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足跡まみれの異世界で  作者: 馬込巣立@Vtuber
第四章 遠方訪問~移動城塞都市ダアト~編

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第十七話 たった三人、敵わずとも

「……意外でした。ユーさんがあのような提案をすることも。貴女がそれを呑むことも」


 駆けていく三人を見送りながら、フィオナが呟く。声には少なからず驚愕が含まれており、しかし不服も遺憾も見せていない。

 この予想外の結果を彼女なりに咀嚼しているようだった。


「もちろん危険だからと止めることも考えましたよ。実際死者も出てしまっていますし。でも、彼女の言い分はやはり正しい。というより私達が誤った判断をしてしまったというのが、提案を呑んだ理由としては大きい」


 つい数分前まで仲間の死を目の当たりにしてささくれ立っていたとは思えないほど、彼女の表情は穏やかだ。


「ゴグマゴーグがあの触手を出すまで、私は死人が出るなどと考えもしていなかった。【サイコキネシス】による索敵網も相手の体内に食い込んでいる部位にまでは届かないと承知していたはずですが、いやまあ、お恥ずかしい話……油断していたようです」

「それを言うならば我々は同罪でしょう。貴女一人に抱え込ませるつもりはありません」

「フフ、確かにそう言われれば反論はしかねます。ともあれ、確かに私一人で片づけると判断するにはまだ早いのかもしれません。ダアトに搭載された魔動兵器と彼女達という残存戦力で倒せるならば、その方が望ましいでしょう」


 事ここに至って私情を捨てきれないまでも未だ体裁を気にしてしまうのは、彼女がありとあらゆる物事を背負い過ぎているからか。

 常人であれば見えない景色が見えている。ただそれだけで振る舞いがこうも保守的になる。

 そこに彼女なりの懊悩も透けて見えたが、フィオナは何も言わなかった。


 ふと、カレンの唇が笑みの形に歪む。


「しかし、まあ……正しさだけであのような提案をしたわけではないでしょうけどね」

「?」

「師匠心というやつですよ。自分以外の、それも別分野で師匠面している相手に弟子を叱咤されたわけです。ユーフェミアの態度の裏には、私に対する小さな嫉妬と圭介に対する僅かな独占欲があるのでしょう」

「は、はぁ……」


 その点に関してはいまいち共感も畏敬も抱けなかったのだろう。とりあえず軽く相槌を打って流された。


 曖昧な返事と態度に察するものがあり、カレンはフィオナでも共感可能な比喩を持ち出すことにする。

 第一王女と呼ばれるからには、第二第三もいるであろうと軽い気持ちで。


「例えば姉が世話していた妹に、妹の想い人が説教をしていたとするとどうでしょう」

「なるほど度し難く許し難い」

「えぇ……」


 予想外の反応速度と発言の密度に、思わず眉根に皺が寄ってしまった。

 シスコンなのだろうか、と少しだけ異世界の国政に一抹の不安を覚えながら。



   *     *     *     *     *     *  



 圭介達が戻ってきたレナーテ砂漠の様子は、近づけば近づく程にグロテスクな惨状を視覚に叩きつけてくる。


 温度は高いと言えども低湿の環境下、加えてまだ新鮮だからか放置された死体から腐敗臭は漂っていない。それでも鼻腔に突き刺さるのは鉄のそれに近い血の臭いだ。


「っぷ……」

「不慣れなのはわかるが目を背けるな。時間がない」

「正直、私もキツいなあ」


 死体の山を前にして「キツい」の一言で済んでしまう世界観の違いにドキリとするが、セシリアの言う通り時間はないのだ。


 三人は誰の合図も要さず、ほぼ同時に駆け出した。


「グルゥアアアアァァ!!」


 それを察知したかのように、ゴグマゴーグの咆哮が轟く。


 ただ鳴きながら体を揺らしているだけのそれに、視界の端々に転がる死体に、圭介の意識が持っていかれそうになる。

 それでも怯まずに走り続けていられるのは、他の二人が迷いなく並走してくれているからだ。


「【剣の届かぬ場所に立ち 剣しか持たぬ私を嘲る怨敵よ】」


 風の力で推進力を得ながらセシリアが詠唱しているのは第四魔術位階、風を纏いし魔力の刃【レイヴンエッジ】。

 射程の長さが際立つこの魔術、至近距離での使用は効率が悪いように思える。が、実際には相手の防御性能が高い場合のみ成立する活用法があった。


「【その薄ら笑いを裂いてやろう 泣いて贖おうとも手を緩めるだけの情は無し】」


 まず、遠距離にまで届く刃を射出する直前に、刀身をゴグマゴーグの損傷して外部に露呈した肉へと押し付ける。斬ろうとするでもなく叩きつけるでもない、添えてから押し込む動きだ。


