第105話 悪魔の子供 ー大神官アヴドゥルー
殺しをした次の日、親父から学校に行かないように言われた。
危険だから家にいるようにと。
どうやら捜索した結果、雑木林の土の中から村長の息子の遺体がでてきたんだとか。
《くそ・・下手うったな。しかし前世と違って科学的な捜査なんかできねえし、俺にたどり着くことはねえだろう・・》
するとその日、教会に人が訪ねてきた。
「ファートリア神聖国の本協会から、修行のためこの教会に来るように言われました。」
「はあ?聞いておりませんでしたが?」
急に来たファートリア神聖国からの使いに父親が驚いていた。
「はい、なにぶん急な事ゆえ私も驚いております。」
その男の名前はゴスケロ・ボーナム神父と言った。
「調べていただければわかります。しかしすでに私は使いとして来てしまいましたが・・」
その男がそういうと、父親の神父が言う。
「そうですか・・きっと神の思し召しかもしれません。ようこそいらっしゃいました。」
男が家に入ってくるときに俺を見て笑ったような気がした。
「私は語学に精通しております。もしよろしければご子息の勉強なども見る事が出来ますが?」
「それはありがたい!ちょっと学校に行けなくなってしまった事情がございましてな、出来ましたらこの子の勉強を見ていただけると助かります。」
「かしこまりました。」
そして俺はその日から学校に行かなくてもよくなってしまった。
住み込みの神父には部屋が用意されて一緒に暮らす事となった。神父の部屋は俺の部屋の隣だった。勉強を教えるのにその方がいいだろうという父親の配慮だった。
到着した日の夜に俺が寝ているとドアがノックされた。
コンコン!
ドアを開けるとゴスケロが立っていた。
「なんだ?」
ゴスケロは部屋に入り込み膝をついた。
「アヴドゥル様!私はあの方から遣わされた、あなたの下僕にございます。」
「ああ・・やはりお前がそうか。」
「聞いておられますか?」
「聞いてるよ。」
カラス野郎から送られてきた下僕だった。本当にファートリア神聖国の神父らしいが、ユークリット公国に向かう途中で夢にお告げがあったんだそうだ。こいつはあのカラス野郎を神だと思っているようだ。
「古代神聖文字を教えるように言われております。」
「ああ、それならこれだ。」
俺は地下室から持ってきたボロボロの魔術書を広げた。
「おお!これはなんという!相当な価値のある神の書物ですぞ!」
ゴスケロは興奮したように言っている。
それからしばらくはゴスケロが俺に古代神聖文字を教えてくれていた。古代神聖文字をきちんと読むことが出来るようになるまで3ヶ月を要した。3ヶ月が経ったある日ゴスケロは急に青ざめた顔で言うのだった。
「アヴドゥル様!いまのいままで気が付きませんでしたが、あの・・これは禁書です。こんな本をどこで手に入れられたのですか?」
「ああ、あの神様のお告げで下賜されたものだ。」
「神が・・きっと何か深いわけでもあるのでしょうか?」
「そうだ。崇高な使命があると聞いているぞ」
「わかりました。あなたは神の使いであらせられる、きっと何か深い意味があるのでございましょうな。」
それから俺は何度も何度もその本を読んだ。何度も読んでいるうちに書いてある難解な事の意味が分かった。急に理解したのだ・・この本を解読し始めてから半年がたっていた。俺はもう11才になっていた。
そして俺は夜にゴスケロを部屋に呼んだ。
「ああゴスケロ、お前に見てほしいものがあるのだ。」
「はい何でございましょう?」
ゴスケロはすっかり俺の虜になっていた。あのカラス野郎の入れ知恵もあり神の使いとして信じ込んでいた。
「お前に神の力を見せてやる。」
俺は目の前の床に花瓶をおいた。そしてそこには魔法陣が刻まれている。
俺が手をかざすとその魔法陣は白く輝き始めた。すると花瓶は床の光る部分に沈み込むようにして消えてしまった。するとそこから離れた場所にある魔法陣が光り出してそこに花瓶が現れた。
「おおお、これが・・神のお力ですか!」
「そうだ。」
「なんというお力なのでしょう?」
「転移魔法という。」
「・・・・」
ゴスケロは絶句していた。
「どうした?」
「わ・・私は・・なんという。転移魔法は禁断の魔法です・・悪魔の魔法と言われております・・神のお力などではありません!もしや私たちは騙されていたのかもしれませんよ!」
「いや、騙されてなんかないよ。これを身につけるために古代神聖文字を教わったんだから。」
俺がニヤリと笑ってゴスケロを見ると、ゴスケロは青い顔をして後ずさった。
「ま、まさかあなた様は?」
「神の使いさ。」
ゴスケロの足元が白く光り出した。そこにも転移魔法陣が書いてあったのだった。ゴスケロは転移魔法陣に吸い込まれるように消えていく、すると教会の鐘の塔の外側にあらかじめ書いた魔法陣の上に、いや・・横に出てきた。
「わあああああああ」
塔の脇の壁から突き出るように出てきたゴスケロは、重力にひかれるままに鐘の塔の壁から地面まで真っ逆さまに落ちる。
ドサッ!
