第3話:お化け退治
「た、大変です!!!」
ハロウィンイベントが順調に行われる中、報告をしに来た騎士の焦った声。
入ったのは、簡易的に作られたイベント本部。
最初は国王がし切りたがっていたのを、例の如く宰相に抑えられ代わりに行う形に。初代も今も、好奇心があり行動力がある。とは言え、宰相だけでは負担が大きい。
その頃から、宰相、魔法師団、騎士団の3つでの連携は当たり前になっていき今も脈々と受け継がれている。
その本部には、3人の人物がスケジュールの確認の為にと集まっていた。
魔法副師団長のリーベル・レナード。
騎士団総司令のナベレ・イファーム。
宰相のリドベル・レルド・ラード。
「なんだ、騒々しい」
「はっ!!! 実は――」
「リドベル。今、少し良いか」
報告しようした矢先、後ろから声をかけた人物がいた。
艶のある茶色の髪に、ハロウィンの衣装として吸血鬼をイメージしたもの。彼の後ろを追随しているのは、執事のエド。
ファールの教育をした彼も、執事服にカボチャのお化けを模したピンを付けていた。
ニコニコしながら来たのはカラム・アルブ・レゼント。リドベルとは幼馴染みであり、王族相手の苦労を知っている。
家族ぐるみで付き合いも長く、本来なら息子のラングと婚約させようと動いていた。
悟ったのか、運命のいたずらか。
犬並みの嗅覚というべきか。ルーカスが先に動いて、自分の妃にしたい人が居ると言い出した。その時点で嫌な予感がし、翌日からエドやファール達に怪しい者が居れば、即座に対処するようにと命令を下した。
『旦那様。かなり怪しい者が屋敷を伺っていたので、対処をしました』
気配を悟られる事なく相手を気絶させる術を、エドから叩き込まれていたファール。彼は飲み込みも早く、体術を自分なりに動きやすいようにと改良するのも早かった。彼にとっては初めて対人戦闘だろうに凄いな、と思った。
だが、気絶していた人物を見て動きを止め周りに人がいないかをすぐに確認した。
ファールは知らずに行ったが、当たり前だ。まだ国民の前に出ていない人物――ルーカスが居たのだから。カラムは小さく溜息を吐き、すぐにリドベルに相談をした。
娘のカトリナとルーカスがいつどこで会ったのか。
疑問が出てきたが、初めてカトリナがファールと共に王城を訪ねて来た事を思い出す。接点があるとすれば、そこしかない。例えカトリナが覚えていなくても、運悪くルーカスに姿を見られたのだ……。
可愛い娘を王妃にはさせたくはない。
王族の性癖がヤバいのは知っている。好いた女性に首輪を送るなど、父親として断固拒否だからだ。
阻止できるものなら、阻止をしたかった。そんな願いも空しく、娘のカトリナはルーカスの婚約者になってしまった。
ただ、カトリナはルーカスの事を好きだと言った。
嘘でもなく、真剣に言ったその言葉にカラムは諦めた。ならば、王妃となる娘の為にもサポートは惜しまない。だが、王子の事はまだ許さない。そういった気持ちを密かに持ち続けているのも事実だった。
「カラム、悪いが少し待て」
「出直すか?」
「いや、すぐに済む。そうだろ?」
「あ、いや……その……」
報告をしに来た騎士は、マズいと密かに思い口を閉ざした。
内容がとてもマズいのだ。カラムは、魔法師団の基本を作った人物であり魔法の研究所を建てた者としてその功績は騎士団であろうと伝わっていた。
彼は娘を溺愛しているのも周知している。ルーカスの婚約者である彼女は、騎士団に所属しているリンドとも友人関係だ。彼女の容姿が見習いにまで伝わっているのも、ルーカスが自慢しているから自然と頭に入っている。
(い、言う訳には……いかないっ!!!)
「旦那様。出直しましょうか」
「そうだな。すまない、リドベル。時間を置いてまた来る」
「そうか? なんだか悪いな」
エドが言いずらそうにしている騎士に、察して出る。が、それは形だけでありカラムは自身とエドに対して気配を消す魔法と、認識がしづらい魔法を同時にかけた。
「もう良いだろう。カラムが居ると言えないものなのか?」
「も、申し訳……ありません」
どっと汗が吹き出しそうになる。
しかし、本人が居た状態での報告がどうなるのか分かっている。息を整え、頭の中で伝えるべき内容を繰り返す。
「実は……。ルーカス王子の婚約者であるカトリナ様が、お化けに扮した何者かに攫われました」
「その内容、もっと詳しくお願いできるかね」
「っ!?」
トン、と肩に手を置かれた。
それは分かるのに、若い騎士はそれだけで自分の寿命が何倍にも縮んだ感覚に陥った。ゆっくりと振り返れば、誰なのかもすぐに分かり青ざめた。
「エド。すぐにファールに確認をとれ」
「はい、旦那様」
娘が攫われたと聞いて黙っている父親はいない。
カラムは涼しい顔をしたまま、若い騎士に報告を続けさせた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「待てーー!!」
一方で、ルーカスはファールと共に追っていた。
2人が追う先には「ケラケラ」と奇妙な声を出しながら、移動するお化けが2人。1人は小さな竜巻を発生させルーカスに放つ。
それを同じ力で相殺し炎を繰り出す。
相手はそれを理解していたのか、水を使って打ち消した。同時に蔓でルーカスの動きを封じ、そのまま木に縛り付ける。
「うくっ……今のは」
魔法を繰り出すスピードが速い上に、同時に別の魔法を放つ。
このやり方に見覚えがあった。
(でも、今は――!!!)