「【レイヴンエッジ】!」


 この状態で遠距離用の攻撃魔術が発動した場合、肉に食い込む形で魔術が放たれる。


 イメージとしては注射針に近い。

 距離を開いて放った場合に分散されるはずの力も、密着状態ならセシリアの手から加わる押し込む力によって内部へと凝集される。


 結果として、ゴグマゴーグの肉に腕一本なら通せそうな程度の穴が開いた。


 そこへ更に“シルバーソード”を突っ込んで、術式も何もない純粋な魔力の放出によって内部を荒らす。

 いかに傷そのものが小さいと言えども、脇腹に焼き串を突き刺され更にかき混ぜられる感触は相応の痛みと嫌悪感を覚えるらしい。


 大きく波打つ肉に、今度は真っ青な剣閃がはしる。


「【乱れ大蛇】!」


 ユーのグリモアーツ、“レギンレイヴ”からジグザグに屈折し続ける魔力の刃が放たれる。


 先の戦闘で他の戦闘員がつけたと思しき傷口に侵入したそれは、筋繊維や細かな骨の位置に一切配慮せず動き回って別の傷口から外に出る。出た、と思えばまたぞろ別の傷に飛び込んで中身を傷つけた。


「ギュゴオオオオオオンンン!!」


 たまらず黒き巨体の先端から苦悶の雄叫びが漏れる。


 セシリアの攻撃が焼き串の挿入だとするなら、ユーの攻撃は傷を経由して体外と体内を行き来する針金である。

 肉と骨、そして神経系を損傷させる攻撃に生物として耐え難い苦痛に見舞われるのが特徴だ。


「グギャアアアァァァアア!!」


 と、流石に激痛を嘆くよりも原因の排除に思考が巡ったのか、ゴグマゴーグの体にダメージを与えた二人に触手が襲い掛かる。

 一本二本ではなく、十本二十本。薙ぎ払ったり振り下ろしたりではなく、真っ直ぐに突き刺さんと四方八方から。


 回避は容易にできると踏んだ二人が各々別方向に避けると、彼女らが立っていた場所に続々と肉の槍が押し寄せ空を切る。

 爆発と形容しても許される規模の砂埃が舞い上がり、三人の視界を――防がない。


 圭介の【サイコキネシス】による防壁が、押し寄せる砂埃を払って視界を確保していた。


「助かる、ケースケ!」

「お役に立てたなら何より、ぶわァ!?」


 いかに視界を確保しようが喋るだけの暇はない。


 防壁ごと触手による薙ぎ払いで吹き飛ばされ、三人は各々ばらけて飛ばされた。


 セシリアは空中で一時的な風の足場を作り、それに乗って滑空する。


 第五魔術位階【エアリフト】と呼ばれるその魔術は、脆く積載可能な重量も金属鎧を着込んだセシリア一人を乗せるのが限度だ。

 しかも自在に移動できるわけでもなく、一方向に数秒移動するだけで与えられた魔力を消費し切って消滅してしまう。


 それでも移動手段として使えないわけではない。

 事実、この頼りない足場のおかげで彼女は近くに浮いているアルベーンにまで流れるように飛んで着地できた。これだけでも充分な働きである。


 まだ完全に機能を失っていないアルベーンの上で、【レイヴンエッジ】の詠唱を始める。


 一方、ユーはあろう事か未だ手持無沙汰に虚空へ向けてうろうろしている触手を蹴飛ばしながら跳躍して空中を移動、ゴグマゴーグの体にしがみつき再度傷口を抉る作業に戻る。もう圭介が抱く異世界ファンタジー的なエルフのイメージは影も形も残っていない。やっている事は忍者か大道芸人の域である。


