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その後は同居の話には触れず、それ以外の話で盛り上がり、途中デザートと飲み物を追加オーダーし、更に盛り上がり。
……楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、気付けば空がオレンジ色に染まっていた。
「随分と長居してしまいましたね。そろそろ出ましょう」
ウィリアムの言葉に皆が頷き、レジへと向かう。
各自支払いを済ませ、「ご馳走様でした」の言葉を残しカフェを出た。
寮に戻る途中、リンは辺りをキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認するとまた悪い笑みを浮かべる。
「で、同棲は順調なの?」
何ともチャレンジ精神が旺盛というか、懲りないというか……。
「そんなに気になるなら、何もねえけど見にくるか?」
キースが呆れた顔をしながら言った言葉に、リンとカレンは揃って答えた。
「「是非っ」」
◇◇◇
「で? お前たちは何をしているんだ?」
今リンとカレンは、玄関に一番近い部屋のベッドの下を物色中である。
リン曰く、ベッドの下にはとても面白いものが隠されているとのこと。
「リンちゃん、何もありませんが……」
ベッドの下もだが、この部屋はとても綺麗にされていて、余計なものは一切見当たらない。
「おかしいわねぇ、男部屋っていったらベッドの下には怪しい本が定番のはずなのに。或いは本棚にうまく紛れ込ませて……」
木は森に隠せって言うし、などと呟きながら本棚に移動しようとしたリンの脳天に、ウィリアムがスリッパでスパーンと一撃をお見舞する。
「痛いじゃないっ!」
「阿呆なことをしているからだろうが!」
ウィリアムが呆れ顔をリンへと向けている。
「むう、じゃあキースの部屋に……」
「勝手にしろ」
「よっしゃ、行くよカレン」
「リンちゃん、待ってください~」
カレンが慌ててリンのあとを追う。
「うん、これぞ男の部屋ってやつよね」
リンが言う部屋はキースの部屋なのだが……。
一言で言うと、ゴチャゴチャである。
なぜ使用人を連れて来なかったのだろう? と首を傾げるほどに散らかっている。
洗濯物は専用の籠に入れて廊下に出しておけば綺麗になって戻ってくるので何とかなるし、食事は寮内に食堂がある。
だが掃除は各部屋ごとと決まっており、ほとんどの貴族は使用人を連れて来るのだ。
呆然としているカレンを残し、足の踏み場がない部屋の中をリンはうまく避けながら、ベッドを目指していく。
辿り着くと、ベッドの下を覗き込んでブツブツ言っている。
「う~ん、これは違う。これも違う。……どこに隠してんのかね~?」
ちょっと楽しそうである。
カレンも意を決して足元にあるものを避けながら、リンの元に向かう。
「見つかりそうですか?」
「ベッドの下にはなさそう。どこに隠してんのかなぁ」
リンがベッドの下から顔を上げた時、
「何を隠してある前提で探してんだよ」
キースが腕を組んで、部屋の入口に寄りかかるようにして立っていた。
「何って決まってるじゃない。男の部屋、ベッドの下といったら、アハ~ンなお姉さんの雑誌でしょ~?」
アハ~ンなお姉さん……リンの言い回しは、何だか中年のおじさんのようだ。
キースは絶句して、もはや言葉も出ない状態でいる。
「お茶が冷めるぞ」
ウィリアムの声が聞こえ、リンは「は~い」と返事を返すと、固まっているキースの横を抜けて部屋を出て行ってしまった。
「キース様? 大丈夫ですか?」
「え? あ、ああ」
キースは気のない返事をして「全く、とんでもない奴だな」と大きな溜息を一つつくと、「ほら行くぞ」と部屋を出て行き、カレンも慌てて後を追う。
リンとウィリアムはすでにリビングのソファーでカップを片手に寛いでいた。
……リビングは綺麗だ。というか、キースの部屋以外はどこも綺麗だった。
きっとウィリアムが綺麗にしているのだろう。
キースの部屋が汚……ゴチャゴチャなのは、きっと自分の部屋は自分でということではないだろうか。
あまり長居するのも迷惑になるだろうと、カップに残っていたお茶を飲み干すとリンは立ち上がり、カレンの方を向いた。
「さて。二人の愛の巣も見られたし、帰りますか」
「「愛の巣じゃない(ね~よ)」」
見事なツッコミが入る。息がぴったりだ。
カレンも立ち上がり、リンを追い掛ける。
「「お邪魔(致)しました」」
二人揃ってキースとウィリアムの愛の巣を後にした。
「いやぁ、今日も楽しかったね」
リンはご機嫌に鼻歌を歌い始めるが、返事がないことに気付いて振り返れば、カレンは俯きがちに何かを考えるようにして立ち止まっていた。
「カレン? どうしたの?」
リンの言葉にカレンは顔を上げると、困ったように眉を八の字に下げながら、ボソリと呟いた。
「……ちょっとお二人が羨ましいです」
「ん?」
「同棲……じゃなくて、その、同居がちょっと……羨ましいな、と思って……」
言いながら恥ずかしくなったのか、カレンの視線は足元に向き、最後は尻窄みになっていた。
「う~ん、確かに楽しそうよね」
きっとリンに「何言ってんの?」と否定されると思っていたカレンは、驚いたように視線をリンに向けると、ジッと見つめた。
「うちって貧乏人の子沢山な大家族だから、どこにいても誰かがいて、一人になるってことがなかったんだよね。だから、今はちょっと、一人じゃ寂しいかなぁ……なんて」
その言葉に、カレンは思わずガシッとリンのマントの裾を掴む。
「リンちゃん、一緒に住みましょうっ!!」
鼻息荒く言うカレンに、リンは大きな目を更に大きくして、口をあんぐりと開けて固まっていた。
そして正気に戻ったリンは慌てて否定する。
「いやいやいやいや、それはマズイっしょ!? マリアさんだって、反対するでしょ〜よ」
けれど、一度願ってしまった思いを止めることが出来ないカレンは、必死に食い下がる。
「ではマリアから許可を取れたらよろしいのですね?」
「いや、だからそれは……」
「よ、ろ、し、い、のですね?」
いつもニコニコ大人しいはずのカレンからものすごい圧が掛かり、リンは気付けば「……はい」と返事をしてしまっていた。
(よし! リンちゃんからは許可を頂いたので、あとはマリアから許可を頂くだけです!)