プロローグ
なにはともあれ、書き出してみないことには、始まらない。
そう、気づきました。
彼が、魂の定義について考え出したのはいつのことだったろうか。
心の中でそんな夢のような曖昧模糊とした想像に耽っている相手とは露知らず、私は、初めてできた恋人との付き合いに夢中だった。
「僕が今ここで死んだとしても、安心して欲しい。僕の魂は死ぬ前の時間に戻り、そうして、別の身体をも手に入れるから」
そんな言葉は、若い恋人の永遠の愛の誓いだと、そう思っていた。
彼は本気だった。本気で、魂の定義し、それの量産を企てていた。常命の肉体から解き放たれ、過去に戻ることのできる、自由なる存在になろうとしていた。
そうして、彼は成功する。
「僕と」
「僕とが」
「「二人とも、僕だよ」」
彼は死に、そのことをまだ知らない時点の私の前に、元の彼と新しい彼とで現れた。無知な私には、彼が妙な遊びを始めたのだと思った。思っていた。けれど、その遊びは、世界を滅ぼすまでの一本道を行くことだった。
次第に彼は増えていった。世界滅亡に足るだけの人数を求めて、その一つの生を精一杯生き、その終わりに過去に転生する。やがて、私の身の回りの人物も、一人、また一人と彼に代わっていった。
私は恐れた。彼の行為を。やがて、私自身すらも、その肉体を奪われ、彼になってしまうことに気づいたからだ。
そうして、私は、彼を止めると決めた。幸い、彼の目的地は遠い。また死んでしまう前に、一人でも彼が増えてしまう前に、私は、彼の魂を定義し、固定し、そして、滅ぼすのだと。
だから、私は今、ここに立っている。また新たな肉体を手に入れた、彼の魂に向かい合っている。
「久しぶり。何人目なのかしら、貴男は?」
「さあ、どうかな。だが、まだ世界を滅ぼすには、少しだけ足りていないようだよ、まだ、僕が」
(プロローグ、了)
次は、第一章です。