第三章 アユちゃんからの依頼
電脳世界第十層≪堕ちた世界≫。
ここは吹きだまりだ。
上層へのアクセス権を失った者達がこぼれて落ち、どの階層にも残れなかった落ちこぼれ達の、最後の居場所。掃きだめの世界。
そんな世界であろうとも、人である以上は群れて、その日の為に活動する。
その最たる象徴と言えるのが、ボロボロの建物が重なり、高く連なる事で塔を形作るそれ――≪廃棄城≫。
クズの中でも群れる事が出来、力を示す事が出来た者達だけが居住を許される、力あるクズの住処だ。
だが、クズの群れであるからこそそこは平和だった。
財力か暴力。そのどちらかを基準に明確な力関係があり、乱す者は問答無用で排除される。そんな世界であるからこそ、定期的に組織間の抗争があるだけで、それ以外は至って平和と呼べるだけの世界だった。
あの化け物が現われるまでは。
「武器だっ! 武器を寄越せっ!」
「出ねぇんだよっ! テメェこそ武器寄越せやっ!」
「なんで準備してねぇんだアホ共がっ! ねぇならねぇで突貫でもしろっ!」
「結界だっ! 盾でも良いっ! 兎に角守れぇぇぇぇぇっ!」
「来るぞ来るぞ来るぞ来るぞっ!」
電脳警察でさえ足を踏み入れない、クズの楽園。
そこに現われるようになったのが、狐仮面の女性。巫女服と呼ばれる現在でも熱狂的なファンがいる服を身に纏い、黒髪を風になびかせて現われる。
遠目にも清潔さを感じさせるそんな装いをするのは、この十階層においては娼婦ぐらいなものだ。
にも関わらずその女は、僅か数日で第十層の化け物として認識されていた。
事実、化け物。
無数の銃弾、ビーム。他階層で使われる魔術に、戦艦の主砲。
周囲のボロ屋毎地形を変える攻撃の雨あられに、だが女性は平然と歩き続ける。
まるで、攻撃が存在しないかのように平然と。
そして、唐突に扇を取り出した。
巨大な扇だ。
それを広げて、一振り。
≪廃棄城≫の面々は結界を展開し、盾を構え、その一撃に備える。
だが、放たれた風は触れた範囲を丸ごと削り取った。
≪廃棄城≫を形作る家屋二十戸分ほどが一振りで消え去り、次の瞬間には女性も消えている。
それがいつもの事になりつつある。
そして、巻き込まれた人たちは帰ってこない。
ここは第十層。篩の底だ。
そこに戻る事が出来ないと言う事は、電脳世界へのアクセス権を失ったという事。
それは、十層を住処する者達にしてみれば、死よりも重い罰だ。
掃きだめであろうと、吹きだまりであろうと、しがみついてでも電脳世界にいたいからこそ第十層でも活動しているのだ。犯罪がしやすいなどの理由であえてこの階層に居を構える者達も居るが、現実よりマシだからここにいるのだ。
その権利を、奪われる。
それほど恐ろしい事など無い。
だからこそ、生き残った者達は多くの仲間が消え去って尚、安堵と共に崩れ落ちていた。
「……良かった。生き延びた」
「あぁ。……全く、くそったれだな。あの噂聞いたか?」
「噂?」
「あぁ。どうも≪廃棄城≫にいるいくつかの組織に対する警告らしいぜ。フェッシモ・オルダ・ヌーンに手を出した奴を残らず差し出せってよ」
「……は? 何でそれで俺たちが巻き添えを食らうんだよ」
「こんな場所に住んでるから一蓮托生なんだとよ。……お前、ビラ見てねぇのか?」
「知らんっ! っつーか文字なんて読めねぇよっ!」
「マジかよおい」
