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第四章   化け物降臨

 そんなこんなで、私は真面目にお仕事をしていた。

 こんな存在になる前は『仕事しないでお金稼ぎたいなぁ』なんて思ってたものの、意識が戻ってからもう半世紀以上。

 ハッキリ言おう。人と関われるお仕事って、楽しいっ!

 恐怖であろうと尊敬であろうと、他人の視線を感じられるってのが楽しいのだ。機体作りでやっていた単純作業以外にも私に出来る仕事があるってのが、これまた楽しい。

 面接だって、怒る人怯える人、泣き出す人に乱暴しようとする人と千差万別。

 やっぱ、人は人と触れ合ってこそ色んな感情を抱けるんだと思う。

「がははははっ! これで何も出来まいっ!」

 私の身体には絡みついた蛸足たこあし

 もっとヌメヌメしているかと思ったけど、さらさらだ。

「怖くて声も出ないかっ!? 素直にログアウトさせようとした所でもう無駄だっ! 貴様に陵辱りょうじょくの限りをくしてやるっ!」

 でもって吸盤きゅうばん

 くっつくというより吸い付く感じだ。手のひらで触れて確認してみれば、実際に空気を吸っているのが分かる。

 たぶん現実でも同じなんだろう。非常に興味深い。

「さぁまずは苦痛にあえぐ姿から見せて貰おうかっ!」

「たこ焼き」 

 うん、やっぱりたこ焼きが食べたくなる。

 私は地面に降りると、たこ焼きを生み出して一口。

 今回はソースに鰹節だ。甘みの強いソースに鰹節の風味が良く合う。新鮮さはないけど、やっぱこれだなって感じの味だ。

 それを十分に味わいつつ、男の蛸足をジッと見つめる。

 大きいから大味になりそうだけど、新鮮ではある。ぬめりが無いって事は、臭みも無いんだろうか?

「ねえ。その蛸足って、再生する?」

 素朴そぼくな疑問に、男はシュパッと音を立てて部屋の端へと移動して、ギュッとちぢこまった。

 さっきまでは二メートルを超える大男だったのに、今や一メートル以下の小ささだ。中々面白い。

「ごめんなさい」

「ちょっとしたいたずらでしょ? 謝らなくても良いって」

「ごめんなさい」

「うん。……で、その足って食べれるの?」

「ごめんなさいっ!」

 更に小さくなってぷるぷる震えるタコ人間。

 前科は暴行恐喝で六犯。現実でもヤクザ的な組織に所属しているが、ちゃんと奥さんと子供がいて良い父親をやっているって面では情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地がある。

 殺人の前科も無いし、麻薬とかにも手を出していない。かなり真っ当な組織の中堅ってかんじだ。

「判決っ!」

「はいっ!」

「強制勉強一週間っ! 道理とモラルを学びなさいっ!」

「うすっ!」

 ちゃんと返事をしてくれるタコ人間を該当の区画へと飛ばして、私はスクリーンスフィアを展開した。

 勉強刑にしたのは、もう千人越え。スクリーンスフィアでさえ一回では全員表示できないほどだ。

 全て個室。そこにロボット先生が立って、必要な授業を行っている。

 学校形式でないのは、居眠り続出に学習する気ゼロも続出した為だ。

 体罰反対でちゃんと学べるなら良かったんだけど、体罰ありきじゃ無いと学べない人も多い。やむ得ない処置というわけだ。

 一通り確認を終えて、花畑のテラスへと移動する。

 基本的に私の一日はこれで終わりだ。

 朝起きて、まずは≪廃棄城≫へ。そこそこ削り取った後に、選別を開始。

 大体百人ぐらいを選別して、犯罪者は三割行かない程度。逆に言えば、残り七割とは面談をしなければならないのだ。

 自分の好きでやっているとは言え、これがまぁ時間を使う。

 なので、面談終わりが仕事終わり、後は夢に戻って家族と夕食を取るだけだ。

 そんなわけで今の私は、案外充実しているのだ。


「う~ん。……やっぱ電脳空間って、変」

 狐の仮面を付けた私は、未だにくずれない≪廃棄城≫を眺めていた。

 既に三階辺りまではゴッソリ削れている。一階に至っては殆ど更地になっていると言って良いだろう。

 だと言うのに、≪廃棄城≫はまだ立っていた。

 ゲームであった、木の根元を切ったのに上は健在、みたいな感じだ。

 理屈は分かる。データ上建造物は場所に固定されているのだ。≪廃棄城≫が一個の建物ならばプログラム上現実と同じように崩れていただろうが、≪廃棄城≫は無数の家の集まり。それぞれが位置に固定されている為、下の家が無くなった所で落ちる事は無いのだ。

