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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第四章 遠方訪問~移動城塞都市ダアト~編

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第十八話 死の追跡戦線

 ばつん、という音が幾度も聴こえる。

 がらん、という音が幾度も聴こえる。


 飛行し始めたゴグマゴーグを拘束していたヒュパティア帯が引き千切れ、一部のアルベーンに至っては振り回された挙句砂漠に打ち捨てられていた。


「まさかあの方角は……」


 天空を泳ぐように飛ぶ長大なそれがダアトの真上を通ろうとしながら目指す先には、オアシスがある。


 番号は第一一八番。圭介達は知る由もないが、カレンに“ネサット”と名付けられたそのオアシスは最早湖と形容できる程に広大だ。

 仮にゴグマゴーグがその全てを飲み干したとなれば、再び分泌液の生成を可能とするだけの水分を得られるだろう。


 この戦闘の中で、それだけは避けなければならなかった。しかし最悪なことに、あの巨大な生物はダアトのほぼ真上を通過して今や砲門の射程範囲から大きく外れている。


「ちょっ、全然縛れてないし大砲も当たんない位置まで行っちゃったよ!」

『ゴグマゴーグの飛行形態での推進力が強すぎるものと推測されます。ヒュパティア帯の耐久力とアルベーンの重量から、恐らくあと二分三十秒程度で完全に拘束が解かれるでしょう』

「マジかよカップ麺すら作れないぞ!?」


 切羽詰まった状況でアズマの声だけが静かに耳朶を撫でる中、


「ケースケ君、言ってる暇ないよ!」


 怒鳴り声にも等しいユーの声が背後からかかった。


「さっきみたいに私達を連れてあそこまで飛んで! もしかしたら相手ももう限界なのかもしれないし、それならオアシスに着く前に倒せるかもしれない!」

「いや、でも三人で飛びながらってのは無理があるんじゃ」

「心配するな。一度届けてくれれば後は奴の体や残ったアルベーンを足場にして戦える。少なくともユーフェミアはそのつもりで提案したのだろうよ」


 セシリアの滅茶苦茶な言い分に、一般人でありユーの仲間でもある圭介としては食い下がりたくなった。

 だが彼女ら二人は揃って深刻な表情をするばかりで、そこに一抹の逡巡もない。

 そして圭介もそれ以上の安全な策を用意しているわけではないのだから、ここは従うしかなかった。


「……わかった。行きましょう」


 早速圭介は“アクチュアリティトレイター”を砂地に寝かせ、そこに足を乗せる。他の二人も圭介の体に掴まって追従した。


「飛びますよ!」


 言って二人が頷くのを確認してから、【サイコキネシス】で三人の体を支えつつ【テレキネシス】で浮遊する。

 そうして空中からゴグマゴーグを追跡して、改めてその飛行を観察したところただ飛んでいるわけではないのだと気付いた。


 見れば何度かに分けて触手を伸ばし、砂漠の地面をばたばたと叩きながら飛んでいる。


(定期的に触手で地面を蹴るようにして、浮力を維持しているのか)


 やはり水中を泳ぐようにはいかないのだろう。推進力と浮力を得ても尚、山のように巨大な肉塊が滑空し続ける為のエネルギーは足りていない。


 逆に、あの触手こそが要であるのならば止める術はある。

 それをわかっているのか、後ろの二人も触手を――もっと言えばその付け根を注視していた。


「そろそろ降りるぞ」

「私も続きます」

「うん。二人とも、気を付けて」


 短いやり取りを済ませると、セシリアは【エアリフト】で流れるように一機のアルベーンに、ユーはゴグマゴーグの体にそれぞれ着地する。


 ここからは時間との戦いだ。


「【乱れ大蛇】!」


 先ほどと同様、ユーは“レギンレイヴ”の刀身から放たれた蛇行する魔力の刃が足場でもある黒い肉の傷口に侵入した。

 今度は他の傷口から顔を出させる事はせずに、刀身ごと傷に食い込ませてとにかく内部で肉をかき乱し続ける。


「グギャァァァァァ!!」


 小さくも鋭い痛みに悶えられて空中で大きく体を揺さぶられるが、傷口に“レギンレイヴ”を深く突き立てて支えとしながら踏ん張って耐えた。


 ユーの狙いは神経だ。


 例えば人は熱した物体に比較的分厚い皮膚を有するはずの手の甲が触れただけでも、反射的に腕ごと引いて熱源から体を遠ざけようとする。

 彼女はサンドワームというモンスターに関する深い知識を持っているわけではない。が、それが動物であれば神経を有すること、そして神経に刺激を与えられれば動物の身体機能は意思を問わず動いてしまうことは知っていた。