男は呆れてそう返したものの、深く突っ込みはしない。
話し相手も同年代、既に成人している外見ではあるが、文字が読めないというのは十層の住人として珍しい事では無いのだ。
現実で貧しい者ほど、その素行の悪さから行き着く階層が低くなる。十層なんかに居る時点で、こうして言葉を喋れるだけでも上等な部類なのだ。
「フェッシモ・オルダ・ヌーンへの不正アクセスが無くならない限り、元凶であるこの≪廃棄城≫を削り続ける。そう言うビラが撒かれたんだよ。二日前に」
「なら差し出しゃいいじゃねえかよ。次はもう参加しねぇぞ」
「同感だな。上も元凶探しに大わらわだっつー話だが……さて、どーなるかね」
この≪廃棄城≫が更地になるのが先か、犯人を化け物に差し出すのが先か。
「とーぶん離れっかな」
「……現実は飢えがキツいんだよなぁ」
「アホか。一日でも長く生きられるように残飯でも集めとけ。こっちにいたって死ぬときゃ死ぬぞ」
「こっちで死ねりゃあ苦しくはねぇからなぁ。それにこしたこたぁねぇよ」
「だから働け。安全考えるなら川で鉄くず漁りだな」
「何だよそれ」
「錆びてようが何だろうが、元が金属なら利用価値があるらしくてな。1K1Cぐらいで引き取ってくれるぞ」
「……マジで?」
「引き取ってくれる所を見つければ、だけどな。頭下げて交渉すりゃあどーにかなる」
「おー。……生きる為にやってみっかな」
「飢え死にするぐらいなら泥啜ってでもどーにかしろ。ここならまぁ、毎日酒の一杯ぐらいは飲めるしな」
「そーだな。ぺこぺこしてくっか」
そんな会話をした男二人は苦笑すると、その場から姿を消した。
電脳空間。その中でも最も劣悪とされる最下層。
そんな場所でも、人は己が幸せの為に居場所を求めてやってくる。
最下層の更に末端となれば、人としての枠からはみ出てしまった者達ばかりだ。
犯罪者や性格に問題がある者なら仕方ないで済みはするが、孤児であったり学習の機会が無かったりと、やむにやまれぬ事情でそんな場所にいる者もいる。
それが分かっているからこそ、私はちゃんと一人一人選別する事にした。
その現場を見ていた人からすれば『皆殺しじゃ無いかっ!』と叫ばれそうだけど、ちゃんと手順を踏んでいるのだ。
まずは空間の消去。
ポーズとして扇子を一振りして、地形に該当するコードを削除。ゴッソリ消しさると同時に、人に関しては別の空間に隔離しているのだ。
その後は面接だ。まぁ書類選考で半数は落ちるんだけども。
そう。第十層はまさに氷河期時代なのだ。
『あ、カナメさんですかっ!? 毎度ありがとうございますっ!』
「……警察にノルマとかあんの?」
作り上げた空間でお茶をしつつ、スクリーンに映った女性の笑顔に半眼を向ける。
女性警察官。ここ数日の付き合いでしか無いが、とんでもなく好意的だ。
『ノルマは無いんですけど、結果が無いと五月蠅いんですよ~。もうカナメ様々でしてっ』
「まぁ小銭でも振り込んでくれるならいいんだけどね」
『それは勿論ですっ! ちゃんと警察の仕事にしてくれるんですから、心付けぐらいは渡しますよっ! あ、データ来ましたっ! では、本官はこれでっ!』
ビシッと敬礼を決めて、回線を切る女性。
いいんだけど。いいんだけど、何だろう。うまいこと利用されている感じで、ちょっとムッとする。
まぁ利用してるのは私なんですけどねっ!
