第102話 蛇の生殺し?
「いやあ・・やっぱり風呂はいいなあ・・」
《シャワーで洗い流す汗と泥。スッキリとした体で寝る幸せ!いいなあ・・ただし!!ちゃんと眠れればだけど!!》
召喚した陸上自衛隊の仮設浴場の中で、俺はシャワーの前に腰かけてそんなことを考えていた。
《護衛とか見張りって言うけど、テントの外にファントムが見張っているんだから必要ない気がするんだよなあ・・》
俺はシャワーを浴びているというのに俺は指一本動かしちゃいなかった。それというのも何本もの手が俺の体を丹念に洗っているからだった。
《・・気持ちいいような・・くすぐったいような・・12才の体は前世の31才とは違うな・・》
12才といいつつも俺の体は15才くらいの大きさになっていた。顔や雰囲気は幼いのだが体は大人に近い状態になりつつある。
《なんか・・この風呂を設置してから自分の手で体を洗ってないなぁ。そのおかげで夜に目が冴えて眠れないんだよ。31年プラス12年・・43才にして童貞の俺はいつもこの後どうしていいか分からなくなるんだよ・・ただ悶々としてしてしまう》
俺の周りにいるのは、マリア、シャーミリア、マキーナ、ルピアだった。その合計8本の手が縦横無尽に俺の体を洗ってくれているのだった。
《べつに洗ってもらわなくてもいいのに・・ルゼミア王は主の務めだって言ってたけど・・》
「かゆいところは無いですか?」
子供のころから聞いてきたマリアの言葉。まるで美容室の店員さんのような問いに答える。
「ああ、十分すっきりだよ。」
《このやり取りも4日間、毎日やってるような気がする。よくよく考えると毎日入らなくてもいいんじゃないのか?人間たちは2日に1回交代制で入ってもらっている。俺だけ毎日入っているのは職権乱用なんじゃないか?》
「今日は私奴がキレイにいたします。」
シャーミリアが俺の正面に来た。シャーミリアの肌は抜けるような白さで唇だけがなまめかしく真っ赤だ。絶世の美女でありながらも驚くほど妖艶なオーラが出ている。金の巻き髪を揺らしながら「洗ってくれる」という言葉に抗う事などできなかった。
「あ・・」
「ああ・・」
マキーナとルピアが顔を赤くしていつもうらやましそうに眺めているのだった。
「猛々しいラウル様のお力を感じます。」
シャーミリアとマキーナとルピアが目を爛爛とさせて一点を見つめている。
「はい、シャーミリアそこまでですよ。」
マリアが仕切るのだった。お互い何かをけん制し合っているようにいつもここで終わる。
《マリア!そこまで・・の意味は何だ!この後一人に・・ひとりになりたい!!》
俺が先にひとり風呂に浸かるとそれぞれに体を洗い流す。
そしていつもの通りみんながいそいそと湯船に入ってくるのだった。ぴったりとくっついて俺はいつも、のぼせる寸前でお湯からあげられる。まるで水揚げされるマグロのようにだ。
「では体を拭いて眠りましょう。」
マリアが俺を拭いてみんなで風呂を出る。俺が風呂のボイラーを担当しているティラとタピに声をかける。
「ティラ!タピ!お前たちも風呂に入ったらボイラーを消して休んでくれ!」
「はい、ありがとうございます。」
「は・・はい。」
二人は風呂の中で行われていたことなど何もしらず俺にお辞儀をした。
《ここからだ・・ここからなんだ!とにかく一人になりたいんだ!しかしだ!・・なぜこいつらはいるんだ!》
風呂を上がるとそのまま俺の寝所へみんながついてきて一緒に寝るのだ。シャーミリアとマキーナは寝ずに俺のそばにいる。夜起きてトイレに行くというと二人はついてくる、どこまでもどこまでも・・
《一人に・・させてくれよ。》
心の中で言う。どうせ俺が一人になると言ったって、「危険です!それはダメです!」とか「ご主人様の御身に何かあってからでは遅いのです!」とか言われるのがオチだった。朝方に二人は船底にある寝床に戻るためにいなくなるのだが一人になるチャンスは来ない。朝になるとマリアとルピアが目を覚まして俺の護衛を始めるからだ。
《風呂を設置する前は俺を放っておいてくれたじゃないか!?どういう責めなんだ?なんという過酷な毎日なんだ?年頃の男にしかわからないこの修行のような毎日。魔人国での魔人達との組手の訓練の方が発散になる!組手の訓練の後はぐっすり眠れるしな!!》
そして俺は寝たか寝てないかよくわからないうちに朝を迎えるのだった。ぐっすり寝ていないはずなのに日に日にパワーがみなぎっている気がする。
陸上自衛隊の仮設浴場を召喚してからというもの・・これが毎日続いている。
朝陽がまぶしかった。
俺がテントから出るとファントムがどこか遠くを見て立っていた。
《こいつには感情とか全くないんだろうな・・。いつも遠くを見てるけど何を見てるんだろう?》
めざましがてら体を伸ばしているとギレザムが声をかけてきた。
「ラウル様!おはようございます!清々しい朝でございますね!」
「おはようギル。ホントやる気が出るよ。」
「ラウル様ここ数日とてもみなぎっておりますね!なんだか今にも爆発しそうな力を感じますぞ!」
「ああ爆発しそうだよ。」
「頼もしい限りです!」
《ギレザム・・お前には爆発しそうな事は無いのか?》
ギレザムに挨拶をした後そのまま、俺は朝の日課であるシーサーペントのペンタに会いに行く。
港の船のそばで指笛を拭くとペンタがやってくる。
ピィィィィィーーー
ザバァ!!