 その性質を利用して触手に繋がる神経を刺激し、折り畳まれた状態から外側にずらして斬り落とせるようにしようという算段である。


 放った魔力の勢いが消失するまで触手に繋がる箇所を探り続け、体内に潜り込ませた魔力の刃が消えれば再度流し込む。

 幸いにもゴグマゴーグが空中で体の上下をひっくり返したりはしなかった。おかげでただ柄を握り続けて踏ん張るだけで、振り落とされる心配はない。


 繰り返す中で、ようやく一本の触手を刺激するポイントを見つけた。刃を当てる都度、不自然に振動しながら体の外側に向かって伸びる。


「そこか!」


 使用時でもない限りは内側に収納されていた弱点が露呈して、今度は位置的にユーよりも下にいたセシリアが反応を示す。


【エアリフト】、いくつかゴグマゴーグの体に括りつけられたように残されているアルベーン、時には千切れかけのヒュパティア帯までもを足場にして三次元空間を縦横無尽に動き回りながら触手に接近する。

 そうしてまだ充分に足場として機能しそうなアルベーンの上に立つと、樹木程はあろう太さの触手の根を“シルバーソード”で斬りつけた。


「アギャァッ!!」


 流石に一撃で断ち切るというわけにはいかなかったが、三割程度まで剣が食い込んだ触手の痛みに短い悲鳴が響く。


 同時に、がくんとゴグマゴーグの高度が下がった。


「わわっ」

「むがァっ!」


 落ちそうになりながらも圭介の【サイコキネシス】に助けられたユーはすぐさま体勢を立て直し、セシリアは一度剣を引き抜いてからヒュパティア帯を伝って別のアルベーンに移動する。


「二人とも大丈夫!?」


 圭介の心配げな声にほんの少しの会釈だけで応じ、二人は揃って切れ目の入った触手に突貫した。


 いけるか、と圭介がそれに便乗しようとした瞬間、状況に変化が起きる。


「あっ」

『予測通りのタイミングです』


 圭介の目の前でブチブチと千切れてはゴグマゴーグの滑空に置いてけぼりにされてしまう、ヒュパティア帯とアルベーン。

 呑気にすら感じるアズマの声とは対照的に、金属の擦れる悲鳴にも似た音が圭介達から遠ざかっていく。


 しかし足場が大幅に減ったはずの女性陣は極めて冷静に対処していた。


 ずり落ちる足場から跳躍、目の前の黒い肉に剣を突き立てぶら下がる。どうやらここまでの戦いを通して刃が通る程度には皮膚の薄い箇所を割り出していたらしい。


 次にユーが動いた。


「【鉄地蔵・ひろがり】!」


 ユーの魔術、【鉄地蔵】は本来であれば自身の肉体を魔力の網目で覆う事で防御力を底上げするというものだ。

 しかしこの時、彼女が魔術をかけたのは自分ではなく討伐対象でもあるゴグマゴーグであった。

 わざと目の粗い網目を体表の一部に展開する事で掴む部分を無理矢理作り、そこに指を引っかけてよじ登る。セシリアもその意図を汲み取ったらしく、続くようにして黒い足場を登っていった。


「う、おぉ。結構応用できるもんだなあ」

『……忠告します。前を見て下さい』

「え?」


 アズマに言われるがまま、前を向く。


 背筋が凍った。


「お、オアシス……! もうこんな近い位置まで来てたのか!?」


 目前には砂漠に不釣り合いとも言える、鮮やかな緑が見えてきていた。


 まだ視界の果てに見える程度とはいえ、そも目視可能な距離まで接近してしまっているのが問題である。現状大したダメージを与えられておらず、圭介がクロネッカーで血流を留めようと殺すか動けなくなるまで追い詰められなければ水分を補給されてそれで終わりだ。


