第8話:イタズラ心
『イタズラしても平気です!!!』
こう言われてしまったら、もうルーカスにイタズラをしようという心はない。
あるのは可愛い行動を起こした婚約者であるという事実。なんだか、それを改めて知らされたようで凄く嬉しいと、ニヤニヤしそうになるのを必死で抑える。
いつもなら、自分が褒めて欲しいと言って頭を撫でて貰うが……今は、カトリナの頭を優しく撫で頬ずりをしている。
「あの……?」
困惑気味に聞くカトリナは、パチパチと瞬きを繰り返している。不安げに聞いたのは、ルーカスの行動が彼女の思っている行動と違っていたからか。もしくは、これはイタズラをされていると考えてるべきか……と言う思いが占めている。
「ん~~。やっぱり私の勘は正しいね。カトリナは私の癒しだし、和やかにしてくれる存在だぁ」
納得している表情は、まさに安心している証拠でもある。
緩み切った顔はいつも見るデレデレとしたものであり、カトリナに離れているものだ。しかも、今はハロウィンの仮装をしているお陰がその変化はすぐに分かる。
狼男を毎年のハロウィンのテーマとして決めている。
だから、耳も尻尾も本人の感情を読み取って動くという仕様。魔法師団にその開発を頼み、師団長のリファルは嬉々として『良いよ、やろう♪』と引き受けてくれた。
本当なら自分も、と思ったのが彼の行動を察知した副師団長によりカボチャのお化けの衣装を着せられた、らしい。
はっちゃける師団長など、国民の信頼に関わることだ。魔法師団の信用にも関わる。
と、幼馴染であるからこその妨害の数々が起きている。それが、年々イベントを派手にしている原因でもあるが当の本人達は知らない様子だ。
そんな無駄な技術が詰め込まれたルーカスのハロウィン衣装。
今は喜びのあまり尻尾は大きく振り、耳はピンと立てながらも時々ペタンと倒れる。
「どうしよう、イタズラしたいのにそんな気分になれない」
「ど、どうします?」
本気で悩むルーカスに、カトリナは思わず聞き返す。
自分でイタズラしても良いと言ってしまった手前、イタズラされるのを待つべきか。このまま何事も無く終わるのか。
むしろ、ちょっと期待している自分がいる。そんな思いに、カトリナ自身も混乱気味。
(わ、私……期待、してたのかな。今、ルーカス様は凄く嬉しそうにしている。改めて言うのも……気が引けるし)
「ちなみにどんなイタズラされたい?」
「へうっ……?」
何も起きないと思っていた所へ、突然の質問。
思わず変な声が出たが、どうしようかと思わず考える。ハッと気付いたカトリナは、手で口を抑える。そんな姿も可愛いと悶えているのはルーカスであり、表面上では普通なのだが心の中では大騒ぎし祭りのようなテンションの高さだ。
「わ、分からないです」
(……可愛いしか出てこない。どうしよう!!!)
流れる空気はフワフワとしたもので、和やかになれる。
しかしそんな空気は、突如として終わった。
「いだだだっ!!! 痛い!! 痛いよ、ファール」
「俺が居ない間を狙うとは良い度胸ですね。……ルーカス様?」
笑顔でルーカスの頭を鷲掴みにしたのは、カトリナの専属執事であるファール。
ビックリし過ぎて、カトリナも声を掛けるにかけられない。
「うぅ~~」
「ファール。やり過ぎだよ」
「……。以後、気を付けます」
「ほ、本当に?」
先程と違い、今度はカトリナに抱きしめて貰うのはルーカス。ファールの攻撃に、精神的に参っているのか涙目で慰めて貰っている状態。念の為にとカトリナは再確認すれば、ファールは暫く考え視線を逸らしながら「気を付けます」と告げた。
(また、やりそうだな)
「お嬢様。旦那様が探しておりましたので、そろそろこちらに――」
「皆が見ていないからといって、その態度はどうかと思いますよ。ルーカス王子」
「ぴうっ!?」
ギクリと肩を震わし、変な声を上げたルーカス。カトリナから離れたくないとばかりに抱き着くが、その体はガクガクと震えている。
イベントが終わったとはいえ、カラムは王子と同じく衣装を着ている。吸血鬼をテーマにしているが、本人の雰囲気もあり怖いといえる。そうでなくても、今回は一時的にとはいえ娘を攫われた。そう聞かされれば、穏やかに過ごすというのが無理である。
現にここに辿り着くまでに、各方面に「リファル師団長とディル隊長の処分は、重めでね」と脅して来たばかり。彼の意図を汲んで実行に移したのは、宰相と息子のラングの2人。
ディルとは幼馴染というのもあり、容赦なくやるから安心して欲しい。そう笑顔で答えてくれた。
「全く国王にも困りましたよ。毎度、イベントで大はしゃぎをしたいからと抜け出すなどと……。我々がそれを許す筈がないのを分かっていないのか」
「わ、私はちゃんとやってると思うんだよね!!!」
