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第五章   姫様のお仕事

 そんなこんなで、機体建造が本格的に始まる。

 一番凄いのは、やはりお爺ちゃんだろう。

 作業用ロボットを六機も同時に動かし、それぞれに精密な作業をさせる事も可能なのだ。

 ログ爺でさえ、「凄いな」と素直に口にしてしまったほどの技術。

 それを聞いたお爺ちゃんは、そりゃあもう有頂天うちょうてんになって張り切った。

 張り切った結果、三日かけて作ったパーツをぶっ壊した。

 その後はまぁ、いつも通りである。

 そんな日々の中で、一年も経つとアユちゃんが顔を出すようになった。

 勿論映像付きの通話でしか無いが、対人恐怖症と言えるアユちゃんが映像まで付けてログ爺と会話しようと努力する様子は、もの凄い進歩しんぽだと思ったものだ。

 ログ爺はログ爺で、アユちゃんに対して孫のような対応で、甘々(あまあま)。つっかえたりどもったりしても、「ゆっくりでいよ」と相好そうごうを崩したままに告げるほど。

 ただまぁ、アユちゃんに作業風景を見せて欲しいと言われて張り切った結果、こちらも五日かけて完成しそうだったパーツをぶっ壊した。

 ホント、似たもの同士である。

 たまに来るとそんな面白い光景が見られるので、週に一回はログ爺の元を訪れて、私は私でちょっと宙賊の戦闘機を借りて色々と練習したりしていた。

 残る六日は、基本的には電脳空間だ。

「姫様。今日の報告書です」

「はいはい」

 私は執事服の少年、レグから書類を受け取ると、椅子に寄りかかった。

 神様、カナメ様、化け物と来て、今や姫様だ。

 事の起こりは、まぁお察しの通りアユちゃんから受けた依頼だ。

 隔離して、教育して、現実世界で死にそうな人には支援もした。

 その結果、『あの後どうなったかな~』なんて軽い気持ちで十層を訪れたら、いきなり囲まれたのだ。

 『女神様』『神様』などとひざまづかれて。

 と言う事で、今や姫様である。

 内政ゲームのつもりでけ負った私が悪い。

 うん、今は非常に後悔している。

「そしてこちらが今月の上納金です」

「はいはい。そっちはいつも通り≪廃棄城≫の修理にてちゃって」

「……先月も言いましたけど、もう減らないんですが」

「なんで?」

「ですから、十分行き渡ってるんです。賃上げも拒否されましたし」

「じゃあウチで働いてる人たちの賃金上げてくれれば良いわよ」

「それも断られました」

「なんで?」

 内政ゲームのつもりでやってるので、基本的にどうなっているのかは確認していない。

 貰った資料を読んで、指示を出す。それが姫様と呼ばれる私の仕事だ。

 だから理解できない。

 給料を下げるならストライキとかで反対運動があってしかるべきだと思うけど、何故給料を上げるのに断られるのか。

 本気で分からない。

 秘書として雇っているこの少年も、成り上がるチャンスすらなくスラムで這いずり、この電脳空間に来られた代わりに格安でアクセス権を売ってここまでちてきた。現実では前科すら無いが、電脳世界ではかなり悪い事もしていたような奴だ。

 そんな奴らがゴロゴロしているこの≪堕ちた世界(ダウンワールド)≫で、何故あげるって言ってるのを断られるのか、コレガワカラナイ。

「姫様に救われたからです」

「いや、そりゃあお悩み相談室は開いたけどさぁ」

「そのおかげで、我々でも他者に手を差し伸べられるようになったのです」

 真っ直ぐに見つめてくる少年の、熱のもった視線から逃げるように書類へと視線を落とす。

 まぁ良い金額だ。下手なサラリーマンの年収ぐらいなら楽に越えるだろう。

 そんな額が、税金を取ってないのに集まるというのが不思議でならない。

 内政ゲームと言ったが、私自身にお金は必要ない。≪殺人ギルド≫が蓄えていたお金とかが何故か丸々私に献上されたので、経済を回す為に信頼できそうな大工に半分ほど渡して、≪廃棄城≫の修繕しゅうぜんを命じたのだ。