と言う事で、書類選考で落ちるのは犯罪者だ。手配されている者もいれば、殺人や強盗、強姦を犯していながら捕まっていないだけの者もいる。
そこら辺を証拠付きで警察に送ってあげているのだ。
書類選考落選の時点で、クラッキングを仕掛けて本体を意識不明にしている。後は住所と、場合によっては証拠を警察に送るだけの、案外面倒いお仕事。
その結果があの女性警官だ。惑星警察の人らしく、何かもの凄く感謝されているのは分かる。
それに対して報酬は……まぁ少ないけど、一般人の年収程度は受け取れているので、ただ働きじゃ無いだけ上等と言えるだろう。
何せ警察は、おまけのおまけなのだから。
『……なんじゃ、お前か』
「はぁいお婆ちゃん。また賞金首を引き渡したいんだけど」
コンとキセルを叩いたお婆ちゃんは、スクリーン越しに呆れたような視線を向けてきた。
パッと見は縁側で日向ぼっこしてそうなお婆ちゃんなのに、眼光は鋭い。
さすが賞金稼ぎギルドの統括と言うべきだろう。
『連日とは恐れ入るねぇ。あたしに直接売り込むってのも大したもんだよ。……セキュリティ強化を命じたはずなんだがね』
「あ、ちゃんと強化はされてたわよ?」
『そうかい。で?』
「今回は三人ね。全員顔を変えてるけど、遺伝子照合で分かるでしょ? 場所を送るから、早めに取りに来てね。お仲間さんも眠らせてるけど、安全な地域じゃ無いし」
賞金稼ぎは、現代においてはメジャーなお仕事だ。
一般人が懸賞金をかける事もあるし、警察がかける事もある。金額はピンキリだが、賞金がかかってるなら警察より賞金稼ぎギルドに売っぱらった方が利益は大きい。
実際、日本円で言うなら1億ぐらい既に稼いでいるのだ。
アユちゃんの仕事次いでの副業としては、非常に美味しい仕事と言えるだろう。
『はぁ。どうやって捕まえてんだか気にはなるが、聞きゃあしないよ。いつも通り手数料をさっ引いた金額をプールしておけばいいんだね?』
「それでお願い。あ、後々資材を買うつもりだから、定価より安く売ってくれると助かるな」
『……分かったよ。激安で買い叩いて、そこそこの値段で売ってやる。そん時にプールした金から引けば良いんだね?』
「うん、よろしく」
『こっちにとっても悪い話じゃ無いからね。……で、賞金稼ぎとして登録はしないのかい?』
「この前も言ったけど、私が本気になったら賞金稼ぎの仕事なくなっちゃうでしょ?」
『……はっ。全く、結果が追いついてるから嫌みも言えやしないよ』
鼻で笑ったお婆ちゃんは、長々と煙を吸うと、大量の煙を吐き出した。
『ま、今は良い関係を築けてるって事にしとくよ』
「Win-Winの関係って良いわよね。じゃ、よろしく」
『あぁ、任せときな』
嫌々っぽい雰囲気を滲ませて通信を切るお婆ちゃんだが、あれでもギルマス。ちゃんと仕事はしてくれるし、事情を詮索してくる事も無い。なので、個人的には信頼できると思っている。
まぁ、事前に経歴とかを調べ上げたうえで信頼できると判断したから話をもっていたんだけども。
警察官の女性に関しても同じだ。ちょっと残念な部分はあるが、正義感が強くて信頼できると判断した。能力よりも情熱を選んだ形だ。
そんなわけで、私はその二人を使ってお金稼ぎ。もちろんアユちゃんから受けた仕事のついでだ。
で、書類選考に合格した人達には、面談の時間。
「やっと、来たか。……おい、ここは何なんだよっ!」
私が現われるなり、部屋の端っこで膝を抱えて丸くなっていた男が立ち上がり、声を上げた。
私がアユちゃんに拉致された時と同じ、白い部屋だ。
電脳空間なのでほっといても死なないし汚れもしないってのは、非常によろしい。
「聞いてんのかっ!? 答えろっ! ログアウトもできねぇし、何しやがったっ!」
「ん~っと……オウグ・モズ=ヴォンダ、十八歳。ふむ、良いとこのお坊ちゃんなんじゃ無いの」
「……は?」
ポカンと口を開いたオッサンの顔から、次の瞬間には血の気が引いた。
彼の外見は四十代の山賊風だが、実際はひょろっとしたもやしのような青年だ。
