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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第四章 遠方訪問~移動城塞都市ダアト~編

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第十九話 振り上げた剣の先には

 ゴグマゴーグが砂漠に落下した際、ユーとセシリアは突然の振動に対処しきれず振り落とされていた。

 ユーは索敵用に展開していた【漣】を一ヵ所に集めてクッションとし、セシリアは【エアリフト】でゆっくりと地表に戻ってそれぞれ無傷の着地を果たす。


「……ケースケが何かやったのか?」


 急な落下に対する疑問を解消する意図もあり、セシリアが圭介の名を出した。

 事実そうであったし、知らない彼女らには他に要因となり得そうな心当たりもない。


「そのようです。……とはいえ致命傷には至らなかったようですね」


 物憂げなユーの視線の先では、黒い肉の壁がずりずりと這って動き回っている。


 落下した地点が離れた距離でなかったからこそ速度もそれなり速く見えるが、その移動速度はやはり滑空の時と比べれば遅い。


「あいつの安否も気になるが、今はダアトが再度こいつを射程圏内に収めるまでの時間稼ぎを優先する。何としても水分補給だけは阻止せねばならん」

「そうですね……ん?」


 ふと、ユーが歩みを止める。それに気付いたセシリアも何事かと立ち止まった。


 彼女が違和感を覚えたのは、ゴグマゴーグが這う速度だ。


 確かについさっきまでの飛行速度と比較してしまっている部分もあるのだろうが、それを抜いて考えても最初に接敵した時ほどの速度ではない。


 明らかに遅くなっているそれを見て、二人は一つの結論に至った。


「もしかして、体力的な限界を迎えつつあるのではないでしょうか」

「可能性はあり得る……いや、考えてみれば当然かもしれん」


 砦からの報告、カレンから聞いた話、ここまでの戦いの中であの巨大生物は水分こそ大量に摂取してはいるものの、食事と呼べる動作は一切していなかった。

 しばらくはそういった行為が不必要な程度に栄養を蓄えているか、そうでなければ見ていない場所で何かしら他の生物を捕食しているものと無意識に思ってしまっていたのではないか。


 しかしそうなれば次の疑問が生じる。


 レナーテ砂漠はカレンの緑化運動の影響もあり、知らない者が想像するより多くの生物が存在するのだ。それこそユーが以前倒したサンドシザースなどはわかりやすい一例だろう。


 ならば何故、それら他のモンスターを捕食しなかったのか?


 この体の大きさである。オアシスをいくら枯らしたとて、充分な餌を得られなければいずれ餓死も免れまい。

 にも拘らず先の戦闘でも地上部隊の死体を口にする様子は一度も見られなかった。ただ近づく者を例外なく攻撃するばかりである。


「オアシスの植物が食われたという話も特に聞いていない。となれば草食というわけでもなかろうが――」

「セシリアさん」


 急かすようなユーの声に、思考の海を揺蕩っていた意識が戻る。


「ああ、すまん。すぐに行こう」


 限られた時間によってどうしても短くなってしまうやり取りを終えて、二人は同時に駆け出した。

 砂漠の砂はオアシスに近づいた今も変わらず細やかで、踏み込む足に熱を伝えつつ勢いを削ぐ。


 風や魔力の放出で加速するだけの余分な魔力は、二人に残されていなかった。



   *     *     *     *     *     *  



「すみません……カレンさん、すみませんでした……ッ!」

「だから今回のは私の判断ミスだっつってんでしょうが。あんたはその被害者の一人よ」


 ダアト医務室には軽い打撲や裂傷などの軽傷を負った自警団や冒険者が、床に敷かれた医療用マットの上に横たえられていた。

 ベッドは既に四肢のいずれかを欠損したり、あるいは脳にショックを受けた影響で昏睡状態に陥った者達で埋められている。予想を遥か上回る被害者の数に医療用スタッフも完全には対応し切れていない。


 そんな中でゴグマゴーグが砲撃の射程範囲から消えたことを理由に、他ならぬカレン・アヴァロンが救援に来たのはスタッフ一同として嬉しくもあり情けなくもあった。


 彼女が憎きゴグマゴーグのいる砂漠ではなく、この場所に来たというのは状況がそうさせた要素もあるだろう。

 だがそれはダアトに住まう者達を救う為に、我が子の如く扱っていたオアシスを捨てたという意味も有する。


 因みにフィオナは未だ高台に留まり、緊急時に結界魔術で都市を護る役目を自ら名乗り出ていた。カレンとしては王族に無茶をして欲しくないと断ったが、既に半分緊急時なのだからと押し切られてはそれ以上反論する元気もない。