 その後は、レグを筆頭に『ただで良いから手伝わせて欲しい』なんて人がそこそこ来たので、ちゃんとした給料を払う契約を結んで働かせている。

 それ以外でやった事と言えば……さっきも言った、相談室だ。

 こっちは電脳空間にはあんま関係が無い。

 強制教育をほどこした人たちが、『女神様に相談すればどうにかなる』とか言ったらしく、現実で死にそうだったりする人がかなりの数相談に来たのだ。

 だから教育をほどこして、就職先を紹介した。

 ここら辺も色々あったんだけど……まぁ、うん。

 成り行きとは言え、私も現実で就職したって感じだ。その結果現実で食い詰めているような人たちは減って、私も毎月給料が入るようになった。電脳空間では無く、現実世界のお金が。

 本当に、色々あったのだ。『姫様』なんて呼ばれるようになって、一年も経ってないってのに。

「えーっと……つまり、現実の方は大丈夫なのね?」

「はい。餓死者がししゃが出る可能性はもう無いと思われます。……第十層ですから、こちらでの餓死者は一定数出ているようですが」

「それはまぁ、個人の自由だから別に良いけど」

 電脳空間内でも空腹という感覚はある――らしい。

 だが現実ほど苦しい飢えでは無く、一定期間食べ物を摂取せっしゅしないと強制的に死亡となる。

 他の階層なら兎も角、第十層は幾ら死んでもアクセス権が剥奪はくだつされる事は無く、ただ二十四時間アクセスできなくなるだけなので、昔から餓死者は常に出ているとの事。

 ゲームなんだから好きな物食べなさいよ、とは思うのだが、餓死してでも買いたい物があったりするのならそれはそれでいいとも思う。

 現実じゃないんだし。

「まぁ兎に角、自業自得の借金なら兎も角、それ以外で食い詰めているようなら手は貸すからその辺りは徹底しておいて」

「姫様の御心みこころのままに」

 胸に手を当て、ひざまづく少年。

 その頭頂部を半眼で見据みすえてから、私はこれ見よがしなため息を吐いた。

「あのさぁ、ホントそれやめてくんない?」

「無理です」

「今御心のままにって言ったじゃんっ! 何でどいつもこいつもそこは譲らないわけっ!?」

「女神様を姫様に変えましたので、これ以上は……」

「なんでそんな苦しそうな顔で言うのよ。やらないでって言ってるだけよね?」

「無理です」

「なんでそこかたくななのっ!?」

 日本人として言わせて貰えれば、宗教的になるのがなんか嫌なのだ。

 だってのに、視察をするだけで道が開き、人々がこの少年のようにひざまづく始末。

「……もう、意味分かんないわよ」

「姫様、ご理解下さい。姫様は私どもの救いであり、どころなのです」

「何その宗教的な台詞」

「あ、そうです。口頭で非礼ではありますが、お許し下さい。テロリスト共への布教は順調に進んでいます」

「テロリスト――って、布教っ!?」

「姫様の教義に叛意はんいを示す犯罪組織共ですね。我々には強固な繋がりがありますので、問題なく包囲殲滅ほういせんめつを行い、その後教育を行っています」

「いや教義って。布教もさらっと流すし」

「そういえば、先程出来たご神体があったのでした。おい」

 パンパンと少年が柏手を打つと、メイドの女性が台車に乗せた輝く像を運び入れてきた。

「って、私じゃないっ!」

「女神様であらせられれば」

「いやいやいやいやっ! 何で等身大なのっ!? それも何か、材質がおかしいしっ!」

「ダイヤです」

「何してくれてんのっ!?」

 思わず席を立って声を上げる。

 この階層も含め、半分ほどの階層では宝石の価値が現実よりも高い。

 何せ、現実とは違い造る事が出来ないのだ。

 階層によることわりだ。

 例えばダイヤモンド。第六層なら魔術によって生成は出来るが、炭素原料を圧縮した所でダイヤモンドは造れない。そう言うことわりになっているのだ。

