第5話:魔法師団長と副師団長
「うぅ……うーー」
「王子。申し訳ありません」
「うーー」
リーベルが謝るも、ルーカスはショックを受けているのか聞いていない。
それもその筈。ここに来るまで、彼は仮装のままカトリナの事を追っていた。師団長のリファルによって、被せられたカボチャの被り物には細工がしてあった。
リーベルの指示で、リンドがリファルともう1人の魔法バカに対して目印代わりに被せた。
見た目はカボチャのお化けだが、リーベルによって暴走する2人を押さえる為のもの。何処に居ても、その2人の魔力は感知し続け彼の魔法は必ず当たるというもの。
だが、師団長のリファルが得意とするのは解析。
彼の家系は、魔法に関して莫大な知識と財を持っている。生まれて来る男児は魔法の天才が多く、彼はその中でも群を抜いての天才。
魔法は源となる魔力がある。
それを打ち消す事にリファルは特化している。最悪とも言えるべきか、彼にはどんな魔法も解析されれば2度目は効きずらい。だからこそ、リーベルはそうなっても魔法を多重にし、解析する時間を少しでも稼ごうとしたのだが……。
それをやってもリファルにはちょっとの手間。
あまり意味をなしていないようだった。
「それで何故、娘を巻き込むのかね」
「……それはそのぉ」
だが、そのリファルもカラムの圧により反省させられている。
逃げられないようにエドが綱を握り、両肩を添えられている。が、その力は尋常ではない程に強く込められている。
そしてルーカスがショックを受けているのは、リーベルが放った魔法によって仮装の衣装が台無しになったこと。
これでは控えている夜のイベントに出られない。
大きな耳も尻尾も、黒焦げになり衣装がボロボロ。目が覚めて、ショックを受けたのはその事だった。
「あの……代わりの衣装、用意するので……」
「あるの!?」
リーベルの提案に、ルーカスの涙は秒で収まった。
リンドが頭を抱えながら、合流したラングへと報告をした。それを聞いて遠い目をしたのは、既に替えの衣装を身に纏い、嬉しそうにしているルーカスを見たからだ。
白い尻尾に耳。
リーベルはこれを勧めないのは1つ。白という色は、余計に犬っぽさを思わせてしまうからだ。しかし、ルーカスはその事に関して気付いていない。むしろ代わりの衣装を着て、ウキウキとしていた。
(テンションが上がったのなら……良いのかな)
「ありがとうリーベル!!! これでカトリナの元に行けるし、最後までイベントに参加できるよ♪」
「それで、王子。先程、私が放った魔法なのですが……」
「ん? あれはリファルを捕まえる為に使ったんでしょ? 大変だよね、彼の事を捕まえるの。良いの、良いの」
今も締まりのない顔でテンションが上がっている。
よし、このままカトリナとファールを探そうと動いた時「子犬だぁ~~」と喜んでいる声が聞こえて来た。
何処だ、と視線を彷徨わせると白い尻尾をギューと握る男の子とカボチャの被り物をしたお化けがそこに立っていた。
「……ケラ?」
「確保!!!」
ラングの指示に即座に動いたリンドは、今度こそとばかりにグルグル巻きにし身動きを封じた。
それを子供を手を引いて、距離を離していると「ルーカス様!!」と呼ぶ声が聞こえる。ファールがカトリナを抱き抱え、そのままストンと着地。
無事な姿にルーカスは泣きながら抱き着いた。
「カトリナ!!!」
「すみません。あの子、怪我をしているので魔法で治したんです。あとでお医者さんに診てもらって」
「カトリナは平気なの?」
「ファールが守ってくれたから平気です。あとあのお化けも……」
助けてくれたんだと言うも、リンドによって動きを封じられている状況に思わず瞬きを繰り返した。
「ルーカス様のお知合いですか?」
「知り合いじゃなくて、幼馴染。あれ、リンドやラングに聞いてない?」
「初めて知りました」
「子犬、子犬」
ルーカスの尻尾を掴み、そのフワフワ加減に男の子は完全に身を任せていた。
仮装とはいえこの尻尾と耳は、師団が作ったお手製。ルーカスの意思で動かしているので、さっきから男の子の事を器用に撫でる。
ファールは、話しながらも尻尾で男の子と戯れるのを見て(同類……?)と思いつつカトリナを降ろす。
「あのね、あのね。あのお化けさん、ここまで案内してくれたの」
「あぁ……今は縛られてるけどね」
チラッと見れば、手足を縛られているが抗議の為か、ゴロゴロと転がっておりずっと「ケラケラ!!!」と訴えているようにも聞こえる。
リンドはそれを見事に無視し「反省しろ」と冷たい視線を向けている。
「カトリナ。あまり紹介したくなかったんだけど……。あの転がっているのは、私達の幼馴染であるディル・グラレンス。魔法師団所属の魔法バカね」
「ディル様、ですか」
「良いよ、アイツにそんなの付けなくて」
「ケララ!?」
