5
「カレンは化粧なんかしなくても……綺麗だぞ」
キース様のその言葉が、私にはとても嬉しかった。
いくら素敵なドレスや宝石で着飾っても、本当の自分には釣り合わないような気がしていました。
どんなに着飾った私を褒められても、素直に喜べない自分がいて。
……それは前世で存在を否定され続けた私。
けれど、キース様はそのままの私でいいと、言って下さるのですね。
とても救われた気が致しました。
舞踏会に来てから、初めてちゃんと息が出来たというか、自分が自分でいられるというか、何て言ったらいいのか……。
つまり、キース様といるこの空間は、とても居心地が良いのです。
いただいていた飲み物で乾杯をし、他愛ない話をしているうちに何やらフワフワとした感じがして、とても楽しくなってきました。
「ふふふ。何だかとっても楽しいです~」
「カレン?」
「今日のキース様、王子様みたいで素敵です~」
困り果てていた私を颯爽と救い出してくれたキース様。
まるで自分が絵本の中のお姫様になったような、擽ったい気分になりました。
憂鬱だった筈のダンスも、とても楽しくて。
「キース様となら、ずっと、ず~っと踊っていたい気分です~」
ふふふ。本当に楽しいです。けれども何やらキース様は慌てられて。
「これだけで酔ったのか? 参ったな、カレン弱過ぎだろ。……直ぐに水持ってくるから、ここにいろよ? いいな?」
何度も念を押して、バルコニーから屋内へと入って行かれました。
キース様の居なくなった空間は肌寒く、急に寂しく感じられました。
「キース様って、ホッカイロみたいな人ですね~」
なんて独り言を言っていると。
「カレン殿、こちらにおられたのですか。探しましたよ」
と、誰とも分からない人たちがバルコニーに出て来られました。
そこまで広くないバルコニーに、逃げ場を塞がれるように立たれている方たち。
それまでフワフワと気持ち良かった気分が、一気に冷え込みます。
「気分でも悪いのですか? それでは我々が介抱して差し上げねば」
ニヤリと嫌な笑顔で私の腕を掴むと。
「あちらに部屋をご用意致しておりますから、安心して下さい」
と、全く安心出来ないことを言いだす始末。
人は沢山いるけれど、騒いで大事にする訳にもいかず……。
声を立てずに手を振り払おうとすれば、男性は少し苛立ったように「いいからさっさと来い」と言って、私の腕を掴む手に力が加わる。
「いっ……」
痛みに顔をしかめた時、私の腕を掴んでいる男性の頭上から水が流れてきました。
「その腕さっさと離さねえと、今度はその髪燃やしてやろうか?」
水はキース様がコップの水を掛けられたようで、男性は勢いよくキース様の方に振り返ると。
「何しやがる!」
怒りをあらわにされますが、一緒にいる方々が小さな声で。
「おい、マズイって。こいつはウォーカー家の次期当主だぞ! ほら、行くぞ」
無理やり引き摺るように、連れて逃げて行かれました。
キース様はその方達の後ろ姿を睨むように見ておられましたが、ハッと気付いたように。
「怪我は? さっきアイツに掴まれてた腕を見せて!」
言うが早いか、私の腕からロンググローブ(手袋)を素早く外すと、そこにある掴まれて赤くなった跡に「チッ」と舌打ちをされて。
「あいつ……やっぱ毛根までしっかり燃やしとくべきだったな」
と、物騒なことを仰いました。
「悪い。短時間とはいえ、一人にするべきじゃなかったな」
申し訳なさそうな顔をされるキース様。
あなたのせいじゃありませんから! それに、ちゃんと守って下さいました!
「そんな顔しないで下さい。大丈夫ですよ? ほら」
腕に治癒魔法初級の治癒を掛けると、掴まれて赤くなった跡は綺麗になくなりました。
「それでも、だ。アイツに掴まれて痛い思いをしたんだ。だから、ごめん。次こそは、俺がちゃんと守るから」
女の子ならば一度は言われてみたい「守るから」というセリフを、まさか自分が聞けるなんて思ってもみませんでした。
ここが外ではなかったら、多分ですが転げ回って悶えていたのではないだろうかと。
嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちと、何やらよく分からない色々な感情が混ざって、体全体が心臓になってしまったかのようにドキドキして。
「……はい」
そう一言返すのが精一杯でした。
そして、その様子を屋内から見ている方がいたことに、私もキース様も気付くことはありませんでした。
少しの間、二人無言で立派な庭を眺めてから。
「これ以上いたらカレンの体が冷えるな」
一緒に屋内へと戻ります。
「一応ダンスもしたし、挨拶もひと通り終わってるから、飯食ったら帰ろうぜ」
私の好きな八重歯を見せた笑顔で言われました。
「そういえばお腹空きましたね。そうしましょう」
私も笑顔で返します。……コルセットのせいで、あまり食べられませんでしたが。
キース様のお腹が膨れてから。
お兄様と、キース様のお父様に先に帰る旨お伝えし。今、キース様に屋敷まで送って頂いております。
馬車の中で向かい合い、たわいない話で盛り上がり。
来る時と違い、帰りはあっという間に到着してしまったように感じます。
「送って頂いて、ありがとうございました」
馬車を降りながら、もう少し一緒に居たかったと、名残惜しく感じているのは私だけでしょうか?
「じゃあ、また学園でな」
キース様を乗せた馬車が去っていきます。
明後日にはまたお会い出来るというのに。
私の中で寂しいという感情が蠢いて。
自分でもよく分からないこれらの感情が、何かわかるようになるのは……。




