第9話:婚約者が大好きな子犬王子
「悪いね。2人の様子を見に来たって言うのに、私がご馳走になるなんて」
「いえ。リンド様には、助けて頂いている部分も大きいので」
「あ、あの……」
「ちょっ!! カトリナ様にって選んだのに、何で普通に食べるかな!? あと、もう縛らないでよ。暴れないっての。こっちにもくれーー!!!」
ディルが買ってきたのは、王都で人気が高いマカロンだ。
見た目の色も含め、大きさも様々。特に貴族の間で流行っているのは、話しながらでもお手軽に食べられる。大きさも一回り小さくしているので、お土産にも人気に拍車をかけている。
最近になってカトリナも気付いたが、魔法を使った後には頭がボーっとなる。
最初は自分の体質なのかと思ったが違うらしく。リファルに言わせると動くものに的を当てる、魔力の微調整にはそれなりに頭を使う。
魔法を多重に使えば使った分だけ、その演算処理も大変だ。
そういった理由から、魔法師団に所属している者達は自然と甘いものを手軽に取ろうとする傾向がある。ルーカスが気に入った理由を知る事ができ、カトリナは嬉しくなった。
婚約者の知らない部分を知れるというのは、何だか嬉しい。
共有している感覚になるのか、ルーカスの事をもっと知りたいと思うからか不思議な部分ではある。
「2人共。ディルに感謝して下さい。彼が私達にと買って頂いたのに」
「そうだ、そうだ!!! 慈悲深いカトリナ様と違って、そっちは酷い連中だな」
調子に乗りやすい性格のディルは、ルーカスと馬が合う上に加減をしなくて良いと教えた元凶。ラングとリンドは、更にコントロールが効きにくい人物に頭を抱えた。
器用で優秀なのは、彼の家系もまた魔法に関しての知識が強いから。
現魔法師団長のリファルの次に、優秀で功績もある。副師団長のリーガルはその辺も分かっているが、2人が揃っている状態の危険性も知っている。
訓練場の破壊は当たり前。
特に防御に優れたのもあり、リファルの攻撃を防げる人物。だけど、手綱をしっかりしないと一緒に暴れるという頭が痛い部分。
褒めると調子に乗る。だから褒めないようにしてきたのに、ここにきてカトリナはディルの事を何かと褒めてしまった。
王子の婚約者。
最初はそれ位の認識だったが、いつの間にかカトリナに褒められたいから頑張るという思考。それもあってか、最近では暴走している報告は上がっていない。
(カトリナの負担が増えるからって事で、遠ざけて来たのに。ラングの読みが当たって怖いな……)
良い方向になったが、ラングが予想していた通りになりリンドは密かにため息を吐く。
ジト目でディルを見て、一言。
「……お前、反省するって言葉知らないよね」
「俺はまだ許してないですよ。お嬢様の事を攫ったんですから」
「恨みが深い!!! 加減がないのってそれが理由なの!?」
「何を当たり前の事を言うんです。旦那様からも加減なくて対応しろと、申し付けられていますので」
「あーー!!! カラム様も、怖すぎるよーー!!!」
カトリナがマカロンを食べさせれば、嬉しそうに頬張る。今は、ファールが睨みを効かせているから負担は減るかと考え、彼が淹れた紅茶を飲む。
(まぁ、そろそろ騒がしくなるし)
「うわ、ずるっ!!! 羨ましいことしないでよ。カトリナ、私も私も♪」
そこにルーカスが混ざってくる。そこでリンドがガクリと気を失いかけたのは内緒だ。
あまりにも自然に来るものだから、カトリナは一時停止をしディルは涙ながらにマカロンを貰っている。さっそくとばかりに口を開けるルーカスに、カトリナは慣れた様に運んでいく。
「む、慣れてる。え、ディルにこうして上げてるの?」
「たまたまです。何故だか縛られるのが普通になっていて。ファールに何度も止めるように言っているんですけど……」
「餌付けみたいで面白いよ。カトリナ様、優しいし」
「え、ホント!?」
「ルーカス様、乗らないで下さい!!!」
目をキラキラさせたルーカスに、カトリナは即座にストップをかけた。期待を込められた視線に、出来ないと首を振る。
仕方ないと諦めたルーカスは、次の行動として魔法で犬の耳と尻尾を生やした。
「じゃあ撫でて、撫でて。書類の量は変わらず多いけど、カトリナに元気貰う~」
「あ、さっそく教えた魔法使ってる」
「ディ、ディルが教えたんですか!!!」
((余計な、事を……!!!))
