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第二章   電脳空間

 それから十年。

 深淵領域アビスエリア脱出可能な装置を作り上げるのに、それだけの年月が必要だった。

 問題となったのは動力。薪や石炭が無いどころか、酸素すらないのだ。僅かに生成できる装置はあるが、元になる物が尽きかけていて必要とする量には到底及ばない。なら他の原料となるのだが、ここは深淵領域ゲヘナエリア。何も無い以上、新しい何かを燃料とする事も出来ず、電気を動力とせざるを得なかった。

 元となった戦闘機も電気だけで動かす事ができるのだが、効率が悪すぎた。電気だからと言う面もあるのだが、単純に言えば燃費が非常に悪いのだ。

 そんな物を送り出しても、人類と接触するまで百年単位で時間がかかる。

 宇宙空間なら幾らでも加速できるじゃん、なんて思っていたものの、エネルギーとは熱なのだ。加速に上限は無いが、外気温のせいで運動エネルギーは少しずつ奪われる。引力や斥力せきりょくと言った要素すら無いこの環境では、いずれ止まってしまうのだ。

 だからこそ、様々な工夫が必要になった。

 その結果がこれだ。

『達成感がすさまじいの……』

『お爺ちゃん、寝る時以外はあっちに帰らなかったしねぇ』

 ≪可能性ノ柱≫の片側を輪切りにして、内部を露出ろしゅつ。そこから突き出ているのは、割り箸のような二本の棒だ。

 レールガン。

 苦肉の策ではあるが、初速をそれなりにして後は機体のエンジンを稼働させればかなりの時間短縮になる、と言う発想だ。

 超速航行機自体も前進以外の余計な機能は切っており、五十年とかからずに人類生存圏まで辿り着くと試算されている。正確な距離が分からない為、大体でしかないけど。 

 まぁ兎に角、十年を使って人類生存権に辿り着くまでの時間を短縮させたのだ。

 通常航行で二十年とかからないなら大幅なロスだが、深淵領域アビスエリア自体が基本的には百年かけても横断できないエリア、と言う認識らしいので短縮にはなっているはずだ。

『では、やるかの』

『≪可能性ノ柱≫に影響はないでしょうね?』

『何度も言ったじゃろ。何百回も試したし、安全マージンも十分すぎるほどにとってある。ほれ、一度外に出るぞ』

『あいあい』

 色々と対策はしてあるが、発生すると思われるエネルギー量はとんでもない。≪可能性ノ柱≫内部にいれば、機体がショートしてしまうだろう。

 そんなのを≪可能性ノ柱≫を銃身代わりに使用してまで起動するのは、少しでもエネルギーのロスを減らす為だ。勿論もちろん脳や仮死状態で眠っているユイちゃんに被害が出ないように内部の改良を行っているし、超速航行機にも相応の改良をほどこした。

 だからこそ、十年。

 正直、十年でここまで作れたのなら奇跡的と言っていいほどに早いと思う。四台のメンテナンス用ロボを改良して、常に起動していたのだ。

 人的能力で言えば、百人体制で挑むよりも作業が早かったと思う。

 かがくのちからってすげー! と言いたい所だが、これは単純に教授が凄かった。

 その結果分かった事は、私達はこんな存在でもちゃんと寝ないとダメだ、と言う事だ。

 私達の感覚で三日三晩教授が活動していると、突然ロボットが動かなくなった。

 慌てて夢の世界で確認すると、お爺ちゃんが講演の最中にぶっ倒れたらしくニュースになっていた。

 次に教授が姿を見せたのは一週間後。どうやら夢の中ではかなり衰弱すいじゃくしていたらしい。

 睡眠、大事。

『では、ゆくぞ』

『うん』

 スイッチは勿論教授の仕事だ。

 ポチリ、と実際に押したのかどうかは分からないが、≪可能性ノ柱≫からプラズマが溢れ出す。

 溢れる光は青い稲妻。その勢いは一秒ごとにハッキリ分かる程に増大し————世界が白に包まれた。

『かっかっかっ。まさかカメラが焼き切れるとはの』

『ポッドに影響はなし、か。良かった』

『そんな事よりも航行機じゃろうに。……うむ、システム正常。これでどうにかなりそうじゃの』

『いや、人命優先でしょうに』

 失敗したらとんでもなくへこむだろうけど、≪可能性ノ柱≫に収容されている人たちが死ぬ方が遙かにこたえる。ユイちゃんに何かあったら、きっと教授をどう殺すか考え始めていただろう。