電脳世界は基本的に現実と同じ姿になるが、電脳世界故に外見を変える術もある。ただもの凄く高額なので、現実と同じように目元や鼻とかの整形で済ませる人が多い。彼のように全身丸ごと変化させるとなれば、現実で家が建つほどの課金が必要だったりする。
「ゆ、誘拐かっ!」
「そんな真似はしないわよ。ただ……あんた両親泣かせ過ぎね。浪人してるのにこのゲームに夢中になって、更に課金しまくりとか……引くわー」
「何故それをっ!? っつーか、何なんだお前っ!」
「ん? ……愛と平和の使者かな?」
「訳が分かんねぇよっ! 俺を、現実に戻せっ!」
「えー。さすがにちょっとね」
パチンと指を鳴らして彼の前に一枚のスクリーンを展開する。
そこに映るのは、高そうな椅子に寄りかかって目を閉じる色白の青年———彼の本体だ。
「なっ!?」
「実家のお部屋だし、家族も居るし、まぁ一週間ぐらいここで謹慎してなさい、映像はそのままにしとくから」
「はぁつ!? おい巫山戯んなっ! 一週間もこんな所にいたら狂っちまうよっ!」
「大丈夫大丈夫。その為の映像でしょ? 楽しく眺めてて」
そう言うなり私は白い部屋から姿を消した。
書類選考に受かった彼らに対して私が行っているのは、教育とか矯正とか選別とか、そんな感じの事だ。
彼みたいな大金持ちは滅多にいないものの、一般家庭なら家からアクセスが普通なので似たような対応をする事が多い。要するに、家族の心配する姿を見て反省しろ、って感じだ。
まぁ厄介な家庭の人も居るので、人それぞれに合わせた対応をしているが。
どちらにしろ、一般家庭以上なら対応は簡単。電脳世界でだけイキっていて、現実世界は真面目なんて人には、ちゃんと上の階層へのアクセス権を戻して解放していたりする。
問題は、現実でも底辺に当たる人たちだ。
ほっといたら現実の肉体が餓死する、なんて環境の人も多いので、女性警察官にお願いして配給を行いつつ授業をしている。
当然だけど、教師はプログラム。
一日八時間ちゃんと授業を受けたら、近場の警察で食料を配給してあげるよ、と言う形式にしている。めんどくさがったりで出席しなければ、電脳空間へのアクセス権を取り上げるよ、と言う説得のお陰で、今のところ出席率は百%だ。
四十五十で崖っぷちの人も居るが、ちゃんと常識や基礎を学んで今後に生かしてほしいものである。
「てな感じでやってるんだけど、そっちの状況はどう?」
花畑のテラスに移動して問いかける言葉に、スクリーン越しの少女は目を輝かせていた。
『かみさま……』
「だからカナメだってば。で、不正アクセスとかはなくなった?」
『それが……減っては、いるんですけど』
「むぅ~。やっぱまだかかるかぁ」
『凄い勢いで、減ってるんですっ! とーさまも、びっくり、してましたっ!』
フォローなのかアユちゃんがスクリーン一杯に顔を近付けてそう言ってくれるけど、こっちの都合でちまちまやっているのでちょっと申し訳ない。
私なら、一瞬で≪廃棄城≫を消し去る事も可能なのだ。
ただ。そうなると人と建造物の区別が難しくて、本当に消し去る羽目になる。
だからちまちまやっているのだ。
クズが多いとは言え、極貧の生活の中、唯一の楽しみとして電脳空間に潜っている人も居る。そんな人の幸せを理不尽に破壊するのは、さすがに気が引けたのだ。
「まぁ、早めに片を付けるから」
『大丈夫、ですっ。とーさま、現状で、満額払うって、言ってたので』
「それは、うん。ありがとう」
賞金首のお陰でかなり稼いでいるのだが、機体を作るとなるとまだまだ足りない。
現状で満額払ってくれるって言うなら、ここからは色を付けてくれるって事だろう。ありがたい話である。
『それでその、かみ、ナメ様』
「何か妖怪みたいになってるし」
『カナメ様。あの、現状の警備状況、見て下さい』
「そっちはさっぱりなんだけど……」
アユちゃんが展開したスクリーンに視線を向けるが、私の感想は凄い厳重な警備だなーという一般的なものだった。