「俺が! 俺がもっと、強ければ……こんな、こんなことにならなかったのに……ッ!」

「あんた一人が強くったってどうにもならない場合だってあるでしょ。私ですら一人で何でもやってるつもりはないわ」


 カレンの念動力で治療を受けているのは、自警団ではなく冒険者の一人だ。


 客人ではないが、“大陸洗浄”時代から客人側と大陸側の軋轢を嘆いてカレンと共に和平交渉を進めてきた、彼女からしてみれば実質的な仲間とも言える三十代半ばの男。

 実力は客人のそれをも凌ぐが故に今回の敗北に相当参ってしまっている。加えてカレンの部下を救い切れなかったこと、オアシス一つをモンスター如きにみすみす渡してしまうことへの悔しさも見て取れた。


 一時期は悲惨な生い立ちから「涙も枯れた」と嘯いていた彼の瞳からは、絶えず光る雫が落ち続けている。


「ん、よし。やっぱ適材適所ってことなのかしらねー、回復魔術は苦手だわ」


 そんな言葉を口にする割に、彼女の回復魔術は下手に適性があるだけのプロフェッショナルが歯噛みしそうなまでに洗練されていた。

 彼女の適性はあくまでも念動力魔術である。だが第六魔術位階は誰にでも使えるし、第五魔術位階も訓練と勉強次第でそこそこ程度会得できるのだ。


 彼女が男の傷に施したのは第五魔術位階【ヒール】。簡単にだが局所的に代謝を高めて自然治癒の速度を極端に早める魔術である。


 生きた細胞に負荷をかける関係で、あまり短期間に連続して使用すると健康に害を及ぼす。

 それでも非常時にはこれを使える者が一人いるかいないかで状況の深刻さが大きく変わると言われる、極めて有用な魔術であった。


「回復魔術、と言えば……彼は大丈夫なんですか? 酷く落ち込んでいたようでしたが」


 男が心配しているのは、目立った骨折も出血もせずに帰還しながら医務室ではなく自室に閉じこもってしまった一人の少年。

 それを無責任と責める者も部外者の中にはいたが、彼を知る仲間達は目を伏せて沈黙するばかりであった。


「レオはねぇ……どーにもあの戦いの中で尊敬する先輩と初恋相手に同時に死なれちゃったみたいで」

「それは、その……何と言えばいいものやら……」


 この冒険者もまた、ダアトに定住はしていないものの理解を示す。

 その沈黙を嫌ったのか、カレンはぐい、と水の入ったコップを手渡した。


「とにかく今は他人のことより自分のことよ。まず水分を摂取して、ゆっくりと養生なさい。食べ物はまた夕方頃に軽めのを持ってくるから」

「何から何まで、すみません。しかしそれは……」

「あ? 何よ?」


 妙なタイミングで異議を示されたからか、不機嫌でもないのに不機嫌そうな返答をしてしまう。そんなカレンに少し困ったような表情を向けつつ、男が疑問を口にした。


「あの超大型モンスターを、見逃すということですか? これまでの話を聞いた限りだと、これからもオアシスが潰されて緑化計画に大幅な遅延が生じるかと思うのですが」

「はっ、何を言うかと思えば」


 提示された懸念をカレンは鼻で笑い飛ばす。

 その態度に男は立腹するでもなく、ただ裏に何かしらの策があるのだと感じ取った。


「ま、最悪一つは潰されるかもしれないわね。でもあのクソワームが口にするのはそれで最後よ。アレは、今日中に死ぬ」

「理由は」

「死神を一人派遣しといたわ。向こうは自分がそうであると自覚してないけどね。私から言えるのは、それだけ」


 不敵な笑みは、勝利を確信してのものだ。

 男の中に渦巻いていた不安や恐怖は、それを見た途端にいくらか消し飛ばされてしまった。



   *     *     *     *     *     *  



 砂漠の熱に晒されていたはずの体が急激に冷やされたことで、圭介は意識を取り戻した。

 同時に呼吸も出来ない水の中にいるのだと遅れて理解する。


「ぶがぁぼごご!?」


 わけのわからない状況にパニックを起こしそうになるが、視界の右端にアズマがいる事で記憶を手繰り寄せることができた。


 確かゴグマゴーグの突進を受けて、回避も防御も通用しないその攻撃に死を覚悟した。

 しかしアズマが発動した結界術式により、恐らく一命を取り留めたのだろう。


 となれば自身が沈んでいるこの水の中が果たしてどこなのか、という疑問にも心当たりがある。


(第三魔術位階とか言ってたよな……それであそこからオアシスにまでぶっ飛ばされたのか)


 カレンが言っていた「ちょっと吹っ飛ぶ」という言葉は、規模の解釈はともかく間違っていなかったのだろう。


 だが危機は未だ去っていない。


(やば、さっき慌てて息吐いちゃったから……!)


