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お婆様に掴み掛かろうと足を出した先にはお客様の荷物が置かれており、荷物に足をとられた酔っ払いの彼はお気の毒にも顔面を強打され、痛みに悶えておられます……。
「痛え、痛えよぉ……なんで俺ばっかりこんな目にあわなきゃなんねぇんだよぉ」
そのうち蹲ってシクシクと泣き出されてしまいました。
「金はスられるし、女には振られるし、仕事は首になるし……俺が何したってんだよぉうぅぅぅ」
……何だか少し、お気の毒な気がします。
周りのお客たちも微妙な顔をされて様子を伺っております。
その後も酔っ払いの彼の嘆きは続き、それは愚痴へと変わっていきました。
「ハゲてちゃ悪いかっ! お前ら女に、何で頭に生えないって思いながらヒゲを剃る男の気持ちが分かんのかよっ!」
その台詞を聞き、そんな気持ちが分かりそうな方々が席を立ち、酔っ払いの彼の所に行かれ。
「その気持ち、よっっっく分かるぞ」
と、優しく酔っ払いの彼の肩に手を置き。
「一緒に呑もうじゃないか、同志よ」
と、自分達のいたテーブルへと、酔っ払いの彼を連れて行かれました。
何かよく分かりませんが、酔っ払いの彼はお金も彼女もお仕事も無くされたようですが、代わりに新しいお友達が出来たようです。
「とりあえず騒ぎも収まったようですね」
お婆様に会計をお願いしセルフサービスのお話をしますと、とても喜び直ぐにでも導入したいと仰いました。
口にはされませんでしたが、やはり一人での切り盛りはとても大変だったのでしょう。
お礼にと、沢山のきな粉餅を大きな葉に包んで渡されました。
部屋に帰りましたらマリアにお茶を淹れてもらって、皆さんで一緒にいただきましょう。
私たちもお婆様にお礼を言って、お店を後に致します。
乗り合い馬車に揺られて学園へ。
家で使う馬車と違いかなり揺れが激しいですが、この揺れ具合にもかなり慣れて参りました。
「お腹一杯~。このまま寮に戻って寝たい」
リンちゃん、その気持ち分かります。
口には出しませんが、ここに布団があったなら直ぐにでも横になりたいくらいにお腹がいっぱいなんです。
お婆様のお店は体の大きな方が多く、美味しいだけでなく量も少し多めだったり致します。
キース様やウィリアム様には丁度良いくらいかもしれません。
リンちゃんや私が普段なら残してしまう量も、美味しいのでついつい無理して食べてしまい、その度に次は気を付けようと思うのですが、今のところ思うだけで終わっております。
ウィリアム様が「またか」といった顔をされていて。
……確かにまた、なんですけどね。
懲りない私たちなんですけれどね。
「その前にヴァイス先生への報告が待ってますよ」
呆れたように言われるウィリアム様をチラッと横目に見やり。
「お腹キツイから行きたくないな~」
と言うリンちゃんにキース様が一言。
「じゃあ、このきな粉餅。リンは要らないな」
すると、もの凄い勢いで反応したリンちゃん。
「デザートは別腹!!」
と、大きな目を更にクワッと見開かれ、その迫力にキース様が押されております。
「お、おう」
仰け反るように、お返事されておられました。
そんな微妙な空気の中、馬車は学園前へと到着致します。
「さあ、降りますよ」
ウィリアム様が立ち上がり、馬車を降りて行かれます。
私たちもその後を追うように馬車を降ります。
リンちゃんにはウィリアム様が、私にはキース様が手を貸して下さいました。
徒歩用の門を潜り、広い学園内を高等部の校舎に向かいます。
……食べ過ぎたカロリーの消費に丁度良いウォーキングだと思いながら。
お婆様のお店で結構ゆっくりしておりましたので、私たちメンバー以外の方々は報告を終えて既に帰られておりました。
「お前らが一番最後とか、珍しいこともあるもんだな。そんなに手こずる依頼だったか?」
ギルドから頂いた証明書をウィリアム様がヴァイス先生に渡されて。
「いえ。討伐で得たお金で、美味しくお昼をいただいてきましたので」
ニッコリとわざとらしい笑顔で言われますと、先生は呆れたような顔をされました。
「普通はそこ誤魔化さないか?」
「ヴァイス先生ですから」
「お前な……」
先生は諦めたように大きく息を吐かれて。
「もういいや、さっさと帰れ。俺も帰るわ」
手を小さく振って、教室を後にされました。
思わずその小さくなっていく背中に向けて「お疲れ様です」と心の中で呟きました。
◇◇◇
寮の部屋に戻り、マリアに美味しいお茶を淹れてもらい、早速お婆様にいただいたきな粉餅を堪能致します。
あんなにお腹が一杯でしたが、リンちゃんの言われる通り別腹です。
マリアも加わりながら、今日の出来事を話しておりました。
最初はマリアも楽しそうに聞いておりましたが。
用意してもらった風呂敷のようなもので覆ったら、風呂敷の下で蠢く蜂の子たちの頭の動きに想像力が働き過ぎて、余計気持ち悪かったとリンちゃんが笑いながら言った辺りで。
「そこまで頭が回らず、申し訳ございませんでした」
マリアは深々と頭を下げました。
「やだ、マリアさん。謝られるようなことじゃないんでやめて下さいよ~」
慌ててリンちゃんが言うと、ウィリアム様が楽しそうに仰います。
「そうですよ。そこは素晴らしい妄想力ですね、と褒めてやって下さい」
「ちょっと、ウィル。あんた喧嘩売ってんの?」
「まさか。褒めているんですよ? そこは素直に受け取って頂きたいですね」
ウィリアム様って、少し、いえ、だいぶ歪んで……いえ、何でもありません。
不意にウィリアム様の視線がこちらに向けられましたので、慌てて目を逸らしました。
「カレン? 今、何を考えてましたか?」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いです!
ウィリアム様の顔は笑顔ですが、目が全く笑っていないんです!
「ななななな、何も考えてませんっっ!」
思わずキース様の腕にしがみつきますと、キース様は私を抱き寄せて。
「ウィル? カレンを泣かせていいのは俺だけだから」
と、真顔で仰いました。
あの、キース様?
キース様の言葉に、それまで謝罪をしておりましたマリアが顔を上げて。
「キース様、例え貴方様であってもカレン様を泣かせるような真似は、許されることではございませんので」
そして一息ついて「よろしいですね?」と。
私はキース様に抱きしめられておりましたので、この時マリアの表情を見ておりませんでしたが。
後に皆様一様に。
「マリアさんを怒らせたらいけない」
と仰られるのでした。
マリアが怒るところなど見たことがありませんが、皆様いつご覧になったのでしょう?




