弟×ケモミミ
こちらの世界に来て三日。
私達はとりあえずサラの家に厄介になる事になった。この三日で少しだけこの世界の事が分かってきた。
多くの人は魔力を持っているが魔力量が微量で、全員が魔法を使えるわけではないと言う事。魔法の発令には詳細な決まりがある事。
蜂蜜で赤ん坊が亡くなってしまう問題の時に私が「魔法で治療できないの?」と聞いたのだけど「出来るが、何が原因か不明なままだと魔力消費が激しい」らしい。ある程度どの器官が悪くなっているとか、原因物質がどのような物か特定しないと魔法での治療は難しいんだって。
魔法さえ使えればなんでも解決すると思っていたけれど、そうでも無いらしい。
サラとエミリオが眠るベッドで私と愁も眠った。サラが毎晩子守唄を歌ってくれるのだけど、それを聞くと不思議と愁も私も瞼が重くなってすんなり眠りについた。
「おはよう、リン、シュウ」
「おはようサラ」
もう慣れてきた朝の挨拶を交わし、洋服を着替えた。異世界から来たとシーマの説明を聞いてもサラは私達を【様】を付けて呼ばなかった。なんとなく、そのままが良かったので嬉しい。話し合った結果、関係者以外には他の世界から来た事は内緒で、遠い国から来たという事にすることになった。
さらさらした素材で出来たこの服は着心地は良いが、少々可愛すぎてちょっと恥ずかしい。選んだのはマチルダらしいが本当だろうか。でも愁はとても可愛いので、これで良しとする。
元々着ていた服は畳んで部屋の奥に詰まれているけれど、もう一度あれを着る事はあるのだろうか。
「今日は兄さまたちが市場に連れていくと言っていたわ」
「市場、それは楽しみです。このパンケーキ、美味しいです」
「うふふ。良かった」
エミリオとシュウに食事を食べさせながら、サラはにっこり笑ってくれた。有難いことにサラは料理上手で、作った事の無い私や愁が食べたい料理も説明すればだいたい作ってくれた。美人な上に料理も出来る、素晴らしい人だ。
「お出かけだから、オシャレしましょうか。今日は何色にする?」
「この色気に入ってるから、これで良いかな」
「じゃあ、可愛く編むわね。シュウも髪の毛梳きましょうね」
「あーい、しゅーしゅるー」
「あーうー」
「皆いいお返事ね」
分かっているのか分かっていないのか、パンケーキを頬張ったままの愁が返事をすると、横に座るエミリオも声を上げた。朝日がキラキラ光る食卓の光景が眩しすぎてつい、にやにやしてしまう。
サラが聞いてくれた色というのは、髪と瞳の色だ。ゲームのキャラクリのように、この世界では色を変えられるらしい。頻繁には行わないが、たまにオシャレのためにするのだそうで、その魔法はサラも使えた。
昨日から私もシュウも髪色を薄紫にしてもらっていた。この色は私も好きだけど、ママが好きな色でもあったからとても気に入っていた。
私の髪を編み終えたサラに送り出された私達は、シーマとマチルダと共に市場へと出掛けたのだった。
「凄い……どうしてこんな!」
市場に出た倫は喜びに震えていた。どうして、こんな素晴らしい世界を知らなかったのだろう。
たくさんの人がいた。その中には、物語の中でしか知らなった耳の尖がったエルフや、獣の耳が生えた獣人が混じっていたのだ。
「も、もふもふしたい……っ!」
「……」
そう言って拳を握りしめた私の肩を、とん、と叩いて制止するように首を振ったのはマチルダだ。それを補足するようにシーマが口を開いた。
「駄目ですよ、獣人の了解なしに耳や尾に触れるのはケモハラです」
「ケモ…ハラ?」
「ケモノハラスメントの略です」
「そんな……こんな世界にもハラスメントの概念があるの?!」
「ハラスメント問題は他にも多発中です。失礼があってはなりませんから、覚えていきましょう」
「はぁい」
と返事をしたものの、もふもふへの興味は簡単には無くならない。だいたい、愛でるだけなのに何故ダメなのか。
「良い事思いついた。シーマ、お願いがあるの」
「はい、なんでしょう」
「愁に、あの人みたいなケモミミ付けて」
「え?!」
「出来ないの?偉い人なのにそんな事も出来ないの?」
「いや、出来ますけど……」
「じゃあいいじゃない!愁につけてくれれば、私がモフっても怒られないでしょ?!」
「シュウ様の了解を得ねば……」
「一時的にだから!お願い!」
この世界に来ての初めてのお願いの力が効いたのか、シーマは肩を落としつつも了承してくれた。
とてとて歩いていた愁を、細い路地の物陰で抱き上げると、シーマは何やら口の中で呟いた。ぼやんと、青白い光が愁の頭部とお尻に光る。眩しくて倫が目を閉じた。光が楽しくて愁はご機嫌な声をあげている。
「もう、良いですよ」
「か……!かわっ!!!」
抱き上げている愁の頭部に付けられたケモミミが、音を捕えたからかぴくんとこっちを向いた。元々の耳はついたままだから、聞こえていないのだろうか?
愁がもぞもぞと動くので下に降ろしてやると、お尻の尻尾が気になるのか(いい具合にズボンに尻尾が通る穴が空いている)くるくるとその場で、自分の尻尾を掴もうとクルクル回転しだした。
その可愛さに卒倒しそうになる。動画を撮ってママに見せてあげたい!
ふと横を見ると、その愛らしさにシーマとマチルダも顔を緩めている。幼児のこの愛らしさは万国共通、異世界でも共通なのだろう。
「あーっ、とぉれたぁ!」
愁が何度もくるくる回り、やっと尻尾をつかめた喜びを口にした時だった。どこからか風の音がしたかと思うと、目の前にいたはずの愁が消えていたのだ。