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泉の女神

「いい天気だねぇ」

「いい天気ですねぇ」

「いーてんきーねー」

「……」

「そうだねぇ」

 あたたかな日差しの中、大人二人子供二人赤ちゃん一人というメンバーが、平和に和んでいるのは大きな泉のほとりであった。

『仲良くなるには大人は飲み会、子供はピクニック』というサラの提言により、ピクニックに来ているのである。

 シーマとマチルダは護衛と付き添いのはずだが、お腹がいっぱいになったからと木陰で眠ってしまっている。大人は仕事で疲れているらしい。一応、侵入者が来るのを防ぐ、バリアのような魔法をしてあるから大丈夫らしいけれど。

 サラが主体となり準備されたピクニックセットの中には、倫のリクエストである唐揚げが串に刺されて入っていた。そのままの唐揚げも好きだが、串に刺されていると余計に食慾をそそられるのはどうしてだろう。ユーリの好物だというポップティンというお菓子も入れられていたが、これは元の世界には無かったお菓子だ。

 初めて口にしたポップティンは、とても甘かった。ざらざらした砂糖がまぶしてある揚げた生地の中には、緑色のどろっとしたこれまたど甘いソースが入っていて倫は苦手だった。生地だけなら食べられたのだけれど。

 ドーナツのようなものだろうと予想し、一口齧ってしまい後悔していると、ユーリが不思議そうに覗き込んできた。

「それ、もう食べないのか?」

「か、唐揚げでお腹いっぱいになっちゃって。別に美味しくないわけじゃないんだけど」

「わかってるって。これを嫌いな子供、見た事ないし。残ったらもったいないから、俺が食べていいか?」

「い、良いよ!」

 言い訳混じりの倫の言葉を素直に信じるユーリが、嬉しそうに受け取った。ぎゅっとにぎったから、少しソースがユーリの手に垂れてしまった。

「あ、手が……」

「後で泉で洗ってくるよ。はー……美味し……」

 今でこそ、口にソースを付けてにこにこしているユーリを見て、本当に良かったなと思った。可愛い人には笑っていて欲しいから。

 一人増えた所で手間はそう変わらないからと、ユーリもサラの所で厄介になっていた。一応会議でユーリの処遇が決まるまでという期間限定ではあるが、会議での議案は多数あるらしく、実質無期限に近いらしい。

 サラは獣人への差別意識は無いようで、初日から打ち解けていたけれど子供メンバーの中で一番年上のユーリはサラにとって助かる存在になったようで、二人はすぐに仲良くなった。

 倫のいた場所でも差別はあった。でも、テレビの人が言っていただけで実感は無かったから話を聞いた時は驚いたが、この世界にはまだ根強い獣人への差別心を持つ人がいるらしい。もちろん、多くの人には無いらしいけれど。

「シュウ、危ないよ」

「う?」

 手にしたたった緑のソースを舌で舐めながらのユーリに声をかけられて、愁は立ち止まり、こちらを振り返った。

「ねぇね、ちょうちょー!」

 言われた先を見ると、そこには浮遊する謎の生き物がいた。これを追っていたのか。愁は元の世界でも生き物が好きだった。それは倫も同じである。

 なんだろうと興味を持った倫はその生き物に近づいた。

「え……ちょうちょ……?これは、どっちかというと……クラゲっぽい」

 そういえば愁は、空を飛ぶ鳥も、飛行機も蝶も、飛んでいる物は全て「ちょうちょ」と言うのを倫は思い出した。すると愁は、クラゲのような生き物を捕まえたいらしく追いまわした。しかし中々上手くいかないようで、若干苛立ってきた。しかし、ついにもっていた串で串刺しにした。

「できたー!」

「ひっ!っていうか串もってたの!?危ない!」

 串を持ったまま走るなんて危ない!歯ブラシをもって歩くだけでママに怒られるのに!と、慌てて愁の手から串を取ろうと手を伸ばした。

 ぽちゃん

「あ」

「あ」

「おちたねー」

 中々戻らない倫を心配して、近くまで来ていたユーリの前で弧を描き、串刺しクラゲは泉へとぽっちゃんと落ちてしまった。

 クラゲ(もどき)ごめん。

「そうえば、この泉には伝説があるんだ」

「伝説?」

 泉を覗きこむ愁の体を、ユーリは押さえながら話を続けた。

「この泉には、女神さまが住んでいるんだ。そして、何か大切な物を落とすと……」

『あなたが落としたのはこの、銀の串?それともこの、金の串ですか?』

「そうそう──?!って、え?!で、でたぁぁああ!」

「ど、どっちも違いまーす!!!」

「ままー!」

「ママちゃーう!ママこんな鼻高くないー!ってママが別に可愛くないっていうわけじゃなくて、この人がめっちゃ綺麗っていうだけの話でって私は誰に言い訳をしているんだー?!」

「お、落ち着けリン!リンとシュウは可愛い、だからきっと二人のお母さんも可愛いはずだって俺にもわかる!って俺は一体何を言ってるんだ―?!」

「ユーリも落ち着いて―!!!」

 二人は肩を押さえ合い、大きく深呼吸した。目を何度もぱちぱちし、泉の方を再度見る。

そこにはやはり、金髪ウェーブヘアの胸元が開いたドレスを来た美人なお姉さんが愁を抱いて立っていた。

「愁?!」

「シュウー?!」

「ちょーらい!」

『正直者のあなた方には、二つとも差し上げます。さらに今ならおまけでこれもつけちゃいます。どうぞ』

「あーとー」

「しゅ、愁?!いつのまに……!え?串?こんなのいらな……ん?それもくれる?ナニコレ……?」

「かっこーいーねー!」

 女神は、ユーリに愁を優しく渡すと、倫へ金銀の串とおまけに愁の身長くらいある剣を手渡した。

 よく見ると、柄の部分が丸くなっている。なんとなく見覚えがあるこの模様は……。

「ちょうちょ、いたねー」

「ちょうちょ……?あ、これさっきのクラゲ!?」

 クラゲ(もどき)をひっくり返したような柄になっていたのだ。

「ん-……良く寝たなぁ。おや、どうしました皆さん楽しそうですねぇ」

 呑気に背伸びをしながら、シーマが近づいてくる。その声に起きたのか、マチルダもゆっくりとこちらへと向かってきた。

「あ、シーマ!見て!泉の女神が!」

「リン様よくご存知ですねぇ。子供への寝物語でよく語られるヘルメースの泉はここなんですよ」

「じゃなくって!……いない?!」

 振り返ると、いつの間にか美しい女神の姿はそこに無く、水面には波一つもたっていない。

「わあ、こんなもの拾ったんですか。金の串と銀の串?これは換金できそうですね。……ん?なんですかそれは」

「おまけで女神がくれたの」

「いや、ちょっと……おや、……?ま、マチルダ!ちょっと来てくれ!」

「……」

 大人二人が顔を見合わせたあと、こう絶叫した。

「「で、伝説の勇者の剣ーーーー!!!!?」」

 倫は、二人の言葉よりも初めて聞いたマチルダの声に驚いたのだった。


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