『ざっと計算した所じゃと、五十年はかかるか。それだけの時間があって尚、暇になりそうに無いと言うのがたまらんの』

 凄く楽しそうなお爺ちゃんの口ぶりに、私は苦笑した。

『定期的に航行機の状態チェックと中継器の設置、ユイちゃんがちゃんと帰還できるような機体設計に建造、この≪可能性ノ柱≫だってメンテナンスが必要だしね』

『うむうむ。いやぁたぎるのぉ』

『はいはい。またぶっ倒れないようにね』

『当たり前じゃっ! どうも脳がこの現実を拒絶きょぜつするらしく、あっちで体調が戻るまでこっちにこれんかったし……あんな思いは二度とごめんじゃ』

『はいはい。で、まずは片付け?』

『そうじゃな。ついでに≪可能性ノ柱≫を全体的にメンテしてしまおう。レールガン建造に際して色々と手を入れてしまったからの』

『ン。それじゃあまたデータ送って』

『改良もしたいし、そう簡単に出んわ。明日には仕上げておくから、それまではのんびりせい』

『はーい。じゃあまたね』

 フリフリとロボットのアームを動かして、私は意識を夢の世界へと移したのだった。


 そんなこんなで五十年。

 夢の世界は、相変わらず同じ一年が流れている。

 明確に一年の境目があるわけでは無く、私は永遠に十六歳で、誕生日があっても十六歳。入学式や卒業式があっても、学年が変わる事も無い。

 それを誰も不思議に思いはしない。

 要するにサザエさん次元だ。ドラえもん次元なのかもしれないけど。

 兎に角、わりえのしない日々。

 それでも、私にとっては楽しい毎日だ。クラスメイトとおしゃべりして、両親がいて、弟がいる。夏休みの旅行なんかは、事前に根回ししておけば本州なら大体行き先を変えられるというのも、そこそこ面白い。