キュァァァァァ
「おう!ペンタおはよう。今日も魚を頼めるかい?」
クゥォォォォン
ザブーン
ペンタは海に潜っていった。しばらくするとまた戻ってくる。
ザバァ!
《お!なんだ?デカい蛇のような・・ウナギ?いやアナゴか!?》
ペンタがドドドドと吐き出すと、巨大なアナコンダみたいなアナゴの後に、いつものマグロっぽいのや小さい魚が出てくる。小さいといっても80センチはある真鯛のような魚だ。
「いつもすまないな、今日はこれで十分だよ。」
ペンタは頭をスッと俺に近づけてきたのでデカイ鼻ズラを撫でてやった。
キュィキュィ
甘えているようだ。ペンタも最初にあったころよりだいぶ大きくなっている。はじめて会った時もかなりの大きさを感じたが、あれでも子供だったらしく数年で倍の大きさになってしまった。
ザブーン!
ペンタはまた海に帰って行った。
《食事事情はペンタのおかげでかなり助かっている・・200人以上いる人間を食べさせるのと、更に食う魔人達の食料を確保するのにペンタなしではかなりきびしかったな・・》
俺は魚を処理してもらう為、テント村に行きスラガと20人くらいの人間に声をかけた。
「あの魚が大量に捕れたので、皆で運搬と処理をお願いできますか?」
「おお!ラウル様いつもありがとうございます!」
「あんなに大漁の魚をいつもどうやって獲っているんですか?」
「本当に不思議な力の持ち主ですね・・」
そう、俺はペンタを人間には見せていなかった。あんな巨大な海竜をみせたら人間が怖がってしまう。だから朝一で俺一人こっそりペンタに会いに行くのだった。
魚の処理をスラガと人間に任せてテント村を歩いているとカトリーヌを見つけた。
「カトリーヌ!」
「おはようございます。ラウル様!」
カトリーヌは見事なカーテシーで俺に挨拶をする。テント村でのカーテシーは不思議な光景だが、ユークリットの上級貴族だった彼女の所作は本当に自然だった。
「おはよう!よく休めたかい?」
「休めました。ラウル様は・・なんだか目が赤いですか?血走っているような・・」
「あ・ああ。気にしないでくれちょっと力があり余っているんだよ。」
「ならいいのですが、あまりご無理をなさらぬように。」
「そうだな。分かってるよ。」
カトリーヌはおさげの三つ編みをやめて髪の毛を下ろしていた、そのことで美しい金髪が印象的となった。風呂にも入って小綺麗にしているのでその美貌が浮き上がってきたようだ。
《やはり・・イオナの姪だな14才にして女神顔負けの美貌になりそうな予感がする。》
「あの・・そんなに見つめられると恥ずかしいです・・」
「ああ!すまない!母さんに似ていたものでつい見とれてしまった。」
「わたしイオナ様に似てますか?」
「ああ似ている。」
王都で女神も霞む美貌と有名だったイオナに似ていると言われて嬉しそうだった。
《・・かわいい・・いや・・美しいなぁ・・!いかんいかん!血はつながっていないが俺のいとこだ!いとことは前世同様に結婚しても良い世界ではあるが、イオナと血のつながった大切な子だ!色眼鏡でみてはいかん!》
俺はふるふると首を振って邪念を振り払った。
「どうしました?」
首をかしげて俺を心配そうに見るカトリーヌに、クラクラと目が回りそうになりながら答える。
「いやなんでもないよ。少し疲れてるのだろうか?」
「気が付かないうちに疲れているのかもしれませんよ。」
「心配してくれてありがとう。俺は大丈夫だよ。」
「はい・・は・・あの?鼻から血が。」
「あれ?」
手でスッと血を拭いてみると、手に血が付いている。
「あ・・少し休むわ。」
「では私が疲労回復の魔法をかけて差し上げます。」
「そんな魔法があるの?」
「ええ、お座りください」
するとカトリーヌが俺の頭の上に手をかざした。手がポゥッと光って俺を包んでいく。すると体の血が巡っているのが分かるように魔力も巡っていく。
