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第11話:私だって怒るよ


 カータス地方。

 ラーゼルン国の観光地としても有名であり、暖かい風が1年中吹いている。四季折々の花が太陽の光を浴びて輝いている。

 その首都であるリベルタは、別名《花の都》と呼ばれ観光客も多い。


 

「あのね、カトリナ」



 指を絡ませギュッと握る。

 王族が所有する別荘はその首都から離れ、ルーカス達はいた。近くには、湖があり花畑が広がっている。

 人より嗅覚が優れているルーカスが、唯一気に入っているのがこの土地に咲いている花。だから、別荘の1つであるここが凄く気に入っているのだ。


 カトリナとルーカスは大きなソファーに座り、窓から見える湖をのんびりと見てながら会話をしていた。



「はい。なんでしょうか」

「本当ならもっと見て回りたいんだけど、ちょっとだけ待ってて欲しいんだ」

「どのくらい、待ちますか?」

「う、うーん。早く済むならそれに越したことはないんだけどねぇ~。なるべく早く終わらせて来るよ。リズラーブ公爵に挨拶していかないと……」



 そう言いながらも、カトリナの肩に寄りかかる。ルーカスは軽くふてくされており、ディルから教わった魔法でまたも耳と尻尾を生やしていた。

 いつもなら、楽しげに動くのに動かないのだ。その態度を見てカトリナは、無理しなくても良いのにと、思ってしまう。



「私も挨拶に行きましょうか。父と仲が悪いのは聞いてるので、少し緊張しますが……」

「平気だよ。私が行って挨拶だけ済ませていくから――」



 隙ありとばかりにチュッとカトリナの額にキスを落とす。

 ビックリしたカトリナは、口をパクパクさせすぐに顔を赤くなる。それに、にっこりしつつルーカスは彼女の耳元で声を発した。



「大人しく待ってくれる?」

「は、はい……」



 赤い顔をこれ以上見せたくないと本能で思ったのか、そのまま気絶してしまった。

 これはこれで良いかとルーカスは思い、傍らに控えているクーヤに目配りをする。彼女は何も言わず、お辞儀をしてカトリナにブランケットをかける。



「あとはプロにお任せするね」

「はい。命に代えてもお嬢様をお守りします。……どうか、気を付けて下さい」

「耳と尻尾、触る?」

「……では、少しだけ」

「どうぞ、どうぞ」



 魔法で生やしたとはいえその毛並みはフワフワしていて、心地がいい。いつも無表情で仕事をこなす彼女も、ルーカスの耳と尻尾の隠れファン。癒しを補給したからか、彼女はとてもスッキリしている。

 

 その確認も出来たからとパタンと扉が閉める。出入り口の両サイドにはファールとディルが立っていた。が、2人は呆れたように同時に息を吐いた。



「あんな封じ方ある?」

「確かにお嬢様は不意打ちに弱いですが……。いえ、動けなくするという観点で言えばあっているんです。でも……」



 なんとも微妙な顔をするファールに、ルーカスは笑みを深くした。

 途端に魔法で生やしていた耳と尻尾を止め、ペタペタと自分の体を確かめる。ディルにも出ていないのを確認しながら、今後の確認を行った。



「じゃあ、カトリナの護衛はファール達に任せておくね。もう1人、姿を見せても良いんじゃない?」

「アリータ、もういい」

「はいよ」



 その声に応じ、ルーカスとディルの前に1人の男性が姿を現した。

 ファールと同じ執事服。黒い髪に緑色の瞳を持ったアリータだ。



「初めてお会いします。俺はアリータ――っ!!」

「うん。やっぱりだ……。君、ずっとカトリナの傍に居たのに全然、姿を見せないよね」



 自己紹介をしていた矢先、ルーカスにクンクンと匂いを確かめられる。思わずファールに視線を向けるも、彼はさっと視線を逸らした。



(何で無視!?)

「ん。匂い覚えたからこれで良し……。それで? 何でカトリナの前に姿を現さなかったの」

「……それはまぁ。旦那様に許可をとっていないというか、なんていうか……」

「ディル様と同じく調子に乗るので、俺が止めてます」

「マジかよ!!!」

「ちょっと、なんか僕まで被弾している気がするんだけど!!!」



 同じような表情でファールに抗議するも、彼は何ともないと言う感じで話を進めて来た。



「ルーカス様。ここは俺達で抑えられると思いますが、そちらは?」

「予定通りだから平気だよ。リンドの部隊に道を確保して貰っているし、私が訪問したとなれば向こうは慌てて対応するしかないしね」



 それで、とルーカスはディルの事をじっと見る。一方のディルも、何だろうかと見つめ返す。



「分かっていると思うけど、カトリナに怪我をさせたら……今度こそ、どうなるか分かるね?」



 ファールとアリータからは、ルーカスの表情は分からない。

 だが、頼まれたディルはガタガタと震え顔を真っ青にしていた。高速で頷いている。



「わわわ、分かってるって。学園の時にはしくじったが、こ、ここ今度は平気。カトリナ様が気絶したこの部屋に防御魔法をした。そ、それに、この屋敷も含めて広範囲に発動させてるから大丈夫だ」



