02:現在の私
「吉乃さん、どうしたの?」
朝食の席で、なかなか箸がすすまない私を母の紅子が気遣った。
本当、どうしたんでしょうね。
私、あなたの娘の吉乃だけど、吉乃じゃない人でもあるんです。
昨夜、私は前世の記憶を思い出した。
すべてまるっと、ではない。曖昧なところが多くて、断片的な思い出ばかりだ。
ただはっきりしているのは、前世で私の従姉が書いていた本に出てくる人物と、昨日腹違いの弟として紹介された彼が、同じ名前であること。
つまり――私はシリーズ第一作『迷いの城殺人事件』で死ぬはずのキャラ!
ショックすぎて、よく眠れなかった。
記憶を思い出すきっかけとなった、紫苑をちらっと見た。
彼は同じダイニングテーブルにつき、黙って朝食をとっている。今日の朝食は、いつもより雰囲気が暗い気がした。
父の藤孝は仕事でもう家を出ているので、いない。元凶のくせに丸投げだ。
「少し寝不足なの」
「そう……」
あ、しまった。
母の紅子が横目で紫苑のことを見た。まるで、彼の存在のせいで寝不足なんでしょ、と言わんばかりに。
私が彼を見てから返事なんてしたからだ。ごめん。
紫苑はこちらを向かないけれど、雰囲気は感じ取っていると思う。
一瞬、びくっと緊張したような反応をした。
「お腹いっぱい、食べなよ」
とりあえず、私は彼にそう声をかけてみた。
私の一つ下にしては、彼はやせすぎだ。元からというより、栄養が足りていない感じがする。
この世界が本当に『きらめき三人組』シリーズと同じなら、私はこの子に「殺したい」と思われるほど憎まれる。
前世の最後の方の記憶で、そう従姉が言っていた。
なぜ……。私、恨まれることなんて心当たりがない……。
なんて思ったのは一瞬でした。
綾小路吉乃としての自分を考えたら、答えは簡単だ。
絶対にいじめる。シンデレラの意地悪な姉ばりにいじめる。
ただでさえ多感な年ごろなのに、わがままぶりも極まれりだった私だ。突然現れた腹違いの弟なんて、とにかくイライラして気に食わなくて、心のままにいじめて虐げる。
悲しいことに大変に自信があった。
『きらめき三人組』シリーズ主人公の従姉って、悪役キャラだったんだなあ。
しみじみ、私は自分という登場人物について考えた。
異母弟や婚約者が、その死を悲しんでいるような言動が嘘くさかったのも納得だ。
どう考えても、性格最悪で恨まれてる未来しか思い浮かばないし……。
んん?
あれ? 今、大事なことを思い出した気がする。
そうだ、私には婚約者がいる!
……いや、まだいない。自分のことだ。それはわかっている。
綾小路吉乃は、たしか大学に入ったあたりで死んでいる。その時点では婚約者がいた。
気が早くないか? 綾小路家はお金持ちだから、家同士の政略結婚というのもありえるか。
「お母さん、私って将来、好きな相手と結婚できる?」
「なんですって?」
聞いてから後悔した。
この質問の仕方じゃ、紫苑のことで結婚に不安を持った娘って感じになってる!
「え、ええと、綾小路家って大きいから、政略結婚みたいなもの、あるのかなって……はは……」
全然フォローできなかった!
これじゃ、めちゃくちゃ結婚に悲観的になってる娘って感じだよ……。
「大丈夫。あなたの相手は、ちゃんと見極めてあげるから」
ああ、なんか上手く伝わってない。
今のは別に、未来の夫の浮気が不安でとかそういやつじゃないんです。
「藤孝さんの勝手にも困ったものよね」
紅子が遠回しな嫌みを言った。紫苑に向けて。
私は……何と言えばいいかわからなかった。
父の藤孝が外で作った子どもが紫苑で、そんな彼は私と一歳違い……最低だ。
紅子にも同情するところがあるのだ。ここで軽々しく紫苑に肩入れしすぎたら、母親をさらに苦しめてしまうかもしれない。
とか、ぐるぐる考えてしまった。
こんな複雑な家庭状況をうまく好転させるセリフ、私の頭じゃ思いつかない。