第12話:違和感
その日、ルーカスはいつものように公務に励んでいた。
国を上げて盛り上げるイベントは、ハロウィンだけでなく四季折々のものも取り込んでいる。嗅覚が他の人よりも優れていたからか、彼は匂いに関しては敏感だ。
だから、すぐに気付いた。
いつもイベントが始まる少し前に、毎年ルーカス宛に送られてくる花束。それは、カータス地方でのみにあり、育てるのが大変で希少なもの。いつもなら喜び、カトリナと楽しんだりしている筈だったのだが……この時、彼の表情が優れなかった。
「いつもならテンションが上がるのに、今日はどうしたんだ」
「……臭い」
「は?」
「この花束……臭い、変な匂いがする」
「なんだと?」
ラングが慌てて近寄り、ルーカスが嫌な顔のまま花束を渡す。
しかし、彼には「臭い」と言われても分からなかった。変な匂いと言われても、自分では分からない。
体調が悪いのかと言えば、本人は違うと答える。今日もカトリナが来ると言うのに、これではテンションが下がる一方だ。不満げに言いながら、今年の地方では何か変化があったのかと密かに調べた。
しかし、気候は変わらず暖かい。
雨は降るが激しくはないし、嵐が来たと言う訳でもない。後日、ラングがそう告げるがルーカスの表情は暗いままだ。
「でも……いつもとかなり違った。見た目は綺麗なのに」
「捨ててなくて良かった。これから詳しく調べ――」
「いい、リファルに頼む。……彼なら喜んで徹底的に調べ上げるだろうし」
「分かった。なら……密かにあの地方を調べるか。過去10年、些細な変化でも構わないから報告させる」
「ごめんね。気のせいなら全然いいんだけども」
この時、2人は軽く考えていた。
任されている人物は、辺境伯からの推薦もあり今では観光地として知名度もある。ラーゼルン国の観光地として他国からの評価も高い。
しかし、2人の予想を超えて報告は次々とあがる。その1つ、リファル師団長からの報告には驚きを隠せなかった。
「友の言う違和感は、花に魔力が集まっているからだね。恐らく順応していないから、新種って言うよりは突然変異。もしくは肥料や水源に、何らかの異変がある……と私はみるよ」
リファルの見解として、通常ではありえないことが起きている。
生き物に魔力が宿るのは分かっているが、それは自然でのことであり人為的にはない。しかも、その花を詳しく調べた結果も報告し頭を悩ませた。
「危険性のある薬の成分がいくつか分かったよ。幻覚、幻聴、記憶の塗り替え。花から発せられる魔力を調べるとこれらの症状がでる。突然変異だったとしても、あの地方には私がやったような花を調べる研究機関があったと記憶している。……2人の表情を見るに、報告はされてないようだね」
「嫌な予感と言うべきかな」
そこでラングはルーカスとリファルに報告書を見せた。
過去10年の内、あの観光地に問題らしいものはない。逆に言えば無さすぎると、リファルの報告を聞いた後ではそう感じられる。
「今、リーベルに調べて貰っているけども、あの地方って香水でも有名でしょ? その香水って、確か花から抽出してるもので作るんでしょ。……健康被害や他に被害はないか、密かに調べないと酷くなるかもよ」
そこから他国で不可思議な事が起き始めた。
高位貴族を狙い「悪役」と定め、国財が根こそぎ奪われ国として成り立たなくなった。しかも、関わった者達の記憶は日に日に代わり証言らしいものは取れない。
その犯罪は、広がり続けついにはラーゼルン国にもその魔の手が伸びていた。
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「すぐに他国に注意を促し、情報共有を密に行った。……貴方がよく分かっている事だよね。ユリー・セーガルを使って、カトリナに怪我を負わせた元凶さん」
「っ。そ、そのような――」
弁明をしようとした瞬間、ルーカスはワザと大きな音を立てた。
バン!! と机を軽く叩いただけだが、静寂であったことと淡々と語られた内容により迫力はある。
「発言を許した記憶はない。悪いけど、私の話を最後まで聞いて反論してくれるかな」
「……」
ぐっと唇を噛み、何かに耐えるように押し黙った。
そこにコツコツと近付く足音が聞こえ、視線を上にあげる。カラムが数枚の紙を並べ、1つ1つに説明をした。
違法性の魔法を付与された香水の成分と、リファルが調べた魔力のデータと照らし合わせた結果は一致したと言う事。王都の耳に入る前に、これらの報告をしようとした貴族達を切り捨て領地を広げたこと。
その土地を使い、更に違法な花達を育てていたこと。
丁寧に説明されていく度に神経がすり減っていった。
カラムもルーカスも淡々と言うからか、余計にその怖さには迫力があった。
「リブラーブ公爵。貴方は辺境伯の推薦で、この土地を任されたはずだが……どうやら貴方の力を見誤ったようだ。切り捨てた貴族達なら、私達が責任をもって保護をして様子を見させてもらった。敗因があるなら、私とカラムの怒りに触れたからだね」
そこでルーカスは話す。
