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豪華に彫刻された大きな扉に手を掛ける。
とても重そうに見えてその実全く重さを感じないという、不思議なその扉を開けて中に入れば、そこには体育館ほどの広さの空間が広がっていた。
窓のようなものは一つもなく、仄暗い。
床に敷かれた真っ赤な絨毯だけが、異様に浮いていた。
目を凝らせば右壁側には羽のマークが入った青い扉があり、左壁側には炎のマークが入った赤い扉がある。
そしてーー。
正面には大きな机と、椅子に座ってもなお岩のように大きな体躯を着物のような衣装に身を包み、左右の耳の上から角を生やした鬼のような形相の、というよりも鬼そのものな方がこちらをジッと見下ろしていた。
思わず「ヒッ」と声を出し掛けて、必死で飲み込む。
気を落ち着けるために深呼吸を三回ほど繰り返し、恐る恐るその机の前まで歩を進めた。
「よろしくお願いします」
ペコッとお辞儀をして顔を上げると、目の前の鬼そのものな方は満面の笑みを浮かべて言った。
「おめでとう。君は私が閻魔大王を継いでから、一億人目の亡者だ。特別に君の望みを聴いてやろう」
◇◇◇
ずらりと並ぶ、亡者たち。
先頭はどこなのか分からないほど、遥か長く続いている。
この列は閻魔大王の裁きを受けるための列であり、生前の行いによって、天国・地獄・現世の何れにか分類されるらしい。
「すごい人……」
小さく呟き、最後尾につく。
……どれくらいの時間が過ぎたのか。
気が付けば閻魔大王の謁見の間まで、もうすぐのところまで来ていた。
この巨大な素晴らしい彫刻の刻まれた扉の向こう側で、亡者達が篩にかけられているのだと思うと、少し恐ろしい気がして震える。
並んでいる間特にすることもなく、私はただぼんやりと、これまでの人生を振り返っていた。
記憶の始まりから終わりまで、私はただただ生きることに一生懸命だったと思う。
生まれてすぐ、施設の門前にへその緒がついた状態で、バスタオルに包まれて捨てられていた私。
親から私に与えられたものは命とバスタオルのみで、名前すらつけてはもらえず、施設長がつけてくれたらしい。
施設での生活は、正直とても辛いものだった。
最低限のお世話はして頂けたけれど、愛情と呼べるものはそこには何一つ、なかったから。
ことあるごとに『仕方なく置いてやっているのだから』と言われ続けた。
学校と睡眠以外の時間は働くことが当然とされていたにもかかわらず、成績が悪いとお叱りを受けるので、睡眠時間を削って勉強する毎日。
ボランティアの方達の目があるところでは常に笑顔でいることを強要され、『とても良くして頂いてます』の言葉を強要され。
……子どもというものは時に大人以上に残酷で、顔を見れば『捨て子』と言われ、イジメの対象となった。
地味で冴えない容姿。
特別な才能はなく。
いてもいなくてもいい存在。
それが、私だった。
当然、友達と呼べる人もいない。
明日から高校生というその日、いつものように施設長から頼まれた大量の買い物リストを一つずつこなし、両手に大量の荷物を抱えた私は、飲酒運転の車にはねられてその生涯を終えたのだ。
こうして振り返ってみると、何の面白味もない人生だったなと思う。
人生を楽しむ余裕もなかったと言ってしまえば、それまでだけれど。
不意に肩を叩かれ、ビクッと体を震わせながらも振り返れば、そこにはがっしりとした体つきの赤鬼が立っていた。
「あなたの番ですよ?」
何度か呼ばれていたようで、ぼんやりと自らの一生を振り返っていて気付かなかった。
「すみません、ありがとうございます」
そして私は目の前の豪華に彫刻された大きな扉に手を掛け、中に入って行った。
教会から施設へ設定変更しました。
施設での辛い生活を描いておりますが、行き場のない子供達を育てておられる施設自体はとても素晴らしいものであり、否定するものではありません。
あくまでも本作品の中の『施設長』が人間として歪んだ人であったという事を念頭に置いてお読み頂きたく、お願い致しますm(_ _)m