 そして圭介はというと、普通に空中で“アクチュアリティトレイター”を足場に飛行していた。

 二人の安否を確認してほっと胸を撫で下ろしそうになり、油断は禁物と目の前の脅威に意識を向け直す。


 現状、圭介の【サイコキネシス】は大して役立っていなかった。


 彼も念動力による傷口の拡幅を試みたりしたのだが、あまりにも効率が悪いのだ。はっきり言ってグリモアーツを突っ込んでぐりぐりと捻じ込んだ方がよほど効率的とさえ言えるだろう。


 ならばとカレンが以前やってみせたように直接念動力で殴りつけてみても、攻撃力が圧倒的に不足しているせいで今度こそ本格的に手応えがなくなる。


 何となれば、次第に圭介の中には「そもそも“物を動かす魔術”でこんな化け物をどうしろと」という諦観にも類似した感情が生まれ始めてしまっていた。


 苦労してある程度は使えるようになったばかりの第四魔術位階、その習得に向けられた努力が軒並み否定されているような気にさえなる。

 加えて先ほどのカレンの厳しい言葉である。肉体的にも精神的にもある程度打たれ強い圭介だったが、打たれ強さは無力感を補わない。


(クソッ、考えろ考えろ考えろ! 自分にできることを考えろ!)


 アルベーンを操って殴りつける。


 いくら何でも体積と質量の差に覆し難い差がある。

 しかもアルベーンは現在、カレンの念動力によって動きを制御されている状態にあるのだ。少し邪魔になって後で圭介が怒られるだけならまだしも、それを今の足場としているセシリアに何かあればフィオナに合わせる顔がない。


 ゴグマゴーグを砂に埋める。


 足元に広がる砂漠の砂はほぼ粉と呼称して差し支えない。つまりはそれだけ操作が難しい。粉末を念動力で操るというのがどれほど困難であるかを彼は“インディゴトゥレイト”との戦闘を通じて知っていた。

 それにゴグマゴーグを飲み込む程の規模となれば、消費する魔力は膨大となろう。そうなれば圭介一人で賄えるかという疑問もある。


 いっそダアトの真上まで運んで上空から叩き落す。


 論外。

 護るべき対象に甚大な被害を齎す上に、そもそも持ち上げられない。


「うわっと」


 アイデアを浮かべては自ら捨てるという不毛な思考活動に耽りながらも、襲い掛かってくる触手の軌道を薄く延ばした【サイコキネシス】の索敵網で察知しつつ避ける。


 せめて手持ちの物品で何とかなるものがないかと体のあちこちをまさぐった。


 胸ポケットに差し込んだボールペン、腰に巻いたベルト、レオに押し付け損ねたくしゃくしゃのアルミホイルの塊……。


(……いや、どうしてまずこれを手に取らなかったんだ)


 指先を掠めたのは、腰に取り付けたクロネッカーの柄。


 以前、その性能を確かめた時にどうなったか。

 ここまで【サイコキネシス】の練習に使ってきた時、どうなっていたか。


 思い出した結果、導き出される答えがあった。


「ふぅん!!」


 勢いよく鞘から抜き出したそれを、近くに見えたゴグマゴーグの傷口に投擲する。【テレキネシス】によるアシストも働いて、まず間違いなく狙い通りの場所に飛んでいくそれは一見して玄妙な一投に見えなくもない。


 トンッと小気味良い音をたてて刺さったのを確認し、その柄に向けて手を掲げ合言葉を口にした。


「【滞留せよ】!」


 その言葉に呼応してクロネッカーが薄く発光する。

 すると見る見るうちに圭介から見て刺さった部分の右側の肉がどんどん膨れ上がり始めた。


「あれぇ!? ケースケ君何してるの!?」


 ユーの叫びが一つの合図になったかのようなタイミングで。


「グギュァァァァアアアアアア!?」


 短時間の内に熱気球ほどの大きさまで膨れた肉が盛大に破裂して、辺り一帯に血液と体液を撒き散らした。


 圭介がやったこと自体は極めて単純である。


 浅くでも構わないからまずはクロネッカーを傷口に、より正確には血流に触れさせる。

 次にクロネッカーの機能を発現させる為に柄に魔力を送り込み、【滞留せよ】と口にする。

 これによって皮膚と肉の中で血流が一ヵ所に滞留し、許容量を超えた血管が破裂したのである。


 もちろん前提として非接触状態で魔動兵器に自身の魔力を注ぎ込まなければならない関係で、圭介以外の誰にも真似できる芸当ではない。

 ただ再現性はともかくとして、目の前に横たわる巨大な生命体に与えたダメージは他の二人に勝ったと言えよう。かすり傷の末端で血管が圧迫された上に破裂して血液を撒き散らす苦痛は、これまで負ったダメージの比ではない。


