第2話:幼馴染みは飾るもの
ルーカスがふと視線を感じ起きると、覗き込んでいる人物と目があう。
クリーム色の髪に青い瞳の男性――リンド・ペーデラム。彼は騎士団に所属し、ラングとルーカスの幼なじみだ。
彼の優しい雰囲気は、女性からの人気は凄く毎年バレインタインになれば大量のチョコが来る。
王城にも、屋敷にも送られる程の人気者だ。だけど、ルーカスは知っている。彼は知り合いには容赦がない人間なのだと。
特に自分にはかなり厳しい。
「さっさと起きて下さい。夜になってしまいますよ? 落して良いですね。それじゃあ――」
「やめてっ!?」
危険を察知してすぐに起き上がる。目が合っているのに、行動に移すのだから恐ろしい。そのルーカスの慌てようにリンドは笑顔で言い放つ。
「惜しいですね。もう少しで間抜けな顔を見られると思ったのに。……本当に惜しい」
「本気で悔しがらないでよっ」
まさかそんな時間まで気を失っていたのか、と思いつつファールが妙な事を言っていた事を思い出した。
『では、今までの分も含めて』
目はいつも通りに冷めていたが、鋭い攻撃は変わらない。けど、感覚的に何かに怒っていたように思う。しかし、何に怒っているのか分からない。
その様子を見たリンドは、何で気絶していたのかというのも含めて話しを聞くことにした。
「……彼女に会う前に、家を突き止められたからではないですか」
「でも、こっそりだよ?」
「こっそりでもダメです。しかも同じ時間、同じ場所に張っていたのなら警戒するのは当然です。ファールが貴方の事を、警戒していた理由が分かりました」
えっ、と驚くルーカス。
今まで、彼はルーカスに対しての対応がかなり冷たいなとは思っていた。その理由が分かった様な気がして、ちょっとショックを受ける。しかし、ただでは落ち込まない。
「でも、カトリナとちゃんと会ったのは首輪を渡した後だし」
「それも、怒る理由に繋がります」
「でもでも。デビュタントまで会わせてくれなかったし、カトリナの家の妨害は酷かったし……婚約者にってお願いしたのはその時だし!!!」
「当たり前ではないですか? 貴方の素が、首輪を付けて喜ぶド変態ですよ。カトリナの――彼女の心が広いと言うか、好きだなんて言ってくれる人は、もう2度と現れないでしょうね。……お願いですから、大事にして下さい」
「相変わらず容赦がない!!!」
「長年の付き合いです」
それで、とリンドは1度言葉を切る。
騎士団が参加するのはイベントとは言え、国の警備の為に配置している。カボチャの被り物をし、いつもの鎧を着る。ハロウィン用のカボチャの騎士の出来上がりだ。
「ルーカス。貴方のテーマはなんですか?」
「見てわからない? 狼男だよ!!!」
えっへん、と胸を張る。
耳と大きなしっぽ。ついでに手も狼を模した格好だ。黒マントを着れば、誰がどう見ても狼男の筈だ。
「……見事な子犬ですね。今年も変わらなくて安心です。では行きますよ」
「狼男だってば!!!」
そんな訴えは当然、聞かない。
いつもと変わらないから安心だと言い、さっさとルーカスを連れ出していく。いつまでも「狼に見えない!?」と言うルーカスに、リンドは適当に返事をした。
半分以上も聞いていないのを、ルーカスが気付く事はないまま「狼男だよ!?」と叫び続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「子犬狼さんだぁ~~」
「怖くないお化けだ!!!」
「お菓子、下さい♪」
「それ私が言うセリフだよ!?」
王都に出れば見慣れた光景。毎年変わらなくて、安心するどころか和んだ。
そして、誰も狼男とは見られずに「子犬狼」というよく分からないものが定着している。これも不思議と毎年なので気にしないのだが。
雰囲気が似ているのか、接しやすいと子供達から見られているのか分からないがイベントでルーカスが来れば人気者だ。
ルーカスの目的はお菓子を貰うことよりも、イタズラをする方に集中したい。その目的はどうやら、今年も達せられそうにない様子。
(子供達にすら子犬として、認識されているんですからいい加減諦めればいいものを……)
リンドはそれを安心して見ており、助ける気はない。ルーカスは助けて欲しいとばかりに、視線で訴えるが綺麗に無視をし子供達に話しかけた。
「皆さん。子犬狼さんは好きですか?」
「大好き!!」
「怖くないし、可愛いし♪」
「しっぽ、ふわふわ~~」
「だそうです。助ける義理はないので頑張って下さい」
「酷い!!!」
分かっていたけど、ちょっとは助けて欲しい。子供達に纏わりつかれても、王子だと分からないのは普段とは違うからだ。
王城ではちゃんとしているし、仕事も早い。剣術と魔法も期待以上のものを行っている。
