雷が……
神は勝手なものであり、悪魔は周到。……しかし往々にして人間の愚かさは突き抜けている。
はぁっ……はぁっ……はぁっ……。
雷鳴だ、雷鳴が聞こえる。
季節外れの嵐の影響で停電した研究室、非常電源へと切り替わる感激の暗闇に男が一人、佇んでいた。
はぁっ……はぁっ……はぁっ……。
鈍い、独特の音と共に部屋に明かりが灯る。
男は薄汚れた白衣を身につけて、捧げるようにガラス容器を持っていた。
光を透かすと男の顔まで鮮血色に染まるような紅の液体が封入された、小さく透明な容器。
「……どうする、時間が……一体どうすれば……」
はぁっ……はぁっ……はぁっ……。
荒い息を吐きながら、男は落ち着きなく部屋をうろつき始めた。卵を護る母鳥のようにガラス容器を抱えている。
不意に、男が動きを止めた。雷鳴に混じって遠くから聞こえてくる音に気づいたのだ。
……大学病院に勤める彼でも記憶に無いほど、大量のサイレン音に。
はぁっ……はぁっ……はぁっ……。
テレビを点ける。どうやら事故があったらしい。連日続く嵐による、大きな事故だ。
……偶然だろうか、成果を上げられず、倫理を無視しがちな男が辞めさせられることが決まった矢先、停電による装置の誤動作が長年求めたものを完成させたこと。神の導きなのではあるまいか。
……偶然だろうか、直ぐに不活化してしまい、保存法の確立も望めない絶望する自分に向かい、大量の「検体」がやってくる。悪魔の誘いに感じられてならない。
男は部屋に備え付けられた姿見を見つけた。
はぁっ……は、はは、ははははは! はーっはっははっ! はーっはっはっはっはっは!
姿見を見つけて、そこに映る自分を見て、男は笑った。
偶然ではない。鏡の中で己を見詰める男の瞳に滾る狂おしい熱情、それだけは神でも悪魔でも及ばぬ人の業。
男は駆け出した。これから奇跡が起こる。紛れもない偉業、比類なき悪行。
……ああ、雷鳴が聞こえる。