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「ヴァイス様は、学園で先生をされておられるのですよね? 何を教えてらっしゃるのですか?」
「俺……いや、私が教えているのは、魔法学ですね」
……どうせ断るんだ。
質問されたこと以外は何も答える必要は無いだろう。
貴族の中でも名家であるオーランド家長男の俺の周りには、金と権力に纏わりつく女や、それを利用しようとする男しか居なかった。
身分をひけらかすことしか出来ないような腐った奴らに我慢出来なかった。
それが嫌で家を出たのに、市民の中にも金と権力が全ての腐った奴らは居るものだ。
……貴族よりはまだマシだが。
そんな奴らに辟易していた俺は、かなりの人間嫌いだ。
だから俺はただのヴァイスとして生活している。
オーランド家に戻るつもりは無い。
けど、どうせ目の前のこいつも、俺を見ていないんだろう?
高い食事と飲み物も、こんな席じゃあ満足に味わうことなど出来ないな。
まあ、俺の金じゃないから良いけどな。
リリスという女はかなり頑張ったと思う。
返事しかしない相手に、次々と色々な質問をして、俺が答えるのを楽しそうに聞いている。
……こんな席じゃなかったら、もっと楽しい時間になったんだろうな。
漠然とそんな風に思っていると、
「今日はお時間頂いて、ありがとうございました」
と柔かな笑顔を浮かべてリリスが言った。
ボーッとしていた俺は慌てた。
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」
と答えたのだが。
「あの、こうしてお会いするのも何かの御縁だったとは思いますが、私のことは気になさらずお断りして頂いて構いませんので」
「……え?」
正直向こうから断ると思わなかったから、吃驚して素の声を出していた。
「この数時間お話させて頂いて、私は色々なお話が聞けて楽しかったですが、私自身に興味を持って頂くことは出来なかったようですので、とても残念ですが私の方からもお断りを伝え……」
「待ってくれっ!」
気がつけば、テーブルに手をついて前のめりになり、必死に彼女をこの場に留めようとしている自分がいた。
何で俺はこんなに必死になっているんだ?
目の前の女は吃驚したように大きな瞳を更に大きく見開いて、俺を凝視している。
「あんたはこの見合いにどんな奴が来ると聞いて来た?」
そうだ、俺にはそれが重要だ。
この目の前の女も、今までの奴らと同じなのかどうか。
「あの、学校の先生をしている方で、私より二歳上だと……」
「え? それだけ?」
「……はい。あの、それが何か?」
目の前の女は不思議そうに首を傾げている。
嘘は……ついて無いな。まじかよ。
一人で警戒してた俺って、すげえ間抜けじゃん。
俺はテーブルに手をつき、頭がテーブルにつきそうな程に下げて謝罪した。
「失礼な態度をとって、すまなかった」
「え? あの……え?」
目の前のワタワタと焦ったように落ち着きのなくなった彼女を見て、思わず「プッ」と吹き出してしまった。
小っさいハムスターが動いてるみたいで、とても可愛かったからだ。
俺が笑い出したことに気付くと顔を真っ赤にして頬を膨らまして。
「何で笑うんですかっ!」
と。ああ、もう完全に俺の負けだな。
……勝ち負けじゃねえけど。
「改めて俺の名前はヴァイス・オーランドだ」
「え……? オーランドって……。え?」
俺は目の前の彼女に、改めて本当の俺を知ってもらいたいと、全てを打ち明けた。
今の俺はただのヴァイスとして学園の教師の職に就いている。
だが、いつまでも俺の顔を覚えている奴もいて、恩着せがましく女を紹介して、あわよくばオーランド家に取り入ろうとする輩がいるお陰で、俺の女嫌いに拍車が掛かったこと。
今回もそれだと思って、思い込んで、ずっと素っ気ない態度でいたこと。
つまらなかっただろうに、目の前の彼女は楽しかったと言ってくれた。
俺だって、何もこんなに色々と話をしたりせずに、会って直ぐに断れば良かったのに。
それをしなかったのは、多分初めから俺はこの目の前の彼女を気に入っていたんだろう。
やっと見つけたんだ。
だから。
……逃がさねえよ。
◇◇◇
さっきまではリリスが俺に質問していたが、今は逆転して俺がリリスに質問攻めだ。
父親とは小さい頃に死別して、母親と二人暮らしであること。
その母親と二人で料亭『澤乃井』で働いていること。
確か澤乃井は、学園長が贔屓にしている料亭だったな。
学園長とリリスの父親は、幼馴染だったようだ。
学校にも通えず、学のない自分達を高級料亭である澤乃井で働けるよう尽力してくれたのも学園長で、とても感謝しているとリリスは言った。
今回の話は、学園長とリリスの母親から聞いたらしい。
色々聞いてしまうと先入観が出来てしまうからと、職業と年齢しか聞かされていなかったとか。
気が付けば窓の外はオレンジ色の空が広がり、夕方になっている。
リリスは夜から料亭の仕事があるらしく、もう帰らなくてはならないようだ。
本当はこのまま彼女を帰したくない。
会ったばかりだというのに、この執着心。
キースのことは言えないな。
俺は彼女の手を両手で包みこんで。
「なあリリス、俺の嫁にならないか? 今すぐでなくていいから」
生まれて初めてのプロポーズをした。