 つまり、この第十層では宝石類はとても貴重かつ高額なのだ。

 等身の私を造れるほどのサイズとなれば、どれほどの価値がある事か。多分、従業員を全員買収して私の地位をおってもなお余裕があるほどの金額になったはずだ。

「姫様のお陰でダイヤモンドの鉱脈を見つける事が出来たようでして」

「いや何もしてないですけど?」

「鉱夫が是非姫様に献上したいと。その話を聞いた研磨職人など、現実でもその心得がある者が集まり、不眠不休で仕上げた物がこちらになります」

「……はい」

 他に、どう答えろと?

 そんな善意の塊みたいな物を、捨ててこいなんて言えるはずも無い。

 本心を言うのなら、『砕いて分けろ』なんだけど。

たずさわった者の中に二人ほど現実でも高名な芸術家の方が居たらしく、その者達を中心に合同で展示会を行う予定が立ったと。鉱夫は無料で招待して貰える事になったようで喜び、関わった芸術家達も参加できる事に喜んでおります。高名とされるその二名も久方ぶりに創作意欲がいたと感謝しており、良い方向へと進んでおります。全ては姫様の御心なれば」

「だから何もしてないけどっ! どこに私に感謝する要素がっ!?」

 思わず声を上げて、一息。

 多分、レグからの報告だから私凄いになっているのだ。

 きっとそうに違いない。少年を秘書としてやとってから一年とたっていないが、彼が盲信者もうしんしゃ狂信者きょうしんしゃたぐいだって事は分かってるんだから。

 そんなのを秘書にしているのは、布教されない為だ。

 ちょっと教育しただけで財務関係を任せられる程の才能を見せてくれた点も大きいのだが、目を離したら何をするか分からなくて怖い、と言うのが秘書である彼に対する感想である。

 そんな秘書からの報告だ。

 たぶん、きっと、レグフィルターが発動してそんな感じになってるんだろう。

「そして、姫様。こちらが関わった者からの手紙になります。全員からではご負担になると配慮していただけまして、代表者から」

「あ、うん。……まぁ、彼らには私からの感謝って事で、何か送っといて」

かしこまりました」

 うやうやしく礼をするレグへと半眼を向けて、私は椅子に腰を下ろした。

 受け取った封筒は、蝋で封がされていて、なんか貴族って感じだ。

 手紙を取り出して、読む。

「……はぁ」

 はじめの一行だけで、この代表者もレグと同類なんだと分かった。

 もう、頭痛い。

 それでもどうにか最後まで読み切って、その著名を検索する。

 メラド・グィ=1(ウヌス)=ロズディ。

 フルネームで調べればすぐにヒットした。

 ≪今は亡き孤高の芸術家≫≪若き偉人≫≪神をも魅了し、神に連れて行かれた天才≫。

 ……はい。

 同姓同名か、あえてその名前を使ってるだけなんだろう。

 その記事も、三十年は前の事だ。

 本人かも、なんてそんな馬鹿な事を考えるのはよそう。

「えーっと……あぁそうだ。農業はどう?」

「順調に収穫量が伸びています。種類はまだ限定的ですが、農地は依然いぜんとして増加していますし、何より一年に四回収穫出来ますので食糧不足という事にはならないかと」

「肉は?」

「NPCが戻ってきてくれましたので、そちらも問題なく。全ては姫様のおかげです」

「何でもかんでも私のせいにしないでよ……」 

 呆れてそう返すが、NPCに関しては私の仕業だ。

 当然と言うか何というか、この第十層ではNPCが皆殺しにされていた。

 一般人としてのNPCなら問題は無いのだが、商人の役割を果たすNPCまで殺されていたのだ。

 僅かにあった農地はサツマイモ的な野菜を育てているだけで、酒に関してもそれのどぶろく。逆に電脳空間でも気持ちよくなれるようなクスリの原材料は大量に栽培されていたのだが、それで腹がふくれるはずも無い。

