第1話:暴走の片鱗は幼い時から持っていた
ラーゼルン国は、魔力を視覚化するだけでなく、道具に付与させる技術にも優れている。他国でも同じような試みはしてきたが、この国のように上手くいっていない。それは、土地柄なのか魔法に優れている者達が多いからなのか未だに謎ではある。
こうした力を国全体でイベントとして捉え、あらゆるパフォーマンスを提供する。
今年も、王城が主催するハロウィンイベントが開かれようとしていた――。
「ラング~」
「忙しいから無理」
次期国王として周りから期待され、国民にも人気の高いルーカス王子。
黒髪に灰色の瞳をした青年であり、ウキウキした状態で仕事をしている友人の元へと出向いた。既にイベント用の衣装を着ていたのだが、それを冷たくあしらったのは宰相の息子のラング。
大量の書類を頼まれて今日も忙しい。ルーカスの相手をしたくないから、大量に寄越せとも言っていない……はずだ。
「見てよ~」
「バカ犬、見てわからないのか?」
「うっ……。そ、そんな事を言わなくても」
既に泣きそうな声で訴えるが、ラングは無視を決め込んだ。
幼い頃からルーカスを見ていたからよく知っている。こういうイベントが好きな王子は、主催しながらも自分が楽しみたいと言う欲求を抑えれない。
いや、抑えないと言う方が正しい。
運の悪い事に、自重はよくない!! と言い切ったのは、自分達と同い年の魔法バカ。今は魔法師団の部隊長を勤めいるその友人の発言と、現魔法師団長の所為であり悪夢はそこから始まった。
『力を抑えた所で、いいことはない』
『主催する側も楽しんでこそ、周りにもいい影響はある!!!』
『羽目を外しても良いんだぞ♪』
『なんて素晴らしい企画……!!!』
その言葉を素直に聞いた結果、近衛騎士を振り切って子供達に混ざって参加。逃げ隠れが上手く、匂いで危険察知したりと手がつけれない状態になった。
近衛騎士団だけでは対処できず、魔法師団も出動する事態になった。
(全く……今の魔法師団長も、バカ犬に余計な知恵と魔法を教えたものだな。副師団長も頭を抱えているし、彼を止められる人間は……居ないし)
ペンを走らせる力が徐々に失っていく。
ルーカスは、魔法も剣術も優れている。優秀なのは間違いない。だが、上には上がいる。
魔法という1点のみに絞れば、ルーカスは師団長には勝てない。
知識の豊富さと経験だけを言わせれば、彼を止められる人間はいないからだ。接近して止めようにも、対策は立てて来る。
普段は活発でないのに、こういうイベントには意欲的に参加し――結果、国民達を喜ばせているからタチが悪い。
パフォーマンスとして捉えれば、派手な動きは喜ばれる。
それを見たルーカスは悪影響を受けて、近衛騎士の包囲を突破するのに時間は掛からなかった。何度も修正を試みたが、全て失敗に終わっている。
そんなルーカスも、幼いカトリナを一目みた事で何かが変わった。
執事のファールの話によれば、屋敷を調べた挙げ句。毎朝、同じ時間、同じ場所で張り込んでいたのだという。
『あの時は驚きました。速攻で気絶させた人物が、お嬢様と似た年齢であること。まさか王子だったなんて……あの行動力は別の所で使うべきですね』
それを聞いてすぐに謝罪をすれば、キョトンとしてラングが謝るべき事ではないと言い――
『良い運動相手になりましたから平気です。お陰で王城の近衛騎士達や王子のお世話係の人達と、仲良くなるきっかけを掴みましたから。丁寧に包装した甲斐がありましたよ。流石にデビュタントまで続くとは……思いませんでしたが』
何気に交流の幅を広げている辺り、流石はレゼント家の武闘派と言った所だろう。もっと早く彼と知り合っていれば、自分はここまで苦労しなくて済むのにと……ラングは悔しく思った。
そうであれば、幼馴染のリンドも、捕縛と素早く気絶させる術を身に付けなくてもと思う。だが、彼から言わせれば騎士の技術とは別にいい勉強になったと肯定的に受け取っていた。
結果、こうして苦労していく人間達がどんどん増えていく。
(処理を任される側の苦労も、知って欲しい。結局、修正なんて出来なかったし……)
もう17歳になってもその欲求は収まらず、むしろもっと楽しみたいと言う気持ちが出て来た。こういう時、大体の確率で巻き込まれるのは知っている。
艶のある黒髪に、端正な顔立ち。冷静に物事を見るラングは、父親譲りでありルーカスの事を「バカ犬」と呼んでいるのは彼だけ。ルーカスは特に注意もしないまま、対等でいようという約束の元に成り立っていた、というのもある。
「ラング~~」
「無理」
「うぅ」
「泣きそうな声を出しても無駄だ。カトリナに迷惑を掛けるような、だらしない婚約者になるな。良いな?」
「分かったよ、ラングお母様」
「次に言ったら殴る……!!!」
「こっち見ないと、ずっと言うよ? 良いの? 良いんだね!?」
面と向かわなくても、既に涙目になっているのが分かる。
いじける王子に、思わずため息が漏れる。そんな時、執務室の扉にノックする音が聞こえた。
ピタリと動きを止めたルーカスに、ラングは「入って平気です」と事前に読んでいた人物を招き入れる。
「失礼します。お仕事お疲れ様です、ラング」
「悪いね。急に呼んでしまって」
ルーカスと視線を合わせることなく、彼は招き入れた人物と挨拶をかわす。それにショックを受けているのか、動きを止めたルーカスはぶすっと頬を膨らましてしゃがみ込んだ。
「悪いねカトリナ。その衣装は自前なのかな?」
「えへへ、そうなんです。衣装を作るのって楽しいし、こういうイベントだからこそ着れるのも嬉しいので」
「っ!?」
ピクン、とルーカスは身体を震わした。
チラチラと盗み見るようにし、じっとソファーの影から婚約者の事を見る。
茶色の髪に同色の瞳の女性。ルーカスの婚約者であるカトリナ。彼女はハロウィンのイベント用に作ったとされる衣装を着ていた。
黒いトンガリ帽子に、黒マントに黒いスカート。可愛らしい杖を持ち、その杖の先端には小さなカボチャが付けられていた。
(か、かかか、可愛いっ)
スカートの裏地は、ピンク色の生地が見え隠れしておりちょっとした色香にルーカスはクラクラした。変な声を出さずにいた自分を褒めたい。会う前に、自分の動悸を抑えないといけない。
(魅力的過ぎてて、顔を合わせられないとかダメじゃん……!!!)
