第7話:トリックオアトリート
誰かの手が、優しく触れ自分の頭を撫でている。
そんな心地よさにふっと意識が浮上したカトリナは、撫でていた人物と目が合う。
「カトリナ♪ もう大丈夫?」
「……ルー……カス、様?」
何故、ルーカスがいるのだろう。
カトリナはどこで気を失ったのかと、記憶を探る。しかし、まだフワフワとした頭で考える。今、何処にいるのかと、周囲を見ようとして手で隠されてしまう。
「あの……」
「ダメだよ。気を張ってたみたいだしね……。私達が離れた後に倒れたの?」
「あ、その……」
「話したくない?」
思わず開きかけた口を閉じた。
ファールが傍にいると思い、握られた感覚はあった。もしや、あれはルーカスだったのだろうか。
と、言うよりも自分は今……ルーカスに膝枕をされているのではないか。そう思ったら、急に恥ずかしくなり起き上がろうとして「ダーメ」と止められる。
「夜のイベントは無事に終わったし、王都に集まっていた人達も喜んでくれた。最後まで頑張ったから、褒めて貰おうと思ったのに……」
そう言ったルーカスは、何故だかシュンとした声色で言って来る。なんだか自分が悪い事をしたようで、カトリナは思わず身を固くした。
「カトリナを探しててビックリしたよ。見回りをしている騎士達が言うには、イベント本部から出て来てないっていうんだもの。……やっぱり魔法を使った反動なの」
「申し訳、ありません」
「別に謝らなくていいのに。ラングから聞いてたんだけど、私や師団と違って反動が凄いんだね」
「慣れてないからでしょうか……」
ラングから聞いてはいた。
カトリナは魔法を使う事は出来ても範囲が限定的であること。長く使った場合、体力の消耗も激しいので慣れるのに時間がかかると。
なら、師団で訓練を受けてみると誘うとカトリナは微妙な顔をした。
「父様から聞いてます。リファル師団長は、魔法に関してだと人が変わるのだと」
「あぁ……確かに」
避ける理由には心当たりがあるあるからだ。
まだルーカスが、7歳の時。リファルは12歳と若いながら、既に師団の中で大きな成果を上げていた。その時のラーゼルン国は、魔物の侵攻により王都まで場を荒されていた事があった。既に国民は城内へと避難させ、騎士団が守りを固めていた。
その時の師団は、守りの術を持っていたが攻撃に転ずる手段を持っていなかった。
単純に魔法を攻撃に転換する者が居なかった。それよりも、仲間を守り治癒に秀でた者が多かったこともあり、その場を凌ぐ事でしかなかったとも言える。
そんな中、ルーカスは剣で魔物と戦っていた。
リンドもその時に戦闘を経験しており、幼い中でも多少の成果を上げていた。そんな時、空が光った。
そう思った途端、物凄い速さで魔物達が一掃されていく。
場を固めていた騎士に当たる事もなく、現場を動いていたルーカス達にも被害はなかった。
魔物だけを的確に、しかも一撃で倒していったからだ。
人を避け、魔物だけに攻撃を当てたのはリファルだ。
解析が得意だけでなく、王都で魔物の対応をしていた人達の微量な魔力を感知し魔物に攻撃。そう言った細かい操作を平然とこなし、かなりの魔物が王都を蹂躙していったが死者もなく負傷した人達だけという奇跡を生んだ。
例え魔力がなくても、誰もが微量でありながら持っている。
彼は、その微かな魔力も含めて全てを避け攻撃へと当てた。そこから、彼は守りしか術がなかった師団に攻撃をする方法を伝授していった。
そう言った経緯もあり、ルーカスに魔法を教えるという快挙もなした。
ただ、その当時の彼は自分の力が強いのを分かっていた。だから、ガス抜きの為にと魔物に放っただけ。理由を知った時のリーガルの睨みは凄かった。