 ぐっと拳を握り、自信満々に応えるも顔は未だ青いまま。

 見つめ合うこと数秒。短い間なのに、ディルは生きた心地がしない。ふいっとルーカスは、視線を外し「じゃ」と外に出る為に玄関に向かう。



「見送りはいらない。きっちり仕事をしてくれれば平気だから」



 そう言って、完全に姿が見えなくなりディルはうずくまった。



「あぁ~~。久々に生きた心地、しない」



 体が気を抜いているのか、起き上がるのも大変らしくアリータが手伝えば「ごめん……」とお礼を言われる。ファールは今のやり取りを見て、ディルに質問をした。

 


「ルーカス様が怒ることってあるんですか?」

「……今のが怒ってたんだけど……」

「いや、俺達、犬王子の表情まで見れてないから分かんないって」



 そうアリータが答えれば、ディルは「あぁ」と納得した様子。

 どうやら、ラングから聞いているんだと思っていたらしい。彼はそこで簡潔に答えた。


 滅多に怒らないからこそ、怒らせると手がつけられないのだと。



「いつもならラングが居るから安心できるけど、今回は僕とリンドだけだしね。ま、リンドが居るから多分……多分、大丈夫」

「不安げだな」

「そりゃあそうだよ。……王子は、いつも怒らないようにって自分を抑えてるんだ。その反動が、カトリナ様を前にした時とか犬っぽい行動なんだけど。まぁ、王族が全員そうだったかは分からないけど」

「反動、ですか」



 ディルによれば、彼の精神的に安心するのはカトリナの前だけだという。

 それこそどんなに公務で疲れていようと、彼女を前にすると180度変わったように安心する。いつもだらしなく見えているが、あれがリラックス状態であること。


 素のルーカスを引き出せるのは、国王と王妃以外ではカトリナと自分達だけだと言い切った。



「だからこそ、今回の事は王子自身で手を下したいんだよ。……自分の大事なものを傷付けられたんだ。囮になってまで遠ざけようとしたのに、巻き込んでしまったからね。その時の王子、すっごくショックを受けてた」



 それがどれをさしているのか、2人には分かった。

 違法な魔法が付与された香水の一件。カトリナが悪役令嬢として陥れようとしたあの事件だと分かり、険しい表情をした。



「……今の2人みたいな感じで、ルーカスも怒ってるよ」

「なら遠慮はいらねぇな」

「そうですね。徹底的に潰して貰って良いですし。自殺されても困るので、侵入者には自白剤を飲ませて色々と吐かせましょうか」

(物理と精神、どっちも攻めるとか……こわっ!!! レゼント家、こわっ!!!)



 もしかしたらここも、生きた心地がしないのかと不安げになるディルを他所にファールとアリータは和やかに会話をする。

 その内容は、カトリナには聞かせられないものばかり。

 改めてレゼント家の怖さを知ったディルは、絶対に逆らってなるものか!! と心の中で誓った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 リベルタを含め、この地方を管理しているのはリブラーブ公爵家の当主であるアグリート・リブラーブ。突然の王子の訪問に、彼だけでなく使用人達までもが大慌てだ。

 なんでも私用で来たついでに、挨拶にくるというもの。


 最初はそう聞いて、ルーカスが来た時にすぐに応接室へと通した。

 辺境伯のイーサ・ベネトとは旧友であり、またカラム・アルブ・レゼントとはお互いに切磋琢磨をしていた仲だった。



「ごめんねぇ~。リベルタで咲く花達が恋しくなって、来ちゃった♪」

「いえ、滅相もありません。今年のハロウィンに送りました祝いの花を気に入って下さったのであれば、あとで言って下さい。すぐに用意しますので」

「そう? ならさっそく。種類が多いから、言うよりも紙で渡した方がいいかなって」

「それはありがとう……ござい、ま……」



 王子のリクエストに答え、花の苗を用意しようとしたが渡されたメモを見て戦慄した。

 祝いの花として送った名前はなく、書かれているものは全て――。



「貴方が違法で売買した花達だ。……すぐ用意できるね? 隠し立てしても良いことないよ」

「……なんの、ことでしょうか」



 背中には冷や汗をかいているのが分かりながらも、表情はあくまで笑顔。しかし、ルーカスはそれを見て「ふーん」とつまらなそうに言った。



「そういう態度をとるんだ。……よく分かったよ。カラム、貴方の予想通りって事だね」

「っ!!」



 カッと目を見開いた。

 その名前は自分にとっては嫌なものであり、同時に苦い思い出が駆け巡る。



「ふん。だから言ったでしょう、王子。これは私が決着をつけると。だというのに、貴方は最後まで反対なさった」

「当たり前でしょ。今回ばかりはカラムの言う事には従えない。……カトリナの事を傷付けたんだ。身に覚えがないのなら、丁度いい。犯した罪を暴露したあげる。証拠も証言もある」



 覚悟しろと静かに言いながらも表情を消す。

 怒らないとして有名な王子からは、想像も出来ない程の怒気を感じブワリと汗が噴き上がる。


 彼の地雷を踏んだのだと分かった時には、全てが遅かった。




 子犬王子、お怒りモード。

 じわじわ追い詰めます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 王子、本気モード。 カトリナ様を傷つけた者には容赦ないという、 怖さが滲み出ていて、犬王子とのギャップが、 凄いですね。 [一言] 手を出してはならない逆鱗に触れてしまいましたね。 こりゃ…
2020/12/07 16:20 退会済み
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