 ちなみに、教授以外の現実に脳がある人とは会っていない。

 すれ違ったりはしているかもしれないが、下手に干渉かんしょうすると目を覚まさせてしまいそうなのであえて調べていないのだ。

 教授と話し合った結果、そう決めた。

 無理に起こす必要など無い。それが結論だ。

 なのでこの世界が夢だと知っているのは、相変わらず私と教授だけ。

 でもって教授はそのほとんどを現実で過ごしている。

 『下手に新しい論文を上げる事もできんから、あえて来る必要が無い』というのが教授の意見だ。

 おんなじような毎日でも自分として行動できるから、私としては楽しいんだけど。

 とはいえ私は私で、一日に一回は現実に戻っている。

 ユイちゃんの無事を確認する為だ。

『遅いっ!』

 今日もその日課をこなす為に現実へと意識を移すと、初めてお爺ちゃんに怒鳴られた。

 失敗して怒られた事はあるが、いきなり怒鳴られたのは初めてだ。

 驚きに言葉を発せずにいると、お爺ちゃんが好んで使う作業用ロボットが至近距離まで近付いてきた。

『遅いぞっ! ついに届いたんじゃっ! 人類生存圏にっ!!』

『……おぉ』

『と言う事で、ワシはもぐるっ! 情報の海に溺おぼ)れるのじゃっ!』

『落ち着け』

 ガチコンとアームでロボットをぶったたく。

『その前に、ユイちゃんを帰す為の機体建造に必要な資材集め』

『分かっておる。じゃが、最新の技術をもちいた最新の機体こそが、その子の救いになるのでは無いか?』

『むっ……』

『かといって情報を集め出すと時間を忘れるのも事実じゃ。……四十八時間後に一度打ち合わせでどうかの?』

 この爺、倒れないギリギリを狙ってきやがった。

 そうは思ったものの、早く予定が立つのはありがたいので了承の意思を伝える。

『じゃあ、一応ユイちゃんにも言っとくわね』

『うむ。……そういえば、あの子は大丈夫なのか?』

『仮死状態だしね。偶然、ほんの少しだけ意思がリンクするってだけ。下手に干渉すると大変な事になりそうだからあえて呼びかけはしないけど、この前会った時は大体三日過ぎたぐらいの感覚だって言ったわね』

 生体維持に脳ドックの水槽すいそうやコードを流用したせいか、ごく短時間だがユイちゃんが私達の世界に来る事があるのだ。

 何故か決まって私の部屋に来るだけらしいので、基本的にはアニメを見せてあげている。

 間に何年かスパンがあったりするので、前回の続き見せてって言われても非常に困るのだが。

『では、そう言う事で』

『はいはい、いってらっしゃい。私も少しは調べとくから』

『うむ。それでは』

 そう言うなり、お爺ちゃんとのリンクが切れた。

 電脳空間に潜ったんだろう。

 私達は機械に宿れるように、データの海にも潜る事が出来る。ただ、今までは深淵領域ゲヘナエリアと言う事でその力も限定的だった。

 だが、今は違う。人類生存圏へと送り出した航行機が等間隔になるよう中継器を排出していった為、人類生存圏に辿り着いた今ならインターネットに介入する事が出来るのだ。

 実際、いける(・・・)という感覚はある。

 ただその前に、一度夢に戻って自分の部屋へ。

 いきなり授業中とか友達とおしゃべり中とかだと困るので、私が現実に意識を戻す時は基本的に放課後、ベットに横たわってだ。

 大体戻ると宿題中だけども。

 今回は時間が短かった事もあって、スマホでニュースを閲覧中えつらんちゅうだった。

 ベットから起き上がって、勉強机の一番下の棚を引き抜く。

 その下、床に置いてあるのは中古のスマホだ。毎年ユイちゃん用に買うようにした一品である。

 ちなみにユイちゃんは、この世界に来ても基本的には認識されない。幽霊的なスタンスなんだろう。物には触れるし動かせるので、ポルターガイストと言う奴だ。

 でもって私は霊感があるタイプになる。

 まぁ現実に脳があるからユイちゃんを認識できるってだけなんだろうけど。

 兎に角そう言う事で、このスマホはユイちゃんが好きにして良い事になっている。アニメの続きを見せてと言われても自分でやって貰えるようにしたわけだ。

 そんな余談は置いといて。

 ユイちゃんがこっちに来たらまず使うスマホに、メモを貼り付けておく。

 どっかの銀河系に辿り着いたから、やっとユイちゃん用の機体を作る予定が立てれるよ、と。

 これで用事は終了。

 お爺ちゃんじゃ無いけど、私だって未来の世界は気になるのだ。

 と言う事で、現実に戻ってすぐにアクセスする。

 中継器を何百と伝って辿り着く場所なので年単位で時間がかかるかと思いきや、接続はすぐだった。

 情報の海。

 感覚としては、世界の全てがコード(文字列)で出来ているような感じだ。

 コードの濃い方へと向かう。

 と、いきなり世界が色づき、私は落下を始めていた。

 眼下には大陸。森があり、道があり、街があって、城もある。

「……はい?」

 声が出た事に驚いて口に手を当て、感触があった事に驚いて手を見る。

 自分の手だ。服も、一番良く着るセーラー服。

「これって……あ。もしかして、電脳空間?」

 そのつもりになっててみれば、景色の全てがコードでいろどられているのが分かる。

「あははっ! すっご」

 さすが未来。ファンタジーとかであるような世界をちゃんと作り上げている。

「なるほど。階層型の世界を作ってるんだ。……ん~、でもここは後かな」

 バサリと翼を広げて、世界を見下ろす。

 データの世界なら、私の自由自在だ。

 ただ、今知りたいのは現在がどうなっているかだ。仮想現実は後回し。

 空を越えて、再びデータの海へ。

 今度はちゃんと現実のデータにアクセスする。

 選んだのは監視カメラ。

 流れてくる情報だけでも多くを知る事は出来るものの、やっぱり実際に目にするのとしないのとでは感じ方が違う。

(未来って言うか……異世界?)

