第16話:子犬王子が勝てない者
ラーゼルン国の王城。
その執務室は普段、王子のルーカスと次期宰相と評され期待を寄せられているラングが共に仕事をしている。実際に仕事もしているが、ラングがルーカスを見張るには都合がいい。
幼い頃は、書類の山を見るだけで嫌な顔をしていたルーカスもカトリナを呼ぶようになってからは殆どそんな表情は見ないでいる。
ラングがどんなに言っても「嫌だ」の一言だったのに、婚約者が居るだけでこうも変わってしまうのだから不思議だ。
それだけルーカスがカトリナに夢中だと、嫌でも示している。
そんなこともあってか、近衛騎士達はカトリナと付き添っているファールの事をよく知っている。最近、新たに加わったアリータのことも把握済みなので安心だ。
だからこそ、不思議に思った。
いつもその執務室の扉の前には、近衛騎士が守っている。のだが……今日はその任を解くようにとラングに言われてしまったのだ。
「なにか、ミスをしてしまったのでしょうか?」
「そういう訳じゃないんだ。ただね、これから何があっても部屋に入らないで欲しいんだ」
「何があっても、ですか」
担当した者は、困惑気味に答えた。
王子のルーカスに、宰相の息子であるラング。そのルーカスの婚約者でもあるカトリナ。これだけ狙われる要素があるのに、ここを手薄にしろとそう言った。
せめて、理由を聞こうとしたらぐっと後ろに引っ張られる。
「すみません!! 彼は入ったばかりなので、これから詳しく説明をしておきます。終わった際には呼んで下さい」
「え、あ。ちょっ……!!!」
先輩に連れられてしまった。
その後、彼は知ることになる。
決して逆らってはいけない人物が、この国にいること。
そして、こういう事は何度か起きている。だから自分達がやる事と注意事項を説明し納得せざる負えなかった。
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「……さて」
パタンと扉を閉め、逃げられないように鍵を閉めたラングは念入りにと窓にも魔法を仕掛けた。
窓自体の強度を強くし、ダッシュされても破られないようにした。
そこまでの徹底ぶりにアリータは思わず(そこまで!?)と言いかけた。実際に言おうとしたら、ファールが小突かれる。言うな、という合図なのは雰囲気で察したのでそのまま微動だにしないフリをした。
「じゃあ。言い訳を聞こうか、3人とも」
いつものような笑顔。だが、ギロリと睨んだ先には正座をしていたルーカス、ディル、リンドがおりカトリナはその様子を少し離れた所から見守っていた。
自分も反省すべきかと、何度もファールとアリータに目配りをする。しかし2人とも「大丈夫です」の一点張り。彼女としてはデートをしたのが間違いたったのかとまで考えてしまう。
「最初は3日の滞在と聞いていたが、1週間伸びた理由はなんだ」
ある程度のことは、リンドからの報告で知っている。
カトリナに非はないから、怒るなら自分達にとそれはもう強く主張されていた。
ラングとしても、カトリナを責める気は全くない。
彼女は最初から、あの地方にはルーカスとデートだと思って嬉しそうにしていたのだ。それを邪魔する気はなかったのだがルーカスが「お仕置きは必要!!!」と断固拒否。
元凶を打ち負かすつもりが、カトリナの父親であるカラムにより捕縛。
自分達が調べると言った彼は役目を終えて、王都に帰って来たのはその日の夜。師団長のリファルも同じころに戻って来たのでのんびりするつもりだったのだろう。
(まぁ、理由なんか聞かなくてもいいんだが……。どうせ当たり前の事しか言わない)
そう思って諦め気味で睨んでいると、ルーカスが勢いよく手を上げて大声で発言をした。
「ラングが居ない状態なのは珍しいから、ここぞとばかりにカトリナとイチャイチャしてました!!! 後悔してないです♪」
「だと思ったわ、バカ犬!!!」
「いたっ……!!」
