第17話:約束が果たされる時
「ルーカス様、今日もお疲れ様です」
「ん。ぎゅーってして?」
「う……」
ラングの説教を受けてから、数日のこと。
カトリナはあれから、魔法師団に顔を出してはリファルから魔力コントロールの術を学んでいる。今はどんな状況でも、いつもと同じように魔法が使えるように訓練中。
師団に所属している者や、副師団長のリーベルはかなり心配していた。
魔法に関して容赦がない師団長。ルーカスにも厳しいと言われていたが、意外にも指導はあっさりとしたもの。
身構えていただけに、カトリナは気が抜けてしまった。
しかし、リファルから言わせれば「令嬢相手に、加減しないと思ったの?」と心外そう言われてしまう。
「いや、流石に私だって女性相手に酷い事仕様だなんて思わないって。……え、なに。そんな酷い奴に見られてたの。ふーん、そうなんだぁ」
彼のその発言を聞いた面々は、顔を真っ青になり冷や汗をかいている者もいた。
その後、魔法で撃退されていく人達の手当てをしたカトリナは仕事を終えたルーカスと中庭でのんびりと過ごしていた。
ここ最近のルーカスは、カトリナに頼みごとをする時には必ずと言って良い程に上目遣い。
カトリナがそれに弱い事を知ってからか、ゴリ押しする時などには多用する。そして、カトリナもそんなお願いをされれば思わず「うん」と言いかける。
(い、いけないっ!! ルーカス様のペースに巻き込まれる。見ないようにしないと……)
顔を見ないようにと目を閉じれば、何を勘違いしたのかルーカスは頬にキスをしてきた。驚い過ぎてて目を開けると、今度はペロッと頬を舐められる。
「ちょっ、ちょっ……」
「お願い聞いてくれないと続けるよ?」
「うぅ……わ、わかりましたっ」
「やった♪」
結局、抱きしめたり疲れがなくなるようにと頭を撫でたりといつも通りな過ごし方をした。これではいけないと思いつつも、打開策がない。
「ルーカス様。時々、あの子から手紙が来るんです。改良が大変だけど、前よりは充実しているらしいですよ」
「おぉ、それは良かった。巻き込まれただけだし、噂はまだ多いけどそれも数年すれば元に戻るよ」
「そう言えば、何か楽しそうに話してましたよね」
「うっ……」
さっと顔色を変えたルーカス。
さっきまで嬉しそうにしていたのが嘘のように、静まり返り目を逸らす。言いたくないことだったろうかと考えていると「でも、約束が……。うく、やっぱり……」とブツブツ言っている。
無理に聞く気はなかったので、カトリナは話題を変えようとした。そうしたら、ルーカスは手をぎゅっと握った。
「詳細は言えないけど、でもね!! 隠し事はしてるけど、悲しませるものじゃないし……むしろ、喜んでくれるかもって」
「あ、あの」
「あと5年!!! 5年待ったら結果は出て来るんと思うんだ。だから、それまでは待ってて欲しいんだ」
「……ルーカス様」
ここまで必死なルーカスを初めて見た。
思えば彼と話をしていた時、楽しそうにしていたのに悲しくなった時がある事に気付いた。その場面を思い出したカトリナは、その時に秘密にして欲しいとでも頼まれたのかも知れない。
「そんなにはっきりと言われたら、追究しようとは思いませんよ。それにしても、5年後だなんて随分とはっきり言うんですね」
「そりゃあ――」
全容を言おうとして、ハッと気づく。
高速で首を振り「隠し事するけど、ごめん」と謝られる。途端にシュンと落ち込んだルーカスに、カトリナは大丈夫だと告げる。
「ルーカス様は約束を守られる方だと知っていますから」
「うん。大好きな人に隠し事は辛いけど、ちょっとだけ楽しみにしてて!!!」
自分の事のように嬉しそうに話すルーカスを見ていると、自分も同じように嬉しくなる。
そして思う。こんな風に共に過ごす時間が何よりもかけがえのないものになっている。
気付いたら、ルーカスのお願いをあっさりと聞いている。
だからラングには甘いんだと言われても、しょうがないなとも諦める事にした。
「どうしたの?」
急に黙ったカトリナに、ルーカスは不安げに聞く。
隠し事をしている事に本当は怒っているのではないかと、心配になったのだろう。