 都会の街中って感じだが、道行く人の外見が千差万別せんさばんべつぎだ。

 異世界っぽいドワーフやエルフ、犬耳猫耳なんてのは普通の部類で、蛸足たこあしだったり人型のカマキリだったりと多種多様たしゅたよう。人種名とかは普通に分かるが、こうやって目の当たりにすると感動モノだ。

 全く異なる人種が同じ服を着ていたりするのが、妙に面白い。

 『粘液ねんえき付いただろうがオラァ!』

 『テメェの毛が体液刺激しやがんだよ犬っころがよぉっ!』

 なんて感じで喧嘩が始まったかと思いきや、ファンファンと音を立てて集まってくる治安維持ロボット相手に息を合わせて逃げ出したり。

 街中の一区画を映し出しただけの映像だってのに、ずっと見てられそうな程に面白い。

 と、視界にノイズが入り、映像が切り替わった。

 白い部屋。電脳空間のように私の意識が反映されて身体を有している。

「ふ~ん」

 感心しつつ辺りを見回す。

 十メートル四方の立方体。

 壁の一枚一枚に複雑なプログラムが組まれていて、かなり強固な防壁になっているのが見て取れる。

「……貴女は、誰?」

 不意に現われたフードの女性が呟く。

 そのフードもデータなので、隠していても可愛らしい顔がハッキリ分かるけど。

「奏芽よ。天笠奏芽」

「……日本人?」

「へぇ。名前だけで良く日本人なんて出てきたわね」

 データを流し読みしただけでも分かる事だが、現在では日本人なんて呼び方は存在しないも同じで、基本的に地球人で通っている。日本人なんて呼び方を知っているのは、地球にいる人種ぐらいなものだ。

「日本の女子高生で、永遠の十六歳。で、貴女は?」

「……アユ」

「ふ~ん、共通語だと日本にも居そうな名前になるのね。で、フェッシモっていう家名は名乗ってくれないの?」

 私の投げかけに、少女が戸惑とまどったのがハッキリと分かった。

 ダイブシステム———インプラントを埋め込み、脳に直結する事で電脳空間に直接アクセス出来るシステムだ。擬似的ぎじてきに私と同じ存在になれるシステム、と言った方が分かりやすいかもしんない。

 まぁ肉体があってコードとシステムを利用しているので、電脳空間においては私やお爺ちゃんより下位の次元に存在する事になっているのだが。

 思いっきり余談にはなるが、ダイブシステムは機体操縦にも利用されているようだ。対応した機体は、思いっきり高いけども。

 彼女が右手を振ると、スクリーンスフィアが展開した。

 電脳空間で疑似肉体アバターを利用せずに行動を起こす為の、コードや映像で形成される球体。それがスクリーンスフィアだ。ファンタジー的に言えば、魔方陣まほうじんみたいなものだ。