ユリーからの証言で、貰ったとされる香水は一体誰のものによるものか。肝心の人物は分からずになったが、それを調べ上げたのはレゼント家の執事であるアリータだ。
彼は潜入と情報収集が得意。
この地方に、潜入しては違法に売買されている香水も含めそれらの植物を追っていた。そして、ファールとの報告も含めて確信を得た。
「レゼント家の人達が優秀なんだよねぇ。と、言うよりは大事にしているカトリナを傷付けられたから怒ったとも言えるけど……。もしかして、カラムの事を突き落とせるとでも思った? 娘を溺愛して、かつての牙がなくなった。今なら自分が味わった屈辱を倍に返せるとても……思ったのかな」
楽し気に話すもルーカスは変わらず冷めた目で見ている。
カトリナの言う様に、父親とリブラーブには幼い時からの因縁があった。
最初はお互いにライバルとして高め合ったのだろう。しかし、カラムは魔力に恵まれていた事もあり師団の基礎を作り出した者として有名だ。周りからの注目もあったことと、実際に成果を上げて行った事で評価の差が開いていく。
そんな彼も、娘が生まれた途端に師団を止め宰相の補佐になった。
だから油断していた。
彼を落とすのなら、地位を揺るがす程の事件を起こせば良いのだと……。
「実験をしていたかは知らないけど、他国では実際に婚約者を狙って爵位を剥奪したりと裏で動いていたようだし。カトリナに関して言えば、剥奪だけじゃなくて大怪我をさせる。上手くいけばそのまま傷物として評判も落とせる。そんなシナリオを考えていたのかな? 相手が悪すぎだね」
ルーカスは続けて言った。
今こうしている間にも、カトリナを狙った侵入者達には捕まっている状態だと。
「彼女を亡き者にしたいのか、人質としているかは知らないんだけどさ。……やり方が汚すぎる。気分が悪いよ、ホント。この事は既に国王である私の父に伝えているし、宰相だけでなくラングにも伝えた。あの2人は私やカラムよりも容赦がないから、覚悟しておくといい」
カラムに視線を合わせたあとで、ルーカスは立ち上がった。
あとの事は彼に任せて、自分は戻るというのだ。
「貴方と手を組んだ犯罪組織なら、一掃されているだろうし他国にも謝罪をしないとね。観光地としての知名度は一気に犯罪に手を染めた場所として、世に知らしめることになるだろう。……気に入っていた場所だけに、私は凄くショックだよ。後任は既に決めているから安心していい」
出て行った先では、白髪交じりの男性が頭を下げた状態でいた。
ルーカスが顔を上げるように言えば、男性はすぐに謝罪をするもすぐに止めるよに言った。
「私も彼を野放しにした責任がある。辺境伯だけの所為にして良い訳がない。残党がいるだろうから、処分はしないで。他の組織と組んでいた場合、厄介なことが起こる」
「はい。かしこまりました」
「明日には、彼に切り捨てられた貴族達が戻ってくる。悪いけど、彼等の事もお願いするね」
「その務め、生涯の罪として償わさせて頂きます」
リンドと馬車に乗り、別荘へと向かう。
ふぅと溜め息を漏らし、ゴロンと横になる。
「あぁ……慣れない事はするもんじゃないね」
「疲れたの? 怒らなすぎるのも体に毒だよ、ルーカス」
「分かってるよ。ラングが代わりに怒ってるから、自分は良いかなってつい思っちゃって」
「これからラーゼル国に非難が集中するしね。また忙しくなるよ」
犯罪を膨らませるきっかけを生んだのは間違いない。
だからこそ国を失くした貴族達や難民達を受けていていく。今頃、ラングはそれらの政策に取り掛かっている頃だろうし、リベルタも変わらざる負えない。
「やっぱり私にはカトリナが居ないとダメだ……」
色々と考えながらも、別荘へと辿り着いたのだろう。
リンドが誘導すれば、外には縄で動きを封じられている集団を見る。ファールとアリータがきっちり捕らえたのを見て安心した。
「おかえり、王子。カトリナ様、起きたんだって」
ディルがそう伝えるよりも早く、ルーカスは中に入る。全力で走り、カトリナの居る部屋へと入ると彼女は慌てたように立ち上がった。
「あ、あの。ルーカス様、もも、申し訳、ありませ――」
「カトリナ、撫でて!! 大好きだからすっごく撫でて」
彼女はルーカスを見送りする前に気絶した事を謝ろうとしたのだが、それよりも早くルーカスが抱き着いたのが早かった。ソファーへと逆戻りするのに時間がかかった。動きたくないのか、そのままぎゅっと力を込められてしまう。
「あの……ルーカス様。急にどうしたんです?」
「ううん、なんでもない。ただカトリナの事が好きだなって、改めて思っただけだから!!!」
じっと見つめ、いつの間にか耳とピクピクと動かしている。
不安げに揺れる瞳にカトリナは不思議に思いながらも、ルーカスが望むように優しく撫で「お疲れ様です」と言う。途端に、彼はすぐに笑顔で「嬉しいワン!!!」と声をあげる。
「犬化が酷くなってる……感じ?」
「ラングがまた胃を痛めるね」
そんな幼馴染の言葉すらルーカスにはもう届かない。
一方で、王都で仕事をしていたラングは背中に感じた嫌な予感に自然と頭を悩ませた。