人工惑星工場を中心に、迎撃用浮遊砲台が十二機。更に駆逐級が八隻、巡戦級五隻、戦艦級が二隻。
警備と言うより軍隊だ。過剰戦力なのは一目瞭然で、ここまでするならどっかしらの大陸を一つ買った方が安く済む程だったりする。
「ん?」
そんな超厳重警備体制の映像を見ていた私は、首を傾げた。
映像に不思議な点は無い。
首を傾げたのは、映像の範囲外に艦籍不明艦が集まっていたからだ。
慣性航行中。航路は人工惑星工場に向かって真っ直ぐ。この速度なら、あと二日といった所か。
虚空領域や深淵領域でも無い限り電波は飛び交っているので、私なら位置の特定も出来るし、その艦がなんなのかもすぐに分かる。
『カナメ様?』
「うん。カナメさんにならない?」
『カナメさ、さ、さまっ』
「様のままだし」
そんな話をしながらその艦にアクセスしてみれば、案の定宙賊。駆逐級三に戦艦級二と宙賊にしては頑張った編成だが、駆逐級は骨董品レベルの代物だし、戦艦級に至っては中型輸送艦をベースにあれやこれや付け加えてどうにか戦艦としての体面を保っているような艦体だ。格納庫の戦闘機も数はあるのだが、全て一般向けの量産品。
あの警備を相手にすれば、手も足も出ずに撃墜するのは確実だ。
そこで私は閃いた。
それはもう、『私天才かもっ!』と自画自賛してしまうほどの閃き。
少しアクセスしただけでも、乗組員が三桁はいるのが分かる。だが賞金をかけられるほどの悪党は三人ぐらいなものだ。
私にとって賞金首は、≪廃棄城≫もそうだが、運が良ければ大金を稼げる程度の存在でしか無い。意図して捕まえていないのだから当然だ。
だが、今回の相手は宙賊。現実に存在する相手だ。
だから金になる。何せ、戦闘機や艦体は高く売れるぐらいなんだから。
「じゃ、今回の報告はここまでで。またね、アユちゃん」
『はい。ありがとうございます神様』
「だから、なんで神様に戻ってるし」
そう返しつつも通信を切って、お爺ちゃんに連絡を取る。
こっちは意識するだけで可能だ。何せ同じ存在なんだから、わざわざスクリーンを展開するまでも無い。
『なんじゃ? 今新しい動力の構想を練っている途中なんじゃが』
『宙賊の機体。手に入ったら色々と役に立つんじゃ無い?』
『それじゃっ!』
『うっさいっ! 現実でも大声出してるでしょっ!?』
思わず顔を顰めて怒鳴り返す。
『あのね。丁度手に入りそうだから、売って良しバラして再利用しても良しだと思ったから声をかけたの。片っ端から宙賊の艦隊襲うような真似はやめてよね』
『何故じゃ? 悪党は悪党じゃろう』
『それでも生活があるでしょ? 悪党には悪党の、悪党を狩る人には狩る人の』
『むっ。……確かに、警察も賞金稼ぎも、悪党がいてこそか』
悪党がいない方が良いのは事実だが、彼らがいるからこそ賞金稼ぎという仕事が成り立ち、警察という仕事に名誉や誇りが付随するのだ。
宙賊ならそこそこいるので間引いても問題ないとは言え、彼らとて宙賊という仕事をしているのだ。
法に触れる悪党である事は確かだが、やむにやまれぬ事情がある者だって多いだろう。
それを私達のような存在が取り締まるというのは、何か違うと思う。
『……じゃが、連絡してきたという事は奪うんじゃろ?』
『依頼主のアユちゃん家を襲うみたいだからね。見過ごすわけにもいかないし』
『理由ある干渉という事じゃな。で、どうする?』
『こっちで指揮権奪って、乗ってる奴らは脱出ポッドで排出。賞金首も居るだろうから、お婆ちゃん経由で警察ね』
『リリアのババアか』
ギルマスの名前を嫌そうに呟くお爺ちゃん。
何があったかは知らないが、紹介した後二人にしたらそれ以降こんな感じなのだ。
『議論が白熱して』とは二人の談だが、どんな話だったのか普通に気になる。
『まぁ、よい。ログの所に送ってくれるか?』
『オッケー。二週間ぐらいかかりそうだけど、気長に待ってて』
『うむ。では、の』
お爺ちゃんとの会話を終えて、お婆ちゃんにデータを送る。
先程通信を繋いだばかりなので、また繋ぐと絶対嫌みを言ってくる。なのでデータだけだ。