何故なぜ、それを」

「勝手に引き込んで、勝手に警戒されても困るんだけど。……えっと、何の用?」

「……網に、かかった、から」

 うん、もの凄く警戒されている。

 この部屋もそうだがプログラムの一つ一つが非常に高度だ。一流、それもこの銀河系に限れば三本の指に入る程だろう。

「貴女は、何?」

「自己紹介はさっきしたんだけど……」

「何?」

「ん~。……電子の神様って言ったら信じる?」

「試す」

 少女が右手でコードをなぞると、そこから黒い犬の形をした何かが放たれた。

「デリートコード、ね」

「なっ!?」

 パンっと片手で弾いて霧散むさんさせると、アユは驚きに目を見開いた。

 フード越しだが、そんな顔も可愛らしい。十五歳ってところかな。

「試すって言うなら、もっと簡単な奴で良かったんじゃ無い?」

 私はプログラムやらコードやらはさっぱりだけど、データを探して比較する事ぐらいは出来る。

 その上で言わせて貰えれば、本来対処しようが無いほどに凶悪なデリートコードだったのだ。ネット上に存在する一番複雑なデリートコートでさえ、先程放たれたデリートコードに比べれば一割の効果も見込めないと言えば、凶悪さの一端ぐらいはわかるだろうか。

「一体、どう、やって……」

「言ったでしょ? 私達にとっては、コードとかどうとかの問題じゃ無いの」

 同じように電脳空間に存在しているが、私と彼女では存在の次元が違うのだ。

 彼女たちはこの世界(・・・・)基幹きかんであるプログラムで行動する。それに対して私とお爺ちゃんは、意思で行動する。

 その違いは大きい。

 タンと右足で床を叩くと、そこから芝生が広がり、所々に白い花が咲いた高原へと世界が変わった。

「神様ってのは冗談だけど、ここは私達の領域。私達の世界」

「嘘……」

「あんまやると電脳空間全体に影響が出ちゃいそうだから元に戻すけど、もう変な真似しないでね?」

 そう告げてもう一度右足で地面を叩くと、先程までと同じ白い部屋に戻った。

 脳だけになって絶望したけど、あれからもう五十年以上。狭い空間ながらも色々とやっていたおかげで、これくらいなら朝飯前だ。

「……私を、どうする、の?」

「いや、干渉かんしょうしてきたのそっちだし」

 呆れ半分でそう返したが、ふとひらめいて私は笑顔を浮かべた。

「迷惑をこうむった事だし、お返しして貰おうかな」

「何を、させる気?」

「嫌なら断ってくれても良いんだけど……一緒に戦闘機作らない?」

 私の投げかけに、少女のフードがずり落ちた。

 その下にあったのは、表情から筋力が無くなったかのようにポカンとした顔。

 そんな表情に、私は声を上げて笑ったのだった。


「つまり……電子の、存在……?」

「ん~、正確に言うなら、電脳空間で実体化できる存在、かな」

 場所は変化して花畑中央のテーブル。

 私はアユちゃんと向かい合って紅茶をすすっていた。

「……何が、違うの?」

「根本的に違うんだけど……簡単に言えば、この紅茶もそうね。コードによって味覚や香りを与えられるんじゃ無くて、私の認識によって情報が確定されるの」

 だからこの紅茶は、初めての味ではなくて知っている味。

 複雑なコードが組まれて上品な味と風味を演出するとは分かっているのだが、私では認識できない。私が知らない紅茶である以上、その味と香りは私が知っているものになってしまうのだ。