そして、ルーカスも魔力が高い事が分かり――2人で訓練場を破壊する。といった迷惑行為も日々、エスカレートしていった。
「教えるのは上手いし、優しいんだけどね。確かに研究熱心な性格もあって、人が変わっったみたいに質問と実践を繰り返すから……。うん、カトリナは教わらない方が良いな。多分、珍しい体質だとか言って付きまとうだろうし」
「お父様から、魔法の天才だけど変人だとも聞いていたので……。自分が扱うのに気を付ければ良いなと思い、今まで気を付けていたんです」
ただ、今回はちょっと無理が続いただけ。
カトリナは次は気を付けると言うと、ルーカスは「そうじゃなくて」と何だか不満げだ。
「頼って欲しいな。私は婚約者な訳だし、頼りたいし頼られたい。良い所を見せて、そして褒めて欲しい」
「ルーカス様は凄い方ですよ」
「ラングは褒めてくれないし、母様はそれが当たり前だって言うんだけど……。いや、それも分かるよ? でも、父様もなんだけど私も褒めて伸びるタイプだし!!!」
エッヘンと胸を張り、ついでにとばかりに耳と尻尾を揺らす。
全身で褒めて!!! というオーラを発し、カトリナは迷いつつもすっとルーカスの頭に触れる。
「ありがとうございます。こうして、探しに来てくれて。心配させてしまってすみません」
「謝罪じゃなくて、ありがとうが良いな。今回、リファルとディルの行動がやり過ぎだけども……。カトリナが無事で良かった」
そう言って、コツンと額をくっつける。
思った以上に近いと分かると、段々と顔に熱が集まってくるのが分かる。それを悟られたくなくて、カトリナは「こ、困ります……」と弱々しく言う。
「熱いね」
「あ、その」
「……恥ずかしいの?」
「い、言わせないで下さいっ」
ギュっと目を閉じるとルーカスは楽し気に「可愛い♪」と。
うっ、と言葉に詰まりながらも頑張ってルーカスを睨むと嬉しそうに頬を突かれる。
「もっと可愛くなってるから、意味ないよ」
「~~っ!!」
なんだか、今日のルーカスは様子がおかしい。
即座にそう思ったカトリナは、何か悪い食べ物でも食べたのではないかと問い詰める。一瞬だけ考えると、ルーカスはとても意地の悪い顔をした。
「トリックオアトリート。……お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃうぞ」
「え」
何故、ここでそれを言うのか。
思考が真っ白になる。しかし、そうしている間にも「じゃあ」と楽しそうにしている。
カトリナは、咄嗟にスカートのポケットに入っていた物を取り出した。
「お菓子、あります!!!」
「……」
とにかくこの場を切り抜けようとした、彼女は気付かなかった。
ピタリと手を止め、動きを止めたルーカスはとても悔し気にしていたのを。その証拠に、耳がペタンと倒れ元気に振っていた尻尾も、地面すれすれになる位に下がっていた。
「……あるんだ。ふーん」
むっと分かりやすく頬を膨らませる。
カトリナとしては、この場を切り抜けて早く起き上がりたい一心だった。だが、彼女のそんな思いよりもルーカスとしてはイタズラする気でいた。
夢を打ち砕かれたような気持ちになり、意地になってカトリナの頬を軽く引っ張った。
「あ、あの」
「む~。イタズラ出来ると思ったのに」
そのショックぶりに、カトリナは何を思ったのか。子供達から貰ったクッキーを、パクリと食べ始めた。
「こ、これでイタズラ出来ますよ!!!」
食べきった彼女は、どうだと言わんばかりにルーカスに告げる。
その行動に目を見開いたが、彼は衝動的に抱きしめた。
(なに、この可愛い生き物~~)
自分が惚れ込んだ婚約者が可愛すぎる!!!
声を出してそう言いたいが、今は我慢だと思いギュッと抱きしめるだけにした。