表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

アカいレールの一週間後

作者: 曼珠サキ

 西河さんが線路に飛び込んでからもう一週間が経った。一週間前のホームルーム、担任の簡潔な声で「西河さんが亡くなった。線路に飛び出したらしい」と聞いた時、ただ、悔しかった。勿論泣いたけど、それよりも守ってやれなかった(・・・・・・・・・)事がどうしようもなく悲しかった。見ていたのに。知っていたのに。彼女がいじめに遭っていた事も、誰よりも彼女自身が、泣いていた事を。



 それから三日間、僕は学校を休んだ。この時ばかりは特例で、休む理由も聞かれなかった。僕の他にも何人か休んでいたらしい。人が死んでいるんだから当然だと思う。一週間も経てばクラスメイトも皆(西河さん以外)揃っているけど、心なし空気が重い。誰も彼も他人ひとを気にしていて、ピリピリして、嫌な感じだ。もうホームルームも終わって帰れるというのに、教室の重圧が緩まる気配はない。

「よし」

 嫌な空気を振り払うように、自分自身を鼓舞するように、声に出した。一人の大切な仲間は失われてしまったが、まだ救える。これ以上は、ない。僕が止める。


矢仁やじさん。一緒に帰らない?」

「あ、野田くん。いいよ、帰ろっか」

 西河さんは友達が多い方ではなかった。それでいじめの対象になりやすかったんだと思う。嫌われていたというよりも、カースト内での立ち位置が少し悪かった。ただそれだけで線路に飛び込まざるを得なかった。それ程追いつめられてしまった。高校生にもなってそんな理由でイジメなんて……そんな理不尽が許されるはずない。だから僕は、これ以上被害者を増やさないって心に決めたんだ。


「もう平気?」

「うん、お陰様でね」

 西河さんの数少ない友人の一人、矢仁さん。この子は親友と言ってもいいぐらい西河さんと仲良しだった。二人は見た目までそっくりで、双子にしか見えない。瓜二つというやつだ。訃報を聞いてからは僕と同じく三日休んで、それからも何か考えるように塞ぎ込んでしまっていた。

「無理してない?」

「全然。大丈夫だってば」

 その三日間で僕は考えた。西河さんが死んだ事でいじめる相手を失った加害者どもは、次の標的を探すに違いない。そこで真っ先に狙われそうなのがこの矢仁さんだ。彼女の面影を持っている彼女以上の恰好の的があるか? 僕なら絶対に矢仁さんを狙う。それに、もしかしたら、親友の後を追って矢仁さんまで飛び込むなんて事も有り得る。そうはさせない。

 だから僕は出来る限り彼女に話しかけた。会話の相手になって、慰めて、励ました。

「ねえ、野田くんはどうして私なんかに構ってくれるの?」

「そりゃあクラスメイトだもん。西川さんの事もあるし、しばらくは一緒に帰ろうね」

「そっか、ありがと!」


矢仁さんと一緒に帰るようになってから初めて知ったのだけど、僕と矢仁さんは同じ駅から通学していたのだ。今までに同じ電車に乗った事もあったろうに全然気が付かなかった。

 今日も同じ電車に乗って帰る。それには当然あの駅を使わなければいけない。西河さんが飛び降りた駅を。中には隣の駅にまで歩いていく生徒もいるらしい。初めは矢仁さんもそうしたらどうかと言ったのだけど、一緒に帰る僕に悪いからと言って彼女はこっちの駅を使っている。


 それなのに電車を待っている時、矢仁さんは落ち着きがなくなるみたいだ。線路を覗き込んだりひっきりなしに電光掲示板を確認したり。しかも自分ではいつも通りでいるつもりらしい。僕がいなければ飛び込んでいたかもしれない。


 ホームに着いて電光掲示板を見ると、次の電車は通過だった。ツいてない。

「野田くんはさ、これからどうするの?」

「どうするって?」

「にっしーをイジめた奴らの事」

 にっしーとは西河さんのあだ名だ。

「そりゃあ勿論、証拠揃えて大人に突き出すよ」

「証拠なんて残ってるかな?」

 俯いたまま、矢仁さんはぽつりと呟いた。

「警察だって調べてるんでしょ?」

「あんなの適当だよ。ポーズだけ」

 実際、警察はクラスメイトへの聞き取りもやっていない。僕が言わなきゃいけないんだ。

「それに、証拠がなくたって構わないよ」

「どういう意味?」

 矢仁さんはやっぱり顔を上げずに聞き返してきた。何かを熱心に見ているようにも見える。ローファーに何かついているのだろうか?

「誰が関わってたかを言うだけでも意味があると思うんだ。ネットに上げたっていい。とにかく、問題にしなきゃいけないんだ、誰かが」

 許せない。いじめなんて卑怯な事して何食わぬ顔で生きているあいつらが。いじめの瞬間なら何度も何度も見た。どういう事をしたかも細かくメモしてある。後はICレコーダーを持って問い詰めてやれば向こうが勝手に証拠を渡してくれる。


「そっか……」

 よく見ると、分かりにくいけど、矢仁さんが熱心に見ているのは腕時計らしかった。そんなに時間を気にしなくたっていいのに。確かに電車が来るまではまだ時間があるけれど、もうじき次の「通過」が来て、そうしたらすぐだ。


「ありがとう、野田くん」

『まもなく、電車が通過します』

「あ、ごめん、私、靴紐結ぶね」

「うん……え?」

『危険ですから、黄色い線までお下がりください』

さっき見た彼女の靴はローファーだった。靴紐なんてないはず――はっと見下げると矢仁さんがいない。一体どこに、

「キモいって」

 背後から、声と衝撃が来た。一体どれだけの意思があれば女の子にこんな力が出せるのか。そう思うくらいの衝撃が僕の体を浮かせた。線路の上に。

 背負っていたリュックが後ろから僕を引っ張った。だから、最期に目に入ったのは落ち行く西河さんの姿だった。



 鉄塊は今日も血袋を叩く。簡単に処理できていいんだけど、また、制服が汚れてしまった。汚れを落とすの、意外と大変だったのに。

「ヒーロー気取りの偽善者って、ホントにいるんだ。そういうの困るんだよね。空気読んでくれないかな」

 さっさと逃げよう。まだ私が黒幕だとは気付いていなかったらしいけれど、せっかく七面倒くさいのを黙らせたんだから。西河の時と同じように逃げればいい。バレないのは知ってる。

「偉そうな口だけ野郎は一生そのままで、ね?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