 アユちゃんのカップに触れ、肩をすくめる。

「それが私の紅茶」

「……置き、換わった?」

「コードをどうこうしようとか、そんな小難こむずかしい事は無理。こうしよう、ああしたいと思って、すれば出来る。この世界ではそう言った存在ね」

 かといって万能感があるかと言われれば、そーでも無い。

 悪い事をしようと思えば幾らでも出来るが、善良な一日本人として行動するとなるとさほど凄い事は出来ないのだ。

 ユイちゃんの機体、その中枢ちゅうすうとなるプログラムだって組めないし、デザインや構造も結局調べたモノを組み合わせるぐらいしか私には出来ない。

 それ以前の問題として、現実の資材を集めるすべすら持ち合わせていない。

 そりゃあ不正アクセスにクラッキングと出来る事は多いけど、それは人としてどうかって話だ。

「……本当に、神様?」

「それは冗談。まぁ、かなり変質はしちゃってるみたいだけど」

 この世界にも私達と同じような存在はいる。

 電脳空間という比較的自由な世界が明確に存在するのだ。現実に嫌気が差し、肉体を売ったお金で脳ドックに入り、電脳空間で生きていると言う者がそれなりにいるのだ。

 ただ、当然彼らは私達とは違う。システムをかいしてコードの恩恵を与えられているに過ぎず、悪く言うなら電脳空間という牢獄ろうごくに捕らわれているようなものだ。

「不思議な、味」

「私達の世界じゃごく一般的なんだけどねぇ」

 この世界の紅茶がどんな味か気になるけど、確かめるすべは少ない。最新鋭の義躰ぎたいなら味覚と嗅覚の再現が可能になっているらしいから、いずれはちゃんと確認してみたい所である。

「神様」

「奏芽で良いって。神様ってのは冗談なんだし」

「……カナメ様」

「様もいらないんだけど、何?」

「戦闘機、って?」

「あ、うん。ユイちゃんって子が、私達と同じ場所、深淵領域アビスエリアに来ちゃってね。戻す為に良い機体を作りたいの」

深淵領域アビスエリア、に?」

 アユちゃんが驚きの表情を見せるが、それも当然だ。

 迷い込んだら生きては出られない。それがあの領域なのだ。

「カナメ様も、そこに?」

「本体はそこね」

「私も行く」

「……はい?」

「私も、行きます」

「いやいやいやいや」

 驚いたのは、どうやら私に本体がある事を知ったかららしい。

 だからって深淵領域アビスエリアに行くとか言い出すのは、普通に頭おかしいと思うけど。

「そもそも、私は脳だけの存在だし」

「なら、私も、そうなる」

「駄目」

 きつめにぴしゃりと言い切る。

「その身体は、与えられたモノ。貴女が勝ち取ったモノじゃ無い。だから、潰れるまでちゃんと使い切りなさい」

 肉体を失った者として、そこだけはゆずれない。

 年老いている相手にならそんな事は言わないけど、アユちゃんは私より年下っぽい外見だ。それで肉体を捨てるなんて、もったいない。

「現実は、ちゃんとある。貴女にとってこっちの方が生きやすいかもしれないけど、逃げ込む場所にするのはやめなさい」

「……はい」

 怒られた子犬のようにシュンとするアユちゃんを前に、私は大きくため息をいた。

 おばちゃんみたいな説教をしてしまった。

 肉体が無いから永遠に成長しないと思ってたけど、時間経過で少なからず成長しちゃうんだろうか。

「まあ兎に角、協力してくれないにしろ協力してくれるにしろ、こうやって会えるには会えるんだし。そんな気にしないの」

「協力、します」

「ありがと。けど、私だとあんま役に立たないから、同郷どうきょうのお爺ちゃんと話してね」

「……他にも、神様が?」

「まぁ、お爺ちゃんの方が神様に近いかもねぇ」

 一般人からしてみれば、~の権威とか~賞受賞者ってのは見上げるような存在だ。

 興味が無ければすれ違ってもわかんないし、うやまうべき対象でもないけれど、その点も神様に近いのかもしんない。

「会いたい、です」

「うん、また連絡する。連絡先はアユちゃんが今アクセスしている所でいい?」

「はいっ!」

 自分の大声にびっくりしたのか、アユちゃんは目を見開くと顔を真っ赤にしてうつむいた。

「ふふっ。じゃ、機体に関してはまた後日って事で。それで、アユちゃん」

「あ、アユちゃん……」

「嫌だった?」

「そんなことっ! あ、あの、うぇへへへへ」

 独特な笑い声をする子である。

 顔立ちは良いし可愛いんだけど、笑うと魔女が毒薬作る時みたいな笑顔で中々におもしろい。

「それじゃあアユちゃん。この世界の事教えてくれるかな?」

「この、世界? ……電脳、空間?」

「ううん、現実の方。こっちなら知ろうと思えばどうとでもなるけど、現実の景色とか環境とか、電脳空間の構成をるのと違って調べなくちゃいけないから、教えてくれるとありがたいなぁー、と」