「ルーカス様。お慕いしています。ずっとずっと大好きです」
「私だってそうだよ。カトリナの事、愛してるもん♪」
お互いに気持ちを伝える。
しかし、「愛している」といつもよりも飛び越えた言い方にカトリナは慌てる。顔を真っ赤に染め、何も言わないように伝える。
ルーカスはキョトンとしながら「本心だし」と、全く聞く気がない。
(ラングから対策を聞かないと……)
後日、こんな経緯があったんだと言えばラングからは「窓に吊るせばいい」と物理的な方法を教わる結果に。王子を相手にそんな事は出来ないしと却下と言おうとして、ファールが実行しかけたのは言うまでもない。
アリータは止めつつも、この騒がしい日々が楽しいので基本的には野放しだ。
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そして、ルーカスの言うように5年の月日が流れた。
1度は犯罪に手を染めたと悪い噂が起きた事で、観光客が減ったカータス地方。しかし、5年という月日は地方の環境を変えていくのに必要だった。
しかし、ある変化がこの地方を変えていた。
「すみません。この絵本、買います」
「はーい。ちょっと待っていて下さい」
首都リベルタ。
花に囲まれ、温かい気温が保たれているこの場所でお客として入った夫婦はある絵本を見た。お土産として、今もっとも人気のタイトル【悪者はゆるさない、子犬王子!!!】。
絵本の表紙は犬耳に尻尾が付いた黒髪の王子と茶色の髪の女性が、色々な花達が周りを囲まれているという楽し気な雰囲気。
明るい表紙とは裏腹に、内容は実際に起きたことが記されていた。
香水が有名であったが為に、それ等を作る際に違法な花を混ぜての商品化。裏で取引をし、他国だけでなくラーゼルン国でも被害を受けた。
王子の婚約者がその香水の所為で、大怪我を負わされ身に覚えのない罪を並べられる。
国外追放かと思いきや、証拠を集めていた宰相の息子と婚約者の護衛をしている執事。2人のお陰で無実だと分かり、王子は悪党を捕まえようとこの地方にやってきた。
悪党を捕まえた王子は婚約者と永遠の愛を誓った場所が、この地方だというラスト。
子犬王子のビジュアルに加え、王子が好きな香水が売られているというのが広がっていった結果。再び観光地として、再注目されていった。
愛を誓った場所として、また王子がお気に入りの場所だという事も後押しの効果があった。
そして、この地方をまとめ上げたのは成人したばかりの15歳の青年。
その青年は、5年前のハロウィンでのイベントでカトリナが保護をした少年だ。その絵本の影響か、ルーカスの事はすぐに広まっていく。
ラングがどういうことだと問い詰めれば、5年も前からの約束だから実行したと言い切られ頭を抱えた。楽しみに待っていたカトリナとしては嬉しい限りだが、ラングはそうはいかなかった。
「事前にそういう事は言えと何度言えば分かるんだ、このバカ犬!!!」
「はいはい。バカだからちゃんと見張ってね?」
「開き直るな!!!」
調整が大変なラングだが見ていた幼馴染からすれば「頑張れ」と労わる事しか出来ない。そして、そういう時に巻き込まれるのは大体の確率でディルだった。
「師団長よりもキツイ……」
「ディル様。次はこの資料をお願いします、だそうですよ」
「君も酷い奴だな!?」
容赦がないファールが次の資料と書類を持ってくる。
5年経っても、彼等の環境はそう簡単には変わらない。
変わった事と言えば、カトリナとルーカスが結婚し夫婦になったという事。
そして時間があれば、リベルタへと内緒で出掛ける。お互いの心境報告をしつつ、若くして頭角を現した彼が婚約者との縁談も進んでいるという嬉しいニュースも知れた。
そして、内緒で出かけてもバレているので夫婦揃ってラングに怒られるという流れが出来上がる。
それも日常化しつつあるので、近衛騎士達は和んでしまっている……。
今日もラーゼルン国は平和だと、心の底から思ったのだった。
ギリ年内完結!!!(*´▽`*)
ここまでお読みいただきありがとうございました♪