「くそっ、間に合え!」


 届くか微妙な距離であると知りながらも、砂上に落ちているアルベーンの残骸や千切れたヒュパティア帯を【テレキネシス】でごっそりと拾い上げる。


 ある程度は拾えたと安堵の吐息を短く漏らす圭介に、アズマが怪訝そうな視線を向けて質問する。


『魔動兵器の残骸など集めてどうされるおつもりですか?』

「できるかわからんけど、やることは今決めた」


 圭介が思いついた策は、単純と言えばあまりにも単純に過ぎる一手。


 見上げてもまだ足りないほどに巨大な敵に、まずぶつけないであろう愚策。


「これ使って口を縛り上げれば水なんて飲めなくなるでしょ」

『あの体積相手に力技で挑むと……?』

「やかましいわい! 他に打てる手がないんだってばよ! それに完全に無策ってわけじゃないから!」


 だが八方塞がりの中で唯一見つけ出した光明には違いない。『水分摂取をさせない』という選択肢自体は極めて正しい判断となろう。

 まずは今もゴグマゴーグの上で傷口を抉っている二人に声をかける。


「おーい、二人とも! 今からめっちゃ揺れると思うから準備しておいてね!」

「何ぃ!? すまんが風の音で聞こえないぞ!!」

「ありゃダメだ、個人の判断でどうにかしてもらうしかない!」

『ダメなのはどちらなのか私にはわかりかねます』


 アズマの言い分もわからないではなかったが、圭介としては時間切れへの恐怖が先に立つ。

 もう既に目と鼻の先にオアシスがあるのだ。急がなければここまでの流れが無駄になってしまう。


 まず【サイコキネシス】で“アクチュアリティトレイター”の飛行速度を加速させ、相手の頭部付近まで追いつくように移動する。

 どうやら片方の触手の付け根を少しでも傷つけたのが功を奏したらしく、少し体を傾けて飛ぶ様は触手一本分の体重が偏るのを調整しようと必死なようにも見えた。


 そのせいか追いつくのは容易かったが、大変なのはこれからだ。


 口全体の外周だけを見ても下手な学校のグラウンドよりよっぽど幅が広い。それでも圭介の念動力なら巻きつける事は可能だろうが、縛り上げ続けるとなると話は変わってくる。

 その維持に必要となる魔力はどこから調達するのかという疑念もあれど、手を止めるのは論外。やってみて駄目なら諦める、という精神で作業に取り掛かる。


 まず上顎にアルベーンを置き、そこから伸びるヒュパティア帯を他の千切れたものと結び合わせて閉じている口をぐるりと囲い込むように巻きつける。元の長さもあって、そこまではスムーズに進められた。


 次の念動力による拘束。これが難関である。


 森の木々も引き抜く力を持つ圭介の念動力魔術だが、超大型モンスターの顎の力に勝るとは使い手である圭介ですら思っていない。

 根本的な力の差がここまで大きい以上、力比べは無謀すら通り越して自殺行為である。


 ならばどうするか。


「オルァ砂でも食ってろ!」

「グブモォ!?」


 上顎に取り付けたアルベーンに【サイコキネシス】の力を一瞬だけ集中させ、地面に顔を叩き込む。


 浮力で地面から離れているだけで体が軽くなったわけでもないし、重力が働いていないわけでもない。基本的に進む力と触手による浮力の維持に依存していたその移動方法は、真上からかかる力に対して非常に弱い。

 増してや片方の触手が切れて落ちそうになっている状態ともなれば、精密な体重移動の調整に意識が割かれる。


 それら諸々の条件が揃った結果、突如頭部に襲い掛かる重みに耐えきることもできずにゴグマゴーグの頭部は砂にぶつかった。


「ムンッ!!」


 口を閉じた状態のままくぐもった鳴き声を漏らしつつ、双翼を開いた状態のまま長く太い体が砂漠に落下する。


 ひとまず静止させる事に成功した圭介は、空中で呼吸を乱しながらも笑みを浮かべていた。


「ざ、ザマァ見ろ化け物め……後は、触手を適度にぶった切っておけば、もう……」


 飛べないだろう、と言葉を続けるつもりだった。


 それを中断させたのは、砂漠から突如生えた一本の触手。

 岩盤などでは成立し得ない、モンスターらしからぬ地形を利用した奇襲攻撃。


「…………!?」

『圭介様!!』


 バシッ、と“アクチュアリティトレイター”ごと叩かれて弾き飛ばされる。

 飛ばされた先は、ゴグマゴーグの真ん前だ。


「うっ、あ」

「――――――――ッ!!」


 唸りと叫びを含有する怒りの咆哮を伴って、閉じられた口ごとゴグマゴーグの頭部が迫る。


 元来、サンドワームとは体から生えている触手を脚の代替とするのではなく、蠕動ぜんどうする腹の肉で移動する。

 その変異種たるゴグマゴーグとて例外ではなく、基本的な動きは同じであった。


 飛行速度には及ばないまでも、やはり巨大な肉塊の突進はシンプルな脅威を有する。


(回避、体勢的に間に合わない、【サイコキネシス】、防御、相手は大きい、防げないかも、ってか防げない、このままじゃ死ぬ、死ぬ?)


 目前に迫るは最早自然災害の類と誤認する程の存在。


 避けられず、防げない。


(あ、僕、死ぬのか。なるほど)


 ダグラスにグリモアーツを破壊された時以上の絶望感が胸に去来する。


 抗う余地など絶無と言えるこの瞬間、圭介はただ覚悟も諦観もせずに自分が死ぬという事実を知った。


(ったく、どこが勝ち戦なんだか……今更いいけどね)


 戦いが始まる前にカレンやフィオナの口から聞いた、勝利を疑わない発言の数々。

 それらをまとめて一笑に付し、生への欲求が芽生える前に目を閉じようとした瞬間。


『第三魔術位階相当防衛術式、展開』


 事ここに至って尚、冷静沈着なアズマの声が聞こえた。

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