 調べようと思えば可能なのだが、辞書を調べるような感じなのだ。

 電脳空間内なら観光がてら周囲を見ているだけでコードやら構成がハッキリと分かるから簡単なんだけど。

「えっと……惑星フェラット、の事、とか?」

「そうそう。現代がどうなってるか興味あるのよね。ほら、何百年も隔離されてたって感じだし」

 感じって言うか、実際隔離されてた訳だけど。

 そんな私の言葉に、アユちゃんは目を輝かせると説明を始めてくれた。

 アユちゃんが住んでいる惑星フェラットのリーントという国に関して。風景だったり名所、名物だったりを映像で教えてくれるので、とても面白かった。

 そんな話の中で一番びっくりしたのは、今の大企業は凄いんだなぁと言う事。

 アユちゃんが大企業幹部の娘さんというのはデータで把握はあくしていたが、その大企業って言うのがとんでもなかった。

 今どきの大企業は、人工惑星を丸々工場として所有しているらしい。

 未来って、凄い。

 純粋に感心する私に、アユちゃんは苦笑した。

「神様の方が、凄いですけど」

「神様じゃないよ?」

 なんかこの子は私を神様にしたいらしい。

 それ以外は良い子だし、言葉も最初と比べれば随分ずいぶん流暢りゅうちょうしゃべるようになってくれたので一安心。

 そんな感じで、私は現代の情報を楽しく学んだのだった。


「って事で、プログラムを手伝ってくれそうな子は見つけたけど」

「うむ。こちらも話は通していないが信用できそうな整備士を見つけた」

 約束の時間になったので、お爺ちゃんと合流した。

 場所は電脳空間。勝手にスペースを作って、テラスから海を見下ろせる景色にしてある。

 コーヒーの味は普通だけど、まぁ気分だ。

「……しかし、こうして向き合って話すのも、久しぶりじゃな」

「ホントにね。夢の中でも会わないし……あれ? もしかして初めて会った時以来?」

「かっかっかっ! メンテロボを介してなら頻繁ひんぱんに会っておったが、本来の姿で相対あいたいするのはそれ以来か。……随分ずいぶんったはずじゃが、昨日の事のようじゃの」

「六十年ぶりとか、もう老人会よね」

しかしかり。しかし、変らんの。お互いに」

「繰り返す一年に、大きな変化なんて無いしね。……誰か一人だけ生きてさえいれば、あの世界は変わりなく続くんだろうし」

 私達が現実の世界に行っていても、夢の中の私は、私として行動している。

 それはつまり、誰かの脳が死んだとしてもあの世界は変わらないという事だ。

 実際、この六十年で十二の脳が活動を止めた。だがあの世界に変化は欠片とて存在しなかった。誰か一人の脳が活動してさえいれば、あの世界は存在し、永遠に同じ一年を繰り返すのだ。