ガツン、と思い切り拳骨をし聞いた自分がバカだったと反省する。
一方のルーカスは「うぅ~」と言いながら、ダメージを受けた頭を必死で擦る。どうにかして痛みを軽くしたいのだろう。
そのまま無言でディルを睨むラング。
彼もルーカスに習う様にして、手を上げて大声で発言をした。
「厳しい人が居ないからはしゃいじゃいました!!! てへっ」
「バカかお前等は!!!」
ゴツン、と凄い音がした後で床に倒れるディル。それと巻き込んでルーカスにも2度目の拳骨。
見ていたリンドは呆れ顔。アリータは笑いを堪えるのに必死で、ファールは静かにため息を吐いた。
そんな中、カトリナは手で顔を隠し羞恥心に耐えていた。
(う、今のを聞くと……皆、仕事をしてたの? 私だけ浮かれてたって事だよね!? あ、だからお父様もお母様も遅く帰ったのに怒らなかったんだ)
予定の日にちよりも明らかに伸びたのに、それに関して両親は怒ることもなく「伸びると思っていた」と言っていたのだ。
それを聞いて不思議に思ったのはカトリナだけで、ファール達は全員その意味を知っていた。
カトリナの安全の確保に、元凶を捕まえたのだからルーカスがはしゃぐのは分かり切っていた。
だとすれば、当然の結果だと予想が出来る。滞在期間は伸びる気はしていたので、それとなく荷物を多くして正解だった。
アリータの報告で知ったカラムは、それはもう満足気だったとか。
「……君等、兄弟かなにかなの? 発言が似た感じだし、反省する気ないね。何度も言ったよね。突然、変更するとラングが大変だろうから早めに連絡しようって」
そう言って冷ややかな目を向けるリンド。そして、ディルとルーカスは思った。
同じ怒られる側なのに、何でリンドに叱られているような感覚になるのかと。
「事前に報告しておいて良かったよ。対処したからいいようなものの、次にやったら窓から吊るすよ」
「なにその公開処刑!!!」
「そうでもしないと、絶対に分からないだろう」
「「……」」
ディルが非難するも、すぐに言い返され黙り込んだ。
数秒後、しょんぼりとしたように床に顔を押し付けた。言い合いでリンドとラングに勝てる事はない。それは幼馴染みである自分達の方がよく知っている。
結論として、2人は反省の意味も込めた。
その行動に耐えきれなくなったアリータが笑い、ファールはその間に紅茶を淹れる準備を始めた。
その後、執務室からはラングの怒鳴り声が響き渡る。しかし、把握していた近衛騎士達は呼び戻されるのをじっと待ちつつ過去にどんなことで怒られているのかと情報を共有していた。
予想通りと言おうか、その大半は婚約者であるカトリナの事だ。
「前はあれで怒られてましたね。予定も考えないで、勝手に連れて回すなとか」
「相手の都合を合わせておけと、ラング様が言っていましたしね……。まぁ、王子はそれだけ一緒に居たいアピールをしたってことか」
「日を追うごとにカトリナ、カトリナと呟く声が大きくなっていきますしね」
「もう手を握るのが、当たり前になってますから……」
新婚さながらのような溺愛っぷりに、彼等は静かに息を吐いた。
砂糖のように甘い空気を耐えないといけない。カトリナも、最初は恥ずかしがっていたのに最近では満更でもない。
違和感がなくなるのも時間の問題だと言うのは、彼等の中で共通の認識となる。
「反省文を書き終えるまで、カトリナとの接触を禁ずるからな!!!」
「そんなの酷すぎる。断固、拒否する!!!」
「ディル。お前もだから、覚悟して置けよ」
「んなっ!? 王子だけ反省してればいいじゃん」
「バカ犬と同じ行動をしている時点で、こっちからしたら同罪なんだよ。居ない間、誰が仕事を振っていると思ってるんだ。副師団長のリーベルからも苦情が来ているんだ。反省しろ!!!」
今日も、この国は平和だなぁと怒鳴り声を聞きながら思う。
最後には「カトリナぁ~~」と泣きつく王子の姿が浮かんでくる。やっぱり自分達をしっかりしようと、気を引き締めた近衛騎士の面々だった。