風で引き裂き、追尾を続ける。
少しの間だけ動きを封じられたが、相手にとっては十分な時間。すぐに魔力探知で、居場所を突き止め遅れて来たリンドに伝える。
「王都の少し外れ。多分、廃墟がある所に2人はいる」
「了解。加減なくやるので安心してください」
「……ちょっとだけ、加減してあげて?」
「嫌ですよ。アイツには1度……吊るすだけでは足りない。そう言ってくれれば、加減しなくていいというものです」
(知らない……知らないぞっ。リンドを怒らせたら、ヤバいんだからね!!!)
怒りが頂点に達したのか、リンドは既に迎撃態勢だ。
ちょっとだけ涙目なルーカスは、これから起きる事に恐怖を覚えながらもカトリナの救出に全力を注いだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お嬢様!!!」
「ケラケラ」
「お前の事は呼んでいないっ!!」
眠らされているのかカトリナからの反応はない。
ぴょんぴょんとウサギが跳ねるように、木々を駆ける。ぐっと足に力を込めれば、いつもよりも早く動く事が出来た。
風を纏ったような感じに、不思議な感覚だと思いながらお化けの頭上へと移動。
かかと落としをするも、その手前でガキンと弾かれる音が響く。
(ちっ……魔法障壁か)
魔法を繰り出す相手なのは分かっていたが、全方位に防御をしていた事に驚きを隠せないでいた。魔法で見えない壁を作り出す――それが魔法障壁。
普通なら魔法のみに有効な手段とされているが、この相手は物理攻撃に対しても有効にしている。
それだけの使い手なら、ファールを撒く事は簡単なはずだ。
(どこかに誘われている?)
すぐにそう考えたファールだったが、即座に2撃目を繰り出す。
懐に入れていた魔法道具を目の前で壊した。ラングから何かあった時に使うように言われていた。
小さな宝石が、ファールの手により壊され空に赤い光が打ちあがる。
パンッ、と大きな音を発しすぐにその光も消える。
信号弾なのは相手にも分かったのか「ケラ!?」と驚いている。
「コイツっ……!!!」
驚いた時に、木の枝に足を引っかけたのかバランスが崩れる。
即座にカトリナを救出したファールは、怒りを込めて蹴り上げる。
「ケフッ!!!」
今度はまともに当たったのか、手ごたえを感じた。
倒れる相手を確認せず、落ち着ける場所にと入ったのは廃墟だ。既に夜だったのもあり、明かりは1つもないが隠れる場所として使う。
屋敷だと分かったのは、適当に入った部屋の内装を見たから。
公爵家であるカトリナの屋敷も、豪勢なものが多いが本人はあまり好まないのか部屋に置くことはない。
朽ちていた花瓶、肖像画。廊下やドアも人の手から離れてかなりの年月が経っている事が分かる。
(王都から離れていた事から考えて……ここは、別館か?)
「んん……」
「お嬢様。俺が分かりますか?」
「ファー……ル?」
ベットの上に寝かせたが、少しでも汚れが付かないようにとファールの上着が敷かれていた。
目をこすりながらも、声だけで判断したカトリナの返事にほっと息を吐く。何か明かりになるものはないかと周囲を見ていると、光の玉が目の前に現れた。
シャボン玉の大きさであるその光は、ファールの目の前とカトリナの傍で浮いている。
「お嬢様、無理はしないで下さい」
「大丈夫。これくらいなら、どうにか出来るし」
光を放つ魔法はカトリナによるもの。
しかし、彼女は魔法を使う度に自身の体力も減っていく。それを危惧したファールが駆け寄るも、彼女は「平気」と繰り返した。
「ごめんなさい。私が寝ちゃったから……」
「いえ。眠りの魔法によるものですし、お嬢様を抱き上げてすぐに転移をされたのです。相手の方が何枚も上だった……と、言う事です」
そう言いつつも疑問に残ることがあった。
誘い出された廃墟には何かあるのか。それとルーカスが時々、「まさか」と口にしていたのをファールは聞き逃していなかった。
考えに徹していたファールに、カトリナが告げた。子供の泣く声が聞こえるのだと。
2人はその声を頼りに、廃墟の中を探索していく。