 とはいえ、実際に眺めると違和感が凄い。

 今回は攻撃も無いので、いつも以上に近付いてみる。

 『不正アクセスをやめろ』『実行犯を差し出せ』と要求は出しているのだが、相変わらず返事は無い。だが応戦がないのは初日以降初めての事だ。

 もしかしたら差し出す気になったのかもしんない、なんて思いつつ≪廃棄城≫を見上げる程の距離にまで近付く。

「家屋の定義って……ふ~ん。外壁に扉が一個と、室内に扉が一個。後は四方が壁で囲まれていて屋根がある事、か」

 床が無いのに四階の一角に残っている家を見上げて、独りごちる。

 床が無い家なんて想定していないし、家を重ねるなんて発想もなかったんだろう。その結果、ガワだけが残った家が存在しているわけだ。

 こういう光景を見ると、やっぱゲームだ。

「来たか、化け物」

「あのさぁ、初対面の相手に失礼なんじゃ無いの?」

 私が半眼で見上げれば、ローブ姿のおっさんが浮いていた。

 小汚いローブではあるが、そこに刻まれたコードは膨大ぼうだいだ。それさえ無ければ、下に着たスーツとモノクルが相まって、ナイスミドルな執事って外見だったのだが。

「話す間もなく消し去ってきたのは貴様だろうに」

「ちゃんと要求は出したでしょ?」

「一方的な要求に、一方的な暴力。それを成せる化け物が何を言う」

「化け物化け物って……あぁそう。ならあんた達の本体ごと消し去ってやろうか」

 私が少し声を落としてそう告げると、男はわずかに震えてから地面へと降りてきた。

「……是非、聞きたい所だな。貴様は、実態にも影響を及ぼせると?」

「偉そうな口調なのはいいけど、それでギャンブル狂いの借金塗れとか哀れさを感じさせるだけよ?」

 モズ・コウ。職業は非常勤の講師と響きだけならちゃんとしているのだが、実態はそれなりのクズ。結婚詐欺師でもあり、少額ながらも賞金をかけられている賞金首だったりする。

 一応この≪廃棄城≫にいくつかある組織の一つに所属しているらしいが、所属期間が長いだけの中堅。装備だってローブだけがそこそこ良いだけで、スーツ自体は見た目をそれにしただけの基本装備。端的に言えば雑魚だ。