ゴスケロは転落死したのだった。
次の日の朝、俺の両親は教会の外で死んでいるゴスケロを見つけた。街の衛兵を呼んで調査するが自殺と判断されたらしい。
それから俺は転移魔法をきわめて行くのだった。
転移魔法はあらかじめ2カ所に魔法陣を書いておかなければならなかった。そして一度使うと魔法陣は消えてしまう事が分かった。魔力をそそいでいる時は消えないがそれを止めると魔法陣が消えるのだ。また時間をかけて書く必要があった。しかし禁断の書には転移魔法だけが書いてあるわけではなかった、インフェルノという巨大な炎を呼び出す魔法も書いてある。これは魔法陣が大きければ大きいほど魔力を必要とする魔法だった。
それからの俺はその二つの魔法を駆使して人を殺した。
どちらかというと突発的に火を飛ばして攻撃するものではない。罠のようにあらかじめ用意して発動するまでは、魔法陣が浮かび出ないようになっている。それが俺の性に合っていた。考えて人を殺すように仕向けてそれがうまくいった時の喜びは格別だったからだ。
俺の体は小さく13才になっても背は伸びなかった。しかしその魔法のおかげで面白いように人を殺す事が出来た。
村では消えていく村人について悪魔の仕業や魔獣の仕業と噂が立った。しかし死体はどこにも出てこずにただ人が消えていくことに冒険者への捜索依頼も出たのだが、全く足取りを掴むことが出来ないでいるようだった。
俺は何食わぬ顔で教会に戻り親と暮らす日々を続けていた。ある日、親がこんな事を言ってきた。
「お前の部屋でこんなものを見つけたんだが・・覚えはないか?」
それはあの禁断の書だった。
「ああ、それはあのゴスケロが持ってきたんだ。俺は読めないからよくわからないけど・・」
「そうか。こんな恐ろしい物を・・あの者は悪魔の使いだったのだろうか?」
「さあ・・よくわからないよ。」
「アブドゥル・・お前があちらこちらに出かけて何かをしていると聞くのだが、何か隠している事は無いか?」
「知らない。」
親父と母親は二人で暗い目をしていた。
《俺にはわかる・・その目。人を殺す決意をした目だ・・俺と同じ目をしている。》
「あはは・・いまさら気がついたか?」
俺が両親に向けて言葉を発すると、やはり!と言った顔で俺をにらみつける。
「どうして・・こんなことをしてしまったのだ?」
「どうして?そんな簡単な事もわからないなんて、なんてバカなんだろう。」
すると母親が俺を憐れむような顔で見つめてこういった。
「どうして・・」
「簡単なことだ。面白いからだよ!」
二人は悪魔を見るような顔で俺を見つめた。
「お前には悪魔がついてしまったようだ・・お前を殺して私たちも死のう。罪を背負うしかない。」
父親と母親が包丁を持って俺に突き付けた。
「なるほどな。こんなこったろうと思った。」
俺が玄関の方に向かって走ると、鬼のような形相で親父と母親が追いかけてきた。
《追われるのはおっかねえもんだな。》
礼拝堂に逃げ込み入り口付近に走りそして俺は立ち止まった。
廊下から両親が必死の形相で追いかけてきた。
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ゴォォォォォォォォ
両親の足元から強烈な地獄の烈火が巻き起こり一瞬にして蒸発してしまった。
「まったく・・気が付かなければ、親として育ててきた礼に殺さないでいてやったものを・・」
俺はそのまま教会に火を放った。
俺は火事から焼け出されたかわいそうな孤児を演じた。
村の人がやってきて俺を助けてくれたのだった。泣くふりをする俺を皆が憐れむように見た。俺は村長の好意によってファートリア神聖国の首都ファストラルの修道院に行く事になった。
ファストラル修道院に務めをはじめて1年、俺は模範的な神父見習いとされていた。勤勉に学びそして祈りを捧げた。殺しをする時間も惜しんで学び続けた。そのおかげで俺は14歳にして神父となった。
ある日の夜だった
-よくやったな、14歳にして神父となったか-
「おおカラス野郎、おかげで神父になれたぜ」
-そしてホロキ村ではたくさんの命を送ってくれたこと礼を言おう-
「ああ、それはお前のためじゃない。俺自身の楽しみのためにやっただけだ。」
-頼もしい限りだが、この1年は魂が送られてこぬようだ-
「教会から出れねえからな、なかなか難しいんだ。」
-転移があるではないか?-
「それでどうしろと?」
-首都の街に繰り出した時にあちこちに転移魔法陣を書いてくればよかろう-
「おおなるほどな!それなら出入りも見つからねえか!自分が入る事は考えてなかったな!」
-もっと魂を送ってくれねば我の力を強くすることは出来ぬ-
「お前の力を強くすると俺に良い事あるのか?」
-お前の力を強くすることができる、もっとたくさんの命を奪う事が出来るぞ-
「そうなのか?もっとおもしれえ力ねえのかな?」
-では魅了の力を与えよう、それにはあと1000人の魂をよこすがよい-
「魅了?なんだよそれ?」
-魔法陣のいらない能力だ-
「魔法陣がいらない?便利そうだな。」
-意志の弱い人間を思うままに動かしたり、言葉を話せない知能の魔物などを使役する能力だな-
「おもしれえ!じゃあちょっと時間はかかるが待ってろ!」
-ああまだまだ我に力が足らぬ、もっと多くの命を集めるがよいぞ!-
「わかったよ!」
そしてカラス頭はまた消えてなくなった。
俺は神父となりファストラルの街を托鉢して回る事となった。托鉢をして回りながらあちこちに転移魔法陣やインフェルノ魔法陣を書きまくった。地面を掘らなくても俺が魔力を込めて棒でなぞるだけで書けるし、魔法陣を書いても発動するまでは魔法使いにすらわからない。俺にしか発動できないからだ・・古代神聖文字を使った禁術だけはある。
そして夜な夜な転移魔法陣でファストラルの街に出かけては人を殺した。
娼婦などは絶好の鴨だった。
ファストラルの街に失踪事件や身投げが頻繁に起こるようになったのはそこからだった。