同時に睨んだリンドとファールに、「ひぃ」と言いながら顔を逸らす。
そんな事になっているとは知らないルーカスは、じっとカトリナを見ている。
「あ、あの。ルーカス様?」
いつもならカトリナを見下ろすのに、今はじっと下から見つめている。
待てをしているようなポーズに、マカロンを取り口へと運ぼうとする。が、すぐにパクンと食べた後で撫でて欲しいとばかりに迫る。
「えっと……」
「ラングには内緒で抜け出した来たんだ。早くしないと怒られるよ~」
「仕事を増やすなっての、バカ犬!!!」
ルーカスの行動を先読みしていたのか、いつもの慣れなのか。ラングは問答無用で、連れ戻されていく。その際、何故だかディルも同時に連れて行かれ2人して「助けてぇ~~」と叫び声が響き渡った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「子犬化を助長させてどうするんだ!!!」
一方、執務室に連れ戻したラングはルーカスとディルを放り投げた。
ルーカスは元気を貰えなかったと文句を言い、魔法で生やした犬の尻尾と耳をペタンとしならせた。
「ディル。今までカトリナに合せなかった理由を教えておく。褒めてもらいたいからって、べったりしてると今みたいにバカ犬が調子に乗る」
「王子の子犬化は元々でしょ!? カトリナ様に会ってからべったりじゃん!!!」
「さらに酷い状況だって言いたいんだよ!!!」
「え、そんな理不尽な怒られ方ありなのぉ……」
「仕事の合間に抜け出す癖を覚えさせるな」
「それもこっちの責任なの!?」
2人が言い合いをしている間、トボトボとした足取りで席に着いたルーカスは机に突っ伏した。テンションが下がりまくるが、仕事を開始させた。ちょっと不機嫌になりつつ、書類に目を通しサインをしていく。
「……。カトリナに会いたい~」
「さっき会っただろう!!!」
「やだぁ~。もっと居たい。お茶したいし、談笑したいよぉ。……餌付けされたい。ディルがズルいんだよ」
「なら、犬になる魔法を――」
「教えるな!!!」
余計な魔法を教えようとするディルの首を軽く締め上げるラング。
暴れ回る2人をじっと見た後で「それもありかなぁ」とボソッと言う。その時、リンドがカトリナを連れて慌ただしく入ってきた。
「ルーカス様、迷惑を掛けてはダメです!! ラングの負担が増えますから」
「うぅ、ラングの心配なの?」
そうではないとカトリナはルーカスの手を握る。
日頃から仕事量が多いのは知っているし、手伝える事はない。終わった後で何がしたいかと聞いてみると――。
「膝枕して欲しい♪」
「分かりました。終わったら何でもします」
「やった。ん、頑張る!!!」
急にテンションが上がったルーカスは、さくさくと仕事をこなしその日に終らせるべき分を終わらせた。今は大きなソファーで、カトリナに膝枕をしてもらいその表情はだらしがない。国民の前では絶対に見せられないものであるが、ラング達の場合は慣れている。
「もう病気じゃん、あれ……」
「今更でしょ、それ」
リンドの冷静なツッコミに、ディルも「そうだけどさぁ」と無理矢理に納得。
そんなディルにラングは睨みながら、割と真剣に言った。
「とりあえず、今後のディルの行動は注意が必要だ。見張りが必要だしね」
「どこに張り付けます?」
「早っ!!! やっぱ怖い、この執事……」
素早く慣れた手つきで、ディルを縛り付けファールはラングとリンドに意見を促す。
静かに抜け出そうとするも、即座に動きを封じられ「気絶したいですか?」と笑顔で迫られ無言で首を振った。
「カトリナ。悪いけど、ルーカスの手綱はしっかりね」
「が、頑張りますっ!!!」
安心しきって寝たルーカス。ラングが小声でそう聞けば、カトリナは「ラングもお疲れ様です」と労わられる。
意表をつかれたラングは、優し気に目を細め「うん、ありがとう」と返した。
「うわっ、ラングが笑うとかレアだ。レア、レア。めっちゃ――」
「ファール。悪いけど、この窓から吊るして」
「分かりました」
「ああっ!! 冗談、冗談だから。この執事、本気でやるから!!!」
「反省しないんだから、吊るして良いよ」
「毒舌な連中しかいない!!!」
その後、怖い目にあったディルだったがカトリナに褒められればすぐにケロッとなった。
この日を境に、ルーカスとディルの子犬化は拍車をかけていき――構って欲しいとカトリナの傍にいる事が多くなっていった。