国民の前に出るのは、式典やイベントの時。豪華な衣装に身を包んでいる人物が、まさかハロウィン用に衣装に身を包み、お菓子を配っているなどとは思えないだろう。
素は好きな女性に対して、首輪を渡し子犬化としているなどとは知らない。
ちなみに、国王も出ようとしていた所、速攻で宰相に止められ部屋から出られないようにした。これも毎回同じ事なので、騎士団も魔法師団も(あぁ、始まったか)くらいの認識だ。
子供が出るのは良いが、大人が出ると手が付けられないし被害者が出る。
主に胃を痛める方で……。
(ルーカスだけなら、被害を受けるのはラングだけですし。歴代の宰相達は、さぞ胃を痛める人達が多いんでしょうね。自分はそんな被害を受ける気はないですが)
そして何より、ルーカスはカトリナに夢中であるから、行動は少し抑えられている模様。
好きな女性に良い所を見せようとしているからだろうと思い、負担が少ないのは助かっている。
その傾向が、良い方向になっているんだとラングは喜んでいたのを思い出す。のだが、それでも首輪を渡す時点でダメだろとリンドは思った。
「ケラケラ」
「ケララ、ケラケラ」
そんな時、奇妙な声が聞こえる。
ルーカスに纏わりついていた子供達は動きを止め、興味津々とばかりに目を輝かせた。
中には不気味な声に驚いて泣いている子もいたが、ルーカスに手を握ると途端に安心したように抱き着いた。
「あのお化けさん、凄いんだよ!!!」
「火を出すし、風も出すんだよ」
「不思議お化け~」
指をさす方向には頭のてっぺんに小さなカボチャを乗せた、白い布を被ったお化けがいた。
ただし、壁に磔にされているお化けが2人。微動だにしないのに、ずっと「ケラケラ」と笑っているような声がする。
一応、目と口は分かるようになっているが急に頭をふったりしている。子供でなくても、怖いと思うのはしょうがない。
「皆さん、あのお化けには近付いではダメですよ」
「どうしてですか、カボチャ騎士さん」
「危ないからです。ほら」
カボチャ騎士に扮したリンドが、説明をすれば合図とばかりに風や火を起こす。竜巻を発生させ雷を繰り出す。幾つもの魔法をポンポン、平然と繰り出しているその様に子供達は大喜びだ。
その間もずっと「ケラケラ」と声を発しているのだけはやっぱり慣れない。
「皆さん、壁だと思って通り過ぎましょうね」
「はーい」
「じゃあね、不思議お化けさん」
「またねぇ~~」
彼女達とルーカスは知らない。
動きを封じられている2人は、魔法師団に所属している上にかなりの実力者なのだと言う事を。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃうぞ!!」
「イタズラして~~」
「お菓子持ってないからイタズラして!!!」
「何でかなっ!?」
「お菓子よりもイタズラが優先ですか……。この光景も、毎年ですね。お嬢様は変わらず子供達の人気が凄い。まぁ、誰かさんも凄いですが」
一方、カトリナはお菓子を配ろうにも何故か「イタズラして」という反応に困る。これも毎年、必ず起きる。
ルーカスと同じく彼女も子供に好かれやすく、懐かれるのも早い。
困りつつも、子供達のお願いだからと応えていき、ファールがさっとお菓子を配る。イタズラしたお礼とし手渡すも、結局はカトリナにイタズラされたいからと戻されてしまう。
そんなやり取りをラングは微笑ましいなと、つられて笑顔になる。
執事のファールもラングも、普段着ではあるが所々にカボチャのボタンをつけて参加している。
「トリックオアトリート!!!」
そこに別の広場で、子供達と交流をしていたルーカスとリンドも合流。
子供達はそこで動きを止め、ルーカスを見つめるとすぐに集まりだした。
「子犬狼だ」
「イタズラ下さい!!」
「お菓子よりイタズラしてー」
「違う!!! 狼男だよ、見えるでしょ!?」
「「「大丈夫、見えないから!!!」」」
「うぐぅ……。今年もダメかぁ~~」
ガクリと肩を落とすも、マントを引っ張られ「イタズラ♪ イタズラ♪」と楽しみにされている。
「本気で狼男だなんて言うんだから、笑っちゃいますよね。……一生、無理だっての」
「本人が気付くのは、あと何年だろうな」
「そこの2人は厳しいよ!!! 特にリンド。君、私の事をイジメて楽しいの!?」
「楽しいです♪」
「うわーーん、カトリナ!!! 慰めて、良い子良い子してぇ~~」
そう言ってカトリナに抱きつけば、見ていた子供達は一斉に集まりじっと見つめる。
「子犬狼、泣いちゃった……」
「良い子、良い子。皆で撫でよう」
「悪くない、悪くない」
(子犬、狼? 狼男が、テーマですよね、ルーカス様)
カトリナに習って、子供達はルーカスの頭を撫でる。すると、耳としっぽがパタパタと揺れる。表情も、嬉しそうにしておりされるままだ。
そんな彼等に、そっと近付く怪しい影が――。ケラケラと不気味な声と共に、事件が発生した。