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「これは魔力の密度が高ければ高いほど黒くなるし、魔力のコントロールが甘いと綺麗な球体にはならない。目に見えるぶん、分かりやすい訓練方法だろう?」
ヴァイスはニヤリと悪そうな笑みを浮かべて俺たち生徒一人一人の顔を見る。
「今日から対戦を行う。呼ばれたものはステージに上がって対戦し、それ以外のヤツはそれを見るもよし、魔力コントロールの練習をするもよし。ただしサボってる奴は見つけたら期末の点数はゼロだからな。先ずはアルベルト・セントとアン・マルティネ、ステージに上がれ」
「「はい」」
呼ばれた二人がステージに上がる。
「来たな。一試合の時間は三分。相手が負けを認めたり、戦闘不能と見なされた場合はその場で終了。三分経っても決着が付かない場合は引き分けとする。魔法と体術のみで、武器は不可とする。始めっ」
……ま、最初はこんなもんだよな。
女がスカスカの魔法を一発放って、避けられて投げられて、終わり。
参考にもなりゃしない。
「次。イルナ・バーナードとウィリアム」
ウィリアムが呼ばれて「では行って来ます」と余裕の表情でステージに上がる。
ギルドBランクで討伐経験があるウィリアムに、討伐未経験の貴族の子息令嬢達が勝てるはずないだろうに。
一見優しい好青年なウィリアムだけどな、こいつは結構なドSだ。
上級魔法をいくつか使える癖に、わざと相手と同じ等級の魔法を詠唱破棄して打ち破る。
コレはちょっとプライドが高いヤツにはキツイだろうな。
お前のとはモノが違うんだよと言われているようなもんだ。
あ~あ、動かないように拘束しておいて、水の槍を浮かばせておきながら笑顔で「続けますか?」とか、鬼か。
ん? そう言えば、この女。
クラス委員を決める時にジェイクとかいう奴と一緒になって平民平民煩く言ってた気がする。
……それでか。
「次。エドワード・ヒューズとエヴァンス・クルス」
こいつら二人は脳筋タイプ。
魔法を全く使っていない。
だが体術でいえば、結構参考になるような動きが見られる。
ウィリアムとこの場合はこうしてああしたらどうだなどと言いながら見ていた。
カレンとリンは、さっきの魔法球でコントロールの練習をしているようだ。
脳筋達の対戦は時間内に決着がつかずに、結局引き分けとなった。
「次。オリビア・モーガンとカレン・リード」
カレンが呼ばれた。
「頑張れ」
送り出す俺たちに、無理矢理笑おうとしているのが分かる。
対戦に対して緊張しているとかじゃなくて、何か対戦したくない理由があるのか?
ステージに向かう足取りがとても重いように見えた。
「始めっ」
オリビアとかいう女が詠唱を始めたが、カレンは青い顔でそれを見ている。
かと思えば、いきなり「女神の障壁」と、上級魔法を詠唱破棄した。
ウィンドビーストが障壁に当たってそのままオリビアに跳ね返る。
すっげぇ顔して慌てて逃げ出したかと思うと、転んだ。
頭上スレスレをウィンドビーストが抜けていく。
ムクリと起き上がると、激怒しながらウォーターランスを発動。
跳ね返る。
更に激怒して魔法を発動。
跳ね返る。
……こいつバカか?
一回で学習しろよな。
ヴァイスが障壁の中のカレンに、障壁を出て戦うように言う。
まぁ、そうだろうけど、こんなバカ相手にするのもなぁ。
カレンはまた、上級魔法を詠唱破棄し「女神の檻」を発動した。
内側で反射する障壁内でバカが(名前で呼ぶ価値なしと判断)連続で魔法を放ったために、結構な数の魔法が跳ね返って物凄いことになっている。
自分の放った魔法から逃げ回るって、滑稽だよな。
てか、このバカは反射神経が余程いいのか?
なんであんな動きで全部避けられるんだ?
俺も含めて他の生徒もみんな、呆然とバカの動きを見ている。
カレンはいつの間にか女神の障壁を消して、バカを見ている。
ヴァイスも微妙な顔をしてバカを見ている。
……なんかずっと見てると、このバカ実はすごい奴じゃないかと錯覚してくるんだよな~。
クラスのみんなの気持ちが(たぶん)一つになった頃、時間は三分を超えて、引き分けとなった。
「お前は確か属性三つ持ちだったな? 上級を詠唱破棄とは凄いことをやってくれるが、まさか障壁以外の魔法が使えないとか言わないよな?」
ヴァイスの質問にカレンが答えているが、アレはカレンが何か我慢している時の顔だ。
「障壁関係と治癒関係と風は移動の魔法のみ使えます。防御特化で、攻撃魔法は使えないので……」
「そうか」
と、ヴァイスが俯いてしまったカレンの頭を撫でる。
「かなり偏った魔法だが、お前のサポートがあれば何かあった時、生存率がかなり高くなる。パーティーに一人は欲しい存在だな」
ヴァイスの言葉にカレンは顔を上げ、その時見えた表情は少しだけど、強張りがとれていた気がする。
対戦が終わってカレンがこっちに戻って来るが、ひどくゆっくりで緊張した感じだ。
恐る恐るといった風に、俯いてた顔を上げてこっちを見る。
その瞬間リンが勢いよく立ち上がって、カレンに抱き付いた。
「カレン凄いじゃ~ん」
ギュウギュウと抱き締めて、って。
いやいやいやいや、それカレン落ちるからっ。
苦笑いしながら俺とウィリアムもカレン達のところに行く。
「上級を詠唱破棄とかすげぇな」
コントロールが凄いのは魔法球見て分かったけど、まさかあそこまでとはなな。
「それだけ練習されたということでしょう」
ウィリアムと一緒になってワシャワシャとカレンの頭を撫でまわす。
カレンは驚いたような表情で顔を上げた。
「え? え? あのっ、えとっ、わたくしのこと、足手纏いに思ったり、とか、しない、の?」
「「「はぁ?」」」
何言っちゃってんの? こいつ。
どこをどう勘違いしたら足手纏いなんて考えが出てくるんだ?
「だ、だって、私、みんなが戦っているのに戦えない、見てることしか出来ないんですよ? ……そんなの、足手纏い以外にないじゃないですかっ!」
カレンが叫ぶのなんて、初めて見た。
今日一日の様子からして、こいつなりに色々悩んだんだろう。
……完っ全に間違った方向だったがな。
「カレンは俺たちが怪我を負っても見ているだけなのか?」
俺の質問にカレンは鼻息を荒くして答える。
「全力で治しますっ!!」
「じゃあ、見ているだけじゃないよな」
ニカッと笑って、頭をポンポンしてやる。
カレンの大きな目からブワッと涙が溢れ出して、リンにしがみついていきなり大泣きしだしたから、俺はどうしたらいいのかワタワタしていると。
「信じてないわけじゃなかっただろうけど、ずっと不安だったのでしょう。だから元気がなかったんですね」
ウィリアムがカレンの頭を優しく撫でた。
「もう、カレンは私の大事な親友なんだから、二度とあんな悲しいこと言うんじゃないからねっ」
「はいっ!」
リンの台詞にカレンは一度目を見開いてから、今まで見た中で一番の笑顔で力強く返事をした。
……その笑顔が目に焼き付いて、しばらく離れなかった。




