異世界に15年?!本気ですか?
「はあ~~~~~~~~~~~~~っ」
と、とてつもなく長いため息をついたチョウの目の前には、地に着くほど頭を下げたシーマとマチルダが身動き一つせず脂汗を垂らしていた。
その様子を倫はドキドキしながら見つめている。いつもは自由な愁も、空気を読んでか、目をきょろきょろさせて不安げだ。
「「申し訳ありませんっ」」
「同じ言葉しか言えぬのか!」
何度か目の謝罪の言葉に、チョウは肩を落とした。
シーマ達の方から重要な話があるとチョウに時間を取らせたものの、マチルダの声が戻った事ですっかり約束を忘れてしまっていたのだ。思い出した時、シーマの顔は真っ青を通り越して真っ白になっていた。血の気が引くという言葉通りの顔色だったと思う。
「話は分かった。まあマチルダの件は良かったな。今まで言葉を交わせず苦労した場面も多かったじゃろう。これまで以上の働きを期待する」
「あ、ありがとうございます!これからも仕事に励みます!」
「で、肝心の剣じゃが……」
「はっ。こちらにございます」
「ふむ……これはこれは……確かに伝説の通りの……ん?なんじゃこれは、濡れて?」
「あ、それ愁のヨダレ」
「?!なんじゃと?!神聖な剣を勇者様本人とは言え赤子にしゃぶらせるとは何事か?!そもそも危ないではないか!」
「また怒っちゃったね」
「年を取ると怒りっぽくなるものなのだ」
「ああいう老人にはなりたくないものです」
「でーすー」
「お前ら反省しとらんな!?」
バシン、とテーブルを叩いた。思いのほか勢いがついたのか、痛そうに手を振っている。
その音に、機嫌が良かった愁がぐずりだす。
「は?!泣かせるでない!」
「マチルダ、高い高いだ!」
あわててマチルダが愁を持ち上げるが、今ではなかったらしい。ぐずりが、泣きに変わってしまった。
「やばいぞ!」
追い詰められたマチルダが愁を放り投げ、より高い高いをする。初めての高さに恐怖心を抱いたのか、愁の表情が引きつった。
これはまずいかもしれない。
部屋に灯されていた明かりが、チカチカと点灯したかと思うと、一気に大きな炎を纏いだす。
「あつっ」
「ど、どうしましょうリン様!?」
「うえぇぇえええええん!」
愁の泣き声に呼応するように炎はどんどん勢いを増していく。
「えーい!これは!?」
倫は剣からメデューズを引き抜くと、愁の口元へ押し込んだ。
「うっ?!ちゅ……っちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱ!!!!!!!」
「良かった……」
「ほっ……」
愁はマチルダの厚い胸の上で、目をキラキラさせてメデューズをちゅぱっている。泣き声が消えたと同時に、炎も姿を消した。
「おお、これは一体!?」
「えっとね……」
倫たちは不思議な剣についてチョウに説明をした。
「な、なるほど……しかし何故それを最初に言わんのだ?」
「申し訳ありませんっ!」
「いや、違うでしょ。シーマ達が説明しようとしても、怒って聞かなかったんじゃん」
「そ、そんな事は……」
「だいたい、私達いつママのところに帰れるの?」
「それは今調査中で……」
「まだ分かってないの?!勇者っていうけど、魔王ってどこにいるの?倒せばいいの?こんな赤ちゃんに倒せるの?!」
「うう……っ」
「リン様、そんなに一気に言わなくても。リン様が大きな声を出すとシュウ様が……」
「きゃっきゃっ!ぽよーん」
チョウを詰めるリンを窘めるシーマの後ろから機嫌の良い愁の声が聞こえる。マチルダが愁とメデューズを投げて遊んでくれているのだ。
「いや、全然じゃんね、マチルダ」
「まあ、はい……シュウ様はご機嫌です」
何か言おうと口を開きかけたシーマを、倫は瞳で制した
「で、何か言う事はあるの?おじいちゃん?」
「……そ、そんなに怒らないで下され……わしだって結構頑張ってるんじゃよ?一応分かった事もあるんじゃ」
「分かった事?」
「魔王の出現だが、今から15年以内と言う事が分かっておる」
ふんず、とチョウは偉そうに胸を張ってそういった。
「15年……?」
「今からシュウ様を育て、鍛錬をつければ良い年頃の勇者様になるという事だ」
壮大な計画を語り出すチョウの言葉を、呆然と聞く倫の瞳に光が消えているのを読み取ったシーマが、今度は確認するようにチョウへと問いかけた。
「チョウ様、最長で15年という事でしょうか?」
「ああそうじゃ。ゆっくりと魔王への準備が出来るわい」
「では、短ければ明日にでもという可能性もあるのですか?」
「ま、まあそうじゃが、そんなすぐには来ないじゃろ。そうすれば勇者シュウは16、7になる。恰好が付くというものだ」
「そんなに……」
「リン様、あの……」
握られた拳がわなわなと震えている。
「そんなに待てるかーーー!!なんで?!そんなに長くママに会えないの?!愁がママ忘れちゃうじゃん!ママだって、待っててくれなかったらどうするの?!ママっ、ママに会いたいよぉぉ!」
声を震わせ、えーんえーんと倫が泣き出した。こんなにも声をあげて泣いたのは、初めての事だ。シーマがどれだけ宥めても、愁が頭を撫でて『いたいのいたいのとんでけー』と何度言っても倫は泣き止まなかった。
泣きつかれて眠ってしまった倫と、同じく寝てしまった愁を抱いて、マチルダは一足先にサラの家へと帰宅した。
残ったシーマは、バツの悪そうなチョウと、この後の計画について話し合ったのだった。