ラングがそう説明している間、後ろの方ではそのお化けはぴょんぴょんと飛んでいる。
何処からそんな体力があるんだと思うファールは、あえてそこには触れずにいた。その近くで、エドと共に居るカトリナの父親に思わず「旦那様」と言い駆け寄った。
「ファール、カトリナは大丈夫だったのか」
「はい。男の子の治療と、明かり代わりにお嬢様が魔法を使いました。あとで体を休ませるように言います」
「む、魔法を使ったのか」
魔法を使うと少なからず、体力を消費するのを知ってるだけに思わず厳しい目を向けた。
しかし、すぐにファールがどの程度の範囲で魔法を使ったのかを報告した事で安堵した様子。今もルーカスとラングとで話しているのを見て、異常がないのを見てすぐに取り押さえているリファルへと足を向けた。
「師団長。もしかして、あの子供がいるのを教える為に娘を?」
「うぅ~、そうなんですよ。だって、リーベルの奴酷いんだよ? あの被り物も、魔法で解除しないといけないとか面倒な細工しちゃってさ!!! 私達がどんなに言葉を並べても全部「ケラケラ」って変換されちゃうんだよ?」
あれじゃあ、話せない!!! と怒りながらリーベルを睨む。
その事に「それは……」と言葉を詰まらせた。なんせ、暴れる可能性がある2人を抑える為のもの。その対策としてやったことだが、今回はそれが裏目に出たことになる。
肩を落としながらも「お前が暴れなければ、そもそも対策しない」と睨み返す。
「イベントなんだから暴れて良いでしょ? 普段、力を抑えてるんだからここぞとばかりに発散しても、全然良いと思うんだ!!!」
「良くない!!! 俺が被害を被ってるんだぞ」
「それも含めての副師団長でしょ?」
「俺は世話係じゃない!!! 余計な仕事を増やすな」
「それじゃあつまらない!!!」
「つまらなくて結構だ。大体、お前は――」
言い合いをはじめた2人に、カラムは切り上げるようにエドに告げた。
今の魔法師団長と副師団長は、ルーカス達と同じように幼馴染と言う関係。だが、実力もあるがリファルには勝てない事を理解しつつも……彼を止められるのは、リーベルしかいない。
魔法師団の中で、自然とこうなっていき面倒事は彼の担当になっている現状。
そして、リファルはトラブルを引き起こす。ルーカス王子に、力を抑えなくて良いなどと言ったばかりに城を抜け出すきっかけを生んだ。
その時から、魔法師団と近衛騎士の被害は凄まじい事になったのは言うまでもない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、縄でグルグル巻きにされたディルはリンドの手により被り物を外されていた。
水色の髪に同じ色の瞳の男性は、綺麗な見た目なのに今は凄く不機嫌になっている。彼的には理不尽に捕まったように思うのだろうが、今までの事を考えると手を抜かないのがリンドだ。
「ディル。2人が言うように、あの子を見付けたから誘い出した……。カトリナを狙った理由は?」
「え、だって王子の婚約者じゃん」
「……ルーカスは必ず追うもんね。ファールだって、護衛としての意味も強いから確実に追う。ちょっと待って。それを分かってて狙ったの?」
「……」
「おい、黙るなよ。そしてこっちを向け」
顔を逸らすディルは、リンドが怖くて口を閉ざした。
助けて欲しいとラングに視線を向けるも綺麗に無視をし、ルーカスに予定を伝えていく。
「ルーカス様、子供と遊ぶのはそれ位にして下さい。カトリナの言う様にまずは医者に診てもらってから」
「やだ!!! 子犬と離れたくない!!!」
「可愛いから離したくない!!!」
お互いにぎゅーと抱きしめる様子に、ラングは分かりやすく溜息を吐く。
カトリナとファールもそれを見て笑っており、その後もお互いに「離したくない!!!」を連呼。その後、カトリナとルーカスの手に引かれると言う形で落ち着いた。
ルーカスはカトリナと歩ける事に喜びを覚えているのか、ずっと尻尾をパタパタと振っている。男の子はその尻尾を目で追い、時には触ろうとジャンプを繰り返す。
時にファールに止められて大人しくするも、揺れる尻尾に惹かれるといった事が続く。
「えっ!! ちょっと待って!!! このまま??? 置いていくのーーー!!!」
「はいはい。ディルはこっちで取り調べするから」
「何で!?」
「婚約者を攫ったんだから、まずは各方面に怒られろ!!!」
「いやだーーーー!!!」
カトリナが気になって、振り返るも父親のカラムに「私達が引き受けるから」と説明をされれば言う事を聞くしかない。
ディルの悲し気な声が響くのを、心配そうに見つめる。ラングから「反省しないから置いていく」と強制的に王都へと戻った。
「まだ夜のイベントがあるから、楽しみにしてて」
「うん♪ 楽しみ~」
ひと騒動を終え、イベントはメインの夜へと移っていった。