「貴様……いや、誘導か?」

「モズ・コウ四十五歳、クズ」

「何なんだ貴様はっ! ……いや、いい。おかげで借金が減額だ」

「ん?」

 男がにたりと笑った瞬間、足下から光が溢れた。

 転移プログラム。雑なコードを見るに、十層の違う場所へと飛ばすだけの代物のようだ。

 あえて無効化する必要は無いので、素直に受け入れる。

 だがその前に。

「がっ!? ……なん、があああぁぁぁぁぁっ!」

 男の絶叫を聞きながら、私は光にまれた。

 大量のコードを男の脳に送り込んだのだ。脳が負荷に耐えられずに確実に気絶する事だろう。

 化け物化け物と連呼しておいて、何もされないと思っている方がおかしいのだ。まぁ自業自得である。

 と、視界が開けると同時に私の身体を幾つもの攻撃が貫いた。

 額と心臓に銃弾とビームが一発ずつ。後は無数の斬撃だ。

 左右から一人ずつ。振り下ろされた剣が無数の刃に変わって私を裂いた。

 ファンタジー的な階層で流通している武器だ。そこそこ珍しいが、当然私には通じない。

「グレっ! ラドっ! 下がれっ!」

 響いた声に、両脇から切りつけてきた二人が後ろへと飛んで距離を取った。

 名前を呼ばれていたが、勿論偽名。アバターネームと言う奴なんだろう。

 他は五人。銃を持ったのが四人に、如何いかにもマフィアのドンみたいな服装をして葉巻を加えているのが一人だ。

 その姿に、私は思わず吹き出した。

「なによ。≪廃棄城≫ってお遊戯会ゆうぎかいのステージだったの?」

 パンッ! と私の額を弾丸が通過した。

 撃ったのはカウボーイ姿の男。もう一人の実弾持ちはギリースーツ。エネルギー兵器持ちはフルフェイスヘルメットにライダースーツの女性と、警察官の制服を着ている少年。

 ちなみに、斬りかかってきた二人は如何いかにも冒険者と言った風体の鎧姿。

 そんなのに囲まれて『俺がボスだ』なんて言いそうな雰囲気を放たれても、そりゃあ笑う。

随分ずいぶんと余裕だな」

「遊園地に来て危機感覚える人なんていないでしょ?」

 私の言葉に、周りが反応した。

 斬る、撃つ。先程よりも激しい攻勢の中、私は微動だにせずに面々を観察していた。

 この七人、全員が賞金首だ。それもさっきの詐欺師みたいなちんけな罪では無く、殺人。

 ソロの殺人鬼が七人も集まっている。よくツルむ気になったものだ。

「やめろっ!」

 それもこれも、怒鳴る男がいてこそなのだろう。

 ラグド。賞金首となったのは二十年は昔の話で、基本的には殺人で懸賞金の額が増えている。

 十年前に≪殺し屋ギルド≫を設立。そこから一気に懸賞金の額が跳ね上がり、中堅どころの賞金首として賞金稼ぎの獲物になっている。

 まぁこいつがのうのうと電脳空間に潜っている時点で、獲物では無く捕食者のがわだったというわけなんだけど。

「無駄だと理解しろ。……最初の攻撃で、それは分かった」

「なら素直にお縄に付いてくれる? ≪殺人ギルド≫なんて言っといて宙賊に依頼したりする辺り、色々と破綻はたんしてきてるんでしょ?」

「……貴様、何を、どこまで知っている?」

 ぶわっと大気が押し流された。

 データに異常は無い。この威圧、彼自身の資質によるものなんだろう。

「どこまで、と言われても……その反応で分かるわよ。あんたの組織が主導してるって事は分かってたし、≪殺人ギルド≫なんて名前で人工惑星工場にゆすりたかりに恐喝きょうかつとか……あんたが率先してやったんじゃないなら、下が勝手にやってるしか考えようが無いし」

