15.雪の降る暖かな夜
「ふぅ・・・」
わたくしは本日の復習を終え、一息つきます。
もうあとは寝るだけですし自室にわたくし一人のため、薄手の寝巻きに羽織り物のみの格好で寛ぎながらではありますが。
ふと外に目を向けますと、暗い中にも大粒の白いものが降ってきているのが見えました。
近頃は寒さも深まり、雪もちらつくようになってきています。
本格的に雪が積もり始めてしまえばとても長距離の移動はできなくなるため、お帰りにならなくても大丈夫か遠く離れた地よりお越しになられているお祖父様たちに尋ねてみましたところ、元よりわたくしが王都の学園に入学試験を受けに行くのに合わせてお帰りになられるご予定とのこと。
わたくしの護衛を兼ねてそのように考えて頂いていたそうで、大変申し訳なく、また同時にご配慮をとてもありがたく思いました。
最初から試験に落ちるつもりなど毛頭もありませんでしたが、これは是が非でも受からなくてはなりませんね。
そのためにも日々の学習に一層尽力するのに合わせて、体調管理に気を付けなくては・・・
「・・・・・・」
気を付け・・・
・・・・・・
・・・
おかしいです。
確かに我が家は使用人部屋を含め、全体的に冬は暖かさが籠りやすく、夏は暑さを通しにくくなっています。
・・・それなりの期間をかけて敷地内の建物全般に施工をしたアルのお陰で。
まぁ、それはさておきまして・・・確かに快適なのは違いないのですが、昨年まではここまでではなかったはずです。
如何に快適とはいえ、暖炉もない部屋で薄い服だけでいたら普通に寒く感じるはずです。
羽織った布など誤差です、誤差。
以前に何度か試みているのですから、間違いありません。
とすれば・・・可能性はいくらか思い浮かびますが、それを明らかにするために一番早く確実な手段を選択するとしましょう。
「アル」
「しゅたっ・・・・・・はっ、ここに」
・・・今口でしゅたっ、と言いましたね。
いえそれよりも、
「ですから何故即座に反応してくるのですか」
何度も申しますが、ここはわたくしの自室で、一人でいたのですが?
「これこそが専属の特化能力、『握・即・参』にございますれば」
「・・・今に始まったことではありませんし、この件はまた今度問い詰めます。それよりも今は聞きたいことがあって呼びました」
「どういったご用件でございましょうか」
「わたくしの格好を見て、どう思いますか」
「お嬢様は何をお召しになっていても、大変にお美しいです。しかして、今のお嬢様はお美しい中にもお髪を解かれ日のあるうちは張り詰められていた凛とした空気が和らぎお歳よりも僅かばかり幼く見えるところにとてもギャップと愛おしさを感じます」
「そういったことを聞いているのではありません」
「おや?」
「あなたの反応がとても面倒なので単刀直入に聞きます」
「酷ぅございます」
「この格好ですらまるで寒さを感じない・・・こともありませんが、しかし寒いと分かっていてなお快適に感じるのです。その原因に何か心当たりがありませんか?」
と、申しますか。
ありますよね?
「おぉ、まだお渡ししていないにも関わらず、既に効果が」
「・・・・・・何のですか」
「こちらでございます」
と、そう言ってアルが懐から取り出したのは・・・小さな赤い宝石のようなものが付いた、首飾りでしょうか?
白い金属の台座と紐に赤い宝石が映える、素敵な装飾品だと思います。
一般にはきれいに丸く磨かれたものや、ある種の法則によりカットされた宝石が好まれるものですが、この小さな石は歪な、しかし角などはなく滑らかな形をしており、それが可愛らしく思えます。
正直に申しまして、とても好みです。
「・・・?」
ですが何故でしょうか。
初めて見るはずのこの赤い宝石に何か・・・そう、既視感とでも申しましょうか。
そういった慣れ親しんだものを感じます。
そうしてアルの不穏な『効果』とうい単語。
「アル、それはいったいなんなのでしょうか?」
よくよく考えてみれば、この赤い色、どこかで見た記憶が・・・そう、それも極々身近で・・・
「こちらはお嬢様のために作らさせて頂きました、私と野良ゴンの合作にございます」
「・・・」
あぁ、いつもの、もはやこれも慣れ親しんだ気配がします。
端的に申し上げれば、頭痛の気配がします。
しかしてアルは思わずしかめてしまったわたくしの顔を見ても止まることなく説明を続けます。
「ドラゴンの鱗の中でも特に火の力が強いものを厳選し、野良ゴンのパぅワぁーと私の魔法により圧縮、凝縮したものがこちらの台座に輝く赤い石にございますれば」
・・・。
「更にはこの石には野良ゴンにより守護の力が込められておりまして、私が台座とチェーンでそれを魔術的に仕上げ、持ち主を守る護符として完成させました」
やはり、頭痛の種でした・・・
なんですか火の力が強い竜鱗というは・・・どのように厳選して手に入れたというのでしょう・・・
まぁ、手段は今更かもしれませんが。
「しかし、凝縮された火の気が強すぎて上手く扱わなくてはバーストグリーブの加護の力まで打ち消してしまいかねませんでしたので暫しご様子を見させて頂き、お嬢様の加護がもっと成長されてからお渡ししようと考えておりました」
「・・・そこにきて、まだ所持すらしていないわたくしが何故か赤い石が持つ力を僅かにでも引き出してしまった、と?」
「はいっ! いやぁ、流石お嬢様です。ドラゴンの持つ力や火の属性との相性が抜群に良いのでございますねっ」
そのこと自体は、嬉しいはずなのですがね。
ドラゴンを素材とした装備や道具というのは、やはり誰でも憧れるもの。
それらとの相性が良いということは望むべくもありません。
ですが。
ですが、何故それをよりにもよって提供者(と、思われる)と一緒になって作ってしまうのか。
しかもここ最近やりとりさせて頂いているお手紙の文面から読み取れる野良ゴン様の性格や、今のアルの様子を加味した上でも、野良ゴン様もノリノリでご協力くださったのではないでしょうか。
このような破格・・・いいえ、値など付けようがないもの、わたくしの知る限り国宝にすらありません。
それを、地方貴族の、それも次期当主ですらない娘に持て、と?
「はいっ」
「はぁ・・・」
深まる頭痛の種を少しでも散らせないものかと、わたくしは深くため息を吐くのでした。
「と、いうわけで。こちらをお納めください」
「あぁ・・・有耶無耶にしてこのままお話を終わらせようとしたのに、無駄な抵抗でしたか」
「本日のところはまだ私が持ったままでも構いませんが、いつかはお渡し致しますよ?」
「どうしても?」
「私たちはお嬢様のためにお作りしましたので、お嬢様にお持ち頂きたいという心情的にも、恐らくお嬢様以外が持たれても拒絶される可能性が高いという実利的にも」
「待ってください拒絶とは何ですか」
リ「ところでいつの間にこのような合作を作るほどに野良ゴン様のところに通っていたのですか?」
ア「暇を見てはちょくちょく」
リ「・・・確か以前往復でも三日はかかると聞かされた記憶があるのですが」
「いや~、それが少し前から近道を発見しまして」
リ「裏技の上に近道・・・それだけ聞くと物凄いものぐさに聞こえますね」