 だから私達も成長しない。

 成長できない、と言うべきか。

 どれほどに現実で知識を得ようと、夢の世界に戻れば大半は忘れる。また現実に戻れば思い出すが、夢の世界に戻る事で私は女子高生の私という精神になってしまうのだ。

 それが良い事なのか悪い事なのか。

 私自身ですら分からないけど、まぁ年老いていくよりはいいかな? って感想だ。

「それで、他に情報はあるか?」

「その子に仕事依頼されたから、ちょっとこなしてくるつもり。資材買う足しにはなるでしょ」

「確かに、金の問題もあるの。その気になれば簡単ではあるが……」

「そもそも、はいあげるって言っても、ユイちゃん嫌がるだろうし」

「じゃが、人類生存圏への移動は絶対じゃろ?」

「そうなんだけどねー。働いて返してね、って感じにはなるのかな」

 そう考えれば仕事とかも探して上げるべき何だろうけど、残念ながらユイちゃんは身元不明だ。

 アクセスできる銀河系のデータを全て探してみたけど、ユイちゃんに該当がいとうする人物は無し。戸籍こせきが無い人も多いので、ユイちゃんはその一人って事なんだろう。

 そうなると、ユイちゃんに出来る仕事ってなると限られる。貸しって事にしても、ユイちゃん的にかなり重い貸しになってしまうだろう。

「……まぁ、帰還用の機体に関しては、こっちの都合で勝手にやった、と言う事で良いじゃろ。さすがにこれ以上仮死状態を維持するのはマズいぞ?」

「よね。期間が延びれば延びるほど蘇生そせいのリスクが増えるし」

「うむ。じゃから、早めに往復用の機体建造に入りたい」

「往復用?」

「言っとらんかったか。折角じゃからこちらで十分な速度を出せる機体を作り上げた方が良いと思っての。資材を≪可能性ノ柱≫に送るよりはるかに効率的じゃろ」

「そりゃそうね」

 機体作りを≪可能性ノ柱≫で行った為また同じだと思っていたが、普通に考えればお爺ちゃんの言う通り。設備的にもこっちの人に協力して貰った方が早いし良い物が作れる事だろう。

「それで整備士?」

「本当にたまたまじゃよ。かなり腕の良い整備士じゃが、もうかっていないようでの。人種も珍しくて、何となくながめてたんじゃ」

「あー、分かる」

 動物もそうだが、多種多様な人種が存在するのだ。蛸足の人種なんて、ただ歩いているのに何となくその後を追って動きをぼーっと眺めてしまった。

 何かたこ焼き食べたくなってきた。

 テーブルを指で二回叩いて、たこ焼きを生み出す。

 自分で知っている味しか再現できないという縛りはあるが、美味しいたこ焼きは知っている。

 たこ焼きなのに油で揚げた、外はカリッと中はとろっとな美味しいたこ焼き。更に味付けはネギポン酢。たっぷりなネギが目にも鮮やかで、一口食べればハフッハフだ。

「……一個くれ」

「はいどーぞ。でも、味分かるの?」

「年老いてはいるが味覚に障害しょうがいはないわい」

 むっとした顔を見せつつも、割り箸でたこ焼きを一つ持っていくお爺ちゃん。一口で食べてハフッハフとやる仕草が面白い。

「……うむ。ゆずポン酢か。よいの、これ」

 同じ存在だから、私が作り出したたこ焼きの味も分かるんだろうか?

 そんな事をちらっと思ったものの、味を理解してくれた事の方が嬉しくてニンマリと笑う。

「分かる?」

「ソースとマヨネーズも良いが、こういうのも良いの。何よりタネが良い」

「分かってるわねお爺ちゃん」

「美味い不味いはは万国共通者よ。まぁ美味いも不味いもわからん者は多いが」

 そう言いつつ更に一個持ってくお爺ちゃん。

 まぁいいんだけどね。

「で、今後はどうする? こっちで進めていならそうするが」

「私が関わっても役に立てないでしょうし、そうしちゃって。あ、アユちゃんにはちゃんと声かけてね」

 ほうじ茶を出しつつ、アユちゃんの連絡先を教える。

 少なくとも私よりは役に立つはずだ。

「分かった。ならそっちは現物稼ぎじゃな」

「……まぁそれなりに頑張るけど、あんま期待しないでよ?」

「出来るだけ安く済むよう考慮こうりょはする。……出来るだけな」

「二回も言わないでよ。くっそ高くなるの分かってるんだから」

「かっかっかっ! まぁ、たがいに頑張るとしよう。ではな」

「ん。じゃーね」

 ふっと消えていなくなったお爺ちゃんの空席をながめ、ほうじ茶を一口。

 うん、働きたくない。

 それなりにお爺ちゃんの手伝いはしてきたが、言い換えればそれだけしかやってこなかった。つまり私は、六十年物のニートなのだ。

 死んだ時から考えれば、さて何百年物か。

 ほうじ茶を一口ひとくちすすって、私はめんどくささに大きく息を吐いたのだった。

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