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花粉症に優しい花見

作者: たれねこ

 気候も穏やかになり、桜も見ごろを迎える季節。

 私はこの季節が嫌いだった。桜だとか花見とかは好きなのだが、私は残念ながら花粉症で、春らしい風流にもイベントにも苦痛を伴ってしまうのだ。

 だから、春は嫌いだ。

 そんな愚痴をとある友人に零したところ、「じゃあ、週末に花見でも行かないか?」と誘われ、私は「話を聞いていました?」と呆れて苦笑いを浮かべる。

「大丈夫だよ。花見は花見でも、考えている花見は花粉症にも優しいものだからね」

 私はその言葉に首を傾げる。

「それで、近場のスポット巡りか、日帰りできるか怪しい遠出してのものがあるんだけどどっちがいい?」

「日帰りできないのはさすがに……」

「わかった。じゃあ、近場を巡ることにしよう」

 そうして友人と約束を交わす。友人は期待はしない方がいいと保険をかけてきたが、私には花粉症に優しい花見というものがどういうものか楽しみで仕方なかった。写真展のような直接的に花を見ないものかなと推測しつつも、それで遠出というのも結びつかず、謎の花見に私は子供のようにワクワクしていた。


 そして、花見当日。朝早い時間に待ち合わせをした。

「じゃあ、さっそくだけど行こうか」

「まだ店も開いてないような時間なのにどこに行くの?」

「まだ店も開いてない時間だからいいんじゃないか」

 友人の返事に首を捻る。考えていても仕方ないので、黙って付いていくことにした。花見と聞いていたが向かう先は街の中心の方で、花とは無縁の方に進んでいるとしか思えなかった。直接花を見るなら、それは花粉症の私には優しくないので単純に花を見るのではないのだろう。しばらく歩いて、友人はふと足を止める。

「ほら、あそこを見てみなよ」

 友人が指差す先には行列ができていた。

「あれはなんの行列?」

 友人は手を広げて分からないと答える。行列の先を辿ると、聞き馴染みのない店のグランドオープンとなっていた。手持ちのスマホで調べてもやはりそこまで人気があるようには思えない店で、疑問符が沸く。

 友人はその行列を傍から眺めながら、「じゃあ、そろそろ次のを見に行こうか」と歩き出した。

 次にやってきたのはパチンコ屋。しかし、入るわけでなく店外から見える席のある人物を指差す。

「きっとあの人もだね。あの入り口付近に座って、ドル箱を足元に積んでるあの人」

「あの人がなんだって言うの?」

「よく見てみなよ。あんだけ当ててるのに嬉しそうでもなく淡々と打っているだろう?」

 言われてみればそうだった。ただただ作業のようにきらびやかな演出を繰り返す台に向かっている。外れても当たってもリアクションが薄い。でも、そういう人なのかもしれないとも思った。しかし、友人が言うにはあれは客ではないんだと話していた。

 そして、またしても歩き出す。ふと、遠くからなにやら演説しているような声が聞こえてくる。

「今日は運がいいね。ちょっと寄っていこうか」

 友人は演説が行われている方に歩き出す。そこでは政治家が声を上げていた。

 政治に詳しくない私は話半分でつまらないと思っていたが、横で友人が、

「今日の目的は政治家の話ではないよ。その話に合わせて何か言ったりしている人の声や音に耳を傾けてみな」

 と、小声で私に伝えてくる。言われたとおりに耳を澄ますと、政治家に合いの手を入れるかのようにタイミングよくあがる賛同の声や拍手。これはあまりに露骨過ぎて演出臭いと感じてしまう。他にも、まばらに飛ぶ野次や拍手に混じって、話と関係ない罵詈雑言の声を張り上げる集団がいるようで、あたり一帯は混沌とした空間だった。一般の聴衆はどれくらいいるのか、いや、これは声の大きな一部の人が目立つだけだろう。

「じゃあ、今日のメイン行ってみようか」

 友人はそう言ってまだ移動を始める。連れて行かれたのは国会議事堂前。そこには人が集まっていて、太鼓の音に合わせて、何かしらのコールをあげている様で、異様さを感じた。

 友人と私がその集団を離れたところから見ていると、その集団から初老の男性が近づいてきた。

「君たちもデモに参加するなら、もっと近くに来なよ」

 私が返事をしあぐねていると、隣に立つ友人が、

「いやあ、私たちは“呼ばれて来た”んですけどね、こういう場は慣れていないので遠くから見させていただいてました」

 と、あたかもそうであるかのように言葉を並べる。

「そうか、そうか。誰に呼ばれたんだい? 友達か誰かかい?」

 友人は首を横に振る。

「てことは、どこかの政党か、労組の関係かな? それともどこかの市民団体かな? もし交通費とか出すからと言われているなら、それを伝えないと、支給されないよ」

「いえ、大丈夫です。私たちは本当は見ることが目的だったので」

「どういうことだい?」

 初老の男性は敵意の混じった怪訝そうな視線を友人に向ける。

「私たちは花見をしにきているだけですので」

「じゃあ、こんなとこにいたら邪魔だから近くの花見スポットでも行きやがれ」

 初老の男性は声を荒げ、集団の元に戻っていった。そして、その集団から妙な視線を感じ始め、

「じゃあ、ここを離れようか。長居してても、何もいいことはないからね」

 と、友人はあっさりと口にする。

 国会議事堂周辺から離れ、喫茶店に入りコーヒーを注文する。コーヒーを啜りながら、友人は、

「それで今日の花見はどうだったかい?」

 と、尋ねてくる。今日のあれが花見だとは全然思えない。花の一輪すら見ていないのだから。

「えっと、今日一日色々周っていたけど、花なんて見てないよね?」

「いやいや、たくさん見ただろう?」

「どういうこと?」

「ほら、たくさんのサクラを見たじゃないか」

「サクラ? ああ、なるほど。たしかに、そっちのサクラと言われれば、分かる気がするよ」

 確かに、今日の花見というかサクラ巡りは花粉症に優しいものだった。そこで私は最初の疑問を口にすることにした。

「ねえ、今日の花見は近場か遠出かって選択があったけど、遠出だったらどこに行く予定だったの?」

「遠出の場合かい? そのときは沖縄か熊本に行こうと誘っていたよ」

「沖縄は想像できるよ。今日みたいなサクラ見物だろうなって。だけど、熊本はなに?」

「熊本の場合は花より団子ということで、サクラの本場に食べに行こうと思っていたよ?」

「サクラの本場? どういうこと桜の花を使った料理とかそういうの?」

 友人は首を横に振る。そして、サクラとは何かとうんうんと唸り声を上げながら頭を悩ませ、思い当たるものがないので、答えは何かと尋ねた。

「馬肉さ」

 私は今日二度目の感嘆の声を上げる。

「それ最初に聞いていたら、熊本のサクラがよかったな」

「じゃあ、近くに取り扱ってる店がないか探してみよう」

 友人はそういうとスマホを取り出し、検索を始める。

 そして、私と友人はもう一つのサクラを見に、いや、食べに行くために喫茶店をあとにする。


 サクラを食べながら、私と友人は今度はボタンかモミジにしようと次の花見の計画を立てた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  途中で気がつく落ちと、最後にもう一段下げる言葉遊びがくすっときました。  ジビエはおいしいですよね。冬になったらイノシシ鍋をまた食べたいなぁとおもいました。ちょっと癖がありますが、美味で…
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