《んーなんだか、さらにパワーがみなぎってきた?》
「あ、ありがとう!十分だよ!」
「まだ始めたばかりですが・・」
《これは?前世でいうところの精力回復のマッサージの後で高級栄養ドリンクを飲む感じだ。もっと鼻血がでてきそうだよ。》
「もっと疲れた時にたのむよ!その力は町民の回復のためにお願いする!」
「はい、わかりました。ラウル様はお優しいのですね。」
「そんなんじゃないけど。」
「ご謙遜なさるところも素敵です。」
「はは・・」
とりあえず俺はカトリーヌとの話をきりあげ、ポール王の所に向かう。
「おお!おはようございますラウル様!今日も一段とみなぎっておりますな!お若くてうらやましい限りです!」
「やっぱみなぎってる感じしますかね?」
「ええそれはもう、力があり余っているというか破裂しそうなものを感じます。」
《人間にも悟られるようになってきた。もう・・パンパンってことだな・・どうしよう。》
配下と人間たちが魚を持ってきてさばき始める。俺が召喚したサバイバルナイフやコンバットナイフの切れ味が良く重宝しているようだった。そして人間たちが何度も何度もかき出して綺麗にした井戸水を、人間の女性や子供たちが汲んで運んできた。いつも皆で朝食を作ってくれる。
「よし!ファントム!お前は今日も正門で見張りだ!いけ!」
するとファントムは消えるように正門の方に走って行った。初めに蹴った地面が深くえぐれている。
「もうすこし静かに走り始めるように教えないとな・・」
そして無線で仲間全員を呼び寄せる。ポール王とクルス神父を含めて朝ごはんを食べながら今日一日の予定を話し合うミーティングをするためだ。
ペンタがとって来てくれた魚と俺が召喚した戦闘糧食の粉末スープと乾パンで皆が腹を満たし、今日の作業を行うため皆が動き始めた。
スラガ、マズル、ゴーグ、ガザムが人間10人の男と共に水路工事に向かう。ギレザムは今日はテント村の人間の護衛に付く、ジーグとダークエルフ3人が休みつつ非番となる。ダラムバ率いるダークエルフ5人がクルス神父とグラドラムの森に行き、薬草や木の実や果実を収穫してくる。ダークエルフは他の魔人よりも射撃の精度が高い為、全員にライフルを持たせている。魔獣が出たら頭を一発で仕留めるように指示をしていた。その方が食料の部分になる肉を傷つけないのと処理が楽になる。やはり森での行動はダークエルフに敵う者はいなかった。ほか二人のダークエルフが船の見張りについた。
配置を変えたり、非番を活用してのコミュニケーションをさせての毎日が続く。
俺は午前と午後でグラドラム墓地奥の高原の水路工事の爆破作業と、グラドラム森林の薬草採取や建築物に使えそうな木材の選定でほぼ一日が終わる。都市内に残った人間たちが建物を建てるための基礎をかためていく。
そうして1日が終わりディナーミーティングの時間が来てポール王やクルス神父と話をする。
ミーティングが終わるころには人間たちが風呂を使い体を清めて寝る。
・・・そしてまた今日も・・・
「さて!ラウル様お風呂の時間でございます!」
マリアが楽しそうに言うと、いつものようにシャーミリアが微笑む。
「ご主人様!今日も体をお清めになりぐっすりとお休みくださいませ。」
《ぐっすりと・・か・・》
毎夜行われるルーティーンに俺はすでに抵抗する事もなく従うのだった。
これが俺の毎日・・
俺は自分がファントムのように、遠い目をしてもの思いにふけっている事に気が付かなかった。
「さあラウル様いきましょう!」
「ご主人様!疲れも一緒にお流しします。」
「わたくしもお手伝いします!」
「私の羽で優しく洗って差し上げます!」
俺達は今日も陸上自衛隊の仮設浴場に向かう。
どうしてこうなった?