 実際≪殺人ギルド≫に関しては詳しく調べていない。

 アユちゃんパパから≪殺人ギルド≫と名乗る組織から~と言う話は聞いていたが、私独自に≪廃棄城≫からの不正アクセスである事は確認していた。

 ならお金稼ぎついでに丸ごと消してけば良いか、と言うのが私の考えだ。

 隔離した奴の面接とかに忙しくて、単純に調べるのがめんどくさかったってのもあるけど。

「……はっ。あぁ、その通りだ。貴様のお陰で、我が組織は壊滅かいめつに等しい」

「いや、あんたの無能が私を呼び寄せたんでしょ?」

「構成員を百はらっておいて良くほざく」

「部下を百人も犠牲にしておいて良くえる」

 私とラグドの視線が絡み合う。

 そして、ラグドはふっと笑うと右手を挙げた。

「まぁいい。既にタネは割れている。――やれ」

 右手が振り下ろされた瞬間、グッと身体が縮んだ。

 もの凄く重力が増えたかのような感覚だ。ミチミチと音を立てて私という存在が潰れてゆくのが分かる。

圧縮あっしゅく、か」

随分ずいぶんと表情がゆがんでいるようだが、先程までの余裕はどうした?」

 酷く楽しげな様子でラグドはそう言うが、私というデータが圧縮されている最中なのだ。どんな表情だって潰れて見えるはずだ。

 ちょっと確認してみれば、十センチは縮んでいる、更に潰す圧は増えているので、どんどん身長が縮んで、横に広がってゆく事だろう。

 データだから別にどうでもいいけども。

 こんなプログラムを実行している奴を探して視線をめぐらせれば、何も無いと思っていたラグドの後ろに壁があった。

 背景と一体化した壁だが、気付けば分かる。その先には、こちらに両手を向ける三人がいた。

 二人が女性で、一人が男。

 前科は無く、真っ当な人間だ。アユちゃんに比べると数段劣るが、周囲から天才と呼ばれているようなプログラマーでもある。

 そんな彼らが何故組織に加担しているかと言えば、単純にお金の問題だ。

 天才でも雇われである以上失職する可能性はある。そこに差し出された手が≪殺人ギルド≫だったと言うだけだ。

 まぁ敵対してるんだから罰は受けてもらうけど。

「しっ!」

「はぁっ!」

 両脇から斬りかかられ、私というデータが削れた。

「おぉ……」

 思わず感嘆かんたんの声がれる、

 私は別に、意図して無敵をやっていたわけでは無い。勝手に無敵になっていたのだ。

 だから私というデータが削れた事が新鮮だった。

 痛みは無く、喪失感そうしつかんすらないとしても。

「やはりデータを薄くして透過とうかしていただけか。みにくく縮み、動けなくなったまま死ね。――総員、かかれ」

 ラグドの命令と共に、一斉に攻撃が始まる。 

 データでしか無いので、血は出ない。ただ私というデータだけが削れてゆく。

 そして私というデータが半分も削れた所で、私は形状を保つ事すら出来ずに消え失せた。

 銃声がやみ、静寂が落ちる。

存外ぞんがい他愛たあいない」

「はぐっ!」

「いぃっ!」

「なんだ?」

 ラグドが振り向くと、いつの間にかカモフラージュされた壁は消え、雇った三人のプログラマーが頭を抱えて転がり回っていた。

 ラグドが足を踏み出すよりも早く、その三人の姿は掻き消える。

 ログアウトではない。死亡エフェクトとも違う。繋いだコードを引き抜いた時のように、唐突に消えたのだ。

 残る七人がその光景に戸惑とまどう間すら無く、絶叫が響き渡った。

 ラグド以外の六人が、のたうち回り、涙を流し、失禁しながら悲鳴を上げる。

「な、何なんだ……一体……」

「あー、ダメダメ。ログアウトは出来ないわよ?」

 そう告げて、私は姿を現した。

 正確に言うのなら、私だったコードを再構築した、と言うべきか。

 まぁコードなんてよくわかんないから、私はただ『私としての姿』をイメージしただけだけど。

「ば、馬鹿なっ! 何故生きているっ!?」

「電脳空間なんだから、死ぬはず無いじゃない」

 呆れてそう返しつつ、苦しむ面々へと視線を向ける。

「まぁ、殺そうと思えば出来るけど」

「何なんだ……? 貴様は何なんだっ!?」

「良い質問ね」

 取り乱すラグドを前に、私は一つ頷いてから、首をかしげた。

「それがよくわかんない」

「何なんだ貴様わあぁぁぁぁっ!」

怒声と共にラグドは懐から取り出した拳銃を撃ってくるが、やっぱり当たらない。

 圧縮された時だけの現象なんだろう、多分。

「あ、消えた」

 そんな事を思っていると、叫んでいた六人が順々に消えていった。

 痛みが上限を超えたんだろう。

「何を、した」

「単に痛みを与えただけ。もっと長く苦しむと思ったんだけど……やっぱちゃんと学んでないと駄目ね」

 私のやり方は基本、『こうなって欲しいなぁ』と願いつつ干渉するだけなのだ。

 プログラムどうこうではなく、出来ると思うからやるだけ。なので、思っているのと違う結果になる可能性は十分にある。

 消えた六人に関しても、死んでいる可能性はあるのだ。死なないようにひかえめにはしているつもりなんだけど。

「……意味が、分からん」

「大丈夫、私も分かってないから」

 クスリと笑って、右足を踏みならす。

 そこから緑が生い茂り、色とりどりの花を咲かせてゆく。

「ただ、ここはもう私の領域。だから――十分に苦しんでから、刑期を満喫してね?」

 可愛らしく告げた私の言葉に、ラグドは顔色を変えた。

 先程の苦しみ方を見ていれば、そうなるのも当然だろう。

 罪には罰を。

 傲慢ごうまんだと言われようと、今の私にはその力がある。

 だからこそ私は、躊躇ためらう事無くラグドに人生最大の痛みを与えたのだった。


「ありがとう、ございましたっ」

「いーのいーの。仕事だし」

「かみ……カナメ様じゃないと、きっと無理、でした」

「そんな事は無いと思うけど」

 わざわざ電脳空間まで来て、尊敬の眼差しを向けてくれるアユちゃんに、私は素直な感想を返した。

 宙賊の襲撃は防げなかっただろうけど、簡単に撃退できただろうし、艦体に残されたデータから≪殺人ギルド≫が主導だという証拠は得る事が出来た。

 そうなれば、後は時間の問題だったはずだ。

 私みたいに電脳空間で片付ける事は出来なくても、現実の方で捕まえる事は出来ただろう。単に電脳空間を拠点にしていたから、私がやった事で早く片が付いたと言うだけの話だ。