「娘に良い所を見せたいからでしょ」
「うぐぅ……。そ、そりゃあ、そうだけど。……そんなはっきりと言わなくても」
後半は小声になり、しょんぼりと暗くなっていく。
体を丸めて反省しているルーカスに、カトリナはぎゅっと抱きしめ父親に告げた。
「お父様。ルーカス様は子供達に人気ですし、イベントは大成功です。それは最後まで見てきたのですから、分かっていると思われますが」
「カトリナぁ~~!!!」
ぱあっと花が咲いたように明るくなり、さっきまで落ち込んでのが嘘のように変わっていく。その後も、耳と尻尾は嬉しさのあまり動きが激しくなっている。
「私の癒し♪ 可愛い可愛い」
「うっ……。ル、ルーカス様。い、言わなくていいですっ」
「やだ。可愛いものを可愛いと言って何がいけないの? 嬉しくないの? 私はカトリナに褒められて、凄くすっごく嬉しいんだけど」
「うぅ……。嬉しいですが、でも」
「恥ずかしがるのも良いよ。可愛いし!!!」
「!!」
しまったと手で顔を覆ったカトリナ。これは、自分が言わなかった罰なのかと後悔しつつ、イタズラを決行されているのかもと青ざめた。助けを求めるようにファールに、視線で訴える。すると彼は笑顔を向けさっとメモを渡して来た。
ーお嬢様が可愛いのは当たり前の事です。お嬢様に仕える事が出来て俺は幸せです。嬉しそうなルーカス様を無理に止めると、あとの仕返しが怖いので我慢をして欲しいですー
(お父様も居るのに……!!! 恥ずかしさが増すばかりよ)
ルーカスがどう仕返しをするのか分からないが、ファールの表情から身に染みているというのが分かる。申し訳なさそうに頭を下げられては、自分が我慢すればと良いと考えに至る。その後のルーカスの「可愛い」と言う連呼するのを耐えた。
カトリナ達を探しに来たラングに止められ、何やらルーカスに耳打ちをする。
途端にピタリと動きを止め、しょんぼりとしながら別れていった。内容は気になったが、恥ずかしさに耐えられなかったカトリナに、とっては助けられた部分が大きかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「カトリナ様、カトリナ様♪」
イベントが終わって数日。
リファルに狙いを定められたカトリナは、何かと魔法師団の訓練場へと赴く事が増えて行った。何度も父親を通して断りを入れて来たが、王城で見つかった時には最後だった。
厄介な体質が改善できると言われれば、思わず頷きそうになる。が、ルーカスからも聞かされた厳しい事と父親からも「変人だから」と何故だか説得力のある言い方に、彼女は恐怖を覚えた。
だから気を付けていたのに、何故だか彼はすぐにカトリナを見つけ出した。
『あの時のイベントで、微弱な魔力は2つ感知したからね。私はしつこいし、諦めて良いと思うんだ♪ 貴方と執事の彼に、特別訓練をすると言うんだ。悪くないと思うよ』
普通に脅してきたと分かるのに時間は掛からなかった。
ルーカスに助けを求めた結果、諦めてリファルの案に乗りつつディルが共としてつくようになった。なのだが、異様に懐かれるようになった。
「今、王都で人気のあるお菓子を買って来たんです。訓練が終わったら一緒に食べましょうよ♪」
「ありがとうございます」
「助かり、ます……」
そう言ってバタンと倒れたのはファールだ。
いつもなら仕事をテキパキとこなし、完璧な彼が魔法での訓練に付いていくのに必死だった。彼の場合、無意識に使っていた節があった。
自覚したのは、ディルを追いかけていた時。
追いつこうとしたファールは、そこで自分でも驚いたように足が軽かった。この訓練で、彼が扱う魔法が風であり一時的に身体能力も向上していた事が分かった。
「驚いたよ。執事で、魔法を使える人がいるってかなりのレアタイプだよ」
「その所為で目を付けられ、俺だけに訓練が厳しいのですね」
「あはは……。師団長の目が本気だったし、そこはご愁傷様って所だね」
「貴方を追いかけた所為で、バレたという見方もありますが」
「はは、ごめんごめん。怒らないで、ごめんなさい!!! 関節技を仕掛けないで!? 君、加減て言うのを――うぎゃあああっ」
「あ、やってるやってる。カトリナ、ファール。お疲れ様」
締め上げられているディルを無視して、2人に声を掛けて来たのはリンド。ルーカスに様子を見に行くように頼まれたと話し、副師団長からの手紙を渡した。
内容としては、興味を抱いた師団長を止められない事への謝罪と逃げたくなったら自分の名前を出しても良いというもの。カトリナは持続して魔法を使えるようにする訓練をしたが、ファールの方がかなり厳しいのを目の当たりにした。
思わず心配で彼を見れば、ファールは何でもないと言い「むしろ痛い目に合せたい気持ちの方が強いです」とやる気を出していた。