「ギュギャアギャアアアアア!!」

「よくわからんけど攻撃は通ってるっぽいな!」

『反撃される可能性が未だ残されています。警戒を解かないよう』

「わかったわかった!」


 アズマの忠告を聞きつつ血と体液に塗れたクロネッカーを手元に戻す。

 まだ戦闘開始から五分経過したかしていないかといったところだろう。この調子で続ければ、カレンが提示した制限時間内に充分弱体化させることができると知らずほくそ笑む。


 楽観視して笑っていられたのはそこまでだった。


『総員一旦退避! 何かおかしいわ、至急防御態勢を整えなさい!』


 ダアトから響くカレンの声。まだ緊迫こそしていないが、無視できる内容ではなかった。


 すぐに圭介は少し離れた地面に着地、すぐに“アクチュアリティトレイター”を前方に掲げて矢でも鉄砲でも持ってこいとばかりに防御に徹した。

 ふと周りを見ればユーも離れた位置に適した体勢で待機し、攻撃を防ぐ準備に入っている。セシリアに至っては一度アルベーンから飛び降りた上で距離を開けていた。


「……何が来ると思う?」

『データ不足により想定は不可能であると断言します』

「メカに断言されると絶対無理って感じが凄いな。もう絶対予想できないじゃんソレ」


 軽口は余裕の表れではなく、恐怖を緩和する為の自己防衛。


 何か嫌な予感がした。


 ヴィンスの罠に嵌まってウォルトを待ち構えていた時のような。

 合同クエストで気絶している女子三人組を見つけた時のような。

 路地裏で初対面のダグラスに気軽に声をかけられた時のような。


 これまでの流れをぶった切る、嫌な予感が。


『……………………は?』


 カレンの気の抜けたような声と共に、異変は起きた。


 おもむろにゴグマゴーグの触手が十数本ずつ強引に束ねられたかと思うと、まるでそれが一本の追加された足のように先端を地面に置いて巨体を持ち上げ始めたのだ。

 その様子を見て圭介は幼少の頃テレビ番組で見た、海底で足を生やして歩行するアンコウの仲間を思い出していた。


 わざわざ攻撃に用いていた足の数を減らしてまで束ねる意味がわからない。そんな真似ができたのかと感心する暇も与えられないまま、しかして正解も見えないままに漆黒の超大型モンスターは己の腹を砂から離脱させていく。


「何を、してんだ?」


 圭介の疑問に応じる意図などなかっただろうが。


 答えは、触手を束ねて誂えられた足の付け根から飛び出した。


「うわっ!?」

「また何か生えてきた!」


 女性陣も急な形状の変化に戸惑いを隠せないようだが、それを言うなら圭介も大差ない。


 出現したのは、銀色の皮膜に青緑やサーモンピンクの光を宿した巨大な双翼。


「ゴガアアアアアアァァァァァ!!」


 見るだけなら美しさに溜息まで漏らしそうになるそれを大きく広げたゴグマゴーグは、足で自身を斜め上に向けながら咆哮する。


『……っ、まさか!?』


 カレンの焦った声は、手遅れを意味していた。


 まるで跳び箱の上を跳ぶように、砂漠に根差した足を使い体を空へと投げ飛ばす。

 後は物理法則も何のそのといった風情で、広げた双翼を風に預けて体を浮かび上がらせる。

 次々に編み込まれた足と生え揃った翼で巨体は空へと飛んでいき、五秒もしない内に遂には全身が空中を遊泳し始めた。こうなってしまっては縛り付けているヒュパティア帯など意味を為さない。


『しまった……! アイツ、飛べたの……!?』


 悔しげなカレンの嘆きなど、圭介達戦場に立つ三人には聞こえない。


 ただ、地上に縛り付けられていた怪物が自由に空を飛ぶ光景に、深く絶望するばかりであった。

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