「カナメ様の、おかげですっ」

「う、うん。ありがと」

 熱意ある言葉に若干じゃっかん引きながら、私は紅茶をすすった。

 今日は六階層のカフェテラスだ。残念ながら味の想像が出来ないので、いつものお味の紅茶だけども。

 ちなみに味に関して、お爺ちゃん曰く『コードが理解できれば味も理解できるはずじゃ』との事。

 見目麗みめうるわしい目の前のケーキ本来の味を知る為に、私はプログラムとかを本格的に勉強すべきなのかもしんない。

「あ、そうだ。それで報酬なんだけど……」

「はい。ちゃんと、色を付けた上で、かけられていた懸賞金も、振り込んであります」

「ありがとう。……あー、でもプログラム作るのに協力して貰うわけだから、そこそこ貰ってくれて良いわよ?」

「そんな、とんでもないっ」

 慌てたようにアユちゃんは手を振ると、言葉を続ける。

「カナメ様の、手伝いを出来るだけでっ」

「それだとさすがに申し訳ないって言うか……」

「あの、ベリル教授? の考え方も、参考になる、ので」

 ベリル教授? と疑問形だったが、その名前を聞いた時に私も内心で首を傾げた。

 すぐに思い出したが、お爺ちゃんの事だ。

 もう長い付き合いで、かつお爺ちゃんとしか呼ばなくなってたので名前を完全に忘れてた。べり爺とかに呼び方を変えた方が良いかもしんない。

「すごく、おもしろい、です。構成の仕方とか、独特で」

「楽しくやれてるならいいんだけど」

 そう返して、ケーキを一口。

 絶対違うんだろうけど、私の認識だとレアチーズケーキとブルベリーの味になってしまう。明らかに上に乗っている果物は見た事無い青色なのに、ケーキに乗る青い果物=ブルーベリーって認識になってしまうんだろう。

 非常に残念だ。美味しいけど。

 そんな事を思いつつ道行く人へと視線を向ければ、鎧を纏っているのが三割ほど。

 第六層≪彼方かなた真秀まほろ≫。

 ファンタジー世界を再現した電脳空間だけ合って、冒険者スタイルがそこそこ多い。白銀っぽい鎧を纏って三人ほどで歩いているのは、多分衛兵なんだろう。そこそこ見かける鎧だ。

 ただ、蛸足の人だと脛当てみたいな感じで足に沢山付けているのでガチャガチャと歩きにくそうで、子供のような体躯たいくの人種だと酷く重そうな感じだ。

 逆に私服は、現実よりも質素な人が多い。目立たない色合いも多く、この階層に合わせた雰囲気にしているのがわかる。

 楽しみ方は人それぞれ。冒険者以外の一般人としての役割を楽しんでいる人も多いんだろう。

「……そういえば、ここの管理って誰がしてるの?」

「はい?」

「電脳空間の管理」

 ふと抱いた疑問を口にする。

 電脳空間は十層から成る仮想現実領域。

 それぞれの階層にはベースとなる世界観があり、ルールがある。この階層で言うのなら、ファンタジーベースで科学の持ち込みは禁止。火薬を作ったりすれば、最悪アクセス権の剥奪はくだつまであるらしい。

 私が聞きたいのは、誰がどうやってその管理をしているのか、だ。

 調べてはみたものの、これだけ広大な空間にあって、管理者が見当たらなかったのだ。

 私は勝手にお邪魔している立場なので、挨拶あいさつぐらいしとこうと思ったんだけど。

「現地のNPC、ですか?」

「あれは基本を教えるだけの人形でしょ? ん~っと……そもそも、この世界造ったのって誰なの?」

「……わかんない、です」

「アユちゃんでも?」

「気がついたら、あって、使ってるって感じ、ですから」

「ふ~ん。……もしかしたら、神様が創ったのかもね」

「カナメ様が、ですか?」

「違う違う。私じゃあ無理よ」

 苦笑しつつそう答えるも、もしかしたら、なんて思う。

 私やお爺ちゃんみたいな存在なら、多分可能だ。まぁ私だと千年は必要だろうけど、空間を創造して、それを繋げていけば良いのでいずれは出来る――筈。

 逆に言えば、≪廃棄城≫の人たちに化け物呼ばわりされた私のような存在でも、それだけの時間が必要なのだ。天才であってもプログラムという形でこの世界全てを作り上げたとは考えにくい。

