23.ご令嬢たちの語らい
なお、その内容までご令嬢らしいとは言ってnry
散々頭おかしい呼ばわりをされましたが、魔界の側で暮らしていれば、自然とこのようになるものです。
決して・・・そう、決して、わたくしが特殊なわけではありません。
「本当に? てか、改めて考えてみると私クラウディアス魔界のことって人伝に聴いたり歴史書で読んだくらいの知識しかないんだけどさ、どの程度当てになるの?」
貴方が知り得ている内容がどういったものか分かりませんが、そうですね・・・。
わたくしの場合ですと彼女とは逆に領外のことを多くは存じ上げませんから、中でも少しは実戦の知識があるクラウディアス領・フロイアー領間に出没する魔物や一般常識として聞き及んでいる魔物と、魔界の魔物を比較してみましょう。
「そうしたわけで、まずアルミラージは分かりますか?」
「アルミラージ・・・アルミラージ・・・あぁ、はいはい角兎ね。あんましそっちの名前で呼ばないからパッと思い浮かばなかったわ」
アルミラージの方が本来の呼び名なのですが、兎に角が生えたその見た目から取られた通称である角兎の方が、確かに通りが良いです。
・・・さておきまして。
「通常であれば貴方やわたくしでも両の手で持ち上げられるサイズが一般的です。実際こちらとクラウディアス領の間に現れるのはその程度のものが多いです」
「まぁ、そうね。私も何度か見かけたことあるけど、確かにそんくらいだわ」
放っておけば田畑の作物を食い荒らす害獣にて、よく新兵の魔物との戦闘訓練相手や、成り立ての冒険者向けの駆除依頼の対象として親しまれて(?)います。
ですが、
「魔界ですと体高がわたくしの膝くらいのものが標準サイズです」
「・・・マジ?」
マジです。
「更にはサイズに比例する以上に力も強くなるのか、初速からボウガンの矢のような速度で突っ込んできます・・・いえ、体格相応の重量を加味するのであればバリスタの方が妥当でしょうか」
「何それコワイ」
「ですが魔物としての力関係はこちらと変わらぬ位置付けにいます。つまり魔物の中では弱者です」
「何それコワイ」
「あとは角の数や形が真っ直ぐな一本角でなく、二、三本で先端に返しが付いていたり鋸状だったりします」
「何それコワイ」
「あとは、そうですね・・・」
「まだあんの!?」
何やら警戒されていますが、アルミラージの分かりやすい違いは出し尽くしたと思われます。
「ですので、他の魔物で分かりやすいところからゴブリンなど」
「うげ・・・あの全人類の敵は魔界にもいるわけ?」
いますよ。
アルミラージよりもよほどどこにでもいます。
こちらもアルミラージと同じく一般的には弱い部類の魔物として数えられます。
しかしゴブリンの厄介なところはすぐに繁殖しあっという間に大群になってしまうこと。
数とは、大きいことと同じく、増えればただそれだけでも脅威なのです。
ともあれ、それが一般的なゴブリン観。
「魔界ですとやはりまずサイズが大きく大人と変わらないほどの背丈まで成長しますし、とても賢く知恵も回ります」
「うゎヤダ何それ絶対会いたくないっ」
「加えて手先が器用なので民芸品を作っていたりもします」
「は?」
「中でもグァズバ一族が木を細く裂き編み込んで動物や魔物を象ったものなどは、繊細な作りだというのにとても躍動感に溢れ今にも動き出さんばかりの迫力が感じられるほどです」
「ちょま、待った、ちょっと待った・・・!」
「設備があれば鍛冶をしてみたいと仰る方もいましたね。ただ彼女の場合は純粋な興味だけでなく、そこから自分たちの氏族の生活の向上や戦力の拡充までを視野に入れて・・・」
「待てっっっっっつってんでしょーが!!!」
「はい、なんでしょう?」
「何の話をしてんの、あんたは?」
何、と申されましても。
「先程申し上げましたゴブリンのお話から、話題は変わっていませんよ」
「お・・・・・っっっっっっかしいでしょうが!!? もうどっからツッコんで良いか分からんけども、まず何よ民芸品て! あの緑色の害獣がんなもん作るの!?」
そうは仰いましても、魔界のゴブリンとしては一般的ですよ?
「一般の意味学び直して来なさい! 次っ、一族って何よ一族って、しかもなんで名前が付いてるのよっ?」
「彼らがそう名乗っているのです。個人の名前を付ける文化は無いそうで、個々の呼称は『何々一族の何の役割』となるそうです」
「・・・そう、そしてソレよ、喋るのアイツらが!?」
「わたくしたちと取引をする役割の方々はカタコトですが話せますよ?」
「ウッソでしょ・・・」
「我が家の者も何名かは片言ですがゴブリンの言葉を話せますよ」
「ウソでしょ!!?」
本当ですよ。ただ、あくまで魔界に住むゴブリンにしか通じませんが。
だからこそ彼らが作った飾り物や道具、魔界で採れる高品質の薬草などを、主に食料と物々交換という形で取引できているのですから。
それもこれも、代々のご先祖様方が魔界との付き合い方や距離感を模索してこられた過去があってこそ。
・・・・・・ただ、『初めて魔界のゴブリンと遭遇したとき、体色が緑色で二足歩行であること以外にゴブリンとの共通項が見当たらなかったため、そうとは気が付けなかったからこそ交流が始まり取引にまで発展できた』という記述がご先祖様の残された記録から見つかっており、誰しもが然もありなんと納得するくらいにはその振る舞いや容貌に落差があります。
世間一般におけるゴブリンという魔物は、田畑を荒らし家畜を襲い人を襲う、子供ほどの大きさのしわくちゃな顔をした、忌み嫌われる緑色の存在なのです。
魔界のゴブリンは大きさもさることながら顔立ちにまるでゴブリンの面影がない精悍な面構えでしたり、人という魔界には見られない種族との積極的な争いを避ける慎重さ、物々交換とはいえ他の集団との交易を行うだけの知能、精緻な道具を自ら作るだけの器用さ等々、相違点より共通項を探す方が遥かに手間です。
一般的なゴブリンしかご存知でない方々に彼らをゴブリンとして紹介しても、冗談としか受け取られないのではないでしょうか。
「まぁ、それはそれとしまして。ゴブリンとの取引で手に入れた品の数々はクラウディアス領内のお店で取り扱っていますので、目にされる機会があれば是非手に取ってみてくださいな」
「・・・・・・もうヤダ魔界人外魔境過ぎ・・・」
「・・・でも角兎の話のときもゴブリンのときも思ったんだけどさ、魔界の魔物ってデカイってイメージ自体はあったけど、そのイメージより更に大きいのね・・・」
そう、後ろに控えるソラの方を露骨に眺めながら仰いますが、流石にその子は例外が過ぎます。
ですが、そうですね。
「貴方と同じように中途半端に大きいというイメージを持って魔界に挑み、命からがら逃げ帰る方は多いです」
「自分もそうだから、なんか簡単に想像できる光景ね・・・」
まぁ、貴族のご令嬢が何の用向きもなく魔界に入る機会などありませんから、彼女がそのような事態に陥ることはないでしょう。
・・・?
何やらソラが顔を歪めています。
これが人ならば何かを言いたくて仕方ない、でも口にできない、とでも表現するしかないような表情ですね。
どうかしたのでしょうか?
(用向きもなく魔界に踏み入れないなどと、お主がそれを言うのか!?)