 呼吸できないという状況が生み出す感情の揺れを、圭介はこれまでの人生で真剣に考えたりしなかった。


 飢餓状態や大量出血による体温の低下もそうだが、日頃当たり前に享受している平穏が避けられない死によって脅かされた時、人は底知れぬ恐怖に苛まれる。

 圭介の溺死に対する忌避感もまた、その類である。


 これまで何となく、ふざけて、ちょっと水に顔を沈める時などに息を止めてきた彼だが、当然それらが生命活動に関わる段階にまで至ることなどなかった。


 だからこそ理解できる。

 一度は絶望によって誤魔化されていた死への恐怖。

 結果的に生き延びて蘇った生への執着。


(くそ……やっぱ駄目だな、死にたくない)


 そうは思っても体はぐったりと疲れ果ててなかなか自由に動かない。

 思い返せば自分は休憩を中断してこの戦いに来たのだったか。夏場に砂漠で朝から動き回り、食事の時間もそこそこに再び戦場へと飛び出して挙句がこれとなっては、いくら打たれ強さに定評のある彼であっても限界である。


(そういや、ユーから教わった体術のあれやこれやって、一度も活かせてなかったっけか)


 つい一人で反省会など始めてしまうのは、諦観からかはたまた悔悟からか。


 ゴグマゴーグとの戦闘を通して自分に何ができていたのか、考えてしまう。


(柄を握る時の手の形や力を込めるポイント、それに呼吸法に走り込みと素振りと……)


 辛いこともあった。いや辛いことばかりだった。

 何が悲しくて同級生であり友人の美少女に木刀で叩き回されなければならないのか、と小さな憤りも何度か覚えた。

 少なくとも圭介の性癖は割とノーマルに近い。痛みに耐性があるだけで、叩かれて喜ぶような趣味はないのだ。


(あー、あと地味に一番キツかったのが関節に歯車ギアのイメージを組み込むってやつだ)


 それは力の分散を抑制する為の、最も過酷だが最も理解しやすい思考訓練。

 胴体部分から指の一本一本に至るまで、自分自身を絡繰り人形の如く見立てて美しい直線での剣閃を実現する技巧の一つ。


(ったく、僕の体は機械じゃないってのにね。ダアトの歯車じゃあるまいし――)


 と、受付スペースと市街地の間にある歯車だらけの空間にまで記憶を辿った。


 その、瞬間だった。


(――んぁ? 歯車?)


 脳に流れ込むのはこれまでダアトで積み重ねてきた諸々の記憶だ。




 ダアト内部にひしめき合う無数の歯車。


 ユーに叩き込まれた複雑に絡まり合う歯車のイメージ図。


 水を球形に留める修行。


 クロネッカーの上では容易く留まる水。


 滞留。


 絶え間なく動く。


 止まっている。


 力の流れ。




――念動力。






(……………………あっ!?)






 圭介を包んでいた水が、突如圭介から離れ始めて一つの大きな泡となる。


 もちろん内部に酸素はほとんど無い。しかし一時的にでも、圭介は感覚を得た。


「そう、か……そういうことだったのか!!」

『何がでしょうか』


 巻き込まれて泡の中に取り込まれたアズマが、同じく内部に取り込まれた“アクチュアリティトレイター”の上に乗って疑問を呈する。


 それに対して圭介は答えず、笑顔でクロネッカーを鞘から抜き出したかと思うと泡の頂点、真上に腕を突き出して短い刀身をはみ出させた。


「ワッハハハ、【滞留せよ】!」


 その一言を引き金に、魔動兵器クロネッカーがその役割を発揮する。


 まるで穴に吸い込まれるかのようにオアシス中の水が短剣の先端へと収束していく中で、圭介は大笑いしながらアズマに語りかける。


「“留める”って状態を“止まっている”と認識してたのが間違いだったんだよ! 一見して動いていないように見えるそれは、無駄な動きを排除しているだけで実質ずっと動き回ってたんだ!」


 言われてもアズマは何も返さない。その理屈と現状を結び付けられないからである。


 ただ、彼の気分が高揚していることだけは声色や表情から判断できた。


「水が重力を無視して宙に浮くわけがない! だったらカレンさんのやってたことは何だ!? 下に向かって落ちる動きを別の動きに巻き込んで持ち上げてたんだ! 要は体内の血流と大差ない!」


 渦巻く水の嵐は短剣の先端に収束していき、長く、細く、鋭く変化していく。


 今や圭介が呼吸困難に喘ぐことはない。

 何故なら、既に水という水は彼が天に掲げるクロネッカーによって纏め上げられているのだから。


「ずっと動かし続けなきゃいけないけど、逆に言えばずっと動かすことによって念動力は流体の動きだって自由自在に制御できるんだ! 球体に拘る必要はない、ここまで積み重ねてきた全てを今この形に収束させる!」


 やろうやろうと思いながらも、ずっと実現できずにいた。


 どうしてできないのかと、無力な自分を嘆いた日もあった。


 それら全ては、今、この時の為に。


「今ならわかる! 今ならできる! この振り上げた剣の先には、何も怖いことなんてない!!」




 そう高らかに宣言する圭介の右手には、水を束ねて編み上げられた長大な剣が存在していた。




 彼はまだ知らない。

 その力は、カレンが望んだ以上のものであることを。

 まずは【サイコキネシス】の扱いを充分に学ばせてから存在を教えようとしていた、その魔術。


 第四魔術位階【ハイドロキネシス】。


 この戦いを制する力を、彼は手にしたのである。

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