 そもそも、この電脳世界は異常だ。

 ダイブシステムさえ使っていれば、どこからアクセスしてもすぐにこの空間へとやってこれる。

 それはつまりサーバーが各地にあると言う事なのだが、事実はその逆。

 サーバーらしい場所が存在しないのだ。

 つまり、この空間自体が本来なら存在し得ない場所。

 その点も私やお爺ちゃんと同じだ。

 本来存在し得ない存在。それがここに居る私なのだから。

「ふむぅ」

「あの……どう、しました?」

「気にしないで。珍しく頭使ってみただけだから」

 苦笑しつつそう答え、ケーキを一口。

 まぁ、こうして実体を持てるだけでも電脳空間様々だ。深く考えずに感謝しておこう。

 ケーキを食べて、紅茶を飲んで。のんびり街ゆく人を眺める。

「そー言えば、電脳空間のお金って現実と同じだけど、現実には持って行けないのよね?」

「はい。課金は可能です、けど」

RMT(リアルマネートレード)は?」

「駄目、みたいです」

 アユちゃんの返答に少し調べてみれば、RMTをやった結果その階層のアクセス権を奪われた動画などが出てきた。

 ルールと言えばそれまでだけど、ここまで厳密にやれるというのが異常だ。

 私が把握できないだけで、電脳世界、現実世界共にちゃんと管理人がいて監視してるんだろうか。

「えっと、それじゃあ死んだ時とかどうなるの?」

「ん~……色々、あります。このサイトに」

「あぁ、ありがと」

 アユちゃんが展開したスクリーンを受け取って、眺める。

 死んだ場合、二十四時間ログイン不可になるらしい。

 キツい罰則に思えるが、もっとキツいのが十回死んだらこの階層のアクセス権を失うという点だ。

 だから村人役がそこそこ多いんだろう。

 ちなみに死亡回数によるアクセス権剥奪は階層ごとに異なる。この第六層が一番多く、第十層のみ無制限らしい。

「良く出来てるわね」

「何が、ですか?」

「この階層に関しては、十回縛りのお陰でちゃんと経済が回るようになってる。階層ごとにバランスが取れる縛りにしてあるのは、さすがって感じね。まぁ一階層と二階層は知らないけど」