 と言う事で、商人のNPCを復活させたのだ。

 ≪廃棄城≫周辺は食い尽くして荒野になっているので、木材も必要。まともに経済を回す為にも、商人の復活は必要不可欠だった。

 こういうチート的な事はしないつもりだったけど、こればっかりは仕方ない。

「あぁ、それで早めに認可していただきたいのが防衛大臣による要望書です。認可をお願いします」

「防衛大臣……?」

「はい」

「…………」

 資料を眺めつつ記憶をあさる。

 今の私になってから覚えようと思えば何でも記憶できるようになったものの、調べればすぐに分かってしまうのであえて記憶しようとはしていないのだ。

 なので興味が無かった事に関しては全く思い出せず、思い出したのは別のやりとりだった。

 大臣職を作りましょうとレグか誰かに言われ、その場にいたメイドに『じゃあメイド大臣も作ろうっ!』と言ってすんごい冷たい目で却下された記憶。

「あったわねぇ、そんなの」

「忘れてたんですか……」

「ほら、私って自主性を重んじるタイプだし」

「姫様はいて下さるだけで十分ですが……せめて要職ようしょくの方ぐらいは覚えて下さい」

「あはは。まぁ、うん。善処ぜんしょするから」

「よろしくお願いします」

 レグも良くこんな私に呆れないものだ。

 ステータスがあって確認する事が出来たなら、盲信者ってついている事だろう。

「……ん?」

 珍しい感覚に、私は虚空こくうあおいだ。

 艦籍不明艦の反応だ。

 勿論適当に網を張っているのでは無く、アフターケアとしてアユちゃんのお父さんが務めているらしい人工惑星工場周辺と、念の為程度にログ爺の整備工場である中型艦周辺に網を張っている。

 条件は対象の施設に真っ直ぐ向かっている事と、中型艦以上が三隻より多く、かつ船籍不明である場合のみ、私に通知が来るように設定しておいた。

 なので、初めての事態だ。

 お爺ちゃんが組んでくれたプログラムなので、そっちにも通知は行っている事だろう。

「姫様、どうかいたしましたか?」

「あぁ、うん。宙賊がね」

 ぽけーっと虚空を眺めつつ、状況を確認。

 戦艦は二隻。大型の方にアクセスしてデータを確認すれば、目的地がログ爺の中型艦だと言う事はすぐに分かった。

「……なるほど。≪殺人ギルド≫と提携してた組織、か。≪ゲェリランス≫? 中々大きい組織みたいね」

「姫様。数は?」

「ん~、大型戦艦が一に標準が一。駆逐くちく巡宙級じゅんちゅうきゅうが全部で三十で、盾艦じゅんかんが五ね」

「位置は」

「ソレド884のD14U3ね。……遅いし、まだ一週間はかかるかな」

 艦隊のデメリットがこれだ。

 数が多ければ多いほど、遅い艦に速度を合わせざるを得ない影響が大きく、慣性航行に移行しても速度調整が必要になる場面が多い。

 数の多さと移動速度の遅さは、見つかりやすさにも直結する。

 なので現環境では、艦隊戦は正面からの撃ち合い。数と火力で勝負する、と言うのが基本になっていたりする。

 まぁ、私やお爺ちゃんが居る時点で、数の多さよりもセキュリティの強化にはげまない限り敵にもならないんだけども。

「ま、艦隊相手だとお金にもなるし素材としても優秀だしでありがたいわね。回収しやすいように引きつけてから対処、かな」

 そう呟いて視線を戻せば、レグはもういなかった。

めずらしっ」

 思わず声を上げてしまうほどに、それは珍しい事だった。

 レグは指示を出さない限り私を見続けているのが常だったのだ。

 気がついたら居ないなんて、新鮮で素直に嬉しい。

 そう、こういう感じで良いのだ。これからも独り言を増やしていこう。

 そんな決意をしつつ、私は今日の仕事を終わらせるべく資料へと視線を落としたのだった。


 

 その日から、徐々に≪廃棄城≫の住人が減り始めた。

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