幼い時からルーカスにとっての変わらない癒し。
その時のルーカスはまだ6歳で、マナーや講師にちょっと疲れていた。
幼い彼はふと王城の庭園で談笑している声が聞こえたのだ。その時、明るい笑顔で楽しそうにしている姿にルーカスは心を打たれた。
あの場に自分がいたら、彼女は変わらずに話してくれるだろうか。
太陽のような笑顔を出来れば、自分はずっと見ていたい。
つい彼女の行動を見て、去ったのを確認するとすぐにその場所へと向かった。庭園にはテーブルやいすが幾つか置かれている。
彼女が居たと思われる場所には、ピンク色のハンカチが落ちている事に気付いた。拾ってすぐに届ければ良かったが、次に会った時の為にとそっとしまう。
質が落ちないように、魔法に詳しい親友と将来師団長になれると期待されている彼等に保存できる方法は無いかと相談した。
ハンカチを洗ってしまうと、彼女の匂いが消えてしまう。結果、質が落ちない上に洗ったように保てる魔法を編み出した。
当時、これをラングに話せば『なんて、無駄な能力……!!!』と喜んでくれる所か、呆れた上に頭を抱えだした。
(一緒に喜んでくれないのか……)
そんな彼の反応を見たルーカスは、次からは内緒にしようと努めた。
だから、カトリナの名前は分からずともそのハンカチから香る匂いを頼りに探しだし、近衛騎士達を幻影の魔法を使って撒いた。
屋敷を見付け、一目見ようとこそこそと隠れていた。
そんな時、決まって誰かに気絶され、自室のベットの上。
時間がいけないのかと思い、早朝に向かっても気付いたらベットの上に戻されている。
何度、挑戦しても変わらないまま。
結局、カトリナと再会したのはデビュタントでの13歳。そう言えば、その時からファールにはよく睨まれていた事を思い出す。
そんな幼い日々を思い出しながら、ルーカスはカトリナをそっと見る。
ドキドキが止まらない。
一緒に話すのは楽しいのに、気付かない内にどんどん魅了される。処理が追い付かない時には、リセットが一番だ。何か殴れるものはないかと見渡すも見当たらない。
なら、ソファーで頭を殴ろうとしてすぐに気付いた。
(こんなんじゃ、リセットにすらならない……!!!)
柔らかくフワフワな素材のソファーに、どんな期待をしていたのか。くっ、と悔し気に唇を噛んでいると唐突に妙案が浮かんだ。
カトリナの傍に居るであろうファールの事を思い出す。
彼は、2人の会話を邪魔しないようにと離れていた。だから、ルーカスの奇妙な行動は全て見ており非難の目を向けている。
だが、ルーカスは気にしない。それどころではないのだから。
彼に来て貰うようにと視線で訴えれば、すぐに来てしゃがんでくれた。
「……何か」
王子の奇妙な行動に怪しいとばかりに目を細め、何を考えているんだと警戒を強める彼は小声で訴えた。
強い衝撃を与えて欲しい、今すぐに。と頼んだ。
「はい?」
「だ、だからね? カトリナが可愛すぎてて、魅力的だからパンクしそうなのっ」
「……俺に頼むんですね」
「うん。お願いします♪」
両手を合わせてお願いする王子に、ファールはちょっとだけ遠い目をした。
だが、それは一瞬だけ。
確認するように「本気で、ですね」と念の為に聞いた。ルーカスは無言で首を振り、どうぞ気絶させて下さいとばかりに体を差し出した。
「では、今までの分も含めてやりますね。ルーカス様。どうぞ……お休み下さい」
今までの分とは、どういうことか。
疑問に思った次の瞬間には暗転していた。
なんだか、怒りを込められたような気もしたが、気絶したルーカスには確かめる術もない。