「あそこは、やめたほうが……」

 もの凄く嫌そうなアユちゃんの表情に、私は首を傾げた。

「そんなに?」

「自分たちを、選ばれし者、って」

「うわー。それはイタイ」

 まぁ、実際問題選ばれた者なのは確かだ。

 第一階層は≪天上のその≫、第二階層は≪桃源とうげん泡沫うたかた≫。両方共に人口は一万人に満たず、階層自体も狭い。

 何よりも私でもちょっとめんどくさいぐらいのセキュリティなのだ。

 そんな所に住んでいれば、まぁイタイ思考になっても仕方ないかもしれない。

「だから、あまり……」

「興味も無いし行く気も無いから大丈夫」

 そんな場所だと、多分入り込んだ瞬間バレる。

 面倒事はごめんだ。

 アユちゃんから受け取ったスクリーンを眺めていると、上のアクセス権の取り方、なんてのも書いてあった。

 救済措置きゅうさいそち、なんだろう。この階層で言えば衛兵として真面目に従事すれば、五階層へのアクセス権か死亡回数によるペナルティを二回分伸ばせるらしい。

「そういえばこの階層、王様いるのよね?」

「基本は、NPC。建国したら、プレイヤー、です」

「色々あんのね」

 人それぞれが楽しめるように色んな遊び方があるって事だろう。

 身体を捨ててこの世界に入り浸る人が居るってのも、よく分かる話だ。

「じゃ、私はログ爺のところに顔出しに行くわね」

「……そう、ですか」

 しょんぼりとするアユちゃんに、私は苦笑しつつ席を立つと、その頭を撫でた。

「今生の別れじゃないんだから。じゃあね、ごちそうさま」

「……はい」

 ここはアユちゃんの奢りだ。

 なので感謝を述べて、私はその場を後にした。


『いいのぉそれっ!』

『お爺ちゃんが狭いとか文句言うからこっちに移ったんでしょ』

 目を輝かせるスクリーンのお爺ちゃんに、私はやれやれと言葉を返した。

 今の私はWS(ウォッチシーカー)に意識を移している。見下ろす先には小型のデバイスがあり、そこから展開したスクリーンに映っているのがお爺ちゃんだ。

 その小型デバイス、昔でいうパソコンは、アユちゃんから送られたものだ。

 ログ爺の整備室には電波を受信してスクリーンを立ち上げられるような装置が一つも無かったのだ。なのでお爺ちゃんがアユちゃんに頼んで送って貰った物になる。

 おかげでログ爺の仕事ぶりや作業しつつの会話などが可能になったのだが、いかんせん二人入ると狭い。

 あくまで感覚的なものなのだが、スクリーンも二等分しないといけないし声が混ざったりとめんどくさい。

 そんな不満をログ爺がブツブツと呟いたので、私は仕方なくWSに移動したのだ。

 WSとは、自動追尾式監視カメラの通称だ。その名前の通りの機能なのだが、私が拝借はいしゃくしたのは大分前にいただいた宙賊の艦体からだ。

 停泊中などに周囲の映像を目視で確認する為に使用するWSは、直径一メートルほどの球体。本来は撮影機としての機能しか無いのだが、先程メンテナンスロボを使ってスピーカー等を取り付けたのだ。

 なのでこうやって会話も出来るし音声も拾える。まぁ適当に配線を繋いだだけなので、私かお爺ちゃんでも無ければ音は拾えないし音声も出せないけど。

『いいのぉ。何故なぜその発想が生まれなかった……』

『っていうか、日頃メンテロボでログ爺の手伝いしてるんだから、そっちにスピーカーとか付ければ良いでしょ? どーやって意思疎通いしそつうしてたのよ』

『やっていれば大体互いの行動は分かるんじゃ。設計図に関してはこうして話しておるし……』

『じゃあそのままでいいじゃない。私は手伝える気なんてしないからこれにしたわけだし』

 ≪可能性ノ柱≫でもそれなりに手伝っていたので、溶接とかなら問題なく出来る。ただ、今造っている機体パーツだと精密さが必要とかで、私では邪魔になるだけなのだ。

 なので手伝うとしても、宙賊の艦体から装甲を引っぺがして持ってくるとかの単純作業だけだ。

 指示があるまでは、移動しやすい機体の方が楽。

 邪魔にならない位置から、好きなようにログ爺の仕事を確認できるってのもWSの良い点だ。

『で、まだ何も出来てないみたいだけど……どんな感じなの?』

『まぁ見たまんまじゃな。ただ、動力に関してはこの世界に来たお陰で面白い構想を得ての。ログが今造ってるのがそれじゃ』

 ガンガンとハンマーで叩いたりドリルで穴を開けたりと一人汗水流している男、ログ。

 ゴルンゾ人と呼ばれる少数派の人種で、首と足を無くして、足首から先を付けたような独特な外見をしている。

 お爺ちゃんが見つけた優秀な整備士というのが彼だ。

 私がログ爺なんて呼んでいるように、白い髭につぶらな瞳が見えないほどに伸びきった白い眉。既に百は超えているらしいが、ゴルンゾ人は二百から三百年ほど生きるらしく、実際腕は全盛期を示すようにムキムキだ。

 その腕で力強く板金を叩いたログ爺は、起き上がり小法師こぼしのようにぴょこんと身体を起こすとこちらを向いた。

「何の話をしておる」

『あ、うん。進捗しんちょくはどうかなーって』

「あぁ、依頼主には報告せんとな。すまぬ」

『おいログ、依頼主はワシじゃぞ』

「何を言うジジイ。金を稼いでるのはカナじょうじゃろうが」

『貴様にジジイと言われたくはないわっ! そもそもお主口調がワシとかぶっておるんじゃっ! もう少し見た目通りにせいっ!』

「黙れジジイ

『いいいいぃぃぃぃぃ~~~っ!』

 老人の仲が良いやりとりをただ眺める。

 表情でもあれば微笑んでるんだろうけど、あいにくとWS。お爺ちゃんと二人の時は気にもならなかったけど、第三者がいると表情ぐらいは見せたいなぁと思ってしまう。

「それでカナメ嬢。動力、エンジン共に目処めどは付いたが、完成まで三年は欲しい」

『馬鹿言え。五年はかかるじゃろうが』

「ふんっ。貴様のような老いぼれならそうじゃろうが、俺は違う」

『貴様の方が年寄りじゃろうがっ!』

「なるほど。これが世に言う老害という奴じゃな」

『じゃから、貴様が、貴様が言うなあぁぁぁぁっ』

 ホント仲いい二人である。

『カナメ、カナメっ! このジジイに何か言ってやれっ!』

『はいはい。お爺ちゃん、落ち着きましょうねー』

「ぶふっ。まぁジジイはそっちじゃな」

『きいいぃぃっ! カナメまでぇぇぇぇっ!』

『落ち着け』

 ぐいっとWSをスクリーンに近付けて、レンズをチカチカ点滅させて威嚇いかくする。

 二人には悪いけど、老人の絡みなんて長い事見てたいものでも無いのだ。お爺ちゃんにちゃんと肉体があって、かつ二人とも外年齢が五十は若かったなら少しは興味もあったけど……方は異人種。イチャイチャされても普通にキツい。

