出す。
するとその衛兵の背中から手のひら大の火柱があがり、衛兵はその場に崩れ落ちた。俺はさらに進みもうすぐ出口から外に出られるというところで、一番近くにいた衛兵が俺に切りかかってきた。
「転移」
俺はその衛兵の顎の下に右手を添えて転移を唱える。するとその衛兵の顔の前半分がごっそり消えて脳みそや眼球がむき出しになって倒れた。
ギャァァァァッァァン!
俺の後ろの大広場で耳をつんざくような音が鳴り響いた。あたりは真っ白に輝いて何も見えなくなった。灯りが消えると大広場にいた数千の人々が跡形もなく消え去り、白く輝いていた魔石も無くなっていた。
「うまくいったな。」
俺が100日近くかけた計画は成就したのだった。