「さて、と」
独りごちて、敵艦へと意識を向ける。
宙賊だけあって主要航路からは大きく離れた位置だ。とはいえ人類生存圏なので、私やお爺ちゃんなら問題なくアクセスできる。
繋がった。
そう判断した時には既に、私は敵艦の中に居た。
メインプログラムの中。AIが誰何の声を上げるが、登録するだけですぐに黙った。
ガバガバセキュリティだ。管理AIが古いというのもあるが、所有者が何一つ気を遣っていないのだろう。
ざっと乗組員の照合を行い、位置を把握。他の艦にもアクセスして、まずは賞金首が居るかどうかを探す。
(……しょぼ)
≪廃棄城≫に大物賞金首が多いだけなのだが、普通の宙賊、そのボスにかけられた賞金額を見て内心でため息を漏らす。
一般人の年収にも成らない小物。ほんと、おまけ程度の価値しかない。
彼らが人工惑星工場に襲撃をかけようとしているのは、どうやら≪廃棄城≫からの指示。その組織の名前とかも分かるのだが、≪廃棄城≫自体が犯罪者複合体的な存在なので、私でも関係者だけを捕まえるというのが難しいのだ。
なので、まだまだかかる。めんどくさいけどその分実入りも良いので、じっくりやっていくつもりだ。
まぁこの宙賊の対処だけなら簡単だけど。
通常の慣性航行中と言う事もあり、殆どがメインブリッジか居住区にいる。格納庫への扉を閉ざして酸素濃度を下げてゆくだけで大半は逃げ出すだろう。
その考えを実行へと移そうとした瞬間、私はロマンを見つけて動きを止めた。
そう、ロマンだ。この宙賊達は、ちゃんとロマンを持っている。
最高っ!
何か凄く嬉しい気分になって、私はその音声を再生した。
『自爆システムが起動しました。カウント六百、五百九十九――』
「はぁっ!? おいどうなってやがるっ!」
「分かりませんっ!」
「ロイス艦より通信っ! 自爆システムが起動したとの事ですっ!」
「ミゼール艦も同じだっ!」
「停止プログラムが反応しないっ!? 艦長なんっすかこれっ!」
「分かるか馬鹿っ! どーにかしやがれっ!」
ギャーギャーと騒ぎ始める旗艦艦内。
なんかドッキリを仕掛けてる気分で凄く楽しい。
ちなみにこの自爆装置、爆弾を積んであるのでは無く動力炉の過剰稼働を利用した自爆だ。動力炉の制限解除を行ったついでにこのロマン溢れる仕様も追加したんだろう。
流したのは音声だけ。ただ、出力云々のデータを見られるとバレちゃうので、ちゃんとそこら辺も偽装してある。
『五百二十、五百十九――』
「くそっ! 総員退避だっ!」
「いいんですかいっ!?」
「良くはねぇがしゃーねぇだろうがっ! 他の艦にも伝えとけっ!」
「艦長っ! 格納庫の扉が開きませんっ!」
「何なんだよさっきからよぉっ! 脱出ポッドはっ!?」
「そっちは問題ねぇっすっ!」
「なら退避だっ! 時間がねぇっ!」
そう吠えるなり真っ先に駆け出す艦長。
う~ん、宙賊。
けど、ちゃんと状況を確認した上ですぐに逃げ出せるだけ偉いと思う。
総員退避とか指示は出してるし、部下の命も考えられるだけまともな部類だ。
各艦の艦内をチェック。
一番偉いだろう艦長が指示を出した事で、他の艦内でも全員が脱出ポッドへと向かっている。
脱出ポッドもかなり古い型で、それぞれが三十人乗りでただ救難信号を出す機能しか無い。生命維持も一週間が限度だろう。
それでも賞金稼ぎが来てくれるはずなので問題なしだ。
警報を鳴らして騒がしい筈なのに寝ていたり、艦長室に火事場泥棒をしようとしている奴がいたりと宙賊らしさを発揮してくれるが、更に警報の音を大きくしたり、隔壁を次々と閉じてゆく事で対応。
全ての艦から人が居なくなったのを確認してから、警報を止める。
艦長が乗った脱出ポッドだけ移動機能があり自艦へのアクセス権も有しているようだが、全ての艦は私の指揮下だ。干渉する権限はもう無い。
赤いランプを点滅させて、宇宙を漂う三十近い球体。
それをカメラで眺めつつ、私は旗艦のメインモニターに姿を映して声を上げた。
『では、全艦前進っ! 目標、ログ爺ちゃん家っ!』