『で、ログ爺。三年でいけるの?』

「動力炉さえ理論通り動けば」

『ワシの設計じゃ。新理論じゃから多少の修正は必要かもしれんが、まぁ問題あるまい』

「信用ならん」

『なんじゃとっ!? 設計図を見て尊敬の眼差しを向けてきおったくせにっ!』

「イカレとるなぁと思ったんじゃよ」

『カナメぇっ! このジジイの減らず口をどうにかするんじゃっ!』

『いいから落ち着きなさいって。話が本当に進まないんだから』

 呆れてそう返しつつ、レンズをログ爺へと向ける。

『ざっと設計図見ただけだけど、タッチマニューバーでいけるの?』

「そっちはプログラムの方の話になるから断言は出来んが、アユ嬢は一年で形にするといておったな」

『さすがアユちゃんね』

「あぁ。挨拶代わりにプログラムを送ってくれたんだが、その時点で凄くてな。……ジジイ、ちょっとどけ」

『……もうよいわ。作業しとるぞ』

 しょんぼりとしたお爺ちゃんの映像が消え、部屋の隅にあった作業用ロボットが動き出す。

 ちょっと申し訳ないけど、実際邪魔だったからしょうがない。

「これだ。機体制御プログラムなんだが、反応が従来のモノより五%も向上してる」

『ログ爺プログラム分かんの?』

「分かりゃあしねぇが、比較程度は出来る。こんな感じでな」

 ログ爺がスクリーンに触れて操作すると、二機の同一機が映し出された。

 上下左右に動いた際の違いを分かりやすくする為だろう。

 アユちゃんが作ったプログラムの方が僅かに動き出しが早く、その分旋回半径も小さくなっているのが分かる。

「……まぁ、この状態でデバイスが届いたんじゃが」

『さすがアユちゃんね』

 気遣いも出来る良い子だ。

「兎に角、あの子なら機体が出来上がるより早くプログラムを完成させてくれるじゃろう」

『そうね。……で、この外見?』

 私がスクリーンの映像を切り替えると、そこには完成予想図が映った。

 三角錐を二つ合わせたような形状だ。エンジンノズルが付く後部は六芒星を横長にした感じになっていて、戦闘機としては珍しい形状と言っていいだろう。

「大気圏内での運用も視野に入れてあるからの」

『あぁ、それで正多面体とか球体じゃないんだ』

「宙海だけ考えれば、そっちの方がいいんじゃがな。まぁ先々を見据みすえて、と言う奴じゃよ」

『武装は?』

「今のところは考えておらんよ。一応プラズマカノンとフェザーバルカン程度は積めるように組むつもりじゃが、まずは行き来優先じゃろ?」

『そーね。まずはユイちゃんを目覚めさせて上げたいし』

「話は聞いとるよ。まずはその為の機体造り。武装は後々で良かろう」

『……うん、お願い』

 ユイちゃんのお陰で私は目覚める事が出来た。

 もし目覚める事が無かったら、私も、同郷の人たちも、目覚める事無く永遠の一年を繰り返して深淵領域アビスエリアの闇に沈んでいた事だろう。

 そっちの方が幸せだったかもしれないけど、私はアユちゃんやログ爺と出会えて良かったと思っているし、電脳空間を気に入ってもいる。

 だからこれは、恩返し。

 少しでも早くその恩を返せるように頑張るのは、人として当然の事だ。

『それで、私に手伝える事ある?』

「資金を援助してくれるだけで十分じゃよ。……年単位の大仕事なぞ、何十年ぶりの事か。感謝しとるぞ、カナ嬢」

『ログ爺を見つけたのはお爺ちゃんだから、感謝はそっちにお願い』

「……あんのジジイに感謝する気など起こらんわ。俺の技術をどんどん盗んで、突拍子とっぴょうしも無い発明までしおって」

 ふんっとそっぽを向くが、かなりの褒め言葉だと思う。多分、髭さえ無ければ頰が赤く染まっているのが見て取れた事だろう。

 全く、素直じゃない老人達である。

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